500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第60回:グッドニュース、バッドニュース


短さは蝶だ。短さは未来だ。

なみだを忘れた少女となみだしか知らない少女のお話

「ねえなんでなかないの、その眼鏡をとってふいてしまえばいいのに」
「だめよ だめよ これがないと世界が雲ってしまうもの」


"ねえぶち壊してみせてお兄様"


『わたしたち、誇り高き大馬鹿ものだわ』



「先生はご結婚なされることになりました」
 はにかんだ表情で先生が頭を下げる。湧き上がる拍手と喚声。僕だけが目を見開いて少しも動けない。

「先生!」
 叫び声を聞いて先生は振り返る。
 何を言えばいいのだろう。何を言うことが許されるのだろう。

「今日は新しい先生を紹介します」
 壇上に現れた先生は顔をあげるとにこりと微笑んだ。
 僕に向かって微笑んでいるように見えた。
 その瞬間。

 あれから三年。

「ここだけの話ね、先生、ひろ君が一番のお気に入りだったんだよ」
 そんなこと。
 そんなこと、最後になって言わなくてもいいじゃないですか、先生。



 初めて1人暮らしをはじめたアパートには、ポストが二つ付いていた。大家の話では、それぞれによい知らせと悪い知らせが、必ず分別されて投函される。とのこと。
「本当ですか、それ」
「それが、此処の一番の売りなんです」
 半信半疑で尋ねた僕に、照れくさそうに彼(彼女?)は微笑んだ。
 その言葉通り、翌月から新聞を取り始めれば、ご丁寧にも、記事ごとに切り刻まれた新聞紙が両のポストに入っているし、宛先不明で返送された転居届けは、皆片方のポストに詰まっていた。
 しかし、どうも良いニュースと悪いニュースとの境界線が曖昧で、アイドルの交際発覚の記事が良い知らせの方に混じっていたりもする。
「なんか、査定基準がかなり曖昧みたいなんですが。どうなんでしょうね、これは」
「まぁ、良いも悪いも、正確な境界線なんて誰にも分かりませんからねぇ」
 だから法律があるんでしょうが。
 世間話ついでに愚痴をこぼすと、大家は、けらけらと声を立てて笑った。



へー、そうなんだ。あの子ホントに死んじゃったんだ。
このおまじないホントに効くのね。やったあ♪ ラッキー♪
わ、何アレ。なんかヤバくない?
見えない? 嘘でしょ? マジヤバイって! ホント冗談キツイって!
逆凪? えっ? 何それ?



おはよ。人殺しだとか、なんとか詐欺だとか、不正が発覚だとか、多いでしょー、最近。そんなのばかり見せられてる気がして嫌になっちゃうんだけど。今朝ね、リビングのテレビが壊れちゃったみたいで見なくて済んだ(笑)。お母さんが電気屋に電話するって言ってたから今週中にでも修理されちゃうんだろうけど、ま、私も木曜までに直ってくれないと困るし。二階のは弟がゲームで占拠してるからね。あ、コウノサン来た。今日は青と黄のストライプ。じゃ、またメールするね。



「いいニュースと、悪いニュース、どっちから聞きたい?」
女は聞いた。
「悪いほうから。オレの方にもニュースがあるんだよ。」
男は答えた。

そうね、だって、あなたはいいニュースから聞くときは浮気しているときですもの。
そうだな、どうせ、両方とも聞かされるんだから、楽しみは後に取っておこう。別れ話の前くらいは。

二人はにっこりと笑った。女はいいニュースの方から話し出した。



 目覚めると、わたしは小さな子どもになっていた。背の高い女がわたしの手をぎゅっと握り、反対側の手に小さなナイフをつかんでいる。彼女はわたしの手をひいて、ススキのなかをかき分けて歩く。波の音が耳に痛い。おかしい。そのナイフをつかんでいたのはわたしの手だったはずだ。女の髪をつかんで引きずるわたしの手。あの手はこんなに小さくはなく、大きく強かった。彼女の頬を何度も張った。彼女の白い服に広がる赤黒いしみ。わたしの手のなかのナイフ。あれはわたしの罪だ。彼女はなかなかこときれずにのたうち回り、苦しい息を吐きながらこう言った。(罪は母親のものなのよ。)母の手がわたしの手を強くひく。小さなわたしの力では彼女の手から逃れられない。断崖へ。断崖へ。(あなたを産んだ母親の罪なのよ。)わたしを抱きしめ母が跳ぶ。母の腕に抱きすくめられ、わたしは息ができない。永遠とも思える苦しい落下の最後、わたしは白い光に包まれる。
 (産まれましたよ。あなたによく似た女の子です。)辛い息の下、わたしは産まれたばかりのわが子の顔を見る。子どもは何も知らずに目を閉じて、小さな手をぎゅっと握りしめている。



