500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

ホラー超短篇1
 (無題) 作者:影山影司

 ゾンビ。キョンシー、学校の怪談、エイリアン、殺人鬼。超常現象、UFO、UMA。神様悪魔、人間死人。
 私は何にも怖くない。
 私が怖いのは私だけ。
 だから体重計には乗らないの。



ホラー超短篇2
 ☆ 作者:根多加良

 あなたはここにきたばかり。でもすぐにいなくなる。あまりに違うかたちだから。
 くるしいだろ、くやしいだろ。
 あなたも、私も。
 あなたはなにもしらないまま去らなければならない。
 私はじっとみつめることしかできない。
 あなたはまだなにもしらない。ここをしらない。文字をしらない。自分をしらない。そして、私をしらない。

 なにもしらないのにあなたは去るまえになにかしようとする。ただひとつ動く指だけで。
 私は指の動きをじっとみつめる。私の知っているあの形になった。
 そして、さよならの握力。
 
 意味のない動きかもしれない、あなたのふるえる動きをこころに刻む。その動きはあなた。動きをおぼえていられれば、あなたをおぼえていられるだろう。
 愛しい、子。あなたの名前は言葉にならない。



ホラー超短篇3
 猫の尻尾のカルボナーラ 作者:銭屋龍一

 まぁとりたてて言うほどのことでもないが、きょう左腕が崩れ落ちた。
 肩の辺りから神経の束がぶら下がりサンバを踊っている。ふざけたものだ。金色の着物でも着せてやろうか。
 左腕が腐りゆく過程はつぶさに見た。
 よって未練はない。
 ただ神経の束の合間から這い出る無数の蛆虫には少しばかり辟易とする。

 空は青い。
 あまりの気持ちよさに目眩すらする。
 公園は恋人たちであふれかえっている。

 胸がちくちく痛む。

 僕は思い切ってTシャツをまくりあげる。
 左胸に腐った彼女の顔が瘤になって留まっている。かつて目であった辺りから蟻の行列が始まっている。掻き毟りたい。でも僕は堪える。

 腹が減ったな。
 ランチは何にしようか?



ホラー超短篇4
 団欒 作者:瀬川潮

 読んじゃ駄目。
 それは嵐の山荘で。
 読んじゃ駄目。
 夕食後の暖炉のリビング。
 読んじゃ駄目。
 おそらく凶器は裏口の手斧。すでにソファの下にある。
 読んじゃ駄目。
 それでも私はいい子に座り、分厚い児童書のページをめくる。
 読んじゃ駄目!
 顔を上げたらパパが来る。パパの顔を見ると涙が出ちゃう。
 泣いちゃ駄目。めくって、めくって、下を見たまま。
 やがて停電、真っ暗闇。どたばたどたばた、「おい、何だ」。悲鳴に喧騒、断末魔。知らないにおい、血のにおい。真っ暗闇でも下を見て、めくってめくって、もう泣いていい。でも、涙は出ない。
 パパとママ、そして従業員。非常用の懐中電灯をつけたところで、死んだ人は生き返らない。犯人は、宿帳に偽名を使ったあの夫婦。駄目。本当の名前はU.S.のイニシャルしか読めない。暗がりの中、ぺらぺら、ぺらぺら。うつむいたまま。ページをめくる手が濡れたとき、自分が泣いていたことを知る。

 ふと顔を上げると光がまぶしい。
 嵐の山荘、夕食後のリビング。パパもママも生きている。あの夫婦もいる。
 だから、読んじゃ駄目。
 私は分厚い児童書に目を落とす。
 気付いては、駄目。
 ページを、ぺらり。



