500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第08回:残暑


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 この春に買ったお気に入りのカーディガンは、半年間で私の手元から去って行った。
 薄いピンク色の生地の上に緑の草模様。彼も「可愛い」って誉めてくれた、お気に入りのカーディガン。それを、二人で東京湾を眺めていた小さな公園に置き忘れて来てしまった。そして、彼はそのまま空港へと向かって行った。

 このようにして、私の夏は終わろうとしている。

 彼から手紙が来たのは、それから一週間後の事。葉書の裏面には、とっても下手な、でもとっても丁寧な絵が描いてあった。お気に入りのカーディガンを着て笑っている<私>だった。「一年間、アメリカで頑張ってきます」

 新しい季節と共に、私の新しい生活が始まる。時が進むのと同時に私も道を進むのだ。
 彼が帰って来る頃、またあの公園へ行こうと思う。薄い土色の生地の上に青い魚模様の入ったあのカーディガンを取りに。   



 迷った。一体いま自分がどこにいるのか、まったく分からない。ああ、野営の準備をして来ていないのだ。この夕暮れがゆっくりと降りれば、ここら辺りなら昼の暑さを忘れるだろう。
 さっき分かれ道にいたおかしな男が指をさしている方向とは別へ向かったのだけれども、それがいけなかったのかも知れない。ベンチに座っていたその男は俺を見付けると尻に針でも刺されたかのように飛び上がった。彼は俺の目を見つめしきりに右の道を指差していた。こいつは遠目にもシャツが濡れていて、離れていても汗の匂いがした。近寄って来て俺の肩をさすった。息をぜえぜえ云わせているだけで喋りはしなかった。殴った。何を言いたいのかよく分からず苛ついた。あの暑さの中、歩き続け元から気が立っていたせいもある。頬を殴ると少し滑った。尻餅を付き頬を押さえながらベンチへ戻っていった。俺の顎に汗が伝って少し痒かった。あいつは本当に唖だったのかどうか。
 いや彼の言うことを聞いたからといってそれが正しい道だったという保証は。単なる乞食だ。今よりも酷い状況になっていたかも知れない。これで良いんだ。良いんだと思う。きっと。
 近くの木で啼いている蝉の、その啼いている声が途中で途切れた。



日本州の大部分をすっぽり覆う日本ドームは、2101年に完成した。
しばらくは珍しさもあって評判も上々であったが、24度前後の一定温度では「単調でつまらない」という住民の苦情が多くなり再検討することとなっ
た。州政府は掲示板を開設。その中の残暑の部門に、
「残暑になると暑くてかなわない。残暑など無い方が良い」
「気温に波が有った方が体が丈夫になる。残暑も時々有った方が良い」
「ふいに気温が高くなっては困る。残暑の日は事前に知らせて欲しい」など様々な意見が掲示板に投稿された。
次いで、人間の脳の1億倍の能力のマザコンが、全ての投稿意見や人間心理など計算に入れ、最適なアンケートを瞬時に作成した。
すぐに人間によるアンケートを実施。
その結果、「9月5日の1日間を残暑の日とする」という項目が最大多数となり、日本ドームの残暑の日が決定された。



空が高くなり始めたある日、相棒のシュウと散歩した。
池を囲む高台に上り、高い雑草路を一緒に歩くとそこで赤いとんぼを見つけた。
一匹、又一匹と赤い飛行機部隊は僕らを横切り綺麗な隊形をとりながら、故郷をめざして飛び去った。

家路に着くと僕は余韻に少し感動した。シュウは勢い良く水を飲み干す。
こいつに情緒はないらしい。「グゥ〜。」どうやら僕も……。

その夜シュウも僕も彩る食卓を真っ白に平らげた。
僕は牛のようにイグサの香る床に横たわる。
シュウも僕の横で眠りにつこうと歩み寄ってきた。
その白い毛並みはテレビのブラウン管に栄えて映る。
その先には、雨で流れた花火セットがシュウの光で現れた。

しかし、僕もシュウも深い夢心地。「ごめんよ、花火さん」



 気怠いのは暑さのせいばかりではなかった。
 テーブルに置き忘れられたままのグラスのように、湿ったからだがたまらなく重い。うち寄せるような鈍痛は、まるで内側から押し開かれるようだ。
 ヒィヒィ
 体中の穴という穴から息がもれだした。
 やわらかい肉のあいだから、冷たい皮膚がのぞく。その傷口を必死で埋めようともがくのに、なぜか唇は笑っている。
 アア、
 覆っていたものをつらぬいて、皮膚は硬質なまま肉を裂いた。すっかり冷たくなった額を汗がすべりおちた。

