500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

気がつけば三桁 作者:脳内亭

 のどがゴロゴロするので、医者に診てもらうと「ああ、これは桁ですね」と言われる。桁?
「じゃあ、お薬だしておきますから」
 家に帰り、薬を袋から取りだしてみて、首をかしげる。何だこれは。

   \↑/
   +○+
   (∞)

 処方せんには、

 『これは桁の薬です。
  一口に丸呑みしてください今日中に必ず。
  さもないと桁が増えます。
  味はなるべく気にしないで。
  アレなら粉末にしてのどに塗るもいいだろう。
  ぶっちゃけプラシーボですけど。』

 呑まずに翌日また診てもらうと「あらあ、二桁になってますね」と言われる。
「じゃあ、お薬だしておきますから」
 家に帰り袋を開ける。

   ≦*≧
  <〇◎〇>
   〒…〒
    ?

 処方せんは昨日と同様いやもう一枚ある。

 『桁を増やしてやつが来る
  どこかで桁郎の桁の音
  K・E・T・A ケタデーナイト
  笑うのどには厄ケタる
  桁の脅威に負ケタが最後
  あとは野となれ桁となれ』

 調子は悪くなる一方だ明日もまた診てもらおう何しろゴロゴロのどが鳴るのだゴロゴロゲラゲラゲタゲタってあれ楽しくなってけたケタ桁?



 外れた町 作者:つとむュー

 水道水がものすごく美味しい町があると聞いて、早速俺は車を飛ばした。
 町の境界の峠には、土産物屋があって水汲みに必要な道具が並んでいる。
 ポリタンクが千円、柄杓が五百円、そして水道の蛇口の栓が——えっ、一万円!?
「ここで買っておいた方が無難じゃよ」
 冗談じゃない。一個一万円もする蛇口の栓なんて聞いたことも無い。
 俺は店主の忠告を無視して車を走らせた。

 まずは公園。ここで水道水を拝借しよう。
 持参したポリタンクを持って水飲み場まで行くと、案の定、蛇口の栓が無い。これは想定内とレンチを取り出してみたが、複雑な形でレンチが使えない。
「お兄ちゃん、蛇口の栓、貸してあげようか?」
 いつの間にか子供達が俺を囲んでいる。皆、首からペンダントのように蛇口の栓をぶら下げていた。
 満面のニヤニヤ顔から判断して、とてもタダとは思えない。
「十秒千円で」
 おいおいそれはガキの小遣いにしちゃ高すぎるだろ。

 しかし、どこに行っても蛇口の栓は外れていた。
 途方に暮れた俺は急な腹痛に襲われ、コンビニのトイレに駆け込む。無事に用を済ませて水を流そうとすると——タンクの上の蛇口の栓が無い。そして横には、一個二万円の蛇口の栓の自販機が鎮座していた。



 エジプト土産 作者:砂場

「なんにします?」
「あれどうだ、18個入り1050円」
「いや、それエジプトじゃなくてもいいでしょう。ていうか、むしろエジプトじゃないですよ。あ、つぶ餡もありますよ」
「お前は知ってるのかよ、エジプトに饅頭が存在するのか否か。中国なんかにはあるだろ」
「友人が行った時には、パピルスでしたっけ、その紙になんかエジプトっぽい絵の描いてあるのをくれましたよ。言われますよ、エジプトがブラジルでも変わらない、このタイトルでもなくてもいいって」
「タイトル競作だと思うからそうなるんだ。自由題だと考えてみろ、まったく問題ない、自由だ!」
「で、これはタイトル競作ですね」
「だからなんだ。作中人物がそんなこと気にするんじゃない」
「自分が作中人物であることを気にする方がどうかと思いますけど。あーあ、もっとのびのびできないものですかねえ」
「はは。のびのび、結構だ。のびのびしてたら評価が厳しくなるな」
「エジプト土産が饅頭ってほうが厳しいと」
「作中にタイトル入れたらダメ!!」
「これもうタイトル競作以外の場じゃなんのこっちゃ作品になっちゃったじゃないですか」
「のびのびしてみた」
「逆選狙いですね」
「ふふふ」
「は」
「出るか」
「ですね。乗り遅れます」
 ドアが開いて、閉まる。遠ざかって行く声がする。
「なあ。なんにする、土産」
「やめてくださいよ。もっと違うこと考えましょうよ。着いたら何食べるか、とか」



 ペパーミント症候群 作者:瀬川潮♭

 ギニャーンとエレキ三味線が黒く鳴く。
 ド・ド・ド・ドラムにギ・ギ・ギ・ギター。ヴォーカルは俺の魂を聴きやがれとハウる・ハウる・ハウるッ!
 ぃや〜んと観客若い娘たち。卒倒するさまドミノのごとく扇のごとく。すぐに翼を生やして空を駆け巡る。誰もが背中のざっくり開いた衣装を着ているのでいきオクれはない。抜け殻だけが地に残る。
「貴女の背中にも流行を」
 と街角のブティッくのスクリーん。ライゔを使った映像がまた。
 にっと微笑するエンジェルリッぷは画面を眺める女性。肌を晒した背中に、ばさっと白い翼が生える。飛び立つ空は蒼くアオく、白い雲が流れ周りの天使から穢れなき羽根が舞い散りまいっちスカイスカい。
 ハウるは空を清く震わし、エンジェるは涼しく夢邪気を撒く・播く・蒔く。