ホラー超短篇5
 ふたりぐらし 作者:まつじ

 朝、目覚めた夫とふたりで朝食をとる。窓から入る陽の光がやさしかった。
 私は体が不自由で、代わりに毎朝キッチンに立つ夫の後ろ姿を見るのが好きだ。今朝は、トーストにプレーンオムレツとサラダ。
夫の作るオムレツは見事な黄色で、最高においしそうだったけれど、目の前にきれいに並んだ料理を見ても食欲がわかない。
 ごめんなさい、今日も食べる気がしないの。
 私はそれを言葉にすることも出来ないけど、夫は笑って許してくれる。だから私も笑顔だけは絶やさないでいる。
 どうして私の体はこんなになったのか考える。覚えていないし、だれに聞くこともできない。食器を洗う夫の背中を眺めていると、それでもいい、という気持ちになる。
 仕事に行く支度をすませた夫は、機嫌がいいのか、今日は大きなかばんを用意していた。
「たまには、一緒に行こうか。」
 こんなふうに夫はときどき私を仕事場まで連れていってくれる。
 夫はかばんをひらいて、テーブルの上の私の首を仕事の書類や筆記具の隣に置くと、そっと入り口を閉じた。
 頬に触れた夫の両手はやわらかくて、あたたかかった。
 私は暗い中で微笑んだまま、夫が顔をのぞかせてキスをしてくれるのを静かに待つ。
 しあわせだと思う。



ホラー超短篇6
 恐怖の街 作者:不狼児

 疾走するバキュームカーが街中の子どもと主婦と犬と車と労働者を片っぱしから吸い込んでゆく。

 放火犯がふと目にとまったアパートに火をつける。誘拐犯の留守中に、少女が監禁された部屋ごと燃えて死ぬ。

 マンホールの蓋の下では置き去りにされた子猫たちが鳴く。傍らには笑顔のままの男の死体。

 無年金の老人が首から上を失って、おぼつかない足取りで舗道を横切る。

 ロミオとジュリエットがどちらが先に薬を飲むかで花札勝負。

 69の体位をとってエンジンルームに一分の隙もなく収まった男たちは、車を運転していると耐えきれなくなって長三度の和音で唸る。

 若い母親が手にさげた血の滴る買い物袋には子どもの首が入っている。体の方は重いので、スーパーの冷蔵庫に置いてきた。

 自転車の車輪が蟻に変身した人間たちの頭蓋骨を轢き潰す音。

 冷蔵庫の棚では幼稚園児の卵が腐っている。孵る前に、殻の中でとっくに大人になってしまったのだ。

 思いきり首を伸ばして、軒先に巣をかけたツバメの雛を食べるチューリップ。

 押し込み強盗はパトカーの中で制服に着替えてから通報を待ってゆっくりと犯行現場に舞い戻った。

 バスが止まる。停留所で手首を、次の停留所で心臓を、終点に着くまでには自殺者のすべての体を回収する。車庫には誰もいない。



ホラー超短篇7
 病の流行 作者:タカスギシンタロ

 四人の男が棺桶をかついで山道を行く。登りになると棺が傾く。ゴトリゴトリ。傾いた棺の中で何かが転がる。
 しばらく進むと下り坂。ゴロンゴロン。棺の中で何かが転がる。
 さらに進むとまた登り坂。コロンコロン。棺の中で何かが転がる。
 棺の中身はだんだん小さく軽くなっていくようであった。男たちは足を速めた。すっかりなくなってしまう前に届けるのだ。
 ところがかつぎ手のひとりもすでに、棺桶の人物と同じ病に冒されていた。男は足先を押さえてうずくまる。棺が落下し、蓋が外れた。中身が飛び出る。
 コロコロコロ。
 一本の指が坂道を転がる。転がりながら指はどんどん短くなっていき、ついにはふっと消えてしまう。銀色の指輪だけがリーンと転がっていく。