 あとには、痛んだ花の残り香。



盛り場の近くの橋で水面を見つめている。
別に飛び込もうとは思わない。
ただなんとなく、ぼんやり見ているだけだ。
そんな自分を奇異な目で見る通行人がたまにいる。



 窓辺にぶら下げられた風鈴がちりん、と鳴った。わたしの気配に気付いたのか、身を起こした病床の妻はこちらに背を向けたまま「お義父さまが昨日お見えになりましたわ」と言った。わたしも無言で頷いた。
 昨夜は父に妻を見舞って貰った。そして今日、わたしが妻を迎えに来た。今夜の内にも妻は。
 窓辺にぶら下げられた風鈴が再びちりん、と鳴った。



「純姉ちゃん、焼けてるね」
「めぐ連れて海に行ったの。
 陸は焼けてないわね、夏休み終わっちゃうよ」
「ああ、バイト忙しくて」
 祖母の家の縁側でスイカを待ちながら、私は従弟の陸と話していた。

「姉ちゃんが見ろッていってた『タイタニック』、見たよ。TVで」
 陸の映画嫌いは有名だ。
「うん、いちおう勧めたけど。で、どうだった?」
「それがさ。その前にビデオで動物のクイズ番組を見たんだけど」

 同じ番組を私も見ていた。ある群れのボス猿が、ボスとして怠慢なので群れを追い出される。別の群れに入るがプライドが邪魔をして、結局すべての猿に村八分にされてしまう。
 ところが一匹のメスが彼にすり寄る。専門家はこれを、新しい血を求めるメスの本能だと言っていた。

「スイカできたよ〜♪」
 娘のめぐみがスイカを運んできた。私が盆を受けとると、陸の横にちょこんと座る。めぐは七才、かわいいさかりだ。
「だからさ、同じなんだ」陸がいった。
「なにがよ」
「血を求めて、上流階級の女が移民の男とデキる。んで沈む。
 要するにそれだけだろ」
「あんたねえ」
 主役のディカプリオは好きだけど、私も『タイタニック』はベタ褒めにはしない。だけどあれはあれで。
「あんなので感動するやつは、頭のなかは猿程度さ」
 猿でいいのよ。とは私は言えない。
 するとめぐが立ちあがり、陸の頭をなでなでして、
「陸にいちゃん、さびしいの?」
 蝉もぴたっと鳴き止んだ。



浜辺で季節外れの砂人間を見つけた
ハマユウの花にからまって動けなくなっていた
本能的にごみを拾おうとしているが
アイスクリームの木のさじを持ち上げるのが精いっぱい
ほどいてやると
ぼくの虫取り網の柄をつかんで回りだした

サ、サラサラ
ラ、ラララ
サ、サラサラ
ラ、ラララ

回りながら砂人間は砂にかえっていき
ザッと崩れ落ちた
砂はバケツに一杯しかなかった
ぼくはアイスクリームのさじを砂山に挿し入れ
ヒグラシを逃がした



段々空が高くなってきたね。
吸い込まれそうな青空に手を伸ばせば、体が浮いてくるような感じがする。
そして世界中を抱きしめる。
夏が終わり、秋へ冬へ、この季節は少し悲しくなる。
人は色んな寒さに弱いからかもしれない。

少しもの悲しいようで、まだじめじめ暑い中、思い出す。去年の夏の写真はどこだっけ。一年前の今頃は何をしていただろう。ふと、目を開くと君がいる。ああ、そうか海だ。日焼けを気にして白く塗り固めた私を見て笑う。
もう海水浴はしないようなこの時期しか来られない。
泳がなくても楽しい。終わりそうな夏を海を見ながら眺めている。何も話さないで時間が流れる。

そして、今年の夏が終わるのを惜しみながら、蝉のように抜け殻すら残せず、少し寒い病室から出ることなく、夏と一緒に私もどこかへ消えてしまう。



犬走りの柱にもたれてオレンジ色の夕焼けをみつめている。蚊取り線香の煙が緩やかに空気となじみ風鈴が去りゆく夏を惜しんでチリンと鳴いた。
「蜻蛉の数が増えましたね」と一時的に戻ってきた祖父が語りかけるからうちわで扇いであげたら「何度でも様子を見に来るから」と言ってキュウリとナスの馬車で帰ってしまった。
祖父がいなくなってなんにもすることがなくなったから西瓜をかじって種を飛ばす。その先で蝉がひっくりかえって動かないでいた。



