500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

 小鬼の秘密 作者:磯村咲

 最近奴は融の部屋に籠っている。私のお古のPCに入れた教材のツールでゲーム作成を試みている。存在を融に気付かれていないのをいいことに結構やりたい放題で、自分のアカウントも持っているのだ。
 融が生まれた時嬉しかった。ずっと、家族の中で奴が見えるのは私だけだった。私の子供なら奴が見えるのではないか、そう期待した。思いは奴も同じだったようで、融が物心つく前から色々いたずらを仕掛けていたが、努力空しく視界に入れられないまま今に至る。その過程で人の子向けのコンテンツの威力を思い知ったらしい。ランドセルの中身を入れ替える等の古典的ないたずらをやめて、自分をキャラ化したゲーム作りに着手した。だが進捗は芳しくない。本を介して移動する特殊な能力を持った奴でも、IT技術には馴染み難いのだ。今のところ融の方が先を行っている。
 私が融のPC利用を遠隔で管理するついでに、奴のアカウントを覗けることに奴は気付いていない。パスワードがまんま名前なのだが、私が奴の名前を知っていることも知らないだろう。昔話の頃から変わらずセキュリティが甘い奴だ。



 いやや 作者:脳内亭

「妻帯者に再会、大枚はたいたに間に愛足りない笑いない涙に堪えないそんな気持ち」
「うまく言えたことは?」
「ないやいやい」
「Ya Ya」



 誰かがタマネギを炒めている 作者:つとむュー

 ついに携帯タマネギ炒め機が発売された。コンパクトでバッグの中に入れておくだけで面倒なタマネギ炒めが出来るという優れモノだ。
『さて、今夜私がいただくのは、帰りながら炒めた飴色タマネギです』
 このテレビCMが大ヒット。家に着いた時の飴色タマネギが実に美味しそうで、食欲をそそるのである。おかげで炒め機はバカ売れ、いつの間にか『ケイタマネ』の愛称で呼ばれるようになった。
 しかし良いことばかりが起きるとは限らない。
「うわぁ、目が、目がぁ?っ!」
「誰だ、電車の中でケイタマネの蓋を開けたのは!?」
 そんな事故が頻発する。満員電車なら最悪だ。
 たちまち「絶対蓋が開かないケイタマネカバー」なる商品が次々と発売され、新たに法律も整備される。公衆の集合する場所で稼働中のケイタマネの蓋を開け、若しくはこれをさせた者は軽犯罪法違反として罪に問われ、一日以上三十日未満の拘留または千円以上一万円未満の科料が科されることになり、事故は劇的に減少した。
「やっぱ、飴色タマネギだよね」
「蓋を開けた時の幸福感は半端ないね」
 日本中を平和が包み込む。今日もあなたの隣りでは誰かがタマネギを炒めている。



 ブルース 作者:空虹桜

 今朝のわたしは機嫌がいい。他者とは関係無い。駅へ最短の繁華な元闇市。如何わしいこの街並の残像を無駄に捕らえる。意味深に。
『川崎区で有名になりたきゃ 人殺すかラッパーになるかだ』
 通勤路でBeats Fit Proが再生するBAD HOP「Kawasaki Drift」
 Explicitは便利だけど、ユーモアが失われる気もする。
「職質止めて」
 酔っ払いの悲鳴に、直截だからユーモラスな時もあると思い出す。土地柄、赤字も大惨事も日常茶飯事。改札を抜ける。
 やぎこにMoment Joon、なみちえでハイパヨからLil Nas Xのおみそはん、鎮座にMegan Thee Stallion、ヒプマイとBTS「Dynamite」
 シャッフルだと尚更、ラップなんてただの唄。これが音楽じゃなくて、ただの騒音だとしてもヒップホップなんてただの精神。
 一駅乗り過ごしても、満足だけは譲れない。血肉になってるリリックを囀る。そんな気分なのです。
 職場 a.k.a つるみの塔そば駅前で、赤目の達磨のオジキが合法的なトび方をビラ配り。人混みを馬鹿が自転車でやってくる。
 あゝ、Forever Youngっても、掲揚するパンチラインが古いのは、心のベストテン第一位があんな曲だからだ。



 ほくほく街道 作者:脳内亭

 だれも通ったことのない街道が、かつて幾つも存在した。
 なぜだれも通ったことがないのか。それらの街道が実は生きていて、人を避けて動いていたからである。
 名を挙げるなら、かりかり街道、さくさく街道、ぷりぷり街道、とろとろ街道──かつて国中に棲息し、密かにただよっていたこれらの街道は、今はもう存在していない。
 なぜ存在しないのか。食べられたからである。人知れず繰り広げられた弱肉強食によって。
 人との遭遇を避ければ、自ずと移動場所は限られる。ゆえに街道は他の街道と鉢合わせる宿命にある。そして互いの生存をかけて闘う。街道は共食いをするのである。
 かりかりを食べ、さくさくを食べ、ぷりぷりを食べ、とろとろを食べたもちもち街道もまた最後には敗れた。事切れる間際にもちもちが見せた表情はじつに悔しそうであった。おそらく勝者とは対照的であったろう。
 なぜそう言い切れるのか。わたしがその勝者であるからだ。この世に残った唯一の生きた街道である。
 断っておくが、街道を食べても味はしない。特にうまくもまずくもない。共食いはあくまで本能である。
 ところで、人はうまいのだろうか。