500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

 消臭効果 作者:脳内亭

登場人物
 遮光(サングラス)
 断熱(手袋)
 防音(ヘッドホン)

開幕。と同時に鼻をつく臭いが舞台から放たれる。中央に円卓。その上に林檎が一つ。三人が円卓を囲んでいる。

遮光「変な臭いがするね」
断熱「何の臭いだろうね」
防音「臭いとは何だろう」
遮光「確かめてみよう」
   とサングラスを外す。照明が落ち、真っ暗になる。
断熱「まだ臭うね」
防音「臭いは光ではない」
   遮光、サングラスをかけ直す。再び照明が点く。

断熱「確かめてみよう」
   と手袋を脱ぐ。空調が止まり、室温が下がる。(夏ならば上がる)
防音「まだ臭うね」
遮光「臭いは熱ではない」
   断熱、手袋をはめ直す。再び空調が動く。

防音「確かめてみよう」
   とヘッドホンを外す。

   遮光と断熱、順に口をぱくぱく動かす。
   防音、ヘッドホンをかけ直す。

遮光「臭いは光ではない」
断熱「熱ではない」
防音「音ではない」
   遮光、林檎を手に取る。
遮光「林檎でもない、のかな」
断熱「美味しそうだね」
防音「確かめてみよう」
   順に林檎をかじり、卓上に置く。

   三人、血を吐いて円卓に突っ伏す。充満していた臭いが消えゆき、替わりに林檎の芳香で包まれる。閉幕。



 すいている 作者:ぶた仙

 探し当てた場所には、紙切れが一枚。前後の脈絡なしに書かれた5文字。
 好いている? 空いている? 透いている? 梳いている? 鋤いている?
 どれも単独では意味をなさない。
 まるで暗号だ、と思った時にピンと来た。よくよくみると、字と字の間隔が広い。消された文字があるのか? 

 す・いている: 巣がいている
 すい・ている: 酢、生きている
 すいて・いる: 吸い手は居る
 すいてい・る: 推定する

 どうもしっくりこない。だが、可能性はまだまだある。

 (無)粋(な)Tale
 ス(キ)イ(し)ている
 炊(事)手(間)要る
 水底(カ)ル(キ)

 と、いきなり後ろから口をふさがれた。記憶によみがえる癖のある掌。意識を失う直前、やっと答えに辿り着いた。

「ス(パ)イ手(強)い(来)る(!)」だったのか!



 シェルター 作者:つとむュー

「ママ、僕はね、あのテントウムシのがいい!」
 息子の塩斗が、妻にねだるように赤いシェルターを指さす。
「じゃあ、海妙ちゃんはどれがいい?」
「しーたはね、あの貝のがいい!」
 海妙が指さしたのは、その隣の白いシェルターだった。
 俺達家族は今、ホームセンターに来ている。原発周辺の住民には、国の援助で避難用シェルターが無料で提供されることになったからだ。シェルターには、放射性物質が降り注いでも四人家族が一週間暮らせる機能が付いている。
「えー、貝の形なんて嫌だよ」
 塩斗が口を尖らせると、海妙も負けじと反論した。
「そるとにいちゃんのいじわる。しーたはぜったい、貝がいいんだから」
「海妙はなんでもかんでも貝じゃないか。ここは僕に選ばせてよ」
「貝、貝、貝、貝! 貝じゃなきゃぜったいいやっ!」
 すると困った妻が、海妙をなだめるように口を開いた。
「海妙ちゃんは本当に貝が好きなのね。じゃあ、今度生まれてくる弟の名前に貝を付けてあげるから、今回はお兄ちゃんのテントウムシで我慢して?」
 貝太。
 妻が考えているのは、きっとまたそんな名前に違いない。



 その掌には 作者:トゥーサ・ヴァッキーノ

〈ヒャッホー! どうだ!〉
スティーヴから無線が入る。

下を覗くと、トラックが非常ドアに横付けされている。
「よくやった、スティーヴ。今からそっちへ向かう。これでどうにか抜け出せそうだ」
助かった。
1階バリケードも時間の問題だった。

俺は、持てるだけの装備を詰め込んで、階段を下りる。
途中、ジェシカとマイクが合流する。
「無事か?」
「ええ、なんともないわ。・・・成功したのね?」
「ああ、ヤツならやってくれると思ってたぜ」

非常ドアを開け、俺たちはトラックへ飛び乗る。
「スティーヴがいないわ!」
「くそ! 仕方がねえ、とにかくここからズラかろぜ!」
マイクが叫ぶ。
感傷に浸ってる時間はない。