ホラー超短篇8
 女衒 作者:峯岸

 ちょんの間にて刺青の娼妓を宛われる。左手の甲には蜘蛛。二人きりになるなり服を脱がされ、女が跨がる形で交わる。女を組み寄せ唇を塞ごうとするも最近の遊女にしては珍しく顎をこちらの肩に合わせる。汗の匂いは人によって違う。無性に喉が渇く。
 四つん這いにさせると背中を占める女郎蜘蛛と目が合う。その不気味さの焚き付ける劣情から、彫物を入れた理由など訊いてみれば女は「彫物じゃなくて入墨」など吐息混じりにただ嘯く。両者に違いがあるのか知らん。判らぬまま跳ね続ける。
 動けない。いつの間に蜘蛛の吐き出す糸で全身を雁字搦めにされているのである。今しも喰い付かれそうで肝が冷え切るものの魅入られるにつれ蜘蛛が薄らと消えてゆく。いつしか白肌が目の前に広がるのみだ。それでも動くことは叶わない。
 女は背中を向けたそのままの姿勢でくるり顔だけこちらへ向き直る。「やっと消すことが。だから」微笑む。「あなたで最後」ぐいと体が引き寄せられる。互いの唇が氷に触れた指先の様にぴたり引っ付き、濡らしたみたく柔らかに離れた途端、夜道を歩く自分に気付く。下着を汚している。左手の甲に蜘蛛の入墨。見回せば無数の街灯が俺を見下ろす。
 空。



[正選王]ホラー超短篇9
 懐胎 作者:神谷徹

 夜。男が仕事を終えて家に戻ると、見知らぬ女がそこに居た。
「お還りなさい……お還りなさい……」
 女はさも当然のように男を出迎たかと思うと、淑やかに男の服を脱がし始めた。
 訳も判らず戸惑う男。されど女は黒髪の艶やかな相当の和風美人である。男は密かに意を決すると、意気よく女に飛びついた。
 女は先ず先ず従順であった。男の単調かつ拙い動作に、仄かに頬を紅らめている。それを見、気を良くした男が「どや、どや」と女に息荒く問うたが、女はそれには答えない。
「お還りなさい……お還りなさい……」

 程なく。男に異変が訪れた。下腹部に異様な熱を覚えるのである。見れば女の陰部は赤く腫れ上がったまま肥大化し、まるで一つの独立した生き物のように、男の男たる所以を咀嚼している。
「嗚呼!」
 驚いた男はすぐさま女から離れんとしたが、女の両足が錠の如く背中に絡みつき、繋がったままのそれを解くことが出来ない。
 刹那、女陰は強烈な吸引を開始した。それは抗うことの出来ぬ絶対的な引力で、哀れ男は背骨を「く」の字に折り曲げられながら、少しずつめりめりずぶずぶと子宮の奥底へと沈んでいった。
「お還りなさい……お還りなさい……」
 やがて慈愛を孕んだ女の声が、男の居ない部屋に木霊する。



[森山東賞]ホラー超短篇10
 舌 作者:黒衣

日曜日の晩い朝のことだ。
 目が覚めて居間に下りると、母は小さな音でテレビのニュースをみていた。
 おはようと声をかけたが、気付かないのか、母はそのまま画面の方を向いている。
 開いた窓からはぬるい風が吹き込んで、ほとんど春のような陽気だと知れた。白い光が差し込んで、居間は静かだった。
 母が、静かに振り返った。
 見過ごそうとした刹那、違和感をおぼえた。
 目は微笑んでいる。先ほどのこちらの挨拶に答える眼差しだった。
 けれど口元は——半開きになった口から、舌が垂れ下がっていた。
 「——どうしたの」
 そう聞いても母の表情は変わらず、答えることもなかった。
 若くみられることの多い母の顔。卵型をした輪郭の中央には形の良い鼻があり、その左右には黒目がちな瞳がある。いつも通りだ。ただ、口だけはぽっかりと開き、そこから生の肉としての質感を嗅ぎ取らせる、長い舌が垂れている。
 見慣れた母の顔は、見たことのない何かになっていた。
 こんなにも長く生々しい舌を、母は隠し持っていたのか。明るい居間の戸口に立ちながら、わたしは思った。 
 やがて母は立ち上がり、廊下を歩いていった。わたしの晩い朝食を用意しに行ったのだろう。