「めちゃいい女いてさ」
「どんな?」
「おっぱい! くびれ! しり! んで泣きボクロ! くぅぅぅ」
「川平かよ」
「泣きボクロと眼鏡で唇薄けりゃ跳満じゃん」
「へぇへぇ」
「わかんないかなぁ〜」
「で、どこにいたん? その跳満女」
「西口んとこに『常連客だけでもってます』的喫茶店あんじゃん」
「ああ。もしかしたらもしかする、それ。名前とかわかる?」
「そこそこ。よくぞよくぞ。じゃじゃーん! 名前どころかケータイもメアドもゲッツ!」
「一回りして新鮮だなぁ・・・ああ、やっぱ高校ん時の同級生じゃん」
「嘘嘘嘘! マジで!? どんなどんなん?」
「つか、お前も俺も同じ3年F組」
「ヤヴァ! こんないい女の顔忘れるなんて!! ちょ待って。今思い出す」
「思い出す前に気づけよ」
「なに言ってんの! 男ばっかでむさ苦しかった高校生活に咲く一輪の薔ぁッ!!」
「あだ名覚えてたりする?」
「ブタゴリラ!! ああ、ずりぃ!!」



「どっちから聞きたい?」
 嫌な笑みを浮かべながら、ソイツは言った。
 明らかに、私の反応を見て楽しんでいる。
「……どっも聞きたくないわ」
 まとわり付くソイツを無視して、家路へと歩みを進める。
 この暑い中、鬱陶しい人間に付き合っている暇などない。
「残念、キミの大好きな壱川氏が居間に来ているという話をしようと思ったのに」
「それを早く言え!!」
 大急ぎで、私はソイツを押しのけた。
 ドタドタと轟く足音を気にするでもなく駆け抜け、我家の玄関を潜った。
 散らばった靴など気にも留めず、居間へと走る。
「い、壱川さんは!?」
 しかし、見つめる部屋の中に、彼の人の姿はない。
 どういうことだ!?
「もう帰ってしまったけれどね」
 肩で息をする私の背後で、ソイツの涼しげな声がした。
 振り返って睨みつけると、ソイツは微笑を浮かべて言った。
「だから言っただろう? 良いニュースと悪いニュースがある、ってね」
 小憎らしいソイツの首根っこを掴んで、引き摺り回してやりたい気分だった。

 全速力で駆け抜け、火照った体から止め処なく汗が流れるのを感じた。
 夏はまだ始まったばかりだ。



歌は今日も流れてる。はず。橋の下。ポップアップカードみたいに飛び出すカエルとか、バッタとか、魚とか、もうまぜこぜになって、見てるとわけわかんない。
目の前の子供が急にころんだりするし、自転車を押してるおじさんが時間きいてきたりするし、ますます何がなんだかわかんなくなる。頭の中、カオス。コンフュージョン。シュルツとクリムゾンがいっしょになって密談してる。
あああ、やだやだ。いっそ空でも落ちてこないかね。橋はだめだよ。人が怪我するから。空が落ちてきたらさ、へこむねー。誰もささえられないもんね。
でもさ、そこらに天使が歩いてたりしたら歓迎するね。号外号外とか言ってビラ配りするんだぜきっと。「地に落ちた我ら」とかなんとか書いてあってさ、泣くやつもいるんじゃないの?
天使の涙ってさ、真珠っぽいビーズみたいでさー。きれいなんだよ。あ、でも天使が泣いてる姿なんてやっぱ見たくないか。
あれ?歌は?歌歌。歌なんだよ橋の下は。



