500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

「飛べ」男は言った。猫はふわりと舞い上がり、大空をはばたきはじめた。
「どんな魔法を使ったの?」少年の問いに男は答える。「これは魔法じゃない」

「大きくなれ」男は言った。蛇はみるみる膨れ上がり、高層ビルを覆うように巻きついた。
「どんな魔法を使ったの?」少年の問いに男は答える。「これは魔法じゃない」

「伸びろ」男は言った。芽はどんどん成長し、雲を突き抜けて何億枚もの葉を開いた。
「どんな魔法を使ったの?」少年の問いに男は答える。「これは魔法じゃない」

 男はつづけて言った。「魔法というのは、いつか解けるもののことをいうんだ」

 またたくまに月を緑色で埋め尽くした植物は、さらに巨大な輝きに食指をのばす。



今日において、魔法使いという職業は一般社会にその市民権を得ておらず、よってその職能であるところの魔法などという技ももはや存在しないに等しい。とはいえ古生代に反映した恐竜が隕石の衝突・氷河期などの受難を経て、今なお形を変え鳥類となり繁栄しているという説があるように、魔法使いもまた形を変えて現代社会に棲息しているという説がある。現在、祖先に魔法使いを持つのではないかと思われる職業の最有力候補として“音楽家”が挙げられている。歌声で相手を惑わし魅了する技は古来からあったものであるし、また指揮者が振るタクトはティピカルな魔法使いの杖の名残りとも言われている。楽器の発明とともに技の分化・向上が進んだ今日、高度な技術と能力をもった演奏者は、力ある魔法使いと同等の魔力を持つ。曰く、癒し、現実の忘却、感情のコントロール、幻視、身体の麻痺・痙攣、そして驚愕と歓喜などである。またコンサートという様式は元来ミサ・サバトと呼ばれていた儀式の現代におけるひとつの形であり、大衆をいちどきに陶酔させるという点で他の追随を許さない。今やテレビにCMにと巷には音が溢れているがそれは反復されるだけのただの暗示である。魔法と呼ぶにふさわしい“音楽”に出逢うためにはあなただけの大魔法使いを見つけその生の演奏にぜひ触れてみてほしい。奇跡は必ず起きる。



 セールスマンは鞄を広げて、説明し始めた。
「えーと。これ、ね。疲れのとれる魔法です。それから。眼精疲労に効く魔法。ついでにお肌のストレスにも効きます。あと、これね。これは凄い。吸うとハイんなって眠らず働き続けることができるんです」
 言いながら顔をあげ、私の表情に目を留めて、
「ん。そうか。昼間っからご自宅にいらっしゃるあなたにそんな無理は必要ない。そうかそうか。でしたら」
 と、幾シートか引っ張り出して、
「眠れる魔法。どうです。寝すぎて、眠りが飽和しちゃった時でも、飲めば、あら不思議。さらに寝れる」
 斜めに傾いだ鞄の口から、色とりどりの魔法がぽろぽろ零れた。
「これ、落ち着くことのできるやつです。こっちはEDに効く魔法」
 拾って鞄に戻しながら、セールスマンは続けた。
「このちっこいペーパーは、いろんな夢が見られる魔法。あと、この小粒は愛を感じられる魔法」
「もういいって。そんな金ないから」と私は、冷めた表情で告げたのだ。「帰ってくれよ。つーか、警察呼ぶよ」

 追い返してから、私は冷蔵庫に歩み寄り、缶を掴みあげてプルタブを撥ねた。勢いよく流し込む。
 これが私の魔法。これだけが魔法だ、なあ。確信しつつ、げっぷした。



「さあてみなさんお立ち会い。」
と手品師は言った。
私は手品師に呼ばれ、彼女を残して舞台に上がる。
スポットライト。
彼は私をハトに変えると観客に恭しく宣言した。
そんなことが出来るのか。私はただの客だぞ。
そう思いながら私も手だけで観客に小さく挨拶する。
体がすっぽり入る大きな箱に身を縮めると、ゆっくりと蓋が閉じられた。
「種も仕掛けもございません。」
何も見えない暗い箱の中で、私は手品師の掛け声を聞いた。
手品師のステッキが蓋を叩く。
3、2、1…。
「はい!」
蓋が開いて、歓声が上がった。
体が上手く動かない。
慣れない体を無理矢理動かした私は、宙を羽ばたいていた。
 これはどういうことだ。私の体はどこに行ったんだ。誰か、私はここだぞ。誰か、誰か。私は、ハトなんかじゃないんだ。
 会場中を飛びまわったけれど、誰も気付いてはくれない。
彼女が下の方で手を叩いて喜んでいる。
 手品師は、満場の拍手を受けて、舞台の上で誇らしげにスポットライトを浴びている。 



