500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第11回:除夜


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 しんしん雪の降る闇に、じっと鐘を数えつづけた。無数の枝を夜空にかざし、彼は丘に立っている。根もとに大きなウロがあり、兄妹ギツネが眠っている。遠く鳴りつづける梵鐘のひびきが、妹ギツネに寝返りをうたせた。同時に枝のミノムシも、かすかに身じろぎしたようだ。
「あ、鐘」と妹。
「ヒトの嫁入りだね」と兄。兄妹はこの鐘を、むかし母に聞かされた、ヒトの結婚を祝う儀式の鐘とカンチガイしているのだ。
「キレイなのよ。兄さんも見たでしょ、あの優しいヒト」
「ああ、おいなりくれた」
「あの服、フリソデ、っていうのよ」頭をもたげて兄を見る。「きっと心も綺麗で、ウソなんかつかないのよ。私たちと違って」
 兄はくるりと背を向ける。「信じちゃダメだ。ヒトだって嘘つきさ」
 思いだす。なんども轢かれたのだろう、母はアスファルトに平たく貼りついていた。そばに汚れたフェルトの人形が落ちていた。形見と拾い、それはいま妹が抱いている。妹はまだ母の死を知らない、兄はそう思っている。
 彼女は鼻で笑ってみせた。「へそまがり。キツネの鑑ね」ぎゅっと形見を抱きしめた。
 そんな兄妹の背中に、そっと彼はささやく。
 いま、年が明けたよ。



コーヒーを一口飲んだ。手に持ったカップを、ゆっくりとテーブルに置いた。ぬるくなっていた。ジャズバンドの生演奏を聞きながら、後味を楽しんだ。店内の隅のカレンダーは、一年間見続けてきたものだ。

彼女と出会ってちょうど一年になるが、いつも横に座っているので、あまり顔を見ずに付き合ってきた。今夜もたわいない話に相槌を打つ。聞きながら考える事は、例えば宇宙の事だ。地球が一回りして同じ位置に戻ってくる。そんなイメージを思い描いている内に、いつしか自分自身が宇宙空間を彷徨っていた。

天体の陰から、巨大な彼女の顔が出現した。睫毛の長い目。くっきりとした唇。白い肌。まるで女神のような風格を備えていた。

誰かの手で揺り起こされた。振り向くと彼女の顔。これほど長い間彼女の顔を見たのは初めてだろう。クラッカーの音と歓声が、現実の雰囲気を取り戻させた。新しいコーヒーを注文したら、いつもの店員は代わりに梅昆布茶を薦めてくれた。新鮮な味に驚いたが、酔い醒めには申し分ない。

出し抜けに、二人の将来の話を切り出してみた。彼女の照れ笑いが勿体無くて、思わず視線をそらした。隅のカレンダーが変わっていた。そろそろ日の出の時間だろう。



つま先さえ見えない闇の中
こっそり冬枯れの丘を登る。
パチン
手を一つ叩くと、空に星が一つ。
パチパチ
二つ叩くと二つの星。
パチパチパチ
三つ叩くと三つの星。

パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
パチパチ

もはや音も光も分かちがたい、新しい朝。



「お、やってるやってる。あいかわらず丁寧な仕事だねえ。俺は年かな、細かい仕事をすると目が疲れるし、肩も凝る。」
「今、大事なところなんだ。静かにしてくれ。」
「へいへい。それにしても面倒な仕事だよな。切腹羊羹みたいに、爪楊枝でプスッと刺すとくるりっと剥ける、というわけにいかないのかねえ。」
「そんなことしたら地球に穴があくだろ。」
「いいじゃねえか。予定より長くもったんだし。俺が担当だったらとっくに潰れてるぜ。だいたい今時、「除夜」に身辺を清めて過ごす奴なんていやしない。世界の濁りが溜まって表面が濁ってくる、その「夜」を除いて新しい年を迎えさせてやっても感謝なんぞされやしない。俺たち歳神に義理立てして殊勝に「除夜」をやり過ごす、なんてのは流行らないのさ。」
「いいんだよ。神さまってのはもともと地味な仕事なんだから。…ほーら、できた。きれいに剥けぞ。我ながらほれぼれする名人芸。いい仕事してる、だろ。」
 今年もなんとか、あけましておめでとう。



今年も無事にむかえられましたね、お父さん。

あぁ、むかえられた。
来年も無事でありたい。

聞こえてきましたよ、ほら。

ゴーン ゴ〜ン 。



除夜の鐘がゴーンとなった。
すると、不思議なことに景色が色鮮やかな花畑に変わった。
再びゴーンとなった。
今度は、綿のように浮かぶ雲の上だ。
ゴーンとなった。
平凡な家庭の中に変わった。奥さんがパソコンやってる。
ゴーンとなった。
男が演説してる。あっ、リンカーン大統領だ。
ゴーンとなった。
今までにない光景が現れた。ここは地球ではない。
ゴーンとなった。
摩訶不思議としか言いようのない建造物が建ってる。
ゴー、、ゴ、 止めろ。
なんなんだ、この作品は、逆選狙いか、いい加減にしろ。