棚からぼたもちが落ちている。
食べられない。



部屋の時計が十一時四十五分を指したとき、暗い姉の部屋に妹が入ってきて、準備が出来たことを告げた。
妹と姉は無言でリビングの中へ入る。
リビングの核のように陣取ったテーブルの上には、鳥居をイメージさせる記号と平仮名五十音が書かれた紙。姉は紙の上に置かれた円盤の上に指を妹と共に置き、『その言葉』を呟き始める。姉はいつもの通り、明日あることを教えてください、と言う。すると指が自然に動き始め、円盤が動いてゆく。
姉はいつもこれで世界のすべての情報を律してきた。どこにも明日行かなくとも『必要な』情報を知ることが出来る。真偽は妹が教えてくれた。
だが、今日はいつもと様子が違った。妹が言葉を口にしてゆく。姉は指の動きで何を伝えているのかが分かった。脂汗が流れる。それは恐怖だった。生理的な恐怖。
その情報を姉が真に理解したとき、いつの間にか妹は消えていた。リビングには姉しかいない。リビングの時計が鳴って十二時を告げる。
乱雑なリビングに、妹の手荷物が引っくり返されていた。そこには、子供には不釣合いなほど大きい、カッターナイフが刃を出したまま投げ出されていた。何かを切るには、ちょうど良さそうだった。
ニュースに偽りなどはないのだ、絶対に。
姉はテーブルの上の紙を裏返すとペンで文字を書き出した。証明となる最初の二文字は、しっかりと太めに漢字で書かれていて、何かと間違われる心配はない。



「貴方が聞きたいのは良い知らせと悪い知らせ、どちらですか?」
 泉の女神が微笑んだ。左手には銀の斧。右手には金の斧を携えて。
 二つの刃先から血が滴り落ち、泉を穢す。
 勇者も、魔王も、流れる血液は平等に浅黒いと、知った。



 聞こえていますか、タスマニアの皆さん、聞こえていますか。
 あなた方の発信した電波をこちらは確かに受けとっています。聞こえていますか。
 もう少しだけがんばって下さい。汚染がそちらまで広がる前に間違いなくあなた方を収容出来るよう、懸命の努力をしています。
 我々が通りかかるのがもう少し早ければこのような事態にはならなかったのではないかと、それが悔やまれてなりません。
 聞こえていますか、タスマニアの皆さん、聞こえていますか。
 現在あなた方に適応する環境を整えるため、こちらは懸命の努力をしています。もう少しだけがんばって下さい。



「ザ・ニュースペーパーです」
 仄かなバーのけだるいカウンターに、年配男が一人。バーテンの声に幽かな視線を上げる。
 受け取ったカクテルは深く青く、それでいて幽かに透き通っている。目を凝らすと、小さな文字が幾つも揺らぎながら浮かび消える。アルコール度が高いのか、揮発するのが早い。
 年配男は一気にあおった。
 干して天井を仰いだまま、脂ぎった顔をにんまり緩めた。
「もうちょっと身近な味も楽しみたいな」
 では、とバーテン。やはり、「ザ・ニュースペーパー」。
 またも一気に干す。今度は不機嫌そうに眉をひそめる。
 最後に、「ブラッディー・アックス」を頼んだ。

 翌日。
 仄かなバーのけだるいカウンターに、美しい女性が一人。「ザ・ニュースペーパー」を頼む。
 飲みたくはないので瞬きもせずに揮発する文字を追う。酒税増税の凍結を知った後の、この店の値上げ。激怒。挙げ句に斧を振りかぶる。血飛沫。
 どの新聞より詳しい。改めて、身内の罪を知る。
 価値が揮発したカクテルを一気に傾けた。涙がにじむ。
 最後に、「トランキライザー・ア・リトル」を頼んだ。昨日と違うバーテンが頷いた。目線にいやらしさは、ない。



 ピンポン誰かがチャイムを鳴らすので玄関に出ると人の姿が見えない代わりに赤い紙白い紙。
 素性は知らんがコイツァめでてえ紅白だと開けば何も書かれていないナアーンダ、と思うや白い方がニュースニュースと文字を点滅させるので驚いた。
「先月応募した懸賞が当たりました」
 と浮かんだ文はたちまち
「宅配便で運ばれて来ました」
 宅配便現れ
「届いた」
 感心する間もなく赤い紙がニュースニュースと騒ぐ。
「ズボンの裾がほつれました」
 ああ本当だ、と足をあげると「猫がほつれに飛びつきました」を読んだか読まないか「噛まれた引っ掻かれた」痛い目に遭いめでたいどころか気味が悪いのでゴミに捨てるがいつの間にか手のひらの中
「帰ってきました」
 ごめんこうむりたい。
 それから二つの紙は順序よくニュースニュースニュースニュース。「糠漬けがいい具合」「白髪が増えた」「茶柱立った」「家屋倒壊」「お宝発見」「戦争勃発」「電撃結婚」素早く報せるのだがほとんど事が済んだ後に言われても「赤い紙消滅」「嘘でした」いろいろ腹が立つ、しまいに彼らもネタ尽きたか「死亡」「復活」「落命」に「奇跡の生還」「通り魔殺人」
 死んだり生き返ったりさせられて困る。



 金を持って銀行から出ようとすると、空に字幕が流れていたんだ。

(銀行強盗)様。
弾丸を一発お預かりします。
本日の金利は0.2%。

お払い戻しの際は心臓と眉間、どちらになさいますか?