ホラー超短篇11
 成長 作者:水池亘

 不意に目覚める。真夜中。体は動かない。得体の知れない気配。近づく。覗き込む。覗き込まれる。黒い影が僕を覆う。腕が伸びる。掌が額に触れる。拒絶はできない。体は動かない。ずぶり。手が頭に挿入される。寒気のする感覚が脳をまさぐる。こねまわし、ひきのばし、平らにされてゆく。
 朝が訪れたとき、ぼくはもはや特別な人間ではなくなっている。ぼくの未来は平坦なものになり、夢も希望も存在しない生涯を歩むことが決定づけられている。けれどもぼくはもう普通の人間だから、それを悲しいと思うこともなくなっている。



ホラー超短篇12
 爪とぎ鬼 作者:アッキー

 小松が目を覚ましたのは、獣臭さに鼻腔を突かれたから──だけではない。ネズミが柱をかじるような、猫が爪をとぐみたいな、カリカリという心ざわつくノイズに、鼓膜をかきむしられたからだった。
 窓は閉めたぞとぼやきながら、小松は照明のリモコンを操作した。部屋を満たす明かりに目を細めながら、面倒そうに上体を起こす。
 鋭い爪を柱に立てた小猿が、黄色い歯をむいて威嚇してきた。眩しいのか、両目だけでなく、額の目もしきりにまばたきさせている。
 小松は身震いし、恐怖のため腰を浮かした。
 その動きで刺激してしまったのか。三つ目猿が奇声をあげながら、脚に跳びついてきた。
 激痛と熱が拡がり、小松はすねをおさえた。
 窓ガラスの割れる音がした。夜の暗闇へと、尻尾が溶けるみたいに消えていく。
 そんな昨日のことを夢に見て、小松はうなされていた。スプリングのきいたベッドは、入院した病院のものであった。
 カリカリと爪をとぐ音に、悪夢が一気に霧散した。冷や汗を散らして飛び起きる。
 薄暗い明かりの中、黄色い歯が笑っていた。三つ目を光らせ、すねの骨で爪をといでいた。
 カリカリ、カリカリカリ、カリカリ、と。



ホラー超短篇13
 昼間のキッチンで 作者:三里アキラ

 調理用の安い酒を飲んでいたら、左手の薬指にかさこそと虫の気配がしたので爪ではじいた。見てみると虫ははじかれずに指の中に潜り込んだようだ。指の肉を齧ったらしく痛みが走ったので右手で搾り出そうとしてみたが、虫は指から手首のほうへ肉を齧りながら進んでいく。何とかしようとナイフを持ち出して虫がいる辺りをさくっさくっと切り裂いていった。虫が体にいるなんて気味が悪いわ。虫はいないが虫が通ったと思われる道筋が見つかった。何かどす黒い液体が湧き出ている。虫はどんどん上のほうへ上のほうへと進んで規則的にうごめく。左手から全身にぞわぞわと寒気が走る。恐ろしいことに大きくなってきているらしい。虫の動きが速く強くなってきた。ナイフを握る手には汗がにじみ左腕を何度も何度も切り裂くけれど、虫は見つからず道筋だけが見える。もっと上、もっと上。虫はどんどん大きくなり進んでいく。切り裂く位置もそれに従い次第に心臓に近づいていく。左腕は既に元の形を留めていない。ああ、そうだ。そういえばここに置いていたわと拳銃を持ち出し打ち抜くと、ああ、やっと虫を殺せた。どくんどくんと動いていた虫は止まったわ。
 その時、世界は暗転する。