 杖をひと振りするとコンロに火がつく。
 ちょっとしたケガは、母が手をかざし呪文を唱えると治る。
 悪いことをすると一晩カエルに変えられる。

 最近まで、どこの家も同じだと思ってました。



 魔法使いの弟子は魔法の杖を人に変える魔法を習ったのだけれど、上手くいかない。何度やっても「ト」や「イ」みたくなってしまう。見兼ねた兄弟子が助言をくれて、その通りにすると今度は「へ」のようになった。
「気合いが足りないんだ」と兄弟子は言った。「だからそんなふうに、くたっ、としてしまう。もっと気合いを入れろ。そうすれば、しゃきっ、とした人ができあがる」
 気合いの足りない人は「へ」のようなものだなんて、まるでつまらない教訓話みたいだ。そう思って、弟子は少しだけ笑った。よし!「気合いだ!」気合いを入れて!「やってみせる!」呪文を唱える!
「!」
 気合いを入れ過ぎたのかもしれなかった。感嘆符になってしまった。



品名:おばあさんのりんご
成分:天然無農薬栽培りんご(微量の睡眠薬含有)
効能:ひとくちかじるだけで催眠効果。ただし、ゆする・触れるなどのちょっとした外部刺激で覚醒
用法:意中の女性に。「覚醒時はキス」が紳士のエチケットであり、恋の呪文



そっと、ひと撫で。
——さあ。目をあけて。



最後の一つの謎が解かれると、世界は干上がってしまった。夜の来ない日照りの昼が七十年続き、最後の祈祷師の雨乞いが骨となり風に散ってしまうと、背凭れの高い椅子のような半透明の亡者の行列が浮かんでは消えるだけになった。やがてそれも陽炎に掻き消え、一滴の水を待ち望む者のしるしがただのひとひらもなくなった瞬間、紺碧の抜ける空のはるか高みに、微かなもやが宿った。と見る間にそれは爆発的な速さで膨張し、弾け散り、鯨ほどの大粒の雨を乾き切った大地に振り撒いた。森ができ、大河が生まれ、沃野が開け、街が興った。術をかけられていた間のことを憶えている者はない。



「それは魔法ではない。魔術だ、しかも黒い…」
 エドは、ミトの手元を見て軽蔑を吐き捨てるように言った。
「術に白も黒もないでしょ。作業すれば手は汚れるものよ」
 形代を握りしめたままミトが言う。
「わざわざ手を汚すことはあるまい」
「仕方ないでしょ。これ以上、あいつに勝手な真似はさせられないわ。世俗から離れて悟りすましてる学者先生にはわからないでしょうけど」
「魔法使いとはそういうものだ」
 かまわずミトは最後の呪文を口にした。

 やがてエドが胸をかきむしって倒れた。ミトは泣く。
「人を害する術を使うと大切なだれかを失うのは、術じゃなくて法よね?」
 思い切り泣きながら満足してミトは言う。



 シルク・ハットの中身は空っぽ。けれど手を突っ込めばウサギが耳から引っ張り出される。床で震えるウサギを指差すと炎が大きく赤い。途端に丸焦げ、黒い固まりになってしまう。両手でその黒い固まりを左右に引っ張るとにゅーっと伸びてステッキに早変わりする。抛り投げられたステッキはそのままチャ・チャ・チャのリズムで踊る。
 下手から大きな箱が運ばれてくる。踊っているステッキを掴み取ると一振りでサーベルが閃く。そのサーベルで箱を色々な角度から何度もなんども突き刺す。箱を開ければ自分の好きな人が出てくる。傷一つない。その鼻先で指を鳴らすと好きな人は自分の事を忘れる。もう一度指を鳴らせば好きな人は右回りに一周して、知らない人が満面に笑顔を湛えている。
 首を刎ねる。笑顔が床に転がり血が噴き出す。床に溜まった血の海がふわり膨らんだかと思うと赤い大きな旗になっている。サーベルを跨げば竹箒。シルク・ハットを被る。旗を持ったまま空を飛ぶと万国旗がするする伸びてゆく。知らない人の体は徐々にしぼんでいき仕舞には裏返され体自体が白い旗だ。この白い旗は皺に沿って裂けていき無数のハトがこちらを追い掛けてくるのだが、いつしか紙飛行機たちは力をなくし地面を目指し落ちてゆく。



