500文字の心臓

トップ > 自由題競作 > 作品一覧 > 第24回:タカスギシンタロ選


短さは蝶だ。短さは未来だ。

[優秀作品]蜘蛛の糸 作者:タキガワ

 ひらりと君が、目の前を横切ってゆく。
 君のハネが震わせた空気に、キラキラと光が散る。一緒に行こう、と君は私を誘った。遠くまで。
 ハネを持たない私は、ただぶらぶらと風に揺られてそこにいた。畳み掛けるように君は言葉を重ねるが、私がどうすればその場所へ行けるのかについては、何も言うつもりはないようだった。
 私の流した糸が、風に煽られて君に届く。君が少しだけ怯えるのが解った。私はそのからだを縛り、あしを絡め、ゆっくりと確実に、君を繋いだ糸を手繰る。
 恨みごとを言うかともおもったが、君はかすかに息を吐いただけだった。
 力なく開閉を繰り返す、まだ自由なハネを私は踏み躙る。柔らかなハネが落ちる。風に吹かれて、君が乾からびてゆく。
 私のからだは、君が散らしたあのこまかな光を浴びて、ひとりでに輝きだしてしまう。



オン・ザ・ロック 作者:空虹桜

「別れたって?」
 カウンタに座った男の言葉に合わせ、わたしはグラスを置く。
 それが仕事だから。
「あん。やっぱ不安なんだって」
 答えた男の言葉に合わせ、わたしはグラスを下げる。
 それが仕事だから。
「物わかりいいとか言っても、やっぱ女の子だよなぁ。いいだけ遊んでんだもん」
 常連には、注文される前にグラスをお出しする。
 それが仕事だから。
「言うなや。傷心なんだから」
 いつもの席に座る常連にも、奥のボックスに座る不倫カップルにも分け隔て無いサーヴィス。
 それが仕事だから。
「俺が女だったら結婚してやったのになぁ〜」
 少し大きめのグラスにストローを二本。
「ホントにするか?」
 二人の間にそのグラスを置く。
 それが仕事だから。



ずんぐり 作者:まつじ

 わたくしが独りで道を歩いていますと向こうから、何かずんぐりとしたものが、ずんぐりずんぐりという風に近付いて来まして、何だろうかと少々怯えながらずんぐりを見ていると、ずんぐりは、「ずんぐりずんぐり、ずんぐりずんぐり」と鳴いており、思いの外ずんぐりではないのだなと、わたくしは妙に落胆してしまいました。わたくしの気持ちを他所に、ずんぐりはそのまま勝手にまたどこかへ向かって行ってしまったのですが、どうにも心がずんぐりになって、わたくしも同じ風に、ずんぐりずんぐりと何処かしらへ歩いてゆきました。それからすっかり、ずんぐりしています。



月蝕 作者:北川仁

「月蝕の夜は」と男は言った。彼は砂漠の真ん中でひとり、真っ白なバスタブの縁に腰かけている。
「月蝕の夜は、光の抜け殻が、まるで雪片のように空から舞い落ちてくるんだ。それをバスタブいっぱいに集めて浸かってみるとね、ひんやりとして心地がいいんだよ。私はそこで次の月蝕のことを考える。そうすることが、私にとっての一番の幸せなんだよ」

 
 僕の抱いている猫が突然わめきだした。
 よく見ればもう、月蝕は始まっている。



美術室にて 作者:空虹桜

 ホントに綺麗な友達をモデルに、触り心地よさそうな大腿骨から描き始めたら、キャンバスには神経系の標本ができあがった。
 3ヶ月?なんて訊いたら、さすがに怒るかしら。



ハヤブサ 作者:あきよ

 犬は犬である。
 しかし、その犬はネコでもあった。
 それと同時に、ホタテでもあった。
 また、かつてはイスであり、それ以前はモナリザでもあった。
 ある時、犬はひとりの老人に出会い、ハヤブサになった。
 それ以来、ハヤブサである犬は老人のそばを離れることはない。
 犬は、ネコでもホタテでもなく、ハヤブサであることを選んだのだ。