だが・・・。
「どうした? 早く出せよ!」
「故障したの?」

「そうじゃない! トラックのキーが見当たらないんだ!」
「なんだって? 足元に落ちてるんじゃねえのか? よく探せ!」
「ない!」

「見て! キーはスティーヴが持ってるわ!」
ジェシカが窓の外を指差す。
「・・・あんな所に」

スティーヴの掌には、確かにキーが握られている。
だが、その腕は引きちぎられ、群がるゾンビどもに貪り食われている。

「・・・くそ」
ゾンビどもが俺たちに気づき、群れで襲いかかってくる。



 鈴をつける 作者:杉浦梓

交差点での信号待ち。さっきから小雨がぱらついている。ふと前を見れば、別れたばかりの元カレ。いかにも頭軽そうな茶髪の女と花柄の小さな傘で、相合傘。アホかっ!私は、追い抜きざまに、足元を這っていたダンゴ虫を、元カレの上着のポケットにねじ込む。ダンゴ虫の繁殖期は湿った梅雨時。アンタたちには、お似合いよ。でもあの二人、たぶん、交尾はまだだ。だって、あいつの大事なトコロには、私が取って置きの細工をしてあるのだから。バイオエシックス的には多少問題だが、将来のノーベル賞候補にも名前の挙がる天才生命工学者の私を混乱させた罰だ。遺伝子学的に見て全く意味不明な別れを切り出された夜、クロロホルムで眠らせて、脱力系の去勢手術を施した。その結果、あいつの生殖器は勃起時に、空洞の睾丸に内蔵してある超小型スピーカーから、間抜けな音を立てる。マリオの、キノコでの細胞肥大化音だ。そして発射の後は……、♪チャチャチャチャチャチャチャ〜(GAMEOVER)



 東京ヒズミランド 作者:オギ

 鏡は監視カメラです。一日にニ回、とびきりの顔で笑いかけます。
 ここは広くてあたたかい、緑と花で満たされたガラスのドームです。真ん中には小さな遊園地があり、大きな観覧車が静かにゆっくりと回り続けています。
 緑に埋もれた家は潰れたケーキに似ています。三角で三段で白い。四歳からここにいます。
 住人は子供ばかり。ニ割は自分を特別だと信じていて、三割は頑なになにかを信じ、一割は絶望しています。なにも信じていない残りの四割が、空白の住人と、本物の天才と、私たちです。
 テレビもラジオも電話もないけれど、食べ物や着る物には困りません。管理人は見えないけれど、たぶんそこらにいるのでしょう。
 誰かが歌い、踊り、叫び、ピアノを弾いています。小さなブロックを積み上げ、透明な境界を掻き続けています。
 森は迷路に似ています。眠るのは好きではありません。
 観覧車のてっぺんからは外が見えます。あおぞら。あかいつち。暗くなれば遠くに、こぼれ落ちた星のようなあかりが見えて、だからあそこには人がいます。



 告白 作者:まつじ

 私は実はどうしようもない善人なのです。
 と言ったのに誰も信じちゃくれない。
 ただただ、孤独になる。



 煙 作者:峯岸

 食事の時間になり料理が運ばれてくる。アペリティフのキールに手を伸ばす王を制し、まずは執事がグラスを空にすればたちまち息を引き取る。アントレのすべての品に対しても執事が一人ひとり端正に検めれば順繰りに命を落としてゆく。
 ポタージュの表面を軽く撫でたスプーンを口にくわえたまま執事は斃れる。柑橘系のグラニテを舌に乗せただけで執事は不帰の人となる。牛フィレのステーキはそれを口にした執事を昇天させる。空腹に耐えかねた王がパンに手を伸ばすも執事がそれを奪い取りすぐさま齧り付いてはこの世に別れを告げる。サラダを食べた執事の心音が途絶える頃には、用意された数種類のドレッシングを確認した執事らもすべて事切れている。
 食器類が片付けられると王の前には色とりどりのプティフールが並べられ、それぞれを執事が口に含んでは天に召されてゆく。香しい紅茶が注がれ、やはり執事が口をつけた途端に黄泉の客となる。
 王は今日も食事にありつけない。部屋を埋め尽くす屍体の山を見据えながら王は懐から拳銃を取り出し銃口をこめかみに当てる。後ろから現れた執事が王の手から拳銃を取り上げると、銃口を自らの口に銜えトリガーを引く。
 床に落ちた拳銃から静かに立ち上る煙を王は見るともなく眺める。すると煙がぼんやりと女の顔になる。すうーっと近付くと王にキスをする。途端、がくりと力なく天井を見上げ王は永久の眠りにつく。かくして暗殺は成功に終わる。



 K 作者:ぶた仙

「古き絵や 逢わず
         −K」
 空き巣の残したメッセージはそれだけだった。いや、怪盗というべきか? というのも、大学生の娘の部屋に入った形跡は明らかなのに、盗まれたものが見つからないからだ。メッセージからすると、なにやら古い絵を捜したと思われるが、心当たりはない。

 翌日、娘に菊の花が贈られてきた。カードには、

『老いしある 永遠を問う わが肝に』

と書かれてある。娘が参加しているボランティアサークルの関係だろうか? ともかくも、この十七文字を見て、それまで怯えていた娘が急に元気を取り戻した。
 夜、ふと見ると、軒先に短冊が吊るされている。

『恋敵は 秋駆けて 彼方に聞く』

 絵柄はキウイ。恋敵とは穏やかでないな。そう思った矢先、今度は芭蕉の花が贈られて来た。

『酔えれば 夏憂さの苦 七色に射て』

 翌日、娘は突然旅に出かけた。旅先から届いた世界遺産の絵ハガキには三句だけが書かれてあった。

『恋いしかる 経験を説く わが妹に』 
『追い難いは愛 敢えて貴方に言う』
『よければ 夏草の 卯七キロに来て』 

 なるほど、キウイは「行く気」という意思表示だったのか。
 何も気付かなかった私は、娘の幸せを祈るしかない。