500文字の心臓

トップ > 自由題競作 > 作品一覧 > 第15回:たなかなつみ選


短さは蝶だ。短さは未来だ。

[優秀作品]宵闇のガリレオ 作者:宮田真司

 いつのまにかこの列車に乗っていた。産まれた時から乗っていたのかもしれない。ただ、気付かなかっただけで。
 うっすらと西日が差し込み、だけど視野の殆どは群青の宵闇に満たされている。列車の乗客は皆、個人個人の時間を過ごしていて、互いのそれが交わることはない。ゴーストのように半透明な乗客達の時間が隣接した時、ぽぅとほの白い灯りが生まれ、揺らめいて消えていく。
 車窓から眺める風景は嫌いだ。地平まで赤と黄のかざぐるまが埋まり、からからと回っている。時々ドレスの少女が現れて、スポットライトの中で歌を歌いだす。けれど音は空気を震わすことなく、私まで声は届かない。空を覆う青黒い闇が怖くって、だから私は進行方向に沈む西日をずっと眺めている。
 けれど列車はいつでも宵闇で、陽は沈むことも、昇ることもない。停車駅には辿りつかない。あのスポットライトの少女は夭逝した姉だったか、風に回るかざぐるまはあの縁日のお土産だったか。同じ時間の中で、いつも記憶から背をそむけている。

 陽は夜のうちに歩き出す。逃げ出した灯りを探す旅に出る列車は、半球の夜を私達を乗せて、西に沈む夕陽に向かって時速1674kmで逆走する。



人間の砂漠 作者:まつじ

右から左に通り過ぎる風に長い腕を晒すと音もたてずに細かい粒になり吹き崩れて遠くへ消えていった。雲のない空の下、果てしなく広がる砂の丘、あの小さな波の模様に私はなるのだろう。体が完全に砂に消えてしまうほんの少し前、残った左目が向こうの丘で溶けるように崩れていく人影を見た。



大好きメーター 作者:根多加良

 大好き!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
 俺も!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



花 作者:まつじ

どん、と強い衝撃が来たと思ったら僕の胸が割けて、赤いゼラニウムの花が散る。
僕の体は後ろへ弾け、花びらは無重力の世界に広がった。
君は銃をこっちに向けた恰好のまま、花びらの向こうで遠のいていく宇宙船。
広い広い宇宙の真ん中で煌めく星に囲まれて独りぼっち、花びらの向こうで遠のいていくのは、僕が守ろうとした君。



レストア 作者:皐月透

お前みたいな乱暴者は、ごくつぶしは不良は犯罪者は。
喚き続ける親父のナイフが、眠っていた俺をばらばらにしていく。頭を、腕を、脚を眼を鼻を爪を心臓を舌を。
床下に転がり落ちた耳は、ちくちくとお袋の針の音を聞く。
「……足りないぞ」
「パソコンの時はねじをなくしたわね」
盛大なお袋のため息と共に、床下の耳は親父の声を聞いている。
「失敗だ!」



バラバラ 作者:空虹桜

 眠っている間に、彼女の体はバラバラになる。
 寝汗でジョイントが滑りやすくなるから、彼女はだいたい5000ピースほど、バラバラになる。
 だからぼくは夜な夜な夜なべして、彼女をくっつけなくてはならない。
 おかげで最近さっぱり寝れず、ぼくはバラバラになれないでいる。



The Telling 作者:宮田真司

 聖地の風に捲き返る丘で、ミルは「なべてかくあれかし」と言葉を紡ぐ。言霊がゆらめく意味になって、音波の波間にゆらゆらと浮き沈みし拡散していった。ミルは額の伝子胞を膨らませ、細胞質から電流を濾して古都のケルンへ向けて会話線を送った。
『おめでとう、言霊を放ったね。今、最後の貴腐病患者が世界を肯定した』
『ありがとう、世界を丸め込むことができました。…長い旅でした』
 それは長い旅だった。沢山の人が死んだ。高地の一面を覆う花畑の、そのつぼみの中で暮らす神子たちを、花ごと散らしたこともあった。雪を涙に変換し、その余剰エネルギーを生活の糧にする生き物たちから、憂いを奪ったこともあった。ミルは沢山の意味を背負って、その意味に意義付けすることなく、ただ旅を続けてきた。
『君は世界の視点の座を手に入れた。君の言葉が世界を作るだろう。けれど覚えておくと良い。君の紡ぐ言霊はいつか君自身を縛り、相対性という蜘蛛の網で君の主体を殺すだろう』
 それは解っていることだった。解っていながらそうしなければいけなかった。その意味で始めから主体などはなかったのだ。
 地平線に遥か天まで貫く言の葉の樹を望みながら、梢から舞い散る言霊の波に全身を浸し、ミルは今、ゆっくりと世界の根と一つになっていく。