500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第09回:めがね


短さは蝶だ。短さは未来だ。

めがねさえ作れば・・・そう信じていた。
 「視力は正常以上です。めがねをかける必要を認めませんね」
 目医者は、妙に事務的な口調で告げた。
 「でも、見えなくて困ってるんです」
 ぼくは、必死で反論を試みる。
 「めがねじゃ解決できない問題ですから」
 「でも・・・」
 「はい、次の方!」
 目医者は、乱暴な口調でぼくの言葉をさえぎった。
 背後でドアが開く音がしたので、仕方なく立ち上がる。今日も収穫なしだ。肩を落としつつ、「ビタミンを摂りましょう」というポスターが張られたドアに向かって歩く。
 ドスン!
 「すいません!」
 「ちゃんと前見て歩けよ!」
 「はあ」
 謝るぼくに、相手はドスのきいた声を出した。
 まただ。
にぶい銀色に光るドアノブに右手をかけながら、たまらなくなる。
「今日は1456円です」
ピンクの白衣がいやに明るい声を出す。
涙が溢れるのを止められず、ぼくは下を向いた。メゾソプラノの看護婦だけなく、待合室にいるであろう人々みんながぼくに訝しげな視線を向けているに違いなかった。
チャリンと音がして、五百円玉一枚と十円玉、一円玉数枚がトレーに載った。
「お大事になさいませ」
ヒトの姿が見えなくなって、もうすぐ一ヶ月になる。



 彼は自分が世界から消えてしまうことをずっと知りながら、その眼鏡を掛け続けていました。それを逃避だと呼ぶ人もいましたが、いまでも僕はそれが戦いだったと思っています。眼鏡は、ものをよく見るための器具を越えて、彼そのものでもありました。見えることとは、存在することです。眼鏡は自分自身を見ることが出来ません。つまり、彼は存在すら許されていないのでした。それでも、彼はやはり戦いをやめることはしませんでした。その様子はいっそ痛々しくもありましたが、僕にはどうしようもありませんでした。僕は彼の世界を共有することは出来ないし、彼もまた僕のことなど知らずに消えていったのですから。彼が消える数日前、僕はいちど禁を破って彼に呼びかけたことがありました。彼の答えはこのよの言語ではありませんでした。彼は勝ったのか、負けたのか、いまとなっては知るよしもありませんが、彼の消えていったあの日、僕の目もまたすっかり曇って近くしか見えなくなってしまったのです。



 この三ッ折のアゲハチョウは、鼻の所番地をさがしている。



戦場に橋をかける
作業に時間をかける
だが橋は倒れかける
わが軍は技術に欠ける
そこで捕虜の援助に望みをかける
そして捕虜は仕事に誇りをかける

軍曹は容赦なく違反者を手にかける
しかしある日穏やかに話しかける
捕虜のリーダーの肩に手をかける
戦場では何もかもが常識に欠ける
彼は涙を拭いて再びめがねをかける

兵士は家族の写真を首にかける
わが子はもう字が書ける

数台のジープが砂原を駆ける
タイヤが脇に砂をかける

敵国が罠をかける
橋に爆薬を仕掛ける
歩哨が敵兵を見かける
トリガーに指をかける
敵兵は作戦に命を賭ける
装置レバーに手をかける

空に浮かんだおぼろげな月が欠ける
地面に落ちためがねのレンズが欠ける



 『プラシーボ効果』って聞いたこと、あります?? と年若い技師がフレームを微調整しながら聞いてきた。
 ワタシは、と言うとややイラついていた。眼鏡を無くしてしまったため、不便な生活が週末の二日間も続いていたのだ、無理もあるまい。
 とりあえず休み明けの今朝、直行の出張をこれ幸いと都内の眼鏡屋に立ち寄った次第である。郊外の自宅の近くにももちろん眼鏡屋はいくつもあるが、ここの売る眼鏡がデザイン的に気に入っている。手軽さで言えば使い捨てのコンタクトレンズなんて言う手もあるのだろうが、いまいち手を出す気になれない。
 知ってるよ、偽薬効果ってヤツだろ、とワタシは返事した。人体に影響のないクスリを患者に渡し、薬効に頼らない治癒を促進するやり方、と聞いた事がある。
 どこまでホントなのかは疑わしいけどね、とワタシは手渡された眼鏡を受け取りながら続けた。患者もバカではあるまい。渡されたクスリの名前が何か、その薬効がどんなものか、それぐらいはきちんと把握しているモノだろう。
 ああ、よく見えるよ、とワタシは笑顔で技師に言葉をかけた。掛け具合も軽さもちょうど良い。