アーラの神の約束した国、アブラ神国から毎年この時期になると、多くのアブラ商人たちが東進してくる。目的は日本国に飽和する湿り気。
そのこぼれんばかりの水分を絨毯(じゅーたん)に載せて、空を飛んで帰るのがアブラ商人たちのお決まりのコース。

代わりに彼らが日本に持ち込んだのが、絨毯の上からモワモワと放散する砂漠の暑気。残暑と日本では呼んでいるが、それはこのアブラ商人たちのソロバンから弾き出される絨毯の寸法によってその年の残暑の長さもうっとうしさも変わって来るのであった。

…電気街にアブラ商人が現れるというデマもあながち嘘ではないようだ。最近売り出された。全自動除湿ユラユラ機能つきエアコンなどの裏にはメイド・イン・アブラ神国の刻印が打ってあるものが3割を占めるという(3は聖数である)。もちろん値引きはしない。
 
うちも早速購入してみたのだが、電気を入れると同時に歓声を上げて十三人乗りの絨毯が、その風に乗ってふわりとアーラの約束された取引の地へと去って行くのが見えた。バイバイ。
 はやいもので、今年の残暑はそれで終わりである。



アマンダは俺の一歩後ろで、前方の敵を凝視したまま動こうとはしない。だから俺は忠告する。
「どうした。訓練学校じゃぁ優等生だった君も、実地には弱いと見えるな。敵から文書を受け取りに来ただけだぜ。君の任務だろう。」
アマンダは尚も立ちすくんだままだ。
「しょうがないな。俺は君の補佐役に過ぎないんだぜ。」
そう言うと俺は数歩前に出て、敵に手を差し出す。
「コイツは俺達には襲って来ないはずだ。」
俺には少し余裕がある。
とは言え、目も耳もないこの怪生物に、こちらの交渉内容が確実に伝わっているとは保証できない。しばしの沈黙が、一抹の不安をよぎらせる。
しかし奴はその奇妙な手で、腹の中央にある窪みの中から文書を取り出し、それを俺に手渡したのだ。
「確かに受け取った。」
俺達は本部へ帰還するべく、その場を後にした。

「敵は、なかなか丈夫そうだったな。」
と、操縦席のアマンダは、助手席の俺に話しかける。
「ああ、まだ少し暑さが残っているから、動きは活発だ。」
「長い夏だな。」
「まったくな。住みにくい星だぜ。そんなことよりこの書類、粘液で濡れていて気持ちが悪いな。アマンダ、君が持てよ。」
「イヤだっ。」



 19時ちょうど、道中何事もなく・・・新幹線の車両が700系で嬉しかったのと、車中急病人が出たらしく、医者を呼ぶアナウンスがあったのと・・・東京駅着。
 雨上がりで、ひどく蒸す。
 東京の気候に納得がゆかぬ。京都の蒸し暑さは「京都である」ことでうなづけるのだが。他の地域しかり。
 ほんとの東京、は宮様の住まいにしかないのだろう。K氏の言うとおり。



 静かだ。とても静かになった。

 耳元で鳴いているようだった蝉の声も、この頃はほとんど聞こえない。岩に染みいると詠われたそれは、たしかに夏の盛りにこそ似合うものであると、つい最近知った。そうだ、今はあんなにも弱々しく、終わりを惜しむ気さえ起こさせる。もう少しがんばってほしい、できるだけこの時を長く。まだ……早い。

 ふいに聞こえる、砂利を踏みしめる音。ひとつ……いや、ふたつ。一方は力強く、もう一方はゆっくりと、大切なものを落とさぬようにするかのごとく。ふたつの足音は少しも離れることなく、寄り添ったまま歩を進める。ああ、この二人は愛し合っているのだ。不思議なくらい自然にそう思った。

「遅くなって、ごめんなさい」
 たぷん、と水音が鳴る。
「今日の、この日はどうしても三人じゃないといけないと思ったから」
 強くなる線香と花の香り。
 そしてかすかに甘い、何年も忘れていた懐かしい香り。
「清美っていいます。お父さんから一字もらって、清美」
 きみの娘はきみと同じ匂いがするよ。