餌をくれ、と擦り寄ってきたアビ教官をすかさず捕獲。ふぅっという抗議の声を無視して華麗なステップを踏ませる。前、後ろ、前前前。と、突然に頭をはたかれる。見上げれば呆れ顔の彼女さん。なにやってるの。
人生はままならないって教えてたんだけど。その頃教官はシェーのポーズ。
しかしおふらんす逆輸入のポーズは気に入らないのか、教官、俺の手を振り切って逃げていく。彼女さん曰く、そういうことをするから嫌われるのよ。その通り。
や、ままなることなんてありえないんだからさ、猫にもそこんとこわからせとかんと。見苦しくも俺弁解。
そんなことないよね、アビさん。うまくいくことだってある。
そう答えた彼女さんの声はとても優しく、思わず信じたくなるがちょっと待て。ままなったことなんてないぞ、俺は、ただの一度も微塵もねえ。じゃあなにさ、ままなったことがあるの?君?
彼女さん、ちょっと考えてからくすりと笑う。あるよ。
俺驚愕。そりゃ凄い、是非聞きたいもんだね、その貴重な経験を、と思わず詰寄る。
少しの沈黙。微笑。しかしその目は笑ってなくて、俺は急に寒気を感じる。
「あなたが私の傍にいること」
遠くの方でアビシニアンがにゃあと鳴いた。



 全国の何万人という暇なおばさんが見守る生番組に1本の電話がつながっている。オールバックの司会者は仏頂面で第一声を切り出した。
「奥さん、今日はどうしたの?」
「あの……」
 機械で声が変えられている。女性は言い澱み、その後が続かない。
「言いにくいのはよぉく分かってるよ。でもさ、せっかく電話してきたんだから」
「わたし……魔法が使えなくなっちゃったんです」
「ええ?!」
 スタジオがどよめく。しかし、熟練の司会者は動揺を見せず話を続けた。
「奥さん、お年は?」
「米倉涼子さんと同い年です」
「で、ご主人は何をなさってるの?」
 少し間があった。
「ザリガニです」
「は? どういうこと?」
「ケンカしてザリガニに変えちゃいました。でも、元に戻せなくなって……」
「何で急に使えなくなったの?」
「2人の強い愛がないとダメなんです!」
「ザリガニじゃ愛せない?」
「体臭が我慢できなくて……。洗剤でよく洗ってみたんですけど、それきり主人もグッタリしちゃうし」
「これ……どうですかねぇ?」
 司会者はゲストに振った。スタジオは『洗剤はどんな成分の物を使ったのか』という話題で白熱した。魔法の国のおばさんたちは固唾を飲んで見つめ続ける。



晩年の父は、いたる所に忘れ物をしてきた。
だが不思議とそれらは戻ってくるのだ。
そうすると決まって父は、
「魔法だ魔法だ」
と言って、あきれる母と私を尻目に得意気に笑ってみせるのだった。

そんな父も、もうこの世にはいない。
しかし今でもたまに、ひょっこりと戻ってくる父の忘れ物に、
『魔法だ魔法だ』
と笑って煙草をふかす父がそこに居るような気がするのである。



 母が、あわせた両手のひらをそっと緩めると、中から白い小鳥が次々と飛び出した。歓声をあげベッドの上に立ち上がり、飛び回る小鳥たちに手を伸ばす、幼き日の僕。
 悪戯っぽい目をした母が掛け布団の中から引っ張り出したのは、身体の長い、名も知らぬ青い大魚。その背びれにしっかりつかまって、僕は小鳥たちを追いかけ、部屋を回遊する。小鳥たちは救いを求め母に向かい、彼女の手のひらで弾かれ、きらめくプリズムの小さな欠片になって宙を舞う。散った欠片は集まって再び白い小鳥になり、青い魚の周りを飛び回る。
 コツコツという足音が病室に近づいて来ると、母は慌てて両腕で輪を作り、その中に小鳥たちが飛び込み、大魚が吸い込まれ、振り落とされた僕は彼女に抱きとめられた。
 ほてった笑顔と弾む息は安静を破った証。ひんやりした手のひらが僕の両頬を鎮め、柔らかな声が耳元で「秘密ね」と囁く。
 眠りの谷に一気に落ちて行く僕が瞼を閉じる前に見たのは、母の細い指がガラスのコップに挿す、赤い二輪の熱の花だった。



 とんがり帽子をかぶった小人は、道化師人形に聞きました。
「どうして振り子時計は動いているの?」
 道化師、一言「魔法のちから」。
 魔法が分からない小人は、「ふーん」。
「どうして?」
 今度はクマのぬいぐるみに。
 クマはぼそりと、「ちからの魔法」。
 よく分からないので、やっぱり「ふーん」。
 考えるのに飽きた小人は、さんかく帽子を丸めてポッケにしまうと、立てた円柱からつま先立ちをしてブランコ遊びに戻りました。