 技師は少し悪戯っぽく笑いながら言った。
 「その眼鏡にはまだレンズが入っていません」



 私は老いている。目標を成し遂げた後の絶望と反芻。諦めきれぬ毎日の覚めきれぬ迷い。夕暮れの隙間から、明日への不安が見える。
 私は老いている。新たな約束を果たす為の期待と証明。はち切れそうな胸の爆発しそうな勢い。朝焼けの窪みから、明日への希望が見える。

「老眼鏡」という名前を「桃源鏡」に変えようと、世の中は動き始めている。
 それに合わせて私も、右足を一歩前に踏み出す。



「ねえ〜、これ買ってえ〜。」
女は男の腕に絡まって誘惑してきた。
男は懐に手を差しこみ何かを取り出した。
「何、これ?」女は意外なものを見て首をひねった。

回想始
その日は忙しく、仕事が終わりクタクタだった。薄暗い帰り道、ついこの前まで明るい夕暮れ時だったことに気づく。そんな中道の澄みに蹲る少女を見つけてしまった。
「まいったな。」
「おい、大丈夫か?、どうかしたんか?」それとなく近づき声を掛けてみた。
「・・・・・・・。」少女はただお腹を押さえていた、いや抑えていたのかも?
とりあえず声も掛けたし、自己満足で通り過ぎようとするとズボンを掴まれた。
(ふうっなんだよ、まったく。)少し安堵し、背中をさすってやると。
「きゃ〜っ痴漢よー、助けて、誰か助けて〜。」少女はいきなり立ち上がって叫び出した。
当然、俺は周りの人間に押え付けられた。
(ハハハっバーカ、エロ親父)少女は舌を出して走り去った。

誤解が解けて公園で一息ついたら、あの少女を見つけた。
「おいっこら待て!」少女が気がついて逃げたので、追いかけた。
すると急にまた少女は蹲り小刻みに震えていた。
「も嘘の手は食わないぞ!」しかし・・・・・。

少女は救急車で運ばれ、そのまま入院した。
俺はその後一度だけ少女に会った。彼女が会いたかったらしい。
「ごめんなさい、本当に。」少女は可愛い笑顔で謝った。そしてめがねを取り出しこう尋ねてきた。「私、死ぬのかなあ。」「・・・。」
回想終

男はめがねをかけてこう言った。
「この眼鏡はなんでも透き通してみえるの。」



 これは正しいことが見えるようになるめがね。
 早くこれを一番必要としている人に届けなければ。
 それが私に与えられた使命だ。
 さあ、いざ国会議事堂へ。

 これは正しいことが見えなくなるようになるめがね。
 ようやく手に入れた。
 これで何も気にすることなく使命を果たすことができる。
 さあ、この国をどうしてやろうか。
 
「ここは関係者以外立ち入り禁止だ。立ち去れ」
「大事なことなんだ、これを彼に」
「出て行け、さもないと」
「早くこのめがねを渡さないと、この国は大変なことになるんだ」
「不審人物だ、殺せ」

