500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第20回:延長また延長


短さは蝶だ。短さは未来だ。

「あっ、UFO!」助手席の彼女が叫んだ。はっとして見上げると、目の前にまぶしい光! そのとたん、ひどい衝撃とともに前の車に追突した。ショックから回復して横を見ると、彼女は首を前に倒したまま動かない。肩に手をやると、冷たいマネキン人形になっている。ふらふらと外に出る。前の車からも男が出てくる。額に血が流れている。「見た…?今の」ぼくはうなづく。「信じられない。はっきりと見えた」男は放心状態だ。車中を覗くと、女と子供のマネキンが変な方向に手足を曲げて倒れている。ラジオからは野球中継が聞こえる。そこへ後ろから強烈な光が近づいてきて頭上を飛び去っていく。と、それに続いてトレーラーが突っ込んでくる。ぼくらははね飛ばされ、アスファルトに倒れる。トレーラーの男が運転席からころげ落ちる。マネキン人形だ。見ると、ぼくといっしょに飛ばされた男もマネキンだ。トレーラーからがんがんと中継が聞こえてくる。「あわやの打球はセンターフライ! またも同点のまま延長、また延長だ! …え?あの光は何でしょう!? ライトスタンドの上に…」三たび激突音。さらにまた。朦朧とする中、上空でUFOが静止し、ぼくの体は浮かび上がっていく。



 毎年恒例の“あの”チャリティ特番は、制作者側・スポンサー側の「悪のり」を強く含んだ意向が、視聴者の意見をほぼ無視した形で次第に“延長に継ぐ延長”を引き起こす事となった。

 2005年 ・・・ 36時間放送
 2010年 ・・・ 72時間放送

 そして、
 2020年 ・・・ ついに生で一挙100時間放送

 しかし、放送時間の拡大とは裏腹に、寄付総額は何故か低下の一途を辿る事となる。あるディレクターは皮肉っぽく呟いたものだ。

 「安易は地球を巣食う」



 キリンの祖先はひもじかった。



寝ころんで、膝を曲げた、
その靴の先から真っ直ぐに、
鉄の、赤錆の浮いた、線路が延びる。

山を越える、霧の濃く漂う明け方の、
それでも、線路だけは足裏にしっかりと。
どこから私はそこを歩いてきたのか、
どこまで線路は延び続けるのか。
ただひたすら冷たい鉄の上を、
大地を二つに割る直線の上を、
巡礼者のように歩き続ける。
視界から消えず、いつまでも終わらない。

その妄想を空に映せ。



「また延長か、驚いたな。」
「延長に持ち込めば何とかなる。」
「延長にできるんかっ。」
「織田延長、彼ならやってくれる。」

カーン ..打ったっ、ホームラン、これで同点。
延長の一振りで延長戦に突入。
...どうやらピッチャー交代 ...えっ、延長?

「また延長か、驚いたな。」
「延長に持ち込めば何とかなる。」
「延長にできるんかっ。」
「織田延長、彼ならやってくれる。」



大晦日。
地球「延長。」
太陽「また延長?」



先日飲み込んだ種は蔓科の植物だったようで
芽を出したかと思うと猛スピードで成長を始めた。
喉元をするすると伸びる茎に添え木をあてるが成長に追いつかない。
延長しても延長しても、まだスピードは衰える気配がない。
気づくと遥か上空に黄色い花がぽつぽつと咲き始めたようだ。
首を動かすと添え木がゆわん、ゆわんと揺れて心許ない。
またさらに延長するのかと思うとやりきれない気持ちになったが
花の開花にあわせて成長は止まったようだ。
ひとまず安心していたら、あっという間に実がなり種が落ち、
あっさりと枯れてしまった。
残ったのは遥かに伸びた添え木。
外すかどうか迷ったが、とりあえずそのままにすることにした。
さっき落ちてきた種を受損ねて、1粒飲み込んでしまったので。