父は、私を見るなり言った。
「なんや、浮かない顔してんなー。」父とは正月以来、半年ぶりだった。
「父さん、いいニュースと悪いニュースだ。」
父は、苦笑いをしながら
「そか。じゃあ、いいニュースから聞こか。」

「子供ができたよ」
「まんまか!?」
「あぁ。」
「そういつは、良かった!母さん、ビール持って来い!
 いや、やっぱり、そこの棚にある、いい酒持って来い!」
「・・・・・」
「で、悪いニュースってのは?」
「俺の子じゃないんだ。」
「・・・・
 最初のは、いいニュースだったのか?」



「臨時ニュースを申し上げます。さ、昨夜、未明……、ぷっ……、都内の民家へ男子高校生が、お、押し入り……、くっくっ、よ、四人家族を……、んふふ……、みな、みな、皆殺しっ、はははは、す、するという事件が……、ははははははは、ひー、ひー……、お、起きましたとさ、はっ、あははははははははははは」



ハハハカッタナ。



 赤黒い花弁が敷き詰められた平野の真ん中に、針のように細く高い銀色の塔が建っている。
 西空の最後の星が輝きを失ったとき、塔の最上階に女王は現れた。押しかけた臣民は動揺を隠せずにはいられない。
 女王は息を整える。唇の震えを無理矢理抑えこむ。永い沈黙の果てに言葉を発しようとした刹那、凶刃が女王の首を刎ねる。
 遅れて昇った太陽は女王の閉ざされた瞼を、背後の英雄の凛々しく精悍な顔を照らし出した。
 臣民は固唾を呑み、英雄の第一声を待っている。



 飛び散ったガラスの破片が私の網膜を切り裂き、私は世界を失った。
 これは、悪い報せ。

 すべて失ったはずなのに、なぜ目の前にこんな美しい景色が広がるのだろう。
 北向きで昼でも薄暗かったはずの私の部屋。
 なのに、今ではさんさんと太陽の光が降り注いでいる。
 小さな私を閉じ込めていた窓も、押し潰そうとしていた天井もない。
 ただ広がるのは、眩く光る緑の草原。 
 
 緑と青の境にまあるく広がる地平線の上で、あの人が待っている。

「やっと、わたしを見つけ出してくれたね。さぁ、おいで」

 あの人の低く、やさしい声がびりびりと鼓膜を震わせる。
 あの人の美しい手がふわふわと私を手招きする。
 弾けるような嬉しさのあまり、私はあの人の元へ走り出した。

 世界を失ってよかった、やっとあの人に逢えた。
 これは、きっと良い報せ。



「コノ先、移住可能ト思ワレル惑星ヲ確認」
 数世代にわたる宇宙漂流。この船に大地を知るものは既にない。伝え聞いた大地。私も胸が高鳴ったのだ。船をその星に向ける。
「目的地マデ、八百光年」
 操舵室はため息に包まれた。数世代後の子供たちは大地に立ち、空を見上げることだろう。
 誰もが思った。
「なんとしても性交権取得試験に受からなければ」



 国の借金が700兆円ってことは槓ドラが裏まで乗って国民一人当たり500万円の借金があるのと同じなんだからそりゃあ沈没もするんじゃないのカミングスーン、みたいな垂直ブレインバスターを武器にひたすら信用取引に励むゴジラVS冬型気圧配置の影響で、少子高齢化が進む茨城が分離独立するも特に産業もなく財政難につき3日で終了という顛末からかなりの確率で肉骨粉が検出される2年に一度の乱反射の季節がやって参りましたが、あの日あのときあの場所で欽ちゃんと金ちゃんがドーンとやってみた結果、記録的な全米ナンバーワンヒットとなった各種偽装が原因で世界ランクに5秒以上の差をつけて優勝しているのにも関わらず、このまま野球中継を延長してお送りしますなんて言ったってカンタンにアンダースタンドできるわけないどこぞの総裁がどうやらあのキラキラの方(排他的経済水域)へ登っていくらしいですけども、それを言っちゃあ体力の限界で訴追される恐れがありますのでこの試合の結果は11時55分からのすぽるとで詳しくお伝えします。