 ……ああ、なんてことだ。
 もうすでに手遅れだったとは。

 ひとつの銃声。
 めがねはくだけてそこらじゅうに散った。



「やっと 終わったか 」着替えを終えた私に娘が
「 お父さん 私は子供の学校が有るから帰るわよ ちゃんと火の用心してよ
分かってるの これからは独りなんだからね」
「分かっているよ 大丈夫だから早く帰りなさい」
娘が居なくなると猫のミ−が餌の催促に摺寄って来た
餌やりはかあさんの仕事・・・餌はどこに有るのだろうか・・・
餌を食べ終えたミ−が珍しく膝の上に・・・
「 お前も寂しいのか それとも私を慰めてくれているのか・・・」
ぼーと見るでもないテレビの音に・・・
おもわず新聞を取り揚げ「おーい眼鏡」・・・
聞こえるはずのない返事を私はいつまでも待っていた



超短編圧縮ソフトに、文字をドラッグ擦る。そう擦ると最初に小人たちが出て来て、火の着いた文字を巻(まき)にくべる。3・2・1 見る見る面白いように燃える。この時、「へん」と「つくり」は遊離するのだが、「へん」は暴れん棒が多く、はじけ飛ぶことがあるので、眼鏡は必需品となる。
 ※           ※             ※
こうして「つくり」だけを先方に送ったら小人の役目は終わる。いや、じつは金へんだけは飛び散ることもなく、燃えることもなく残る。小人たちにはその「金」が唯一の収入源となる。持ち帰ろうと彼らが「金」に触れると、一瞬彼らの体が金色に輝くのだそうだ。

ちなみに解凍先でそのスペクタクルを再現するには、グリーンの逆さ眼鏡をかけるとよい。



 月が翳る。
 昨日の夢から取り出しためがねは、木賊色。瞼の内側に残った玻璃を裏向きにして、逆さまの夢を見る。
 逆しまな夢を見る。
 錆鼠色の槐の下で、薄紅色の虹をかける。闇の隠れで夢は滴を投げかける。
 揺れて、ぼやける。

 やめて。目覚めたくないの。

 月が揺れる。

 瞳からすべり落ちためがねは縹色。月の光に当たって、色を失う。夢が、翳る。  目覚めれば、ひとり。



あ、すみません、そこ踏まないで。落っことしちゃったものだから。え、一緒に探してくださるんですか?ありがとう。

——ああ、ボクもあんな風に探されたい…



 あたしがもてないのは、めがねのせいだと思っていた。だって、あたしとそっくりのおねえちゃんは、すごくもてるんだもん。めがねをかけていないから。「メガネザル」「ブス」、このふたつの言葉は、いつも対になって飛んできた。近眼だから、仕方ない。
 高校を卒業したら、コンタクトレンズにして、誰も知らない街に行こう。
 ある日、突然、おねえちゃんがめがねをかけ始めた。「ふふふ、ダテ眼鏡よ。知的に見えるでしょ」そうか、めがねをかけても、かけなくても、おねえちゃんはもてるのだ。じゃあ、あたしは。めがねをかけなくても、やっぱりもてないのかな。
「そうよ、あんたがもてないのは、あたしのせいじゃないわよ」あたしのめがねがすねた、ような気がした。



おじいちゃんの眼鏡は金色で綺麗
おばあちゃんの眼鏡はピンクでかわいい
おとうちゃんのめがねは黒色でこわそー
おかあちゃんのめがねは透けいて不思議
お兄ちゃんのめがねはおとうちゃんと同じ黒色です
ねーおかーちゃんなんでみーこはめがねしなくていいの
みーこおかーちゃんと同じめがねが欲しいよー



「どうしようどうしよう」
ここは病院ですが。わかって来ていますね。
「わたしは超近眼になってしまった。もう前を見て歩けない」
どういった症状ですか。
「なにも見えないんです。自分の右手が握られているのか開いているのかすらわからないんです」
どうそ。このめがねをおかけください。
「なんですかこれは。ぐりんぐりんの霧のなかじゃないか。わたしを迷子にさせたいのか」
そりゃそうでしょう。牛乳瓶の底で作ったんですから。
「君はわたしをバカにしているのか」
大丈夫。あなたは正常に見えていますよ。



