500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第10回:奇妙な花


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 奇妙な花があるって聞いて、ちょっと見に来てみた。
 奇妙な花は、踊っていた。ツイスト? 
僕が近づくと、話しかけてきた。
「ジャズって良いよね。」
え? 今かかっているのはバッハだけど?
「僕って奇妙でしょ。」
それは確かに普通の花は飛ばないよね。
あ、良いのかな、そうやって着地して。
がしゃ。
「あっ、僕の植木鉢が!」
うわ、これ根っこなんだ? なんか青いけど。
「大体名前がいけないんだよ、普通植木鉢に木なんて植えないんだから。植草鉢じゃなきゃ。」
それとこのつぶつぶしてるのって芋か何か? 食べられるのかな。
「ね、僕って奇妙でしょ。」
花はまだ葉の先をちかちかさせていた。
ちかちか。もしかして信号の一種?
(ア・マ・ガ・エ・ル)

 やれやれ、これは夢なんだろ?
疲れてきたからもう目を醒まそうかな。
後ろでなにやら花は慌ててばたばたしていたけれど、僕はそれを無視した。



ある日、鼻くそをほじってみた。
かなり大きいのがとれたので、庭に埋めてみた。
暇だったのでついでに鼻水もかけた。
3日後、ふと見てみると、肌色の芽が顔を出していた。
1週間後、肌色の芽はぐんぐんぐんぐん伸びて、30cmくらいになった。
葉っぱも出てきたが、やはり肌色だった。
2週間後、ようやくつぼみができた。やはり肌色だ。
2週間と3日後、ようやく花が咲いた。
さきが空に向かって2〜3センチほどでていて、
下には穴が2つあいている。
穴の中には黒いおしべがびっしりと生えていて、
虫が集まっている。
黄色っぽい液もたれている。
ここで、私はあることに気付いた。
自分の目と口の間にあるはずのものがなくなっている。
通りで呼吸しづらいわけだ。
まあ、鼻水をかむ必要がなくなったのでよしとしよう。



 日曜日になると、そこの街角に、スキンヘッドの兄ちゃんが、ど派手な色に塗りたくった、小さなトラックに乗ってやってくる。荷台の後ろに、申し訳なさそうにおかれた小さな花束が、かれの唯一の商品らしい。「はなや」と大きな水色の文字で書かれたドアにもたれて、かれは煙草に火をつける。「駐車禁止」も「禁煙」もおかまいなしだ。人の流れは、かれを遠くに避けてできあがる。でも、かれは待つ。かれは、かれを待っている人がいることを知っているので。
 その小柄な男は、いつもうつむき加減で咳をしながら現れる。よろよろと、大儀そうに歩きながら、けれども花屋を一直線にめがけてやってくる。一度も荷台を見ることなく、かれは花屋に告げる。「じゃぁ、今日は、雨の日の花を。」花屋はためらいなく、荷台にひとつおかれた小さな花束を渡す。男は満足げに笑みを浮かべ、またよろよろと、人の流れに戻っていく。
 花屋は、空っぽになったトラックに乗って、鼻歌を歌いながら帰っていく。ぼくは、それを、一部始終見守ったあと、帰路につく。



 中学時代。国語の授業中に辞書でいやらしい言葉を引くことが流行った。
 直接的な言葉ばかりを探しては喜んでいる俺に、クラスで一番の成績の友人がある項目を見せてくれた。
『花=高等生物の有性生殖にかかわる器官の総体。なお、俗にコケなどの生殖器官を花ということもある』
「花は生殖器なんだよ」
 いや、生殖器などと婉曲せずに友人は3文字ずばりで言ったはずだ。
 俺たちは笑いが止まらなかった。
 その頭のいい友人の家で俺は初めて女性のアソコを見ることができた。
 医者である友人の父親の書斎にあった医学書の中に紛れて、分からないように表紙を変えて隠してあった外国の無修正のポルノだった。
 俺たちは下半身の変な感じを紛らわすかのように、ページをめくりながらくぐもった笑いを繰り返した。 
 何故こんな奇妙な形をしたものに興奮するんだろう?
『花は生殖器』
 その言葉が僕の頭の中で花火のように浮かんで消えた。