 男と女はひっついて堤防に座り込み、しばらく黙り込んでいた。宵闇の中、寄せては遠ざかる波打ち際を見つめ続けているから、ふたりの瞳孔は閉じたり開いたりしているのだった。
 やがて男が呟いた、
「死んじゃおっか」。
「そうねー」と女が応じた。「あーあ」と溜め息。「私たちの愛で、世界が変わればいいのに」。
 また少しの沈黙。
「世界、例えばどんなふうに変わってほしい?」と男が尋ねた。
 女はしばらく考えて、答えた。
「んー。人間がみんな毛むくじゃらになるとか」。
「あと、ビルとか電車とかあらゆるとこ、内といわず外といわず、粘液みたいので覆われてるの。みんな滑って、こけつまろぴつするから、もうベっタベタ」。
 水平線のあたりに、漁り火だろうか、灯りが幾つか揺れている。
「長い毛足に絡みついちゃうもんだから、お風呂で洗ってもなかなか取れないのよ」。
 ふたりはキスをした。
「しかも、粘液ね、夜になると仄かに輝くんだから」、唇が離れた瞬間に女が言った。
「そりゃ不眠症になるだろ」。
「うん。お昼寝は必須」。
 ふたりは立ち上がった。もうちょっとだけ待ってみる気分になったらしかった。
 間もなく、波打ち際に夜光虫がうっすら輝きはじめることだろう。



 それは夢幻の彼方へと飛びゆく一条の光線。
 それは漆黒のカーテンを切り裂く一口の刀。
 それは世界の果てまで届くする一筋の想い。
 それは稜線を染め上げ地上を一望する双眸。
 それは自己を承認する究極なる唯一の手段。
 それは魔法。



 その革命は成功し、世界は大きく転換されようとしていた。あらゆる価値観は180度覆され、常識が常識でなくなるのだ。
 指導者は高らかに宣言する。
「我々の世界はRPG的なものになるだろう」
 慌てたのは手品師たちだ。
「ちょっと待ってくれよ! それじゃあ商売あがったりだ」



 奥歯の裏側にある霧吹きボタンを何度も押し続けると、ときどき虹が吹きだします。そのまま飲み込んでしまうと三日間は輝きながら腹痛が続くので、気をつけて吐き出してください。縦に長いので少し喉につかえるかもしれませんが、先端は柔らかいので傷つける恐れはありません。うまく外に出せたらあとは端を持って振り回しましょう。クルクルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルほら、空を見上げて!



 目を閉じればいつだってあなたの声が聞こえる。
 優しく、力強く、何度も、何度も。
 あなたがかけた言葉があるから、あなたがくれた言葉があるから、わたしは今日まで耐えてきた。わたしはこれからも耐えていける。どんな屈辱にも耐えられる。
 だからお願い。最後はあなたを殺させて。わたしの手で殺させて。あなたの体を殺させて。あなたの心を殺させて。あなたの言葉を殺させて。
 お願い。お願い・・・



 家の帰ると、妻が『オール魔法化プラン』のチラシをテーブルに置いて待っていた。
 コンロとか冷蔵庫とか電子レンジとか風呂の給湯機とか、何しろ全部魔力で使えて、電気代・ガス代がほとんど不要になるみたいだ。警備保障までついている。便利なものだ。最近CMで急激に見かけるようになった。知らぬ間に何かの法律が変わったのかもしれない。
「それ、どうしたの?」
 当分マイホームを建てる予定はない。このマンションはガスコンロで、部屋単位の工事は当然禁止されている。妻も分かっているはずだ。
 一応チラシを手に取ると、妻はじっと私の顔をのぞきこんだ。
「何かね、来年この近くに魔力発動所を建設するらしいの。で、ここら辺の住民はみんな無料で入れるみたいよ」
 ……危なっかしい話だなぁ、おい。



空にストローを突き刺した跡のような、真っ白い満月の夜。世界は音を失い、草木の気配も、花の匂いも、鋭く尖っている。
天頂に達した月が、やがて静かに地上を包む。生き物たちは、既に深い眠りに落ちた。

こんな夜。こんな時間。異界がこの世にリンクする。
空気が微妙に揺らぎ、山の端がすっと飛んだように見えると、次の瞬間、不思議な感覚が降りてくるのだ。
音声でもなく、光でもなく、風でもなく。それはたぶん、末那識を直接震わすような、感覚ともいえない感覚。意識の奥底を、つんと押されるような、えもいわれぬ感覚。・・・

その先は魔法!覚醒した脳がイメージしたものすべてが、次々と目の前に姿を現す。
原初の森、海沿いの寒村、ティータイムのテーブル、クリスマスの街並み・・。
この世の制約から解き放たれた、ドラッグが作る光景に似ているだろうか。

時は流れる。それぞれの持つ時間は、どの世界でも、同じ速さで流れてしまう。
東の空がほんのり白めば、楽しくてでたらめなドラマは終わりだ。
そして始まるのは、誰にも展開のわからない一日。誰もかけることのできない、本当の魔法の世界。



 二階建てのバスが、僕の放った渾身のファイヤボールを追い越していく。秋晴れの肌寒い午後。



 月長石の欠けらを左手にのせ、瑠璃の粉末をひとつまみ振りかける。右手をかざし、呼吸をととのえ、遙か古のことばを唱える。呪文に合わせ、そろえた人差し指と中指で三つの円を描けば、手のひらからこぼれる光。魔法が動き出す。
 だがこれは、そんなに不思議なものではない。道具をそろえ、呪文と所作をおぼえて、多少の修練をこなせば、魔法は使える。当たり前のこと。なのだが。
 旅の連れに請われて、今夜もまた、小さな魔法をひとつ披露する。
 闇に咲く月華の雫。このひと時の、心地よさの不思議と。



