500文字の心臓

トップ > 自由題競作 > 作品一覧 > 第09回:峯岸選


短さは蝶だ。短さは未来だ。

[優秀作品]霊感虫 作者:金魚

 人の脳に寄生する虫がいる。大きさは針の先ほど。金色の虫だ。木の幹や草叢にひそみ、美しい声で歌をうたう。ローレライのように。その声に魅かれ耳をよせると、虫は耳の穴にすべりこむ。あるいは古い書物の頁の間に隠れている。書物の頁をめくると、虫はほこりと共に舞い上がり鼻の中にしのびこむ。そうやって虫は脳にすみついてしまう。
 虫は脳を食べる。脳は痛みを感じない。虫は気づかれることもなく、脳をかふかふ食べ進む。ある時、虫は食べるのをやめ、小さな卵をたくさん産む。数万個の卵を産み終えると、卵のかたまり全体を薄い透明な膜で覆う。薄い膜からは少しずつ物質がにじみ出て、卵を育む。きらきら光る金色の卵は、孵化するまでの数年間、その膜に包まれて眠る。
 卵を静かに育んでいく物質は、また、宿主の脳にも作用する。脳のある部分が刺激され、活動は異常に昴進する。すなわち、宿主に霊感と呼ばれるものが訪れる。言葉があふれ詩となり、物語は果てしなく、美しい旋律が絶え間なくつむぎだされる。そしてある日、膜が消え数万個の卵が数万匹の虫になった時、霊感も消える。
 宿主はあるいは狂い、あるいは不安に駆られ自殺する。宿主が死んだ瞬間、虫は脳から体の外へと移動する。口から、鼻の穴から、耳の穴から、しっかり閉じられたまぶたの間からも、光の粒のようにきらきらと輝きながら、金色の小さな虫がさらさらと流れ出る。死者の頭をつつんだきらめく金色のもやは、わずかな風のそよぎで一瞬のうちにかき消され、あとには何も残らない。



タクシー 作者:タカスギシンタロ

 だらだらしていたせいで、約束の時間に遅れそうだ。あなたはあわててタクシーに飛び乗った。ところが信号という信号がことごとく赤で、走ったと思うとすぐに止まってしまう。あなたは運転手に文句を言おうとするが、ミラー越しの顔があまりに恐ろしいので「なんだよぅ」と独り言をいうのがせいいっぱい。
 やっとの思いでパーティー会場に着いたところが、遅刻をののしられ、さらには髪の色や足のむだ毛まで指摘されて意気消沈。ついには飲みすぎてトイレで寝込んでしまう。
 誰かがあなたをトイレから引きずり出し、タクシーに乗せる。行き先はうろおぼえで「なんとか大仏」としか告げられていない。タクシーが発進する。見渡すかぎり信号は青。このタクシーはけっして赤にはつかまらない。運転手はミラー越しに一度だけあなたの寝顔をのぞき見て、やさしく微笑む。どこかの大仏へと続く道を、タクシーはすごい速度で走っていく。



オーラルセックス 作者:ピッピ

裸の男が監獄に閉じ込められる。其処には、見知った女が裸で座っている。男は女の裸を嘗め回す様に見詰める。
「お腹、空いたな」
「そうね」
二人は69の姿勢をとり、足の指を舐め、それから食べ始めた。足首、太腿、腰、二人の身体はどんどん小さくなる。
そして胃袋を食べ終えた時、漸く二人はお腹が空かなくなって、胸像のまま、満足して抱き合い、眠りにつく。