除夜の日の煩悩を容器にいれて水に流す、という儀式を今に伝える古寺に行ってみた。
まずは煩悩、108ボン(煩悩の単位)分を酒樽に入れる。酒樽の5分の4が煩悩で満たされるのが例年のことだが、今年は少し多いようだ。
 読経のあと、それは円柱の酸素ボンベのような紅い容器に移し換えられる。容器の9分の7がそれで満たされる。
 信者の代表108人が列をなし、その円柱に深深と頭を下げては引き返すと、いよいよ儀式はクライマックスの、水に流す儀式だ。
 108人の信者がそれを運ぶ。
 断崖の風圧の中、最後の念誦が終わると、「では」で一斉に「ボン」と唱和。紅いボンベは108の手を離れて急速に奈落の海へ落ちて往く。

日本海の海は荒れている。ボンベは荒波にもまれる。沈めば煩悩がそれだけ深く、上がってくれば体積のわりに煩悩は穏やかであるが、悩んだふりをした人が多いということは、偽善的でもある。遠く紅いボンベを見守る信者の顔も複雑だ。

今回は上がってはこなかった。そうか、と納得しかけた頃、海底でボン!という大爆音。ボンベが破裂したのに違いなかった。見守る信者の一人が言った。
「ねえねえ、海の容器の何分目までが煩悩で満たされると思う?」



「おっ、いよいよ始まったみたいだね」
「ごーん……。ごぉーん……」
「カルロス」
「ゴーンって、日産かよ!」
「……」
「……」
「あのさ、除夜の鐘って百八つでしょう」
「うん」
「あれさ、一つ一つの鐘の音にそれぞれ意味があるって知ってる」
「いや、知らないなぁ」
「食欲、性欲、睡眠欲だけかと思ったらけっこうたくさんあるみたいね」
「あのさ」
「ん」
「それって本能と煩悩をかけてるわけ?」
「……」
「……」
「そばでも食う?」
「おっ、いいねぇ」
「ちょっと待ってね。今お湯を沸かして……」
「沸いた?」
「沸いたお湯を注いで」
「三分待って」
「お湯を捨てて、ソースをかけて」
「って、インスタントやきそばかよ!」
「……」
「……」
「そばじゃん」
「まぁそうだけど」
「嫌い?」
「いや、好き」
「……」
「……」
「百八回終わったね」
「数えてたの?」
「うん。今年もよろしく」
「よろしく」
「(*^。^*)」
「(*^。^*)」



ライフル
坂本

ウルトラ
センス
ジラ
谷怪談
長嶋茂雄
ダイヤルQ
マリナーズ
ここまでです。
A HAPPY NEW YEAR



 あなた、今夜は冷え込みますねえ。
 そうだねえ。
 熱いお茶でも、淹れましょうか。
 そうだねえ。
 早いこと。今年ももう、終わりですよ。
 そうだねえ。
 歳をとったのねえ、私たち。
 そうだねえ。
 この先、いつまでこうしていられるかしら。
 そうだねえ。

 ジリリリリ。
あら、電話。……はい、もしもし?
 「あ、お母さん?」
 あら、どうしたの。まだ、あけましておめでとうには早いわよ。
 「そのことなんだけど、お正月はやっぱりこっちに来ない?」
 いいわよ、別に。気を使うだけだもの。
 「でも、お母さんひとりじゃ寂しいでしょ」
 ひとり?
 「お父さんも亡くなっちゃったんだし、ひとりでそこにいてもしょうがないじゃない」 
 なにをいうの、やあねえ。お父さんは、ちゃんとここにいるわよ。
「お母さん? なにいってるの」
あら、お父さんが呼んでるわ。じゃあね、もう切るわよ。
 ツーツーツー。
 
 ああ、寒い寒い。冬はやっぱり炬燵に限るわねえ。
 そうだねえ。
 あなたお茶が冷めてますよ。
 そうだねえ。
 あら、除夜の鐘。もうすぐ、新年ですよ。
 そうだねえ。

 あけましておめでとう、あなた。



 男は誰からも信じられていなかった。男は予言者が百と八度目に生まれ変わった姿であったけれど、その言葉も皆にあざ笑われていた。
 男は泣いた。泣くときだけは音をたてなかった。そのほかはいつも、声をからしていた。男は叫んだ。この世の終わりを。
 もちろん、誰も信じはしなかったけれど。

 啓示の夜は祭りの日だった。男だけは必死だった。酒に酔った人々はその姿を見て笑った。
 祭りは新しい年をむかえるためのもの。
 古い衣を脱ぎすて、生まれ変わるためのもの。
 鐘の音と同時に男の絶叫が鳴りひびく。
 新たな年、最後の予言者は夜にぽつりと立ちつくしていた。誰もいなくなった広場で、男は初めて声をあげて泣いた。