「‥‥だから、サヨなら」
 と、目の前の彼女。空のカップと明細を残し席を立った。
 夏の終わりを感じた僕は、彼女を見送るしかない。立ち去る背中に涼しさが溢れている。
 僕は地の底を見るように肩を落と



 嘘泥棒 作者:白縫いさや

 嘘を嘘で塗り固めた女がいる。
「私の伯父はハンガリーでレストランを経営していて、お客さんにはウィーンフィルのね——」
 壊れたラジオのようだ、と道行く人々は思う。身なりに反してその瞳は澄んでいる。ああ狂っているのだな、と人々は結論づける。人々の一部は女の膝に硬貨を放る。女はスイスの春を叙述している。
 女にとって嘘は幼い頃より見栄であり慰みであり真実でありそして未来である。

 男が手を叩く。女の瞳は急速に濁り、男を睨みつける。皺一つないスーツ、ぴかぴか光る黒革の靴。
「私も仕事柄フロリダに足を運ぶことが多いのです。先日、そこでNASAの研究者と——」
 男は女の嘘に侵食する。女の世界にその影をちらつかせる。女は、あなたはご存知ないかもしれないけれど、と枕詞を置く。しかし男は女の世界の隅々にまで通じている。
 男は決して女の嘘を暴かない。代わりに書き換える。徹底的に。
「そろそろお邪魔しますね」
 今や女は深窓の令嬢ではなく地球を守る秘密結社の女幹部である。月蝕と共に訪れる魔王軍の襲来、未来人との超次元貿易、森羅万象に宿る意思。整合性は欠片もない。
 男はこれからハンガリーに行くのだという。



 3丁目の女 作者:砂場

 3丁目の女が目を覚ます。3.6牛乳と6枚切りの食パンを食べ、支度をして5番目に家を出る。右側、7列目の席に座る。9つ先の停留所で降り、校門をくぐる。
 1つの忘れものに気付く。
 47kgの友人に挨拶をし、4分33秒喋り、2日前の出来事に笑う中で、嘘を2つ吐く。店に入り、108つの商品を並べ、コンテナを片付けた後は、ただ1つのレジスターの前に陣取る。
 1人の男が3つのコーヒー飲料を手に持ち、近づいてくる。3つのピッ。4枚の硬貨が渡され、4枚の硬貨が返される。3人の女が店に入り、3回生の男が店から出る。20kg(左)の女、40代の教員、3男のバドミントン部員……。31個の(元)商品が店を出ていく。
 5目の焼きそばを食べる。47kgの友人に見つかり、いっしょに1杯のコーヒーを飲む間に6つの話題をこなす。5時間の午後の労働をし、校門をくぐる。もう1つの忘れものに気付く。
 9丁目のドラッグストアに寄り、1箱の薬を買う。2丁目のアパートの2階202号に入る。15分の滞在の後、
 29番目の「3丁目の女」に続く。



 死ではなかった 作者:瀬川潮♭

「『貴方を殺して私もイぬ!』と言われ刺されたんです」
 拾った真っ白なイヌはそう喋る。チンチンさせネクタイをどけると、胸の真ん中に紅いシミがあった。逆二連双胴十字架の形だ。
 メビウス状ネックレスの逆二連双胴十字架は私も好きだが、もちろん私はイではなかった。
「その女は、紅いガーターベルト一つしか着けてない格好だった」
 続けてイヌははあはあ言いながら喋る。そういえば、紅いガーターベルト姿のイヌを以前見たような気がする。ストッキング止めが宙に浮いた4本足のようにぶらぶらしていたのが印象深い。
「貴女も、イぬのか?」
 イヌが舌をだらんと垂らしたまま聞いてくる。
 もちろん、私にイはない。



 しっぽ 作者:根多加良

 マルをかき続ける。
 ていねいに、雑に、乱暴に、美しく、にこやかに、逆らうように、やさしく、悲しむように、嬉しく、疲れ果てて、混沌として。
 ペンのインクがなくなる。泥でかく。指を切って血でかく。爪で引っかく。肉を残し。分子でかく。
 眠りながらかく。右脳を眠らせたら左脳で書く。二つとも眠ったら、筋肉を収縮させてかく。体がなくなったら、魂でかく。魂がなくなったら、残ったものでかく。
 ノートにかく。板にかく。石にかく。川にかく。夜にかく。空にかく。星にかく。光にかく。
 一秒かいたら、一分かいて、一時間かくと、一日かける。一週間になると、一ヶ月になって、一年になれば、一生になる。
 マルが増えていくと、空いている場所が減っていく。マルの数だけ、時間が過ぎていく。マルのことだけを考えていると、なにも考えられなくなってくる。
 これはマル。これはマル。これはマルと続けていくうちに、やがてマルは次のマルに遺伝子が変異していく。
 マルのくせに漏れやがって、なにかが罵倒しようとしたが、それがわからないどうしようと迷っているあいだにも漏れでたものは消えていこうとしているからとにかく名前をつけた。



 水溶性 作者:砂場

 昔々あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。
 おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
 おばあさんは、川に着くといつものように洗濯をし始めましたが、ふと川上の方からどんぶらこど──いえ、川はさらさらと流れていて、何事もなく洗濯を終えたおばあさんはよっこらせっと立ち上がると、きれいになった洗濯ものを抱えて家へと戻りました。