『隣家の主婦、口笛で火事を消し止める』
あなたはとんでもないと思うでしょうけど、その時の私にはなんでもないことだったのよ。



 この手に宿る、今もって鮮明なひとつの感触。二十五年を生きてきて、一度だけ、あれは“それ”らしきものだったのかと思える出来事がある。大学時代のある日。
 自転車でバイトに向かう途中だった。寝坊したせいで全然時間がなかった。それなのに、起きぬけの飢餓に耐え切れず、マクドナルドに飛び込んだ。注文すると、スマッシュを打ち返すようにすぐ出てきた。
 足早に店を出て、自転車をこぎながら大急ぎでチーズバーガーセットを食べる。ハンドルを拳で押え、ハンバーガーとコーラとポテトを交互に口へ運ぶ。信号に引っ掛かればブレーキをかけて止まる。通行人はベルを鳴らしてすかさず避ける。
 そして、バイト先に着くまでのわずか五分間余りで、僕はポテト一本すら残さず全て食べ切った。いつ思い返しても、本当にどうやって食べたのか自分でも分からない。



月の明るい七夕の夜のことだ。
 建ち並ぶ家々にはまばらに笹が飾られていて、そのうちのひとつに掛けられた短冊に、「まほうがつかえるようになりますように。」と書いてある。玄関の外に立てかけられたそれを見た父親が仕事から帰ってくると団欒がはじまった。
「なんだ、願い事さっき見たけど、サキは魔法が使えるようになりたいのか。」
「そうなのよ、あたしも言ったんだけど。」
「なんでまた魔法なの。」
「さあ?あたしに聞かないでよ。」
それを聞いていた子どもは
「だって、魔法が使えたらなんでもできるでしょ?」
と、ふんぞり返って答えた。
「ははあなるほど。」
「あ、でもね、家族が元気でいられますようにってやつも書いてくれたのよ。」
「そっかー、そりゃあありがたいね。あ、ご飯?」
 
そうやって続く会話を屋根の上で一休みして聞いていた独り言が癖のくたびれたおばさんは、
「そんなに何だってできればあたしも苦労はしないんだけどねえ…。」
とゆっくり腰を上げると、右手に持っていたホウキをまたいでまた「つい」と夜空に飛んでいった。



僕は魔法使い。人の目には見えない。だけど僕には人が見える。
人に見えない部分が見える。「思い」だ。
僕は悪には反応しない。それは悪魔の領分だからね。
僕は、人の善意に反応する。とりわけ「誰かのための」善意に。

例えば、恋人を喜ばせたい人がいるとしよう。彼女は、恋人のために、心を込めてケーキを焼く。
僕はその、「心を込めて」に弱い。心を込めて何かをしようとする人がいた時、僕はその人に寄り添う。そしてそこに魔法をかける。
ケーキの上に、恋人の心に一直線に届く魔法を振りまくんだ。
おいしい!
彼は叫ぶ。他の人にはたいしたことのない味に思えるかもしれない。
でも彼は、世界一おいしいと感じるんだよ。

心を込めて何かをする。誰かのために真剣になる。
すてきなことだ。そうして生まれた料理も、服も、家も、言葉も、絵も、音楽も、すべて輝いているはず。そこには、僕や仲間の魔法もかかっているからね。

今日は、怪我をした小鳥を一生懸命手当する少年のところに行ってきた。小鳥は、明日には元気になるだろう。
僕は神さまじゃない。だから、魔法にも限界はある。
だけど、君が誰かのために何かをしたいと思った時、ぼくはきっと君のそばに行くよ。
僕だって、みんなの喜ぶ顔を見るのが大好きなんだ。



マハリクマハリタヤンバラヤンヤンヤーンッ!!



 JR東日本のSUICAとかいうカードを翳すと、指一本たりとも触れてないのに改札口がパカッと開いて通れるものだから、ハリポタくんは余りの事態に少々おしっこ漏らしてしまった。
 うわーこんなんがこの世に存在してるとは。驚き呆れて、こんな凄いことができるこのカードって、ほとんど万能なんじゃないの、と考えた。
 もちろんその通りだった。なんでもできるのだった、そいつをすっと翳すだけで。
 うわーこんなん持ってたら、ボクは現実と対峙するなんてアホ臭いことせず生きてける。それから友とか愛とかいう類の情を背負い込むなんてアホ臭いことしたり、背負い込んだ次には失うことに怯えちゃうなんてアホ臭いことせず生きてける。「ボクは一生キミらに頼らないし、キミらに頼られもしないから」って宣言できる。自由の身だぁ。広すぎる海で溺れるように自由に迷ってモラトリアムっちゃうこともなく、ボクは寂しさも感じずボクだけの安楽に浸って一生すごせるに違いない。うわー完璧。これって世界を我がものにしたも同然じゃん。ハリポタくんはそう考えて打ち震えた。
 もちろんその通りだった。ハリポタくんはSUICA片手に、世界を我がものにしたも同然なのだった。