 蝉の声はもう遠く、消えかかりつつある。



 いくら夏の日向でも、岩が融けるなどということが果たしてありうるだろうか。

 久しぶりの帰郷だった。実家のそばに小さな山があって、全体が公園になっている。子供の頃はよく遊んだものだった。その山頂の、見晴らしの良い大岩に僕は足をかけたのだが、その瞬間三センチほどずぶりと足が沈みこんだ。抜こうとしたが何故かびくともせず靴も脱げない。
 そのとき僕の脳裡に、無くしていた幼時の記憶が甦った。

 この足形に、僕はその小さな足を重ねている。
『おじさん。この足跡なに?』…これは僕だ。
『これは神の足跡さ』…誰だろう。

 神の足跡。そういえば近くに小さな祠があった。なにか僕はいけないことをしただろうか。
 いやそんなことより、これはたったいま凹んだんじゃなかったのか。
 夏休みなのに公園に人影はない。あれ程だった汗が出なくなってきた。頭がくらくらする。
 僕は神なんて信じない。でももう何でもいい。神さま仏さまイエスさまお稲荷さま鬼子母神さま天神さま大黒さまにアラーの神よどうか私めをお助け下さい。
 すると嘘みたいに、足が抜けた。

「ねぇおじさん」
 振り返ると白服の子供。いつの間に来たのだろう、足形に小さな靴を重ねている。
「おじさん。この足跡なに?」
「これは神の…」言いかけてハッとした。
 その手には乗るものか。



見上げれば行合(なりあい)の空
いつの間にか蝉の声も消えた
眼下には今が時だとばかりに稲穂が伸びる
日向を歩けばまだ暑い
ある日昔の友が尋ねてきた
今流行りのリストラで50半ば身の処しかたに悩んでいるとのこと
久し振り飲んで笑って憂さを払って盛り上がる
突然奴が言った
「若かった時のように一緒に何かをしないか」
「何をするんだ 今更」
「それはおまえが考えろ いつもそうだったように」
「あの頃は楽しかったし みんなして燃えた 何か充実してた」
酒の酔いが廻って来ているのだろうか
奴の声が昔のようにでかくなりはじめた
「燃えてるなー」
「もえてるんじゃなくて 燃えたいんだ 真夏の太陽のように もう一度」
突然今度は泣き出した 本当に昔のままである 酔えば情緒不安定な奴
「分かった 分かったからもう泣くな 何かをしよう昔のように
 他の奴らにも声をかけよう それで好いだろう な」
奴を寝かし付けながらふと思った
真夏の太陽のようにはなれまい 他の仲間も当のこいつもそうだろう
実際の生活が家族が有るのだから
でも 落ちぶれるのには早過ぎる 昔のように乗せられてやるか
心なしか身体がほてる 人生未だ残暑なりだな 



母「残暑は、天気の神様がやり残した夏休みの宿題です。真面目な神様が夏を管理した年は、宿題を少しずつ片付けていくので、残暑もそれほど厳しくありません。しかし、怠け者の神様は、最後に一気に宿題を片付けようとします。そこで、残暑が厳しくなるのです」
娘「しかし、今は携帯電話の使用料金だって、使い切れなかった分は翌月に繰り越すことができるようになってきました。国家財政だって、次の世代に負担を押し付けて、問題を先送りしています。天気の神様も、面倒くさくなった宿題は翌年に回すことにしました。こうした積み重ねによって、地球は温暖化しているのです」
父「しかし、長いスパンで見れば、使える資源やエネルギーには限りがあります。ですから、夏休みの宿題がない氷河期や、年中宿題に追われる温暖化の時期もあります。数万年、数億年という観点から見れば、今年の宿題、今年の残暑など、他愛のないことなのです」

