500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

 眠りすぎないように 作者:たなかなつみ

 それは五歳の誕生日にもらった、オーダーメイドの高級品。細かなところまで細工が行き届き、繊細な表情を見せる、ヒト型の目覚まし時計。
 夜寝る前には絶対に時計をベッドへ引きずり込む。どんなに嫌がろうと悲鳴をあげようと、絶対につかまえて布団のなかへ押し込む。可愛いパジャマを引きちぎって開き、その胸の中央にあるネジ型突起を力任せに巻く。巻きあげる。
 泣き疲れてぐったりする時計を抱きしめ、わたしは眠りにつく。ネジを巻き終えてからきっかり八時間が過ぎると、目覚めた時計は悲鳴をあげ、わたしの抱擁から逃げようとする。その声と動作の大きいこと。おかげでわたしは寝過ごしたことがありません。
 ただ、ひとつだけ。時計をもらったときに両親が言ったこと。もしも時計が目覚めたとき、あなたの手で時計を止められなければ、あなた自身が止まってしまう。気をつけて。
 今夜もわたしは全力で時計のネジを巻く。目覚まし時計のネジ型突起と、わたしの胸の中央にあるネジ型突起を、ふたつの大きな悲鳴をあげながら、力尽くで、最後まで。



 少女、銀河を作る 作者:雪雪

中学の周辺は火山灰地で、校庭は白い埃土に覆われていた。風が吹くと窓を閉めていても机の上がさりさりになって、指で文字が書けた。
夏の放課後、僕とMは二階から校庭を眺めていた。
天気雨にしては勢いのある夕立が、左手から校庭に押し寄せてきた。
雨の前面に沿って畝のように線状の土埃が立って、走る畝の前は白く後ろは黒く、校庭をくっきりと染め分ける。これはおもしろい景色だが、見慣れたものだ。けれどもその日は特別だった。
遠くの山の端に触れようとする夕日からの光が、雨の幕を正面から照らしていた。
燦めくオレンジ色の断崖。
彼方は住宅地の向こうにけぶる丘陵まで、そして上は天まで届いて。
Mは、自分の見ているものをあなたも見ているの?という表情で僕を見てすぐに視線を振り戻したので、風に舞い上がった長い髪が彼女の右の頬に巻き付き、それに呼応して校庭に旋風が巻き起こった。
土埃を巻き上げ、直後雨に呑まれ、はたき落とされる土埃の中からオレンジ色の渦状星雲が浮かび上がった。そして、斜めに回りながらたちまち散逸した。
次の次の瞬間、銀河の破片が冷たい流星雨となって僕達に降り注ぎ、ふたりを同じにおいにした。
水滴だらけの顔がわらった。



 INU総会 作者:脳内亭

「下をご覧ください。海底の岩陰にウニが密集しています。まるでウニの総会でもひらいているかのようですね。つづいて上をご覧ください。青空に浮かぶ雲の陰に、やはりウニのようなものがひしめいていますね。キョウメンウニと呼ばれるもので、海中のウニが反転して空に生息するようになったものだといわれていますが、詳しいことはわかっていません。最後に、この場をご覧ください。見てのとおり、わたしの分身とあなたの分身であふれかえっています。なぜこんなことになってしまったのか。それが本日の議題です」



 三階建て 作者:磯村咲

 老いた住宅は薄れゆく記憶を行ったり来たりしている。あの子が三階建てに住みたいと言い出したのはたしか中学に上がった時だった。住宅が建っているのは傾斜地を造成した「ニュータウン」だ。ニュータウンの子供はニュータウンの小学校に通っていたが、中学校は学区が広がりニュータウン以外の子供も一緒になった。遊びに行った新しい友達の家が三階建てだったのだ。 三人家族に三階建ては必要ないよと言う父親に、おじいちゃんとおばあちゃんも一緒に住めばいいとあの子はごねた。この家のローンがあるよと父親は笑ってため息をついた。

 あの子は大人になりここを出て戻ってこなかった。ローンを払い終えた親たちもいつしかいなくなった。同様に遺棄された家が周りにいくつもある。
 老いた住宅は見たことのない三階建てを思う。しっかりした地盤が必要な頑強な建物。そこには三世代が住むという。
 夢の中で造成地の果てにある住宅崖を登っている。登りきれば三階建てになれるのだ。



 白白白 作者:水池亘

 それは確かに大福なのだった。仲良く三つ並んでぴょこぴょこ跳ねている。白い皮に、白い粉化粧。妙に人なつこいそれらを私は飼うことにした。日曜の夕暮れ時のことだった。
 それらとの同居を私はしばらく楽しんでいたが、ある日うっかりひぃの表皮を傷つけてしまった。葱を刻む際にいきなり飛び込んできたのだ。見えた中身は、黒くなかった。白餡の大福だったのだ、実は。となると、ふぅとみぃの中身が気になる。もしかしたら、それらも……。私はそばにいたふぅを拾い上げ、両手で二つに割った。やはり、そうだ。私ははみ出た白い粘体を指の腹ですくい、舐める。間違いなく、ただの甘い白餡だ。
 そのまま私はみぃに手を伸ばそうとして、しばらく思案し、止めた。それから何日も経っている。折角知り合えた友人を失うのが怖いのか? いや何のことはない。私はこの期に及んで黒餡が出てくる不合理が怖いのだ。代わりに先程苺大福を買ってきた。これなら心配はない。必ず苺が入っている。必ず。私は赤く柔らかいそれにかぶりつく。その瞬間をじっとみぃが見ている。