なんといっても、やっぱり森でしょう。
少女はくすっと笑う。
お姫さまが眠りこけてたり、こびとの七人組が精出して働いてたり。
でも——と彼女は思う。刈られた下草の上に腹這いになって眺めているのは、お城ではなく、疎林のかなたに蜃気楼のように浮かんだ、連なる高層住宅の稜線。
あそこに住んでるんじゃなかったら、あれはあれで夢のような風景よね。
——チチチチ。草むらから虫の音。
ここへ来はじめてから、何かが変わったような気もするし、何も変わってない気もする。

昼休みを終えたパワーショベルの低いうなりがきこえてくる。
やわらかな木洩れ日と風の頬擦りに目を細めながら、少女は何かが起こるのを待ちつづける。



 猫の足音、女の髭、石の種、小鳥の唾、魚の呼吸、熊の傷つきやすさ…
 ぜんぶ用意はできている。ただ。そんなものであなたを縛りたくない。



守銭奴の金貸し、老ベネディスが腕(かいな)を組み、険しい面持ちで見護る中、
我らが狡猾な魔術師見習いヘポホフは煮立ったギヤマンの細き瓶を静かに凝視していた。

ご存知の通り、ヘポホフの“錬金の技”はマイスターの域には到底及ばず。
だがしかし、今宵その術を完遂させねば、明朝にはベネディスの訴えにより彼は連行され、
町の中央の血塗られた“刑場”にて、振り上げられし“執行人”の大斧の朝露と消えるしか
その道はもはや残されていないのだ。

「今宵も、汝も是まで」業を煮やした老ベネディスが房を去る所作に入りつつ、
「ふふ」と唇の端(は)を薄く歪めて笑った刹那、スメル語でヘポホフは何ごとかを叫び、
“魔法”は忽ちの内に成立したのである・・・

無論、ギヤマンの液体が金塊に化けよう筈はない。
ただ、老ベネディスの肉体がフロギストンの救けを得て地上から完全に消え去ったのみである。



夜ごとの終焉を課したのが彼女なら、朝ごとの再生を願い続けるのは私。
御影石の寝台であなたは毎日恨み苦しむ。そして懇願する。
もうそっとしておいてくれ、と。
ごめんなさい。
けれど、もう一度だけあなたの目が見たい。声が聞きたい。
 ただもう一度だけ。
 今度こそこれで終わりにするから。
 そう思いつづけているうちに、いつの間にか月はあんなに遠く離れてしまった。
 水盤に映る姿は頼りなく、頬を撫ぜる光はあまりに弱く。
 見放された世界は加速度的に色を失っていく。
 それでもまた夜は来て、朝を迎える。
 許されなくて、いい。
 私は願わずにはいられない。



 本当にあるのなら、あの娘を救ってみやがれってんだ。



 中途半端な手入れのために却って荒れてみえる寺の庭に石仏が並んでいた。唯の地蔵のように見えるが実は北斗七星なのだ。境内の隅で庭木に埋もれ、妙な形で並んでいる石仏を調べたら柄杓の形に整列していた。枡の先に鎮座している仏は北を向いている。昔の中国の言い伝えでは北斗は偉丈夫な坊さんに化けて酒を飲みに地上に降りて来たという。その話に見立てて暇な坊主が造らせたのだろう。深い意味があるのかもしれない。そう思って枡の端の仏さんから距離を測り北極星の辺りに腰を据える。
 仄暗くなるまでここにいようと思う。何かを期待している訳ではないのだが、仏にカップ酒を供え、自分もちびりちびりとやりだす。一番最初の星が輝き出す頃、虫の音に混じって低い笑い声が聴こえた。数人の愉快そうな声が一瞬間。辺りを見回したついでに空を見ると、カササギが天の河に橋を架けている、銀河を見るのは本当に久し振り。また笑い声。もう一度見上げた夜空はぼんやりとしたいつもの街の空。やられたと思ったら、空から笑い声が降ってきた。ささやかで粋な呪術のために七つの星仏は、ここで暇人の来るのを待っていたのだ。



