1st Match / 屋根裏の皇女 |
遠征に出た蒸気船団が東方から銀を持ち帰り、城塞の中は待ちわびた女子供でにぎわった。凱旋パレードが鳴り、七色の風船が飛び、抜け目ない商人の声が往来にあふれる。群衆がまぶしげに見上げる巨大な船影の舳先には逞しい皇子の姿があった。皇帝もテラスまで現われて、息子の帰還を目に焼きつける。 |
私がまだ子供の頃、異国の若い皇女を垣間見た。この邸で。 |
2nd Match / スパイカズ・スパンカー |
「僕に帆船を貸してください!」 |
亡くした娘を捜しに涙の海を底までただ沈み続ける。永遠近くにまで引き延ばされた一瞬のなかで、銀の魚たちが慈悲深く囁く。「西を見よ。夕日に染められた国を見よ。つまらぬ感傷に彩られた魂の残骸たちが、うつろな視線で天球を徒に犯している」やっとたどり着いた海底で私は叫ぶ。「その手には乗らない。この偽物め」銀の魚はいっせいに身体を黒く変え、翼を広げたかと思うと一瞬のさらに一瞬の中に消えてしまう。すると初めて、重くのしかかっていた海面が、上空の有様を密やかに受信する。しかし、残された魚鱗のきらめきが私の目指す方向を惑わす。もはや浮力は霧散して、私は鱗をただ浴びるしかない。私は銀の魚の残した陥穽に気づいた。さかしまの海面が映し出すものは、私自身に過ぎなかった。私は最後の力で海上を進む誰かに向けて言葉を放つ。「旅人よ、虚飾の星に惑わされるな。お前の船が目指すべきものは、私ではない」そのあぶくは銀色の魚に一飲みされ、あとには暗い闇だけが残った。 |
3rd Match / 猫のいる情景 |
医者によれば妻が身籠もる事はもうない。正しく生まれて来られなかった我が子の代わりというのではないが仔猫を飼い求めたらばやはり妻は溺愛した。その猫が居なくなり半年になる。 |
その島には週に三回、連絡船が着く。夏になっても男の娘は帰ってこない。忙しすぎるから手紙もよこさない。出来のいい干物を箱に詰めて船に乗せたら、孫の手になる葉書が届いた。鉛筆書きの大きな文字に、妙に大人びた文章。娘の筆跡はどこにもなかった。岸壁でさっそく読んでしまい、風に吹かれて、ズボンのポケットに葉書を突っ込んで、男は自分の船まで歩いていった。熱された大気は海の湿度を大量に含み、息をしているだけで塩辛く思われた。空気の中で生きる魚。網の手入れをする。夕立が来る。船の中で煙草を吸う。港の端のバス停で、小さな庇を分け合い観光客たちが雨宿りしている。話がはずんでいる。隣にもやわれた船の中で猫が雨宿りしている。男は網の間で干からびていた雑魚を投げてみた。猫はしばらく知らん顔をしてから、首を伸ばして食べた。きれいに食べ尽くされた。なんだかすっとした。もっと食え、ともう一匹を手に見たらもういなかった。家に戻る道々、角屋の自販機の前で、色気づいてきた子どもたちがまたたむろしているのを見た。娘がああいう仲間に入っていたら連れ戻した。そして、猫を飼いたいと言われた時、頭ごなしに否定した、とふと思い出す。 |
4th Match / ちみ |
とっておきですので。 |
血道魑魅道、未知に充ち、見てみぃ。チビる超みみっちぃチミ達皆、ちみっこい存在に成っちみたら? |
5th Match / 紅茶泥棒 |
紅茶泥棒がいたってさ。はるかインドのお茶畑。姉さん摘んだお茶の葉を、盗んでみたはいいものの、お茶は摘みたてほやほやで、青い緑茶の味がした。 |
ティーカップから立ち昇る湯気が真っ白い猫になった。呆気にとられていると紅茶の中にだらりと垂らしている尻尾から、だんだんと赤くなっていく。それと同時に紅茶の量が減っていくではないか。「こらっ」と叱ってやると今度は耳の先から白くなって、紅茶の量が戻っていく。カップが紅茶で満たされると猫は再び湯気になって空気に溶けて消えてしまう。ティーカップに口をつけると、すっかり甘くなり過ぎて飲めたものではなくなっていた。 |
6th Match / 子を運ぶ |
鐘が夜空に鳴り響き、夢の町に散らばっている子供たちに帰る時刻を知らせた。坂の上の広場にある巨大な観覧車に、めいっぱい遊んだ彼らが駆けてくる。 |
「託送」と紙を貼られ子どもたちは転がされる。漆黒の空の下、文字通りの未明に、微かに震えながら運搬者を待つ。東の空がわずかに白み始めるかという頃に運搬者たちは三々五々現れ、子を無造作に一人ずつ取り上げて出発する。薄明を背に、運搬者は西へとひた走る。太陽に追いつかれまいと子を脇に抱え、汗を流し、道もない平原を真っ直ぐに駆けて行く。程なく太陽に追いつかれるが運搬者は止まらない。今度は太陽を追いかけ、遅れまいと更に足を速める。子は誰も不安げな顔に汗を滲ませ、真昼の光に目をしばたきながら運搬者を見上げる。見知らぬ大人の顔が、長年親しんだもののように思える。 |
7th Match / キスの裏 |
1. |
名もない丘で名もない二人、寄りそい抱きしめ合っている。血も涙も枯れるほどに強く、果てしもなく。風が吹けば、擦れ合う骨盤に反響して、指よりもずっと密々と絡まるあばらをかららん、ぱららんと奏でる。軋んで折れてもそれはそれ。頭蓋もとうに見当たらないのは、ある日の突風にさらわれたから。残された下顎は微かに色がちがう。欠落を探るように噛み合い、互いを吹奏する。二つのキーはふちくちと溶け、好い音だろう、ゴキゲンに甘い。そう、ゴキゲン。だって二人にはもう想い出も未来も、性別さえも必要ない。あるのはロマンス。この音色は、睦言なんだ。ほら、重なる歯と歯の裏、素敵にさえずり合っている。 |