ホラー超短篇14
 Bridge 作者:黒崎

 渡ってはいけない。
 なにも知らない。
 知ってはいけない。
 僕がいない。
 僕だけが知っている。



[逆選王]ホラー超短篇15
 恋の行方 作者:イマノ

食後のパフェに彼女は満足そうだった。

最後の一口をほおばると、こめかみのあたりの皮がめくれるのが見えた。
「ねぇ、ちょっとちょっと」
「なーに?」
彼女の顔が近づくのを見計らって、その皮の端にフォークを突き刺して一気に剥がしてみた。
「やだー」
むき出しになった顔面の筋肉を緩ませて、彼女は照れ笑いをした。
「そんなにじろじろ見ないでよー」
真っ赤な筋肉が、さらに少しだけ赤くなった。
「そんなことするなら…えいっ」
パフェを食べていた先割れスプーンで僕の目をずぶりと突き刺すと、そのまままぶたに引っ掛けておでこの皮をひっぺがした。
「こらこら、やりすぎですよ」
冷静を装ったものの、頭蓋を見られたのが恥ずかしくて、顔が真っ赤になるのが自分で分かった。
「あなたがこんなことするからよー」
ぷいっ、と彼女は顔を横に振った。
「はいはい、すみませんでした」
彼女がぶりっこするのに夢中になった瞬間、今度は彼女の耳を皮がぶら下がったままのフォークでそぎ落とした。
「あー、ひどーい」
そう言いながら嬉しそうに微笑んだ。
「男の人に油断を見せちゃぁいけない。さ、そろそろ行こうか」
「ばか」
してやったりの顔で伝票に手を伸ばすと、手の甲にナイフを突き立てられた。
「女の人に油断を見せちゃいけません」
顔を見合わせて、二人で大笑いした。

血だらけのテーブルに店員は面倒くさそうな顔をしていたが、僕らは構わず店を後にした。
外に出て、二人は初めて手をつないだ。

困ったことに、彼女が頭から離れない。



[正選王]ホラー超短篇16
 通夜の客 作者:わんでるんぐ

 色眼鏡の貧相な男は、焼香を終えても祭壇の前で深くうな垂れたまま、じめじめと泣き続けた。係員がそっと震える背に手をかけても、動く様子はない。
「大姉ちゃん、あの人誰」
「覚えがないわねぇ、あんたは」
「ぜんぜん。小姉ちゃんはどう」
「どこかで見た気がするんだけど」
 他の通夜の客は、世間の狭かった母親にふさわしい、近隣の古なじみばかりだ。三姉妹は不審や好奇心を露わに、骨ばった手に顔を埋めた男に見入った。
「わかった。あれよ、あれ」
「なによ小姉ちゃん、大きな声で」
「あの恰好で思い出したの。ほら、誰かのお土産の泣き伏し人形よ。あれだけ人形の好きだった母さんが、傍に置くのを嫌って納戸へしまっておいたやつ。なのにあんたが真夜中に、宙を飛んでいたって大騒ぎして」
「そうそう、この子があんまり泣きわめくものだから、次の朝一番に母さんが燃やしちゃったのよね」
「本当にふわふわ飛んでたの。どこだどこだって、陰気に泣きながら」
「あんた、この頃頑固なところまで母さんに似てきたわね」
 しんみり言われて、末娘は新しい涙を拭った。その母親そっくりの容貌を、先刻来、男は嘘泣き指の隙間から、焼け焦げた目で凝視していたのだった。



ホラー超短篇17
 毒蟲のチャチャチャ 作者:マンジュ

 疲れがとれません。床に就くと体じゅうが水になったように手も脚も骨の在処さえも判らなくなります。
 蛍光燈から垂れているのは灯かりを調節するためのスウィッチではなくて、あれは、模様のきつい毒蜘蛛が太った尻から出した糸でぶら下がっているのです。ぶらん、ぶらん、揺れながら今にも私の頸動脈を喰い破りそうです。
 耳鳴りがすると思ったのはやたら肢の多い芋虫が左耳から頭のなかへと這入りこんでゆくためでした。血膿のように腫れた体から腐ったにおいが漂います。蹠の痛痒感は幾匹もの蟻が肉の内側に潜りこんでいるためです。どうやら私の肉のあいだに巣を拵えようというのです。
 起きあがって群がる蟲たちを振り払いたいのですが、水のような体はびくとも動きません。それに、放っておいてもどうせ夜が明けはじめれば蟲たちはすごすごとどこかへ姿をくらませてしまうのです。私も蟲たちの存在を忘れてしまいます。また明日の晩になるまで思いだすことはありません。
 ……夜が明けはじめました。とたん、蟲たちはいっせいに私の体を離れ融けるように消えてゆきます。水のようだった体には血流が戻りはじめます。何もかもが元のとおりです。
 ただ。
 疲れがとれません。