その昔、グラハム・ベルが発明した一本の糸は、いまや地球上を覆い尽くす広大無辺な蜘蛛の巣と化した。



「久しぶり。元気だった?」
「あいさつなんていらない。いざ勝負!」
「相変わらず、せっかちさんね。いいわ。いくわよ。・・・つばめ。」
「めだか!」
「かえる。」
「ルビィ!」
「いちご。」
「ごりら!」
「ラッパ。」
「ぱ?・・・ぱ・・・」
「あのさ、私いつも思うんだけど、これって勝負と言えるのかしら?」
「ぱ・・・ぱ・・・ぱ・・・」
「あれよね、こうなると勝負というか、あなたの純情さを見守る会みたいな感じよね。」
「ぱ・・・ぱ・・・ぱ・・・」
「もう、来年で私たち30よ。年がたつの早いわ〜。みんなどうしてるのかしら。そういや、あなた以外同級生と会ってないわ〜。」
「ぱ・・・ぱ・・・ぱ・・・」
「噂で聞いたんけどね、美香っていたじゃない?もう10歳の子がいるらしいわよ。下着じゃなくて、沖縄の果物を想像してみたら?」
「ぱ・・・ぱぃ・・・ぱ・・・」
「あんた、今一瞬『パイ』って言ったよね?わざと言うの止めたわね?何?もしかしてあなた!私に会いたくてやってるんじゃ?・・・」
「ぱ・・・ぱ!(逃げる)」
「こら!待ちなさい!あの子、また来るわね・・・」



『2999年 人類は滅亡する』

 偉大なる予言書の最後のページがひらひらと、宙を舞ってたどりついたのは巨大な都市の中でも一番大きな交差点のど真ん中だった。けれどそこには、偉大な予言書の切れ端を見つける人も、その脇を愚かにも通り過ぎる人さえいなかった。
 偉大なる予言書の最後の切れっ端は、退屈そうにぱたぱたとはためいた。



「おれオーストラリアに行くから」
私の人生最大の恋愛はこの一言で終わりを迎えた。この瞬間、不思議と私の脳裏をかすめていったのは、働き出して7年間で貯めた500万の貯金のことだった。
 結局彼は何もわかっていなかったし、何も考えてはいなかった。まるで近くのコンビニにでも行くような口調でそんなセリフを言われたのでは、私も立つ瀬が無いと言うものだ。
バカじゃないの。
精一杯の虚勢を張ってそう言い残すと、私は家に帰ってとりあえず泣くことにした。9年分の彼との幸せを洗い流すため、とにかく泣く必要があったからだ。
 泣きながら、小さな箱を開けていくように彼とのことを少しずつ思い出していた。たくさん喧嘩をし、何度も別れた。そのたびに、彼の胸の温もりがたまらなく恋しくなったことも思い出した。
 考えてみたら、彼との恋はいつも延長戦の連続だった。いつまでたっても終わりの見えない、途方もなく長い延長戦の真っ只中をずっと二人で戦ってきたのだと、ふと思った。今、ようやくそれも終わりを迎えたのだろうか。もう闘う気力も残っていないのだろうか。
 涙はとうに止まっていた。これ以上は一滴だってこぼれてきそうにない。延長戦はまだ終わらない。延長また延長。こうなりゃ、どっちかが死ぬまで続けてやる。
 私はパスポートをぎゅっと握りしめる。



 満月が輝く夜空の下に暖かい星があった。その暖簾を潜ると、人生のメニューから好きなものを選べる。私が選んだのは、UFOの器に色とりどりの個性ある者たちが溶け込んだ透明なスープが注がれ、殴られ叩き尽きられ鍛えに鍛えられたコシのある奴が泳ぐもの。
それを生命の入り口に黄金の橋で導いた時、私の体から涙がこぼれた。
その味は正に<人生は……だ>と教えてくれた。不思議な事に私は涙に答えを流されてしまい、その星であった事も、二度と行くことも出来なかった。
 ただ、それ以来私は青白く光る出口のない迷路を、満月を頼りに歩き続けている。



 ノストラダムスは嘘をついた。



朝、目覚ましの警告音に飛び起きるとその延長で駅まで走って電車に飛び乗りその延長で遅刻ギリギリに出勤するとその延長で嫌味な課長に小言を言われその延長で机に向かってようやく退社時間を迎えるとその延長で飲み屋のカウンターに愚痴をこぼしその延長で強かに酔っ払って店を出るとその延長でどうにか部屋にたどり着きその延長であっという間に眠りに落ちてその延長で翌朝、目覚ましの警告音に飛び起きた。



わずか33.96?という箱の中で今まさに死闘が始まろうとしている。しかも今回は4名だ。一人なら延長はないだろうが、今回は免れない。作戦が必要だ、資金もままならない。