「もはや魔法の時代ではない」「我が國も科學を取り入れるべき」「科學は世界を滅ぼす」「浅薄で非科學的な妄想」「近隣諸國を刺激する」「関係の不可逆的な悪化」「國家の主権の問題である」「他國の干渉は拒否する」「國益のため」「そもそも科學放棄などという馬鹿げた決まりは先の大戦の戦勝國側からの押しつけ」「押しつけた彼の國も今や我が國の科學化に前向き」「他國の干渉は」「利用すれば良い」「技術を高く売りつけようという魂胆」「だとしても今やらなくては世界が滅ぶ以前にこの國が滅びる」「魔法による解決を」「魔法の通じない相手もいる」「科學ばか」「無礼な」「たかが國民が」「この國がここまで発展できたのは魔法のおかげ」「魔法さえ唱えていれば科學は不要だというのか」「魔法ぼけ」「幼稚な」「一國魔法主義」「魔法こそ我らの誇り」「誇りを護るための科學」「詭弁」「今こそ魔法が」「感情論」「魔法で科學の代替が」「理想論」「現実問題として我が國には科學が必要」「人生いろいろ魔法もいろいろ科學だっていろいろ」「これ以上他國に依存できない」「すでに國民の多くが科學の導入を望んでいる」「國民の意志によって」魔法は失われ



 宇宙がまだ未熟だったころ、光粒が打ち寄せる星雲峡から遠く離れた波間にただよいうずくまるなにか。なにかはまだなんにもないからなにかとしかいえない。まだなにも決まっていない暗黒をみて、これからの永い年月のことを思ったなにかはなにもないところからその思いがもれる「ふぅ」
 もれたため息が瞳になった。まぶたもないただの球なので、宇宙風の厳しさをもろに浴びてしまい、あまりの痛さに涙をこぼす。流星に似た水滴は伸びてヒゲになり、余ったやつは口になった。今までの退屈さを凝縮したあくびを一発かまして毛穴ができて、息を吸ったら毛が生えた。咳き込んだら頭がゴホン。身震いして耳が飛び出す。聞こえた音に驚いてしっぽ。その上を物質が踏ん付けて、驚いたなにかは鳴いたニャア。
 その一声で地球と生命と友だちが生まれた。



 やっとの思いでぼくは深い森の奥にある一軒の家にたどり着いた。
 なるほどそれらしい怪しい雰囲気だと思いながら恐る恐るごめんくださいと中にむかって呼びかけると、意外にも戸口に現れたのは男性だった。
 ほっとしたせいかがっかりしたためか、客間に通されるや否やぼくは単刀直入にその男性に訊いていた。
「こちらには魔法使いのおばあさんが住んでいると聞いてやってきたのですが」
「ええ、その通りですよ」
 ぶっきらぼうな返事だったが、ぼくにはそれで充分だった。
「やった! 魔女は実在したんだ!」
 思わずぼくは叫びながら立ち上がってしまった。しかし、
「それとはちょっと違うんですよ」
 男性の予期せぬ発言に、そのままの姿勢で声を失い固まる。部屋を満たす沈黙。
 奥の部屋から老女の声が聞こえてきた。
「真帆や、おまえは肩たたきが上手だねぇ、あんがとさん。悪いが今度は街まで行ってあれを買ってきてくれんかの」
「うん!」
 元気な少女の声が答える。
「あの、それって——」
 ようやくぼくは声を取り戻し、遠い目のまま男性に確かめる。
 窓の向こうの森に一匹の籠を持った猩々が消えていった。



 僕らは輪っかのドーナツと捩じけたドーナツで、だけど輪っかの千切れたドーナツと捩じけの綻びたドーナツだった。なので僕らは互いの姿を見えなくさせる。
 グラニュ糖は白いし、チョコレートは温かい。僕らは甘かった。ふたたび輪っかになりはしないし、捩じける事もないのだ。盲めっぽう色々なものを見えなくさせる。繰り返す事で痛みを紛らす。
 どちらからという事もなく、食べ合う。だから、もっと僕らは千切れたドーナツであり綻んだドーナツだった。いつしか互いの声は聞こえない。きっと相手も自分の声を聞こえなくさせたのだろう。
 繰り返す内にお互いを忘れさせてしまい、お互い何もかも忘れてしまう。どちらが輪っかの千切れたドーナツで捩じけの綻びたドーナツなのか果たして判らない。致命的に損なわれたのだ。もう、ただ平べったいだけの丸いドーナツには戻れない。
 どうにか僕らが僕らであるのを思い出しても、どちらがどちらだか判らない。輪っかでも捩けでもないし、内側はしっとりやらかくて表面はかりかり香ばしい。やっぱり僕らは甘かったのだ。



 僕の彼女はひとつだけ魔法を使える。
「タイムカプセルを埋めた場所を探し当てる」魔法。
 皆はっきり言いたがらないけれど、人間は誰もがそういうような魔法を必ずひとつ使えるようだ。例えば、僕の知る限りで言えば、僕の弟は「喉に引っ掛かった魚の骨を取る」魔法。僕の友人の田中は「触るだけで食べ物の賞味期限が分かる」魔法。木下は「ペンキの塗り立てを一目で判別する」魔法。
 という具合だ。
 僕は自分のがどんな魔法かまだ知らない。気になるけれど、分かってしまったら、それはそれで寂しいものだ。いつも通り暮らす中でちょっとした奇蹟が訪れる瞬間を、僕は何気なく待ち続けている。ジャングルジムの高層階に登って。