ホラー超短篇18
 花一輪 作者:脳内亭

 男の部屋に入ると、案外小綺麗に整えられていて、机の上には一輪挿しが据えられてあった。飾られた花のオレンジが溌剌と映えている。
「植物の一番美しい箇所は、やはり花弁だと思うかい? それは間違いだ。植物は茎が美しい。すらりとした茎がね。……」
 すぐさま後ろからを要求し、しかもじっと動かずに背中を指でなぞるばかりの妙な客は、自らの性癖の建前を懇々と弁じた。こうした客は時々いるから、別段おどろきもしなかったが、それよりも男の指のきわめて滑らかであるのが意外だった。よどみなく辷りあそぶ感触が、くすぐったいとさえ思わせない。
「扱いは細心なんだ。折らずに、いつまでも楽しめるようにね」
 そうして爪は、メスの鋭利さだった。
 心地好さにまどろむ私の背中は、いつの間にか鮮やかに切り裂かれていた。男は私の首に手を回し、頭と骨をするっと肉から抜き取ると、一本ずつ丁寧に腕もあばらも落とした。私は、すっと立つ背骨に頭だけが乗る、無駄のない趣となった。裂かれた背中は四方にめくれ上がり、葉っぱであるかに見えた。
「見事なものだ、ごらん」
 男が指さした鏡に映る一輪は、花弁も既に萎れ、茎だけがぴんと美しかった。



ホラー超短篇19
 箱の中 作者:あきよ

 一番目の箱の中にはカレーライスが入っていた。スパイスの匂いが胃を刺激し、私はそれを食べてしまった。
 二番目の箱には右手が入っていた。まだらに変色した手にきれいな水色をした爪が並んでいる様は、なんだか悲しく見えた。
 三番目の箱は蛆がわいていた。ふたのどこを触っても蛆をつぶしてしまいそうで、私はその箱を開くことができなかった。
 そして今、私は四番目の箱の中にいる。誰かがこの箱を開け、私と代わってくれるのを、ずっと待っているのだった。



[小林泰三賞]ホラー超短篇20
 殺しても死なない 作者:雪雪

妻が二番目に産んだ子どもは母だった。
初めてだっこした長男が頬擦りしながら赤ん坊に耳打ちしている。なんと言ったか聴き取れないが、察するところ「兄妹さけ、めおとにゃなれんのう今生では」ぐらい言ったと思う。



ホラー超短篇21
 墓標 作者:北川仁

紫紺に染まる夜の土は鉱石のような固さに覆われていた。風のない闇に、ひんやりとした静寂が沈んでいる。
 少年は地面に鋼鉄製のスコップを突き立てていた。スコップの切っ先が突き刺さるたびに、大きいのにとても細い音が静けさに縫い込まれてゆく。隣には、髪の長い少女がひとり、小さく震えながら膝を抱えている。
 少年は時間の経過もわからずに、ただ、だんだんと深くなって行く穴にスコップを突き立てる。少年の足下の穴は、そこそこの大きさになっていた。もうこの位でいいんじゃないかと少女に尋ねたいのだが、泣いているのかも知れない、と思うから、少年は声が掛けられない。仕方がなく、少年はひたすらに穴を掘っていた。すると、俯いていた少女がゆっくりと立ち上がる。その両手には、一つの鬼灯が包み込まれていた。少年はその激しいくらいの赤色に魅せられ、身動きができなくなる。少女は穴の前でかがみ込み、穴の中にその赤い実をそっと置いた。そして、きれぎれの小さな声で、
「十二月四日よ・・・」
と呟いた。
「忘れないで・・・」
 少女は少年の胸にすがりつく。少年は驚きながらも、「ごめんよ、」と囁き、そっと抱き寄せた。
 少女は声を上げて泣きじゃくり、零れる涙が少年の胸を濡らしている。
 闇はその濃さを変えずに、夜を取り巻いていた。
 その中にあって立ちつくす二人の影は、いつか崩れ行く、小さな墓標である。



