1st Match / 新着メール1件 |
「新着メール1件です」 |
携帯が震えた。慌てて開いたら、例のごとくスパムだった。 |
2nd Match / けむり草 |
帰省したついでに、昔遊ばされた裏山に火を放った。すぐに遠くから悲鳴が聞こえる。まだ火は見えないはずなのに、おかしいと思っていると、泣きながら走り降りてくる子供の影が見えた。その情けない姿がかつての、そして今の自分に重なる。いくつもの嘲笑が見える。舌打ちが聞こえる。俺が首を振りそれを消す間にも、火は燃え広がり、無理矢理食わされた雑草からは煙があがる。走り降りてきた子供が異変に気付き、涙と鼻水でぐしゃぐしゃに汚れた顔をこちらに向ける。俺ははやく降りるように声をかけたのだが恐怖からか子供は動こうともしない。しばらく俺のほうを吐瀉物でも見るように睨んだあと、上から聞こえる囃し声に答えるようにまた山を登っていった。俺は呆然と立ち尽くすしかない。しばらくして、いくつにも重なり合った悲鳴が聞こえた。 |
君が生きるためにはけむりになるしかない。 |
3rd Match / サッカリン主義 |
「サッカリンってのは人口甘味料でな、甘みを強くするために塩と一緒に使われる事が多いんだよ。スイカにも塩をかけるだろ。歯磨き粉にも入ってるんだぞ。」 |
サッカリン主食なのだ。彼は。茶碗一杯のサッカリンを三度三度の食後に飲み、三度三度の食前にサッカリンを排泄する。目尻からはらはらと流れ出るサッカリンは、ぼろぼろと不純に崩れ流れる。 |
4th Match / 熊の踊り |
影は待っている。ついさっきどこかへ行ってしまった主を。 |
烈火の最前線ガ島に夜襲があった時、燃える浜辺で仁王立ちしゆるやかに演舞している熊を見た。沖合から砲撃する敵巡洋艦を威嚇しているのか。とてちてた。 |
5th Match / 君待ち |
キスをして、観覧車に飛び乗った。私のドアはもう閉まっている。唇の上にあなたの温かい唇の感触がまだ載っている。 |
もし良ければ明日また遊んで下さい。 |
6th Match / みぎひだり |
海陸の境界線に向かい合わせに立つ。わたしの右足とあなたの左足は罅ぜた砂の上に、あなたの右足とわたしの左足は冷えた水のなかへ浸す。わたしたちは長いことそうやって立ち続ける。会話は交わさない。陽は沈みまた昇り、月は輝きまた密やかに白く身をひそめてゆく。立ちはじめてからどれくらい経ったのかは、もう、忘れてしまっている。おそらく重要でもない。しだいにわたしの右側とあなたの左側は乾き、あなたの右側とわたしの左側は湿ってくる。足許から。 |
「どっかの国でね、一つ目のネコが生まれたんだって」 |
7th Match / 音撃の島 |
空を見上げていたら、陰鬱な気分になってしまった。 |
砂ずきんは絶壁をゆっくりと垂直に登っていく。島に続々と舟が着き、いっそう数が増えていく。長い氷河期がもうすぐ歴史から追放される。海岸から舐めあがる吹雪もやわらいできた。 |
8th Match / くすくす |
ふと振り返った。一人の帰り道、声を聞いた気がして。 |
「今日は全国的に笑顔日和です。皆さん、今日も一日素敵な笑顔で過ごしましょう。」 |
9th Match / ナイタイクスブッチトテポ |
箱の中で二十年。背の高さにも満たないので、中で立って歩くこともできない、本当に小さな木の箱だ。ニンギョウノイエにしてもみすぼらしい。内部は狭くて、ハテ? 暗かったのだろうか。覚えがない。ようやく返してもらったタマシヒを胸郭に収めると、かれはわたしに、わたしはかれになり、わたしは懐かしい木肌に触ってみて初めて、外側から箱を見ていることに気がつく。とすればわたしは閉じ込められていたのだ。もちろん、見ている情景は既にわたしのものだったから、わたしはソノコトを知っていた。メスブタメスブタメスブタメ……最後まで喚いていたのはかれだったのダロウか。ドウだろう? 廊下には黄色い薄明り。ドアの隙間からこぼれてくる。わたしの記憶はかれが生きたものかもしれない。それでも構わない。十年生きた人間もいれば、二十年死んでいた者もいる。世の中はいろいろだ。失われた二十年を過ごした箱と、足もとにうずくまる萎えた肉体を眺めながら、わたしは悠然とその場を立ち去った。胸がキュン。お腹がグウと鳴る。コンビニならまだ開いているだろう。だいじょうぶ。夜中に食べても太らない呪文を知っている。 |
!!(チブッチボチベチバチブッチバ)スンダ―!スンダ!!(チブッチボチベチバチブッチバ)スンダ―!スンダ!!ダラバラバ!ダラバラバ!!ダラバラバスブッチトテポ―!タッバラチスブッチトテポ―!!ッア―(ッバド)!ルヤテレク、ンモナンコ、ンモナンコ…………(サガサガ サガサガ)…………、マトッョチ、ッッョチ!!ルヤテレイ、リブキゴ、ニカナノロクフ!!ラオ……ラナイナレク、ラナイナレク……ルテシニナ?カノタメラキア、ウモ、オ……(リポリパリポリパ)……ナーメウ、ナーメウ……(リポリパリポリパ)……メーダ!!レクチテポ、レクチテポ、レクレクレクレクレクレク!!レクレクレクレクレクチテポ!レク、レク!……ノツッイコテッカ……ナイタイク……イコテッカデンブジ……ナイタイク、ナイタイクスブッチトテポ……?アハ……ナイタイクスブッチトテポ |