 さようならという言葉を私は今まで生きてきて一度しか聞いたことがない。そして私は今まで一度もさようならと言ったことがない。私はさようならの意味を知らない。それは別れの言葉よ、と嘯くあなたはずっと前、私にさようならを言ったきり私のそばを離れない。
 私達の元に一通の手紙が届く。あなたは字が読めないから、代わりに私が書いてある内容を説明する。あなたは首をかしげる。私は身振り、手振りを交えて必死に説明する。あなたはよく分からない顔をする。私の説明は続き、私の語彙は尽きた。しかし目の前のあなたは不思議そうな顔をしている。私は私が知らない初めての言葉を使った。あなたは笑った。あなたは泣いた。



「そのままだ。オレを映せ」

セット裏から飛び出し、アナウンサーのこめかみに銃を突きつける。

「オレは○の弟だ。兄を釈放しろ。でないと撃つ」

咄嗟のことに、誰も動けなかったようだ。隣にいる司会も固まっている。
並べられたモニターに、銃を持った自分がその数だけ写っている。その横で有名美人アナウンサーも、同じだけ笑顔をつくっていた。

—笑顔?

「笑うな!」

銃を乱暴に押し込む。が、彼女はなおも穏やかな表情だった。

—なんなんだ!?

わけがわからず、たじろいでいると、彼女は、みなさん、と口を開いた。

「なんと素晴らしい兄弟愛でしょう」

いつも通りの声が、それだけに不気味だった。
周りの連中も同じだ。怯えも焦りも感じられない。
自分を除いて。

のみ込まれそうだった。逃れるように叫びながら、銃をスタッフの背後、闇へ向けていた。

ダンッ!

衝撃に視界が揺らぐ。崩れ落ち、デスクに頭を打ち付けて、気付いた。

—撃たれた…?

霞む視界の端に、司会が銃を置くのが見えた。

—あぁ
そして、今日も、繰り返されるの、か—

「本日の『グッドニュース』は以上です。そして『バッドニュース』は本日も、0件でした」
「我国は平和そのものです。それでは、ごきげんよう」



便りのないのはよい知らせ。
お前もひとり身、サビシイね。



 飛ぶやつの目は違っている。そしてやっぱりいろいろあって、飛ぶやつはいつの時代もなにかとよく死ぬ。
 銃で復讐を果たした帰り道、私たちはそいつを見た。
 生き残るものが残ったとき、残ったものから私たちは生まれたのに、飛ぶやつは今もいなくならないのだ。そいつを見て、私たちは笑っていた。姉が泣いていた。私も泣いていた。

 弟は十二で飛んだ。飛んだせいで狩られ、二年後の冬に死んだ。再教育で手足を潰し、弟はもう飛べなかったけれど、最後まで飛ぶやつの目をしていたから、それは空で死んだようなものだ。何があっても光を追おうとする、そういうものに生まれついたのなら、最初から空に生まれればよかったのに。
 許す自由がいつもあるのだと言って、いつか小さな弟は私たちに呪いをかけた。その恐ろしい正しい言葉が今もはなれない。けれどそれならば私は許すのは皆殺しにしてからにしたかったんだ。

 空に銃を向けた。そこに飛んでいるそいつは逃げない。見つめれば目が穴になるような、おそろしく澄んだ姿で私たちを見ている。まっすぐにその目を狙い、私は撃った。隣で姉も残弾を撃ちつくしたようだ。でも当たらなかった。ひらりとかわして逃げていった。
「行こう」
 姉が私の手を引く。
 発芽しようともがくものが私にもある。
 飛ぶやつは今もいなくならない。それがなぜなのかわかったけど、私はその道を行かない。
 姉は一人で地を離れ、傾いたビルの谷間から上っていく。



「私たちが扱うのは言葉です」そんなキャッチコピーにころっと騙されたのだった。
実際の業務内容ときたら、単純作業そのもの。灰色の作業服に身を包み、誰かから別の誰かに宛てられたメッセージを一日中梱包し続ける。「より分かりやすく、もっと強い感動を」世間に要請される通りに。今や巷に溢れる言葉や文字たちはどれも一度は必ず同業者の手を潜っているはずだ。
もっと大規模な媒体を扱う部門だったら遣り甲斐も感じられたのかもしれない。けれど私が配属されたのは、近しい人に出す手紙部門。勿論プライバシーの関係で中身は見られないが、ベルトコンベアーで流れてくる手紙たちを貼り付けられたラベル通りにラッピングしていく。
これは嬉しい話。こちらは悲しい知らせ。祝辞。別れ話。結婚の報告。不採用通知。
想像は自由だから中の文句を思い浮かべつつ、手のほうは自動的に動かし続ける。
時々、良いほうと悪いほうをわざと間違えてみるのが唯一の密かな楽しみ。