ホラー超短篇22
 太鼓売り 作者:sleepdog

 散歩のおりに神社のそばを通ると、道端に太鼓を売っている男がいた。物置から這い出てきたような風体だ。息子たちが恐る恐る近づくと、いま生き返ったかのように身を起こし、黄色い歯を見せ笑い、威勢よく売り物の太鼓を鳴らしはじめた。カラスの郎党どもが騒がしく枝から枝へ渡りあう。男は腰の巾着袋からよく磨かれた小石を取り出し、息子たちの前に並べた。男が太鼓を鳴らすと、石はころりころりと踊りだし、やがて鼻の高さまで浮かび上がった。息子たちはひゃあと声を上げ、おおはしゃぎで私を呼びつけた。なにを、そんなことあるもんか、と覗きこめば、男は下賎なしたり顔で太鼓を鳴らし、私の鼻の高さまで浮き上げた。種を暴いてやろうと大人げなく石に掴みかかれば、咄嗟に男は真っ赤な顔でめいっぱい太鼓を打ち鳴らし、石はさらに宙へと逃げていく。息子たちもカラスどもも無量にそれを囃し立て、石はするする、太鼓はどろろ。逃すまいと見上げると、私たちの真後ろに天を衝くような大男が立っていた。目も鼻も肉に埋もれ、大きな口から小人の手足がだらりと垂れる。道端を向けば、太鼓の音も男もすべて失せ、息子たちの姿も煙のように消えていた。



ホラー超短篇23
 朝餉 作者:空虹桜

「やっぱ今日の味噌汁臭いね」
 立ちのぼる湯気が濃く見えるけど、気のせいに違いない。
「しかたないでしょ。それより遅刻するわよ」
 台所に立つ母さんは、動きからして、なにかを弁当箱に詰めている。
「けど……」
 おそるおそる一口すする。
「なんかジャリジャリしてるけど、骨からダシとった?」
 具は髪の毛とネギだけなのに脂が浮いている。
「供養だからね」
 母さんの言葉がなんだか遠くに聞こえる。
「骨まで食べてあげなきゃ、お父さん成仏できないわよ」
 父さんの血と溶いた卵焼きは、やっぱり錆の味がした。
「夕飯は焼き肉だから」
 気がつけば、赤い黒飯の上に父さんの生首が浮かんでいる。
「明日の朝も父さんとかイヤだから」
 生首の父さんがなぜかウィンクしたので、開いてる方から眼球が転げ落ちた。



ホラー超短篇24
 スポーツバッグ 作者:くま

どうやら上の兄貴は感づいてるようだ。
親父の肉片を入れた緑のスポーツバッグは押入れの下の段にある。
押入れの引き戸が壊れているのが見つかれば終わりだ。
その前にどこかに捨てるか。
いや、捨てるのはいやだ。ちゃんと埋めたい。
その前に見つかったら。
そしたら殺るしかないか。だが。
ふと窓の外を見るといつものように兄貴が庭で得意のバレエを踊っている。
兄貴はいい。踊れるのだから。
不意に笑いがこみ上げてきた。
そうか、そうだ。別に兄貴を殺さなくても、自分が死ねばいいじゃないか。
俺は踊らずにはいられなくなった。
兄貴のようには踊れないけれどそれでも腕を足を振り回しながら踊る。
あはは、そうだよ、俺が、俺が死ねばいいんだよ!
なんだかうるさいなあと思ったら自分のけたたましい笑い声だった。
こみ上げてくる笑いはとどまることを知らず、けたたましい声が俺の体を支配していく。
「あははははっ!」
自分の声に飛び起きると布団の上。夢? 夢か。夢だったのか。
ふう。胸の鼓動が早鐘を打っている。どくどくどくどく。
まいったな。
ふと押入れに目をやる。
どうやら上の兄貴は感づいてるようだ。
親父の肉片を入れた緑のスポーツバッグは押入れの下の段にある。