500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

Final Match / 空の水
・なにかを切ること   
・なにかを飛び越えること

赤コーナ : 峯岸

空が綺麗です。
きみにもここの空を見せたい。
エーテルに満ちた空をロケットが突き抜けていきます。
僕は言葉が下手だから、うまく説明出来ない。
ロケットには夕焼けと月が似合います。
本当に空が綺麗です。
だからこの空を、直接きみに送る事にしました。
気に入らなかったらすぐ捨てて良いので。

これは僕の部屋の窓の、左側の空です。
右側より左側の方が綺麗だし、ロケットが飛ぶのも左側。
空はいつも綺麗なのだけど、やっぱり夕焼けが僕は好きかな。
そちらの時間とはずれるだろうけど、見てみて下さい。

夕焼けを見るときみを思い出します。
実を言えば、きみの事を考えている時だけ、僕は無感動になるの。
前はこんな事なかったのに、なんでかなあ。

ここの空は切り取ると、そこから水が溢れて来ます。 
きみも知っているでしょう。
綺麗な空から溢れてきた水は冷たくて、やっぱり綺麗でした。
全部を流してしまうのは勿体ないので、空のインク瓶に小分けにしました。
あと花に水を上げたり、水槽の水を交換したりもしたかな。

僕の部屋からの方角では、ロケットが見えなくなってしまいました。
だから僕はこの空がちゃんときみに届くか、心配になってしまうと思う。
でもロケットが飛ぶ時間には、きみの事を考えているつもりです。
机に並べたインク瓶を眺めたりしながら、そして花に水を上げるつもりです。

青コーナ : 大鴨居ひよこ

 午前5時45分、太陽が漆黒の天地に水を注ぎ始めた。
 赤く激しい一点から、蕩々と燃え立つ青が注がれはじめると、やがて東雲の空に、 白く輝く境界があらわれ、定められたように、天と地を切り分ける。夜のソユーズは かく解除された。
 朝、空の水は、はるか彼方、大陸の山頂まで延び、雪を散らす。
 伸びやかな空の振舞は、濃密なる海に、嫉妬の咆吼を繰り返させる。領空を侵犯す る海の手先、たとえば、トビウオ、イルカ、シャチたちは、ここぞ奉公の時とばか り、空と海との領域を幾度も飛び越えて、銀色の切っ先を振りかざし、空の水底を執 拗に切りつけ、そこから鮮やかな青を吐き出させてゆく。
 かくして海には青のエネルギヤが満ちわたり、空は青の体液を失って気高く褪せて ゆく。
 午後6時45分、ついに、手先どもの激しい責めが、衰え、喘ぐ、西の空の一角 に、燃えるような、巨大な傷口を開く。やがて、その、腐ったアプリコットのような 傷から、空一面に激しく、血が、滲みはじめ、やがて、海にも、賤しき、朱が、拡が り、やがて、日没の、時、ともに、静かに、手を、結び、やがて、互いの、耳許に、 溜息を、吐きながら、漆黒の、ソユーズに、還る。
 夜、ほんのわずか、空の側に最後の体液が滴をなす。星。星。昼間その空間に自由 が存在したことの証。空の水の記憶。記憶の水。魂のほとぼり。肌の疼き。海の青は 静かに空へ還って行く。日々繰り返される愛憎。続くような、続かぬような。終わっ たような、終わらぬような。