 朝起きると、頭から異様なものが生えていた。僕は裸のまま、鏡の前で唸っていた。
「どうしたの?」
 ベットから起き上がった裸の彼女が鏡越しに映る。
「頭に花が咲いたんだ」
「あら……ブーゲンビリア」
 僕は彼女の事を愛している。けれど好きではない。逆に、彼女は僕を好いているが愛してはいない。そんな二人は、お互いが淋しくなると都合よく相手を抱くのだ。
「ブーゲンビリアっていうのは、一つの枝に違う色の花が咲くんだ。しかも、その花々は少し臭うんだ」
 僕は悲しそうに笑って言った。
「何だかアタシ達みたいだね」
 彼女は嬉しそうに泣いていた。

 そして僕らはまた抱き合った。まるで心皮が房を形成することのない裸子植物のように受粉した。
 夜になればきっと、彼女の頭にも芽が出ることであろう。



 シンタロウは、道を逆さに辿ります。
 花を摘んだときは確かに名前があったのに家に帰ってみるといつのまにかなくなっていたのです。
 怒っています。
「自分の名前を落とすなんてなんというおっちょこちょいの花なのだ」
 文句を言おうにも花に名前が無いので、何に向かって言えばいいのかわかりません。
 どこで摘んだのかもわからなくなって途方にくれています。しかも、空が暗くなってきました.
 ふと、顔を上げると人影が見えました。
「花の名前を知りませんか」
 その瞬間、人影はかき消えました。
 人影と見えたものは、花でした。
 そのときから、花の名前はシンタロウになりました。
 出会ったときは確かにあった影の名前を探して、シンタロウは道を逆さに辿り、やがて見えなくなりました。



「奇妙な花のジグソーパズル」はいま、3年4組で流行っている。

約50ピースほどの断片を、4組の木の机の上に広げる。
3時限目の算数の時間までに完成させようと、休み時間に頑張った。
パズル、出来あがる。しかし、奇妙な花なんか出来なかった。
ただ1ピース余っただけなのだ。

翌日も、ぼくのを貸した友だちのA君が完成した。が、やはり1ピースを余らせた。
その次の日もB君が、その次の日もCさんが、そのまた次の火曜日も…。
いずれも1つとして同じ断片はなかったのであるが、決まって1ピースずつが
余るのである。
 こうして4組全員に1巡したとき、週番のZ君がハッと気が着いた。
 みんなも同時に気が着いた。
余ったピースでもう1個の奇妙な花が出来上がることを。
そしてそれがこの奇妙な花にとっての「唯一の」子孫の殖やし方であることも。
次は生物の時間だ。



あかくてあおくてむらさきだいだいで底が抜けた二角形の丸々とした角柱の匂いに似た後ろ姿ににこにこした辛い色のポツポツ斑点が染み出したまだらのビー玉みたいにからっぽにきゅっと締まった無限大の釘の頭のピカピカが映る鏡の表面のざらざらしたフリルに縁どられた古代的な笑い顔がぺらぺら湧いてくる流星群の中をつっきっていくマント姿の君の形の足元に見え隠れする着メロのレトロな裾もようのポトスの中でゆれる眩しすぎるミルクが響きわたる手ざわりの強い形で咲いているもの、なーんだ



 わたしを全部あげる。
 そういった女がいた。
 
 この目も、耳も、鼻も、口も。
 手も足も、全部。
 お腹が空いたら、わたしを食べていい。
 だから、そばにおいてね。

 あれから何年か経ち。
 女の花弁はすべて散ってしまった。
 もう頃合かと、ついにその茎を手折った。
 そこから、血が染み出していた。
 甘い、蜜のような味がした。
 
 これで満足だろう。
 約束通り、おまえの全部をもらってやった。
 
 わたしを全部あげる。
 そういった女は、跡形も無くなった。



 向かいのアパートに住んでいたあの双子の姉妹があんな事になった理由は、想像は出来ても誰も解らないだろう。そもそも他人に解る動機というのは世の中に存在しない、それだけなのだと思う。解ったつもりでいる馬鹿は多いけれど。

