風邪をひいたけど信じてもらえなかった。
なんとか風邪らしく見えるようにこめかみを押さえて溜息をついたりふらっとよろけてみたりするのだけれど「またまた」とか言われるばかりで取り合ってもらえない。しょうがないから熱もなく咳も出ないけれど学校を休むことにした。
休んでみたらば皆心配してくれるかと言えば全然そんなことはなく、玄関先まで見舞に来て今日のノートを渡しながら「おまえ実は恋の病だったりして。まさかな」なんて軽口を叩いて行ってしまう。
でも、いざそうなってみると誰もいない家の中の静けさが妙にすがすがしかった。思えば、ひとりっきりになれた時間なんていつ以来だろう。夕暮れのオレンジにはまだ程遠い午後三時半のまばゆい光が、ダイニングキッチンの隅々にまで満ちている。まるでこの部屋だけが時の流れから取り残されて、色づいていくことをやめしまったみたいだ。
恋、か。してるよ、ちょっとだけどね。
そうだ、カモミールティーを飲もう。風邪なんだし。白い厚手のマグにお湯を注いで待つ。内にも外にも黄金色の光が揺れていて、なんだか幸せそうだ。椅子の上で膝を抱えて眺めていると、ちょっとだけ満たされた気持ちになれた。