「この芝居、うちの文化祭では絶対に受けないってば」残暑の合宿、演劇部員一同の反対で、戯曲『残暑』は書き直しに。



 女の左目から熱い日差しが洩れている。男の口からは焦げた熱風があふれ出す。カーテンの隙間から入り込む海の匂いをかき集めて、シーツの上の残り火を消すために汗を落とす。枕から立ち上る花火の匂い。草いきれに飲み込まれないように、息をこらす。
 麦わら帽子の下に隠れていたのは、だれ? あれはあたし。幼い頃、夕立に打たれて泣いていたあたし。やっとつかまえたセミの死骸を握りしめ、大声で泣き叫んでいたあたし。
 じゃあ、あたしをつかまえたのは、だれ?
 汗の匂いのなかで寝返りを打つ。布団のなかに男の残り香を探すが、右から、左から、吹き込んでくる風に翻弄されて、うずくまっていることもできない。女は立ち上がる。
 開いた女の目はもう、凪いだ海のように穏やかだ。
 ドアのチャイムが鳴る。女は息を整えてから受話器を上げる。送信線の向こうには、だれもいない。玄関を開けると、ガラスの小瓶が置いてある。女は蓋に自分の名前が書いてあることを確かめ、ゆっくりとその蓋を左に回す。
 熱風が、あふれ出す。



 手を差し込んだら血まみれになる清水に横たわる西瓜。バーベキューの鉄板は白い煙を上げキャベツのかけらが炭になっていく。

 パーティーは終わりを告げようとしているようだが認めることは出来ない。出会った頃の向日葵は全部種になってハムスターの餌だなんて誰にも言わせたくない。肉をも焦がす灼熱はひと夏程度じゃ鎮火しない。

「崖っぷちにぶら下がっている」と突かれても最後の指一本が離れるまでスズムシなんか鳴きはしない。そんなことは許さない。今日も燃えているから運命と一緒に汗をかく。地球の核は簡単に冷たくなんかならない。蝉は2週目に入っても死にはしない。台風は上陸を諦めない。まだいける。太陽の季節は簡単には終わらない。



僕は今白いシーツに横たわっている。
右には食中毒のおじさん、前には骨折事故の兄ちゃん、左の窓越しの部屋には曰くつきの少女がいつも一緒に共同生活を強いられている。
同じ風景の中で約半月、日記帳も終わりのページに近づいていた。
そんなある日僕は一人の少年に出会った。少年は不思議な子で、僕の好きな色も、食べ物も、野球チームもなんでも当てて見せた。だから、少年はある看護婦さんと手をつないで僕の所まで連れてきた。もちろん僕がその看護婦さんに惹かれたのは当然。
もちろん僕は積極的に看護婦さんにアピールした。その諧あって彼女とは急接近、そして彼女が昔ここで共同生活していたことを知った。
「実は僕も2回目なんだ、少年のころに盲腸でさ。」そして退院後も彼女とは付き合い、デートも何回もした。そして僕は彼女にプロポーズしようとしたあの日のドライブで…。
気がついた時僕はまた、3度目の共同生活。となりには血まみれの日記帳がおいてあった。苦しみも、悲しみも、喜びも、何もかも書き込まれた文面は夏の楽しかった2人だけの花火大会で終わっていた。
2回も彼女と共同生活をした運命の場所だったが、3回目はなかった。永遠に。
落ち葉につつまれたこの思いでのベンチも今は…。
僕は落ち葉を一枚拾い日記帳にはさみ、ここを跡にした。



 真っ白だったTシャツが西瓜の汁でまだらになってしまっても、エステで手入れした真っ白なすねが蚊に刺された痕でぶつぶつになってしまっても、紫外線防止仕様の真っ黒な帽子が白く粉を吹いてよれよれになっても、今年の夏は終わらない。
 今、僕はただ干からびて、生暖かい板の間に横たわって背中に汗のぬめりを感じながら、照りつける太陽の光を遮る黄ばんだカーテンが、ほんのちょっとでも風に揺れる瞬間を待ちつづけている。
 このごろめっきり受信状態が悪くなったテレビから、最後のメッセージが流れる。
 ハレルヤ。
 僕たちの惑星(ほし)はもうすぐ、赤く燃える太陽へと落ちていく。



まるで私のようだ、と思った。

ずっと泣き叫んでいるのに。
声が涸れるまで、泣き叫んでいるのに。
ただ愛を求めて、泣き叫んでいるのに。

生まれてすぐ死んでゆく命。 

それで、むくわれた?
それで、満足だった?
それで、幸せだった?

夏の終りに残ったものは、道端に転がるちっぽけな蝉の死骸。

これは、私。

生まれてすぐ死んでゆく命。
あと何度繰り返せばいいのだろう。
この無意味な慟哭を。

最初の夏が終っただけの、夕暮れ。