500文字の心臓

トップ > 自由題競作 > 作品一覧 > 第25回:峯岸選


短さは蝶だ。短さは未来だ。

私、何? 作者:霧生康平

私は私を追いかけていた。いろいろな場所、いろいろな時を潜り抜け、あるいは飛び越えて追いかけつづけた。私は私を見つけると、後ろから思い切り刺した。無言のままに倒れた私を無視して、私は私の持っていた鞄を確認する。それに何も入っていないことを確かめた後、私は私の死体を私の鞄に入れて私の家へと持っていく。私の家には何も知らずにビールを飲んでる私がいて、自分と同じ顔の私を見て驚いているけどそれに構う余裕はない。私は私の死体が入った鞄を開ける。すると死んでいたはずの私は鞄の中で蘇っており頑張って戦うけど結局負ける。鞄に詰め込まれて運ばれる自分をしばらくの間意識するけど、ある一転を境に私の意識は外に弾き出されてさまよう。次に気づいたときには争いの跡も生々しい私の部屋のリビングにいた。側に置いてあった温くなったビールを呷る。さて、また私を捕まえにいかなくては。



ピーターの城 作者:まつじ

 空を見上げると、そこにはお城がありました。
 それはもう絵に描いたような洋風のお城で、ぽつんと空に浮いているのでした。
 マグリットの絵みたいだ。
 ピーターは、いつか見たその絵をくっきりと頭に思い浮かべ、しばらくの間、宙に浮くお城をうっとりするような目で見ていました。
 どれくらい見ていたのでしょうか。
 そのうちにピーターは、お城が欲しくてたまらなくなりました。見たところ、お城につながる道はないようです。まずは道を作らなければいけません。
 それから、ピーターはせっせと空のお城に届く道を造り始めました。
 もしも手に入らなかったときは、きっと壊してしまおう。
 そんなことを頭の片隅で考えながら、大砲を傍らに置いて、楽しそうに、一生懸命道を造り続けているのでした。
 青い空と白い雲に囲まれて、お城は、まだまだ遠くで静かに浮かんでいます。



シュレディンガーの猫 作者:瀬川潮

 雲がえらく高い青空の下、草むらに落ちている宅配便を見つけた。
 野良だ。
 取りあえず、拾っておく。
 学校の制服のまま本屋に寄り道をしようとしたら、宅配便が「にゃあ」と鳴いた。さすがに中身が気になりがさごそと開封した。が、中は空だった。
 すっかり立ち読みする気が失せて帰宅しようとしたとき、やはり中身が気になり宅配便を開けてみた。果たして、中には小さな子猫がいた。「にゃあ」とも鳴かない。つぶらな視線に耐えかね、閉じる。
 自宅に帰る気も失せたので、公園に立ち寄った。宅配便は相変わらずおとなしい。「にゃあ」と鳴き真似をしてみるが、返事はない。もう一度、開けてみる。すると中には公園と、箱を持った背広姿の自分がいた。その時、空から「にゃあ」と聞こえた。
 見上げると青空に、こちらをのぞきこんでいる丸顔の自分がいた。
 さらに高い空に向かって「にゃあ」とつぶやいておく。



星が流れる 作者:きき

満天の星空。雲のない暗い空の海。
ひとつひとつの淡い輝きの間を縫うように、星が流れる。
強く 弱く 長く はかなく、四方の空をさまようように
どこ? どこ? と何かを探すように、星が流れる。
今宵 空のあちらこちらで、遠い彼方からのメッセージを携え
何かを訴えようと、何かを忘れなさいと、星が流れる。
美しい光の帯を引き、夢の余韻を感じさせるように
幻となっていくいくつもの驚きを残し、星が流れる。
見つめる視線から逃げるように、およぐ視線に飛び込むように
いつか知った天空の不思議を笑いながら、無心に、止むことなく
星が流れる。星が流れる。星が流れる。