 二人は双子だけあって背も顔立ちも良く似ていた。けれど、妹はいつも派手な服を着ていて「あたしは、絶対」が口癖、いつも大声でまくし立てる。いっぽう姉はどちらかというと控えめな、話し方もおっとりしていた。
 二人は仲が良かった風に見えた。たまに買い物帰りの姉の方に会うと、今日は二人で呑むと行ってワインを重そうに抱えている時があった。僕は彼女が好きだった。
 あの日、姉の方に部屋に呼ばれた。妹の方が眼帯をしていて、その眼帯にはまつげが大きく飛び出ている瞑った目が落書きしてあった。理由を訊いても答えてくれない。その後、姉が僕らに出してくれたペスカトーレをいきなりごみ箱に捨て部屋を出ていった。残された僕らは気まずい雰囲気になった。けれど、その後。

 それが彼女らに会った最後になった。
 彼女らの事はしばらくして友人を通して聞かされた。何がどうなんだか、僕には想像する事しか出来ないし想像した事は答えにはならない。ただ彼女らにはもう会えない、絶対。



 屍に咲くってえ花をお前さんは見たことあるかい。ない。そうか、もったいねえな。
 形も色も、匂いだって二つと同じのはありゃしねえ。で、この世のものとは思えんほど美しい。屍から咲くんだから、半分、この世のものじゃねえのかもしれんがな。まぁその花の全部が全部、この花びらにこの色、この匂いのどれか一つ違ってたら醜くなるだろうってな、絶妙の組み合わせなんだよ。うん、見たいよな。
 ん? どっからって、そりゃ何にもねえとこから、ぴょこんと生えてくるわけはねえさ。穴が必要だわな。お前さんにもあるだろ。鼻に耳に口に、人間おどろくほど色んな穴が空いてる。そのどれかから咲くんだよ、花は。
 じゃ、ズボン脱いで、後ろ向いてもらおうか。今さら嫌がるんじゃないよ。大丈夫、痛くはしねえさ。おれのは小せえんで有名だから、初めてでもつるっと入るぞ。まさか経験済みか? 違う。よかった。いや、変に長引かせようとするやつがたまぁにいてな。
 種を植えたら、すぐに死んでも平気だ。安心して、ひと花咲かせろよ。そんときゃ仰向けでな、入れたとこから出ちまわないように。お前さんも見れずじまいなのは惜しいが、なに、ちゃあんとおれが眺めといてやるさ。



目が覚めたらそこは不思議の国だった。
なぜなら、目の前には奴が居たからだ。
「やあ、おいらの名前は・・・・・さ、ヨロシクどうぞ。」
「君は今、僕がしゃべるなんてハズが無い。と思っているだろう。」
「しかし、これはすべて君の世界で、君が創り出したものなのさ。」
奴はリズミカルに踊りながら僕に語りかけてきた。
「さあ恥ずかしがらず、怖がらず、ハタマタ恐れないで、自分をさらけ出してみなよ。」
「そうすれば、この世界を無限大に楽しめることができるのさ。」
そして奴は目の前で立ち止まりこう言った。
「視覚に頼るな、常識に囚われるな、創造をやめるな。」
すると、一瞬にして周りは消え去った。
消えてしまう瞬間、暗闇か閃光かどちらかに包み込まれたような気がした。
現実の世界に戻った時、手には無数の花びらを握り締めていた。

やはり、夢を見ていたのだろうか?