 僕たちの距離を、遮断機がへだてた。ゆっくりと横たわるしましまの棒は、すれ違うのんびり屋のキリン同士がおじきをしているみたいにも見える。
「伝えたいことがあるの」一度だけ肌と肌を重ねあったことのある彼女が線路のむこうで叫んだ。「いままで言えなかったけど、わたしね、あなたの——」
 電車が僕たちのあいだを横切る。彼女の声と姿はかき消されてしまう。
 最後尾が見渡せないほど電車は長いのに、どの車両も人で埋まっていた。まるで世界中の人間をどこかべつの場所に運ぼうとしているみたいだ。それでいてみんな自分の行き先なんてわからないといった顔をしていた。
電車が過ぎ去ったあと、この世界に残されているのは僕と彼女だけ。車輪の音は永遠につづく。そんな安らかなイメージを与えてくれるほど電車は長い。
 僕の前をすれちがう乗客が広げていた新聞の見出しからは『逆転』という文字だけが読み取れた。僕はそこに小さな予言のようなものを感じたけれど、誰がなにに対してどのように逆転したのかまではわからなかった。
 最後尾はまだ見えない。彼女の声は車輪のしたでなにを語っていたのだろう。



可愛い子と席が前後になりました
人懐っこい子なので結構、話しかけてくれます
くだらない雑談が楽しくて、でも先生の目はちょっと怖い
それでもその子はちょくちょく振り返って笑顔を見せてくれます

カッコいい子と席が前後になりました
実はいっぱいいっぱいだけど、頑張って話しかけてます
たまにキレ味のいいツッコミをくれます、先生を気にしてボソッとだけど
それでも結構印象はいいと思うんです

私は、そんな同じような、というか同じ話を同じ日に聞きました
似たもの同士、今度はこの二人の席が前後になれば
私も心置きなく彼氏と帰れるかもしれません

・・・・・・甘いか。



『イカサマドミノたんたたんたたと倒れ、葉っぱも揺れるロッカビーチです。ニセモノアロハの男が浜辺でコビ売っては逆ギれ、逆ギれてはコビ売ってます。パブで酔いどれるF博士、氷を素手で割る構えです。あ、銃声です。襲うゲンジツに、セツナが高笑ってます。
 さて、すべての若きニュースどもが出番を待ってます』

 気難しい顔で自問していたGに、Bが溜息ひとつ、
「調子は?」「良くない」「らしくないわね」「君は己の存在というものを」「あなたはわたしを?」「いや」「哀しいわ」「いや」「楽しみましょうよ」「しかし」「見せつけてやるの、犬みたいに」
 Bに色を仕掛けられてGは骨抜き、おやすみからおはようまでベッドイン。で声も、ピースも裏返り、そうして吃って、
「ピ、ピ、ピ」
 合図。すべての若きニュースどもが死んだ目をして頭ブンブン躍り出る。
「ニュースです」
「ニュースです」
「ニュースです」
「ニュースです」
「ニュ」

 布団をかぶる。構うものか。
 父よ、すべてあなたの種だよ。
 神よ。



 いままで散々、男運が無いと言われてきた私だけど、このたびめでたく、素晴らしい恋人が出来た。
 彼は逞しく野性味に溢れたハンサムで、おまけにとても優しい。時々料理まで作ってくれたりする。
 お肉メインの、いかにも男の料理だけど、そんなとこも魅力の一つじゃない?
 前の前の恋人は、少々妄想癖のある人で、耐えきれずに振った後は、私のストーカーと化し、あれやこれやと嫌がらせをしてきて、前の恋人とは、それが原因で別れたりもしたのだけど、今の彼は、それに気付くと速やかに『話し合い』に行ってくれて、その日から、嫌がらせはぱったりやんだ。
 もう一ヶ月たつけど、再開の気配も無い。
 察するに、ちょっぴり荒っぽい『お話』だったみたいだけど、それってあの人の自業自得だと思うし。
 彼ってばほんとすごい。あんな粘着質な人を諦めさせるなんて。
 あんまりに平和で幸せで感動して、どうやったの?って聞いてみたら。
「何言ってる、この前食っただろ?」