「おれは魔法が使えるので、証拠にこの何もない空間にステッキなんぞ出してみようか。ほい。」
「なんだか唐突ですけど、おお、出ましたね。」
「うむ、出たよ。次は何がいいかね。」
「クッキーが食べたいですね。」
「はいクッキーね。ほい。」
「また出ましたね、すごいすごい。うん美味しい。」
「うむ、そうであろう。さて次は何がご所望かね。」
「じゃあ紅茶を。しかし、その、ほい、という掛け声、なんとかなりませんか。」
「何。カップも出さなきゃいかんから、これはなかなか高度だぞ。呪文なんかなんだっていいんだ。ぺぺーん。」
「お、出ましたね。うん、味は少し薄い。ところで、何か他のことは出来ないんですか。」
「煩いやつだね。では、君を消してしんぜよう。ほい。消えた。消えた消えた。」
「ここにおりますが。」
「何。なぜここにいるんだね。」
「魔法、本当に使えるんですか?」
「馬鹿な。君だってステッキが出たって言ったじゃないか。クッキーを食べたりしたじゃないか。」
「そう言った、だけだとしたら。」
「そんな。」
「じゃあ僕があなたを消しましょう。はい。消えた。さて、みなさん見てました?彼は本当に消えたのでしょうか。はたして僕にも魔法が使えたのでしょうか。」



 目の眩むような閃光が男に突き刺さる!
 刹那、男は新たな呪を紡ぎ、その閃光を天へと跳ね返した。
 雲が裂け、月は顔を出すが閃光にかき消される。
「クソッ」
「させるか」
 短く交わされた言葉に意味はなく、二人は距離を取って構える。
 じりじりとした空気が、魔力障壁とともにスタンドまで届く。
 勝負は次の一打で決まる。
 誰もが息を呑む—その時!

 ドグゥウォワーン

 燃えつくさんばかりの火球が、凍らせんばかりの氷弾と中空で衝突した。
 余波が会場を包み、聖火を消してしまったことに、まだ誰も気づかない。



 俺達は大判のビニール袋を片手にダラダラと隊列を組み、ゴミ拾いをしながら険しい坂道を上っていた。何でも環境保全の一環なんだそうだが、高校生にもなって遠足に山登りはどうかと思う。

 何の弾みでそんな話になったのか。
「……だからそんなモンあるわけねぇだろ? 常識でものを考えろよ」
 昼前には山頂に辿り着き、こぞって持参の弁当を広げていた時の事、輪の中の一人がうんざりしたように言った。
「ったく、お前には夢がないねぇ〜。今ちょっとしたブームなんだしさぁ、アリなんじゃないの?」
 別に俺だって本気で信じてる訳じゃない。ただ真っ向から否定されれば面白くなくて、あいつと逆のことを言ってみただけだ。
「ありえねぇ」
 全くこいつはガッチガチの現実主義だな。
「そこまで言うなら、お前これから絶対に“魔法”って言葉使うなよ」
 にべもない返事に、少し意地の悪い気持ちでからかうと、そいつはそんな事は何でもないと軽く頷いた。
 そこで俺は、無造作に投げ出してあったものを奴の目の前に突き出してみる。
「コレの名前言ってみな」

「……保温保冷24時間保証真空瓶」

「……負けたよ」
 俺は魔法瓶を持ったままガクリと肩を落とした。



 わたしは魔法をかけられているのです。そうでなければ、恐竜の骨のマリネがPとRで健全な耳になったり、地軸の端の灯台守りがトンビたちと交換日記をしたりするはずがありません。パズルは解けない。魔法は解けます。わたしに魔法をかけたのは誰? 出てきなさい。あのような(略)をして許されると思っているのですか。それとも、姿を消す魔法を使って、すぐそばでわたしを笑っているのですか。
 壁に焼きつけられたわたしの影が、まるでわたしを嘲笑うもう一人のわたしみたいに思えまああ、なんということ。わたしは気づいてしまいました。わたしに魔法をかけたのは、もう一人のわたしだったのです。
 このような結末ではきっとまた低い評価しか得られないに違いありません。だから、わたしは決意しました。わたしに魔法をかけたのがもう一人のわたしであると気づくことのないよう、自分に魔法をかけよう、と。つまり、一行目以前に戻ってしまおう、と。そんなことは不可能だとお考えでしょうか。ご心配には及びません。だって、わたしは叙述されているのですから。しかしその前に、まず、あなたに魔法をかけましょう。二人だけの秘密を触媒にして。