でなければ、奴に出会うはずが無い。そして・・・・
無意識の内に微かに、笑みを浮かべて足を一歩踏み出していた。
「よろしくどうぞ、○○君。」



両肩を抱いた途端、彼女はぺらぺらと倒れ込んでいった。原形を崩したくなかったのに、彼女の意識は別の世界に行っていた。花の命は短いと囁く声がする。冗談じゃない。ぼくはからからになった彼女をそっと抱いて、その場を離れた。できるだけ遠くへ。誰も知らない二人だけの土地へ。もう貴女を虐げる者はいなくなると、耳もとで伝えた。道すがら何度も、向い風が、ばらばらと彼女の欠片を吹き上げた。少しずつ、少しずつ、かけがえのない人の体が失われていく。それでもぼくは、諦めない。泪の流れる、その時を待つつもりだ。



私の趣味は奇妙な花を集めること。
子供の頃からの趣味だが、なかなか奇妙な花はないものだ。
大学では趣味を活かすため遺伝子工学を専攻した。
現在はある種子会社の研究員をしている。
遺伝子工学を利用して奇妙な花を作るのが仕事。
奇妙な花といっても色々あるがまず金色の花を作ってみよう。
金色のチューリップ、金色のハス、金色の桜。
どれもこれもできたら画期的なことだ。
私はまず金色の錦鯉に着目した。
その鯉のウロコを金色にする遺伝子を特定し、花の色素遺伝子と組み替える。
そうすれば金色の花ができるはずだ。
簡単なようだが意外と難しいだろう。しかし必ずやってみせる。
日本を金色の花の輝く黄金の国にしてみせよう。



ヒメジョオンの花が咲いている
ヒトの痕跡をなだらかに覆い隠しながら
ヒメジョオンの原が広がり続けている



君は誰もを惹きつける花だと思う
人は集まり、その場は明るくなり誰もが
羨ましがる君は砂の僕に憧れる。
僕は誰にも捕まらない砂になる・・・君さえ
つかまらないのだ・・・



 うちを殺して。宗さまに、殺して欲しかと。
 相手が丸山遊女でも、人を殺して済むはずはない。彼が戸惑い、足の遠のく間に、女は縄にかけられた。同輩の密告によるもので、女はキリシタンだった。
 漸く自分の心に気がついたとき、宗甫(むねすけ)はおのれを呪った。

 家と断絶した。安宿の二階の一室を借り、戸も窓も閉め切る。その腰に、彼が鐘巻流小太刀術の印可を受けたとき、知己から譲りうけた清麿の脇差がある。
 宿の者たちは、襖ごしに聞くことになった。押し殺した気合い、風を切る音、ときにはすすり泣く声さえも。誰もが恐れ、その一間には近づかない。日を経るにつれ部屋は静まり、ただ風斬る音のみが鋭く、小さくなっていった。

 刑の当日。首斬役が来、女は低く引き据えられる、はずだったが、彼は押さえ役の非人を追いはらう。宗甫。首打同心に賄を使ったのだ。
 二人の目がちかと合った。
 女は背筋をすと伸ばし、両手を組んで目を瞑る。男は背後に回り、清麿の剣を静かに上げた。
 風は水平に走った。
 首は皮一枚残して断たれ、そこを落ちず、切り口から血が八方に散華する。男の頬に一筋の涙。だがもはや心には、さざ波ひとつ立たなかった。

 この事件は一人の絵師に、凄惨だがどこか哀しい、曼珠沙華の画を描かせた。
 宗甫のその後は、伝わってない。



 隙間風の音がうるさくてなかなか寝付けなかった。闇の中私は天井の染みをじっと見つめていた。
 ドアを叩くものがあった。私はドアを開けた。しかし、誰もいない。「あのう」と足元から申し訳なさそうな声がするので見るとそこには花が立っていた。
「何なんだ、おまえは」
「花です」
「そんなもん見れば分かる。何の用だ」
「あなたに一花咲かせてさしあげようと思って参りました」
 私は今までの自分の惨めな生活を思い返した。そして嬉しくなった。こんな私にもやっと幸運が巡ってきたのだ。
「そいつは有り難い。いっちょうよろしく頼む」
「それでは、失礼を致しまして」
花はそう言うと私の足元から体を這い上がりだした。根っこを足のように使って、尺取虫が進むように。そして私の頭のてっぺんまで来るとしっかりと根をおろした。私の頭の上に花が咲いた。