先手必勝か、それとも力を温存し後半で追い込みをかけるか、相手の出方を観るのも一つの手。途中で水分や食料も補給しなければならない。とにかく私の必殺技をどこで出すかこれが問題だ。そして戦いは始まった。

 『乾杯』ついに私の十八番が登場したその時、時間切れのベルが鳴った。

「すいません、延長お願いします」

「えっまたですか〜」呆れた店員の声が空しく受話器の電子音で伝わって来る。そして、私達の歌声は藍色の空が薄くなるまで続いた。



 ごめんね、と、きみが言う。
 違う。ぼくは首を振る。
 あなたが悪いのよ、と、きみが言う。
 違う。ぼくは首を振る。
 こうなる運命だったのよ、と、きみが言う。
 違う。ぼくは首を振る。
 わたしたちせいいっぱいやったよね、と、きみが言う。
 違う。ぼくは首を振る。
 首を振るたび、テーブルの向こうのきみの姿がリロードされる。ぼくは何度もきみにチャンスを与える。けれども何度繰り返してもきみの口から出てくるのは終わりの言葉。
 違う。ぼくは首を振る。ぼくが聞きたい言葉はそれではなくて。何度も何度も首を振る。きみは何度も何度もアイスティーを飲み込みなおしては、違う言葉で同じ結果を繰り返す。終わりはまだこない。



 ふわふわの雲に乗る。ぽっかりと浮かぶ白いベッドに寝転がって、青くどこまでも広がる空を見る。そうやって空だけをながめていると、体の中にも空が入ってきて、心がほどけていく。今大人気の雲乗りは、半年先まで予約がびっしりはいっている。
 雲乗り場は、世界一空に近い展望台にあった。雲生成機からもくもくと出てきた人工の雲に仰向けに寝る。人間の体は重いので、取り出した心だけ雲に乗せる。時間はひとり三十分。
 僕が長い列に並んでいると、係員たちがざわつきだした。雲に乗っている男の人が、二回目の延長を言い出して戻ってこないらしい。
「その雲は時間がたつと消えてしまうんです。帰ってこれなくなりますよ」
 係員が、男の人の本体に話しかける。乗り場のそばにある簡易ベッドに横たわっている彼は、まるで死人のように無表情に目を閉じている。
 きっと、彼に戻る気はないんだろう。  頑張っても頑張っても終わりの見えない日常にうんざりしてしまって、雲と一緒に空に吸いこまれたかったんじゃないかな。



途切れぬ細雨の続く夜、それを借りた。

そして数年、返す気になったら、両親の笑顔が目端に映った。少し先延ばしにした。

そして数年、返す気になったら、友達の笑い声を遠くで聞いた。少し先延ばしにした。

そして数年、返す気になったら、恋人の膝で寝ている事を思い出した。少し先延ばしにした。

そして数年、返す気になったら、野良猫に手を引っかかれた。少し先延ばしにした。

結局ずぅーっと続いていた。そしてまた、途切れぬ細雨の続く夜、それが壊れた。

手も足も動かなくなった。眼もかすれ、飼い猫の鳴き声だけがやけに響いた。

にゃーにゃーにゃー。ひとつ思う。借りる前の自分はなんだったんだっけ。

分からないでいると、鳴き声を風が持っていった。見えなくなったから、眼を両方閉じた。

多分、細雨はまだ降っていると思う。



 少年ヨ 泣クナ。
 腹部に衝撃波。弾き飛ばされる。開かない眼で天を仰ぐ。カウントダウンが聞こえ、コインが喉頸を通る音を聞く。サーキットに電流が走り、再び闘技場に立つ。
 少年ヨ 刮目セヨ。
 掌が波動を発する。ローキックがヒット。男を跳ね上げ、私は天に吠える。届け。届け。魂へ。少年の眼を開き、空洞の心に響き渡るように。
 少年ヨ 堪エヨ。
 ガードしてもダメージ。旋風脚は空転。掴みあげられ投げ落とされる。冷たい床に頭が冷える。もたげる力はない。少年の華奢な手が台を殴る。ノイズが私を歪ませるだけ。そうじゃない。そうじゃないんだ、少年。
 超人ではない。天才ではない。空を飛べない。世界を操れない。限られた君自身の内には、それでもなお、無限の可能性が存在するのだ。よく視ろ。パターンを読め。素早く的確に技を繰り出せ。俺は動く。闘う。俺の拳は巌よりも堅い。
 さあ、共に行こう。かいくぐり、突き破り、勝利を掴むのだ。誇りを胸に。共に叫ぼう。所与をあらん限り生きる、それが俺達の自由だ。
 コインが喉を鳴らす。表情のない少年の瞳に二次元の私が映る。トモ二ユコウ。疲れることも傷つくこともありえぬ私が闘技場に立つ。



