500文字の心臓

トップ > 自由題競作 > 選考結果 > 第10回:松本楽志選


短さは蝶だ。短さは未来だ。

距離感

  せっかくの作品をタイトルで説明してしまっている作品がいくつかありました。タイトルというものは作品と適度な緊張感を保った関係でいてほしいというのが僕の考えです。
 タイトルに書かれた文字列というのはきわめて強力な立場にあります。本文すべてはタイトルによって支配された状態にあります。これは作品を読む際、タイトルというのはまずはじめに読まれる文字列だからでしょう。ひとはまずタイトルを銘記して物語を作り始めます。そこでタイトルが本文を説明してしまうようなものだったら、読者の頭の中にまだ物語が作られていないうちからその限界をあらかじめ教えてしまうことになりかねません。作品を味わいたい身からするとずいぶんともったいないことでないでしょうか。

 わからないタイトルが良いというわけではありません。説明をすることにより、物語がより深まるということもあります。ただ、作品のオチやテーマをそのままタイトルにするのはどうかと思うのです。これがエッセイや論文ならば、適切なタイトルを付けることは重要です。タイトルとは本文の究極の要約ですから。ところが超短編に要約は必要ないと僕は思います。要約や編集は読者が頭の中ですることであって、作者があらかじめしておいてあげるのは、これはよけいなお世話というものです。

 ――などと偉そうなことを書いておきながら、僕自身もタイトルをつけるのがあまりうまくありません。作中の名詞をそのままタイトルするという可もなく不可もないという作品(歌謡曲の歌詞的な考え方でしょうか)がけっこう多いです。ただ、一言でテーマを説明してしまうようなタイトルを付けるのだけはやめておこうとそれだけは決めているのです。

選者:松本楽志 



掲載作品への評

[優秀作品]切符 : 佐藤あんじゅ

> 角を曲がると人が溢れ、いつしかその流れに逆らって

 短い中で、立体が平面へ平面が線へ線が点へと解体されていく様子が凝縮されて描かれている極めてテクニカルな作品だと思いました。
 都市という立体物があります。これは実体があるわけではなく、人々の営みの瞬間が残す残像のようなものです。この作品の主人公は、はからずともその残像を作り出している人の「流れに逆らって」いることに気がつきます。ここで〈立体物〉は単なる〈平面〉へと解体されます。次に駅へたどり着きます。駅というのはそういった都市という同士を結ぶための出入り口です。ここで〈平面〉は広がりを失って、駅と駅それを結ぶ線路という〈線〉へと解体されます。ところが、主人公はそこから旅立つことはない。線路を無視し、地下へと降りていきます。ここで〈線〉は〈点〉になります。ついにたどり着いた先で、点は消えてしまいます。主人公のトランクから逃げ出した影というのは、主人公そのものでありましょう。そして、物語における主人公というのは〈視点〉であったりするのです。



闘争の歴史 : 宮田真司

> 凍土に赤い絵を書き続ける。国民は産まれた時から絵描きとなり、

 やや毛色の違う作品を選んでみました。こういったポリティカルにも読めるお話は堅いが故にある種の幻想を呼び起こさせると僕は思っていて、この作品はうまく作用しています。残念なのはタイトルでしょうか。これは「闘争の歴史」です、と書いてしまえば、それはもう「闘争の歴史」であるとしか読めなくなり、凍土にかかれた赤い絵は、鮮やかさを失うのではないでしょうか。



図書館で : 春都

>  あぁ違う違う、と声をかけられた。

 超短編では言葉を省略しているために世界を十分に記述することができません。となると現実世界と異なるメカニズムがストーリィを支配することはきわめて多いです。
 この作品は、世界そのものは現実世界なのに、不思議な展開を見せる作品です。あえて幻想を多用しなかったところがポイントかと思います。



微熱 : よもぎ

> なんの病いに感染したのか、抗いようもない微熱が僕を誘う。

 非常に感覚的な作品で、言葉の並びもおもしろいと思いました。あえて言えば、タイトルにもなって前半を支配する微熱と、ドアを開けてから現れる粉々になるイメージとがもう少し有機的に結びついて欲しい気もしました。



積み木あそび : タキガワ

> 久し振りに親子げんかをした。普段ならば、

 「私は爆発してしまった」というただその文面だけのお話といえばそれだけです。こういう言葉遊び的な物語はわざとらしいあるいは嫌みたらしくなりやすいと思うのですが、この作品はテンポが良く飄々とした文体にあっています。



掲載されていない作品への評

愉快犯

 これも「闘争の歴史」と同じようにタイトル一考の余地ありかと思います。お話自体は意味ありげに終わるのにタイトルが説明をしてしまっているような気がします。



旅立ち

 途中まではおもしろかったのですが、後半になって理が勝ちすぎてくると広がった世界が急激にしぼむような気がしてしまいました。



二十世紀っぽい

 「タンポポ」を題材にした超短編の連作でした。ちょっと数が多いですね。もっと絞っても良かったのではないでしょうか。あと、タイトルがよくわからなかった。二十世紀っぽくもないような気がします。
 ちなみに、ハッカーをハッカと書くのはどうでしょうか。ふつうあまり使わず、かつ、すでにある言葉に似てしまう言葉をここであえて使うことに意味を感じられませんでした。



魅惑

 安定した文章の作品でした。ただ「たくさんの人を飲み込んでいく」ところへたどり着くための描写が、単純に美しいだけになっているような気がしました。タイトルが「魅惑」ならばねっとりと絡みとられるような魅惑がほしいところです。