10th Match / ページの向こうに |
今日のノートより |
本というものは、本当に不思議なもので、読む人物により印象は万華鏡のようにさまざまな反応を示す。ある人物は最後のページをめくり、滂沱の涙を流し、またある人物は、本をそのまま壁に叩き付ける。不思議なものだ。人間とはこのようなものなのか、と私たち本は嘆いてしまう。しかし分かって欲しい。私たち本は、人間――あなたがうらやましくもあるのだ。私たちには、紙の字面に描かれていることのみが解答で、それ以外は何も存在しない。外宇宙を人間は覗き見ることが出来る。私たちにはそんなことは断じて不可能、だから私たちは常に読むあなたのことを見ている。うらやましくて仕方がないから。これは一種の恋か? でも時には私たちは捨てられ、売られ、汚された。一方的に。けれど私たちは、ずっとあなたの愛を求めた。なぜなら私たちはあなたがページを捲るまで不確定的な存在で、ばらばらの言語の海に転がる、ジャンクでしかないからだ。そう、あなたによって私たちの言語は物語と化すから。だから最後に言わせて欲しいことがある。私たちのために一杯のコーヒーを捧いでほしい。それが私たちの最後の願いだ。喫茶店で、私たちのためにコーヒーを一杯多く注文してほしい。そして最後のページを捲り終わるまで、そのコーヒーを飲み干さないでほしい。それが私たちの、『種』の、最後の頼みだ。愛するあなたへ。愛を込めまして。あなたの親愛なる最後の友。長すぎたお別れを告げに。 |
11th Match / シロクマ通り |
うちの街には南北に五キロくらいの細くて長い道路が走っている。通りは中央に二車線、その脇にイチョウ&ツツジ並木のついた歩行者道、そして端にはお店があったり民家があったり。私は一ヶ月前めでたく入学した海のそばの高校への通学にその道を使うようになった。 |
うち棄てられた路地裏は迷路であり、家々の窓から零れるまるくて暖かい灯は、堆積する闇を他所へ乱暴に追いやる。 |
12th Match / どこまでも歩いていく |
真白な平野を一人の男が歩いている。卸したてのようにぴしっとしたスーツを着こなし、革靴はピカピカに黒く光っている。肩に背負ったオウムが時折鳴く。オハヨー、オハヨー。甲高い足音をカツカツと鳴らして男は歩く。決して振り向いたりはしない。その姿はまるでそうしなければ人類が滅んでしまうかのように真摯で孤高だ。やがて彼の姿は白の風景に溶けて見えなくなる。それでも足音は聞こえている。私にだけは聞こえている。そんな夢を毎晩見る。 |
ランドセルのフックには、給食袋がかかっている。 |
13th Match / 夜の観察会 |
夜を観る僕たちを包む夜を観る僕たちを包む夜を観る僕たちを包む夜を観る僕たちを包む夜を観る……きっと一番端っこの僕たちは一番中心の僕たちを観ることができない。それどころかひとつ向こうの僕たちの姿も怪しいものだった。この夜を越えて向こうに行ってみないなんて気軽に君は言う。夜が明けてしまうその前に。それはとてもとても魅力的な提案だけれど、僕らは決してそれをしてはいけないように思えるんだ。だいいち夜は卵の殻のように容易く割れるものでもないだろうし。意気地なし。君は僕を突き放すと夜の中にとぷんと潜っていってしまう。非道く簡単に。 |
宵からやがて空が白むまでの間、夜は幾千幾万のメタモルフォーゼを繰り返す。闇の濃度を変え空気の質を変え、そこに集い合う夜行生物たちの種を変える。神秘。夜はまさに崇高神秘な小宇宙。だからこうして週末になると我々はこの森に集まり、そのアメーバのような夜の変容を密かに愉しむことにしている。 |
14th Match / 幽 |
円。 |
歩いている、道を歩いている。かつてといつかを繋ぐ、あの日の稜線に、日が沈んでゆく。境界は見当たらない。すれ違う人は黒影。電信柱に猫の写真。子どもの字で書かれた電話番号は鏡文字。掛けてみても、きっと繋がらないだろうという静かな確信がたゆたう。吐息が夜を遠ざけるが、囁き声はじょじょに大きくなってゆく。時間は誰にでも平等で、その針を押し留めることは誰にもできない。それは希薄になってしまったものにも言える。外灯の下に辿りついた。昔に比べてずっと残り香のようになった私は、それでもこの時間が恐い。目をこらす。この声は、もう誰にも届かないが、それでも見たいのだ。一体、どんな顔をした人間がすれちがいざまに、この私を |
15th Match / Follow me. |
大風の通った次の日、私はそこを訪ねたのです。 |
「神様に会いに行こう。」 |
16th Match / ダイヤモンドフィッシュ |
ブリリアントカットされたクリスタルガラスを強く握る。発見されたままの形で白く封印された時間は、深海を泳ぐために鱗の組成を八面体構造へ変化させるほど永く強い。パビリオンの尖端が右手のひらに食い込むので、さらに握りしめた。 |
暗い海の中を、群れが矢のように過ぎて行く。 |