 隣の兄ちゃんのところに、またコイビトが来ている。コイビトはいつも赤い自転車に乗って、来る。それは、滴るように鮮やかな赤で、その色が目に映るたびに、あたしは膨らみゆく自分の胸のカタマリに苦しめられるのだ。
 赤い自転車が去った後に、あたしは兄ちゃんのところへオセロを持って、行く。あたしが黒で、兄ちゃんは白。けれど初めて手ほどきを受けた日から、あたしが勝ったことは一度もない。
 「手加減、いる?」
 ゲームを始める1回ずつに、兄ちゃんは必ずそう訊くが、勿論あたしは首を振る。もしあたしが勝てたら、お願いをひとつだけきいてくれる約束なのだ。
 細く骨ばった指が、最初の4枚を盤に並べた。うすく笑って、兄ちゃんは言う。本当に最後だぞ。
 今度こそ、黒の勢力で白を飲み込んでしまいたい。シャツの下の胸が、触れらない程に痛んで、あたしの瞼はあつくなる。
 「もう1回だけして」
 負けられないあたしは、ムキになって何度でもせがむ。盤の上は限りなく白に近い。
 兄ちゃんはもうじき、東京へ行く。



 私は歩き疲れて、喫茶店に入った。
 席に座ると、ケータイが忘れられていた。
 見えない振りして、バナナティーと梅のマフィンを頼む、けど、
 ケータイの着メロが鳴った。
 私はやや躊躇いつつ、手に取って、通話ボタンを押した。
 「もしも−し、今、どこにいんの?」
 「・・・店」
 「え、いつまで居んのよ」
 いつまで?でも、遅いとか間に合うとか、そういう時系の問題ではない。
 「こっちなんてさ、バイトの時間また延長よ。みんな、早く帰れっつーの」
 なるほど。それを延長と呼ぶわけか。欺瞞のトリックだ。延長に延長を重ねる事で、以前の延長を糊塗する。そして、幾度も延長を繰り返した結果、無自覚に肥大させた境界によって押しつぶされるのだ。
 「んでさ、少し遅れるべさ。ごめん」
 どれだけ延長しても、それは延長線上でしかない。
 「あれ、だんまり?ぽっちゃん?いま、どこ?」
 一つの受精卵が、一年にも満たない期間で人間になるという、震えるほどに劇的なプロセスを体験して、もう、いつ死んでもよい、と生まれたばかりの私たちは考えたはずなのに、なぜか、こうして生き続けている。
 それが、いま、ここにいる不思議。
 「ねぇ、・・・あなた、誰?」
 声など潜めて、それで飛翔したつもり?



 ピノキオは嘘をついた。



「ねぇ、奥さんとはいつ別れてくれるの?」
『延長でしたら、二時間でプラス三千円となりますが?』
「二時間で」
『かしこまりました』
「ねぇ、早くあんな奥さんと別れてアタシと一緒になろ!ねっ、ねぇ」
「あいつと・・・別れる必要はない」
「えっ、嘘つきー。別れてくれるって言ったじゃない」
「すまない。君には・・・死んでもらう」
「えっ!?なに?ヤメて。ヤメてっ!ヤメてぇぇぇぇぇぇ」
「お帰りなさい」
「ただいま」
「大変ねぇ・・・あなたも」
「どうして?」
「いいえ、ふふふ。これで何人目かと思ったら・・・つい」



 世界の恒久平和のために赤道周回道路が計画された。
 なにしろ海越え山越えの四万キロ、完全無人の自走敷設機が必要だ。反対地域勢力の攻撃も心配、専守防衛で反撃装備も満載しよう。工事の終わりはどうするか?地球は丸いから東と西に敷設機を走らせて反対側でがっちり連結、それで道路は完成だ。
 高邁な理想のもと、フジワラ首相は政府開発予算を惜しげもなく注ぎ込み、モチヅキ博士は軍事、暗号、核融合等々あらゆる技術を盛り込んだ。
 そしていよいよ着工。一対の敷設機がインドネシアを出発した。
 敷設機の出発台が南北にごくわずかねじれていたことにはまだ誰も気付いていない。