これはお釈迦様の晩年の話である。その日はいよいよ最後になるかもしれない説法が行われると言うので、霊鷲山には多くの善男善女が集まってきた。壇上のお釈迦様は温かい眼差しを皆に投げかけられつつ、黙したまま静かに一枝の花をお示しになった。これまでお釈迦様の説法は誰にとってもわかり易いということで評判であった。とりわけ今回は49年の修行の総決算としてどんなお話が聞けるのか、聞く者にとっても今生最後と言う思いがあった。しかしいつもの説法に代わってお釈迦様が提示されたのは一枝の花。何のことやらさっぱりわからぬと当惑顔で一同し−んと黙り込んだ。その時、群集の一角から閃光が走った。光を発したのは釈尊の十大弟子の一人迦葉尊者であった。ただ一人迦葉だけが釈尊の問いかけに「全てを了解致しました」と言わんばかりの満面の微笑を返してきた。釈尊は今日まで莫大な量の言葉を使って説法をしてきたが、仏法の真意を表現し尽くすことは出来なかった。そのやるせなさを今日の説法で一本の花に托した。迦葉は差し出された花の中に大宇宙の真理を読み取って、破顔微笑した。仏法二千五百年の伝承はかくして今日に伝わってきたと言う。



木星にはエウロパという衛星が有る。
エウロパは表面はぶ厚い氷で覆われているが下には海が有るという。
海には生物がいるかもしれない。
事実は違っているとは思うが大胆にエウロパの海にいる生物を空想してみよう。
光が全く無いので多くは目の無い生物だろう。
発光する生物や赤外線を感知する生物がいるかもしれない。
植物のような生物もいるだろう。
植物といっても光が無いので緑色の葉っぱが有るわけではない。
奇妙な花を咲かせて水棲昆虫のような生物に受粉を手伝ってもらっているかもしれない。
甘い蜜の有る奇妙な花を咲かせて、蜜を吸いに来た生き物を食べているかもしれない。
動物とも植物とも分からないような奇妙な生物。とにかくエウロパの氷に穴を開け、海を直接カラーで見る日が来るのが楽しみだ。



お花は村一番の気立てのよい娘に成長した。となり村の太郎の嫁に欲しいと言う話が来た。うれしかったがおっとうが運悪く寝込んでしまって直るまでいがねえと心に決めた。村役を通して何度も催促が来た。その冬もおっとうの具合は進展せず、お花は裏の畑のスイセンを仏壇に供えて拝んでいたが、その時一本のスイセンがお花に声をかけてきた。おまえの深い息をおれにかけてみれ。したらおれおまえになって太郎の所へ行ってやる。お花がフーと息を吹きかけると、みるみる内にスイセンはきれいな娘に変身して、年が明けるのを待ってとなり村に嫁いで行った。深く息を吐き出したお花の方は、すっかりしぼんで、老婆のようになって、おっとうの世話に明け暮れた。おっとうは自分の女房が生き返ったのかというような気持ちになってお花の介護を受けながら安らかに旅立って行った。それから何年か時が流れて、一人住まいのお花の家へ、スイセンが里帰りしてきた。二人が手を取り合った瞬間、二人は一人のお花に戻った。すっかり成熟した女の美しさを体に漲らせて、お花は太郎と子供達のもとへ帰っていったと。



〈種が撒けない人〉はすぐ諦めるし簡単にキレる。私が「正しい」と言っても「違う」と言っても殴りかかる。『なにも咲かせることができねぇクセに』それが暴力の理由。
 体の傷より心が腫れあがっていく。濁った血が胸から噴きだし赤いナミダが溢れて落ちる。血液に包まれ私は開ききれない花になる。「誰も入ってこないで」と縮こまるのに〈種が撒けない人〉は『見苦しいんだよ』と突き出た雄しべを鷲掴みにして花びらをこじあけ、中に手を入れ雌しべをつかんで振り回す。イタイイタイって泣き叫んでも花びらのなかでは悲鳴はこもってしまうから到底太陽には届かない。
 人は自らが誕生させた〈種が撒けない人〉を刺激したくないから目をつぶり耳栓をして不気味に腫れあがった花の悲鳴を上手によけている。花びらが一枚づつむしり取られても自分たちの華が安全ならばちっぽけな花が散りゆくことなどブラウン管に写しだされる出来事のように真実味が感じられないのだ。
 卑屈な笑いを浮かべる〈種が撒けない人〉がシャツにしている花びらは悲鳴でできているのに人は「オシャレね、どこで買ったの?」なんて問う。



