500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

1st Match / 右手
・「右手」という言葉を3回使い、それ以上でも以下でもいけない

赤コーナ : やまなか

 目が覚める。朝になっている。起き上がり、顔を洗う。歯を磨く。食事の支度をする。
 私はそれを、ぼんやりとながめている。
 箸を握った右手が、せっせと口元に食べものを運んでいる。
 席を立つ。食器を片づける。着替えをする。カギをさがし、外へ出る。
 電車にのる。まだ車内はすいている。二駅目でおり、慣れた道を歩く。
 私は女を待っている。
 ポケットの中で右手が彼女を待っている。

 玄関の扉がひらくのが見える。ゴミ袋をさげて、彼女がこちらへやってくる。電柱の影から近よった私と、一瞬目が合う。
 彼女の血にまみれて、右手は満足気にふるえた。

 私はそれを、ただぼんやりとながめている。

青コーナ : すぎもと

 雪の降る町で僕らは、失った右手を捜して歩き続けている。無表情の交通標識にも、疲れきったあばら屋にも雪は降り積もっているというのに、失くした右手はどこにも見つからない。プラモデルめいた笑みを雪に溶かして、彼女が「保護色だから見つからないのかな」と呟く。雪に覆い隠されて僕でない僕に成り下がった僕はそれでも「運が悪いだけさ」とせいっぱい強がる。その隙に、彼女はほとんど雪に消えている。まだ、歩き続けている。いくら考えてみても、彼女の顔を思い出せなくなる。自分が何を探していたのかも、わからなくなっている。ふと雪の中から、右手が顔を出すのだが、僕はそれを放り投げてしまう。雪の降る町で僕は、失った彼女を捜して歩き続けている。



2nd Match / 雪の降る町で僕らは
・書き出しは「雪の降る町で僕らは」でなくてはならない

赤コーナ : 高杉晋太郎

雪の降る町で僕らは互いを追跡していた
白い世界では足跡が唯一の手がかりだ
この地点で彼の足跡はハイヒールの足跡と分かれている
その少し前から幅広の足跡が二人の足跡を追っていた
尾行者はどうやら僕だけではないらしい
角を曲がる
この地点で彼は靴を履き替えて僕になりすましている!
僕が彼になりすましているように

ポワント
ドゥミ・プリエ
クロワゼ

さらに高度なパの連続で雪上の足跡をかく乱する
素早くハイヒールに履き替えて走り出す
別れ際のあの人の言葉が耳の中で鳴っている
「運が良ければ雪のスフィンクスで」
そこに待っているのがあなたかどうか
わたしには分からないけれど

青コーナ : たなかなつみ

 雪の降る町で僕らは、手を繋ぐ。僕らは同じものを探しているので。握った手の上に、熱い雪が降りかかる。僕らは手を繋いだまま同じものを探している。
 言葉は要らない。
 雪が降りかかる。雪が舞い落ちる。雪が静寂で僕らを包み込む。
 君が見えなくなる。握った手の上に、熱い雪が降りかかる。僕はちょっと不安になって、声に出して君の名前を呼んでしまう。君からの返事はなく、君の手の感触も消えてしまう。ただ僕の手に、熱い雪が降りかかるだけで。僕は君の名前を呼ぶ。君の姿が見えない。
 僕はちょっと哀しみの感情に戸惑って、それから、もう一度前を見て歩き続ける。
 雪の降る町で僕は、君と同じものを探している。言葉で確認したことはなかったけれども、でもたぶん、あの雪の向こう。もう僕の手は、君の手とは繋がっていないけれども。
 言葉は、要らなかった。そして、たぶん、君さえも、要らなかったのかな。
 でも、僕は探し続けている。僕の後ろ姿を。そして、君の後ろ姿を。ただ、歩き続けるために歩き続ける、僕らの姿を。



3rd Match / 感情嫌い
・「考えてみても」「運が悪い」「プラモデル」の3つを使わなければならない

赤コーナ : 白鳥ジン

姑が病死する。嫁はほくそ笑む。中学生の娘は妊娠する。夫の愛人が発覚する・・・
私はしめきりに追われて焦っていた。プラモデルを作る暇もない。感情の起伏で盛り上げるのがメロドラマだ。登場人物を怒らせ、泣かせ、怯えさせなければならない。視聴者は運が悪い主人公を好むもの。私は疲れていた。たまには平坦なストーリーを考えてみてもいいかな、と思った。

青コーナ : 伏見こゆき

うるさいんですよ。いい加減にさせましょうよ。ここをどこだと思っているのでしょうか。開いた単行本が進みません。公共の場はあなたがたの王国ではありません。走り回って脳天から金切り声出している子鬼を微笑ましく見ていないで黙らせていただけませんか責任者の方。

子鬼がドッカンドッカンいわせている戦車のプラモデルが挑んできた。
攻撃とみなし軽く前足を踏みだします。
グシャ。いい音。グシャだって。
こっちはなんとも思わないのに、子鬼は泣きわめけばいいと知能指数を上げにはいる。反撃としてはかなり有効。笑って子鬼を放置していた責任者までわたくしにイナズマを落としはじめる。欠伸してもいいですか。どう考えてみてもわたくしに非はないのです。それとも弁償して欲しいだけですか。1万円でいいですね。

しかし責任者様の顔って子鬼によく似ていますね。丁度鏡持ってますよ。のぞいてみますか。ほら赤ら顔なんか瓜二つ。
残念ながらなにをわめかれても幾何学模様にしか受け取れません。運が悪いねわたくしみたいのが相手で。神様みたいに見て見ぬ振りが得意だったら大切な戦車も壊されることなかったのにね。



4th Match / A DAY IN THE LIFE
・「A DAY IN THE LIFE」という言葉を使ってはいけない

赤コーナ : amane

ある日、目が覚めるとヒラメの縁側だった。なぜ解ったのかと言えば、彼らの話が聞こえたからだ。
「ヒラメの縁側が450円。」「この値段でこの味なら安いよ。」なるほど。良かった。ふと、持ち上げられて暗くなった。
 音楽と話し声が煩わしい。よく聴いた曲、見覚えのある場所、あれ、でも視点が違う。ああ、いつもはカウンターの向こうなのに今日はカウンターの中なんだ。あ、いつものバーのママになっている。こんな感じに見えるんだと納得する。夥しい数のポスター、レコード、CD。そしてステッカー。
フランジャーに軽い目眩。カウンターで目の前の彼が私に言っている、私はそれを見ている。
「誰だって、何にでもなれるし、どこへでも行ける。」その言葉に思い出した。そう、私もそう思うよ。何にでもなれる。自分次第で。そんなことを考えながら、「今日も人生の一欠片で、明日はどうなるのかしら、この一日も大事にね。」と答えたところで、また、次の私が待っている。

青コーナ : 596

「今日もまた、無意味に過ごしてしまったか。」
「価値ある人生を送りたいものだ。」
「何か1つ、社会に大きく貢献して死にたい。」
「このままでは無能な人間として終わってしまう。」
「会社へ行き、結婚して、子供を作って、という人生はいやだ。」
「自分自身が納得できる人生を送りたい。」
「世間の評価などどうでも良いのだ。」
「世間体など気にするな。」
「一番好きな仕事を思いっきりやっていたい。」
「ぼろぼろの人生にも価値ある生き方があるのだ。」
「、、、。」
いまだに迷っている今日この頃です。