人類が誕生して今日に至るまでに人間は道具を使いこなし、
言葉を発するようになり、子孫繁栄のため集落を創り、国を創るようになった。
しかし、いつの日からか闇は恐怖の代名詞となり、人々は夜を死、朝日を生成るものに象徴づけていた。そして、年という区切りをつけ、その夜を境に新しい希望の年を迎えようという風習を創り上げた。私もまたその遺伝子を受け継いでいるのだろう。
今年もあの鐘を聴くと罪を洗い流す懺悔の気持ちと明るい希望の光を期待する抱負の気持ちが私の体中をかけめぐる。以上  2年B組 小泉淳一郎
と、あの人は少年時代作文に書いていたのだろうか?
でも、字が間違ってるよ。
ああ〜僕もあの鐘を聴きたい。



除夜:インド原産の想像上の生物。夜叉よりも獰猛で、宇宙神ブラックホールよりも空虚。古来、除夜との闘いで、各種の経典が発明されたという。

東京、上空5千m。富士山レーダーを通過した除夜が、この日遂に現れた! 東京は一面、真っ暗闇に。
 緊急事態に早速各宗派が集まって読経が始まる。が、混声を避け、269文字の般若心経で統一することに。東京中が「喜びの歌」然となる。 除夜は文字(声)を呑み込むも1文字づつ動きが鈍くなっていく。人々は269文字に人類の明日を信じ空を見つめた。

觀自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五■皆空 度一切苦厄 舍利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識■復如是 舍利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不淨 不増不減 是故空中 無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色■香味■法 無眼界乃至無意識界 無無明 ■無無明盡 乃至無老死 ■無老死■ 無苦集滅道 無智■無得   以無所得故 菩提薩■ 依般若波羅蜜多故 心無■■ 無■■故 無有恐怖 遠離 顛倒夢想 究■涅槃 三世諸佛 依般若波羅蜜多故 得阿■多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多■ 是大神■ 是大明■ 是無上■ 是無等等■ 能除一切苦 眞實不虚故 説般若波羅蜜多■ 即説■曰 掲帝 掲帝 般羅掲帝 般羅僧掲帝 菩提僧■訶般若 波羅蜜多心經



 年越しの準備をする。いつもと同じように動く。部屋を片づけて掃除をしたり、年越しの料理をととのえたりする。いつもと同じように電話をかけたりする。
 ダイニングの椅子にひとり座り、いつもと同じように蝋燭をつける。いつもと同じ炎が揺れる。わたしはその中に指を浸す。指先から記憶が流れ出すのが見える。ゆらゆらと薄煙が立ち上る。燃えてしまえ、とわたしはつぶやく。やがてわたしの記憶に霞がかかる。
 わたしはいつもと同じ年越しの準備をしている。いつの間にかわたしの隣にはいつもと同じようにかれが立っている。わたしは鍋から立ち上る水蒸気で、指先に火傷をしたことを思い出す。わたしはいつもと同じように笑顔を返す。いつもと同じ光景が流れ出す。
 来年もいっしょだよね、とかれが言う。わたしは、うん、と頷く。何度も繰り返したような気もするし、これがはじめてのような気もする。わたしはなぜか来年の初冬に別れが待っていることを知っている。燃え残りの記憶だ。けれども、それまでは幸せな時期が続くことも、知っているのだ。わたしはいつもと同じように、かれの肩におでこをつけて、来年もよろしく、と囁く。



「みかんのわたは食物繊維が多い」
こたつのなかでほおばっていたらついに鐘が鳴り始めた。
「今年もあと15分か」
この寒いのにお坊さんはニット帽もかぶらない。厄よけで風邪はひきたくないな。みかんの皮をゴミ箱に放り投げたらみかんのカスは上手く入ったけどその周囲が荒野と化していることを思い知らされる。
「来年こそはちゃんとしよう」
こたつぬくぬく。手のひらをみたら真っ黄色になっている。ゲップの香も今年を物語っているようで。
おごそかな鐘の音が降り止まぬ雪の夜に響き渡っている(勿論テレビのなかで)。
「あれ、もう年明けた?」
アナウンサーはまだなにも言ってこない。なので引き続きみかんをほおばり、たてがみに蛇を絡ませた馬のことを考えてみる。



ゴ ー ン
暮れは大変だったな。守旧派がにことごとく反対して。
ゴ ー ン
このままでは改革は無理か。
ゴ ー ン
仕方ない、それでは一か八か、次の手を打つか。
ゴ ー ン
改革する者この指とーまれ、で再編だな。
ゴ ー ン
数は大丈夫か。
ゴ ー ン
自民の3分の2は無理。下手すると加藤の二の舞だ。
ゴ ー ン
自由と民主はほとんどいけるだろうが左は要らんな。
ゴ ー ン
公明保守は不明だな。
ゴ ー ン
合わせても半分は難しい。
ゴ ー ン
解散総選挙といくか。
ゴ ー ン
必死に国民に訴えれば何とか半分は行けるかな。
ゴ ー ン
これが最後のチャンスだ。日本にとっても最後の最期の…。
ゴ ー ン
スースースーー
除夜の鐘は小守唄。おやすみなさい。



「この扉を開くと新しい明日につながります。」

どうやら昨日までを精算してくれるらしい。

はやりの癒し系のサロン以上に効果のある場所らしい。

私は興味を持っているがまだためすことは出来なかった。

だって、誰も帰ってこなかったから。