 泣いているのかい?
 いいえ。でもお願い、リボンをつけるのはいやなの。
 おしゃれするのがいやなのかい?
 着飾ることに、一体どれだけの意味があるというの?
 だって、もっときれいになれるじゃないか。
 だから、もっときれいになることに、意味があるの?
 妙な子だね。うれしくないのかい?
 だって。あなた、私になんて興味ないんでしょ?
 そんなことないさ。これまで、どれだけきみを大事にしてきたか、知ってるだろう?
 だってそれ、彼女が好きな色のリボン…。
 これをつけて、彼女を喜ばせてやっておくれよ。
 せめて私が、鋭い棘を持つ花だったらよかったのに。
 私が、彼女への贈り物に棘のあるものなんて選ぶわけないじゃないか。さあ。



彼女の甘い誘惑に誘われて、僕は彼女に飛びついた。
「あなた、おいしそうね。」
ああ〜神よ、あなたはなぜ僕と彼女を引き合わせたのか?
そしてこうも言った。
生ある者は無意味にそれを絶ってはいけない、と。
僕は悟った、「彼女にならこの命託してもいい」と。すると、
周りで見ていたみんながこう言った。「それは、君のエゴだ。」
「まだ間に合う、こちらに逃げておいで。」

彼女は今も輝き続けている、その大輪を。



「まったく奇妙な話なんです。」
 深くきざまれた皺にふさわしい低い声が言う。
「ノックの音がした。ドアを開けても誰もいない。で、ドアを閉めて振り返ると、視界の端でチカチカする。おかしいなと思っていると、何かが笑った気がした。で、気付いた。そいつは火花、というか、花火、というべきか。空中を漂って、ポッと発火するように咲く。咲く瞬間を笑ったように見たんです。」
「ええ。」
 相槌を打ちながら、僕は苛立ちを隠せなかった。馬鹿馬鹿しい作り話だ。そんな僕の様子に気付かないのか、平然と話は続く。
「そのうち大輪のも咲いて、なかなか壮観な眺めでした。静まって残ったのは、なんとなく煙たい空気。で、窓を開けようとすると大きなくしゃみの声。振り返るとドアが開いてた。これでおしまい。本当に、…おしまい……」
 ぽとり、と花弁が落ちた。
 まったく奇妙な植物だ。しおれかけた花が生意気に口をきくなんて。僕は静かに植物研究をしたいのに、うるさいったらありゃしない。



今日も平凡な日常が嫌でも繰り返される。嫌、平凡こそ安定のファンダメンタル。
だが今日は違った、日常の喧騒の中でふと足元を見失ってしまった。
昼休み、たどり着いた小さな植物園、その静けさに惹かれ、非日常の扉を開く。
普段眼にも気にも留めない小さな草花が小川のせせらぎを邪魔する小石のように、
時間の流れをゆっくりにする。
ふと吾に返り時計を見る、「今何時だ ここに来てどれくらいの時間が・・・」
その時、視線の片隅に小さな花が飛び込んできた。再び時を忘れた。
「名は 和名 奇妙な花」と名札にあった。何処が奇妙なのか。
色、取り立てて際立っているわけではない。薫り、まあ悪くはない。
大きさ、邪魔にもならない程度。産地・・・
何の変哲も無いその花の前に座り込んで、その奇妙の意味を推理する。
幾重にも推理を積み重ねてもその名の持つ意味が見えてこなかった。
「悔しいけど、誰かに聞こう 分かる人がいるかも知れない。」と顔を挙げる。
幸い近くで花の手入れをしている白髪の老人がいたので尋ねてみた。
「皆さん 同じことを聞かれる。すみません 私にもわかりません。」
落胆する私に老人は、「ただ、分かる事はここに来られるみなさん、必ずここで立ち止まり、
その花を見詰ておられる。そして同じ質問をされます。私はいつも同じことをお答えする。
『強いて言うなら その名が奇妙なのでしょうな。』と」
そうか 名前が・・・ 肩透かしを食ったような 馬鹿にされたような でも 笑えてきて幸せな気分になった。笑って吾に返った。
すると時間が気になりだした。「おっと、時間が・・・」
慌ててその場を後にする私に老人が言った。「またいらっしゃい」