イエーィ 21世紀メガネへ来るといいことあるさ!
たとえばね、
視力10倍増メガネって、どう?
  月のクレーターがはっきり見えるよ
  パソコンの細字なんか10m離れててもバッチリ
赤外線メガネ
  衣服が透けて...、見え過ぎちゃって困るのよね
視力障害者用メガネ
  全然見えない人もこれで見えるようになるよ、良かったね
コンピュータ内臓メガネ
  レンズの内側がディスプレーになってて、情報を送受信できるよ
サイケデリックメガネ
  色あざやかに変色するんだ、万華鏡のようにね
ハッピーメガネ
  女性が超美人に、草林が花畑に見えたりしてハッピー
アイデアが次々湧き出るメガネってのも有るよっ
見に来るだけで幸せ気分
     あなたの目に驚きと喜びを与える ☆ 21世紀メガネ ☆



 見ていてはじめは何かわからなかった。動いてはいなかったのに、アリやウジみたいな集団で生きている虫みたく蠢いている風に思え、不気味だった。
 剥き出しのコンクリートは染みだらけで、ここは空気が悪い。かび臭くて息苦しい。部屋の半分はガラスで仕切られていて、向こう側には古い、ぼろぼろのめがねだけが山積みにされていた。その大半はぼろぼろに錆びついている。肌寒い。
 このめがねたちが誰かに掛けられる事はないだろう、めがねは掛ける人に合わせて作られるからだ。元々はこのめがねを掛けていた人もいたのだけど、彼らはもういない。もうこの何万とあるめがねの山からしか想像されない存在になり、めがねだけが彼らの個性をなしている。
 そして、虐殺、という事実だけが残る。
 いつのまに、風邪の引き始めみたく気持ちが悪い。もう見ていたくない早く帰りたい、だが見ていなくてはいけない。奥でここからは見えないめがねを想像しなくてはいけない。
 隣には、くつだけが山積みにされている部屋がある。



 遠距離恋愛がうまくいかないのは、なにもかもメガネっ子のせいである。
 メガネっ子のかけた眼鏡のレンズの中に、この宇宙の全てが収まっていることがある。天の川とはじつはレンズのひびであり、その両岸には無数の織姫と彦星が、対岸の伴侶へと手をさし延べている。メガネっ子がレンズを割ると、愛はのこらず破局する。



「トンボのめがねは水色めがね青いお空を飛んだからとーんだから・・・」
現代の巨大なトンボが青いお空いっぱいに伸びたビルに突っ込んだ日多くの御霊が灼熱の炎の中一瞬に天空に飛び散った。
「トンボのめがねは赤色めがね悲しみこらえて飛んだからとーんだから」



ダルマさんがコロンダ
花子ちゃん、動いた!
ダルマさんがコロンダ
……
ダルマさんがコロンダ
太郎君、動いた!
動いてないよ!
動いたもん、右目。

あっ。
ボクは目玉と口ひげのついたメガネを一体とりあげた。
ここはTハンズのパーティグッズ売り場。
目玉と口ひげつきのメガネたちが7体。メガネの柄をばたつかせ
ながら、這うようにして遊んでいた…
…ところをつまみ上げた。

一瞬の静寂

隣は、おじゃ魔女人形。その隣がサンタクロース人形。
そのまた隣には、巨大な紅いダルマの置物が幅を占めていた。
「選挙も終わったし、売れないから返品だな」とつぶやくも、
目無し、耳無しのダルマには自身の運命を知るべくもない。

ダルマさんがコロンダ。遠くでまたメガネたちの声が
聞こえているの、すら。



 きれいな人を見つけた。でもみんなは「どうってことない人だ」という。きれいな人に会って、そのことを聞いてみた。
「みんなの言う通り。あなたの眼鏡が壊れています」
 そこで眼鏡を新しくしてみると、きれいな人はどうってことない人になっていた。みんなは「よかった。それでいいんだ」という。きれいだった人にそのことを聞くと、何も言わずに薮に飛び込んで、姿を消した。眼鏡を変えてからというもの、きれいな人を一度も見ていない。