 仕事にかまけて数週間、庭はすっかり草ぼうぼう。嗚呼、やはり庭のある家など住むものではない、虫も多いし。次回の引越しは、高くても、マンションの最上階にしよう。
 さすがに見かねて、草むしり。いったん始めれば、熱中する。抜く、抜く、刈る、刈る、切る、切る。あれ、庭の隅にへんな花が咲いている。こんなの植えたかしら。夫がこっそり持ってきたのかしら。
 夫、夫。そういえば、このところ、仕事にかまけて相手をしていなかった。いけない、いけない。私は軍手と鎌と鋏を放り出して、バスルームにかけこむ。そして、上半身裸になって、抜く、抜く、刈る、刈る、切る、切る。あれ、上腕の陰にへんな花が咲いている。こんなの植えたかしら。まあいいや。
 久しぶりにちゃんとした服を着て、化粧をすれば、私もまんざらではない。脇の下に奇妙な花が咲いていることも、気にしない。あれ、なんだか私自身が奇妙な花のような気も。



 シルバーシートに根をしっかりと張ったその花の姿はいっそ潔かった。色が何色だとか、形がどうだとか、そういうことはこの際問題ではない。見たこともない花である。
 はじめに気がついたのは乗務員だという。
 そこがいわゆる「おとしよりやからだのふじゆうなかたのためのせき」であったからだ。
 若い乗務員は、その花の茎をつかみ、引き抜こうとしたが、ぴくりとも動かない。
 このままでは「おとしよりやからだのふじゆうなかた」が、たいへんな迷惑を被るではないか。乗務員は焦った。
 手を貸してもらおうと、まばらな社内を見回したがいつものように乗客の一人もいない。
 そこで、彼は「おとしより」の車掌と、「からだのふじゆうな」駅員を連れてきた。
 三人がかりで、茎をつかみ、思い切り、引っぱった。
 四回目に力を入れたときに、めりめりとシートが剥がれる音がして、花がようやく離れた。そして、破れたシルバーシートの中から、大量のサラリーマンが次から次へとあふれ出てきて、電車の中は人でいっぱいになってしまった。
 若い乗務員も、年老いた車掌も、片腕の駅員も、それを素直に喜べなかった。
 というのも、あの花がその乗客たちに踏まれてどこかへ行ってしまったからだった。



私は旅立つとき、ある女性から花をもらいました。
それは白い花でとても高貴な誘われるような香りがしました。
私はその香りで、心地いい気分になり眠りについていました。
目が覚めたとき私は花の色が変化していることに気がつきました。
それは紫色の花で何か魔法にかかったような怪しい香りがしました。
私はその香りで、眼が霞みだし意識が遠のいていきました。
目が覚めたとき私はまた花の色が変化していることに気がつきました。
今度は黄色に変化していました。そしてその香りはとても心が温まり、なぜか誰かをこの広い心で暖めずにはいた堪れなくなりました。そして、私は町中を歩き回りその誰かを探しまわりました。
すると、目の前に気になる女性が現れました。その女性は何か暗い影と冷たさを感じました。
私は迷わず彼女に近づき、明るい光と暖を与えようといろいろともがいてみせた。が・・・。
彼女の表情にひまわりは咲くことは無かった。
「やはり、無理なのか?・・・・。 そうだ、この花なら、この花を彼女に渡せばきっと・・・。」
そして私は、黄色い花を彼女の手に持たしました。

それから、私たちは一緒に暮らしました。彼女は相変わらずだが、あの花は今もずっと変化することなく生き生きと咲いています。
その色は何色だか分からない不思議な、そして奇妙な花です。