500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第61回:化石村


短さは蝶だ。短さは未来だ。

嘘をゆっくりと食べて消化する。
眠く気だるい頭で今日も大勢の人に会う。
どうして嘘を言うのか自分でも分からない。
殆どが付く必要の無い場合が多いのだからこれは性分なのかも知れないな。
そんな風に考えていると急にコトンっと音を立てて口から乾いたものが落ちた。
最初は歯かと思ったのだが色や質感からしてどうも違うらしい。
それはセラミックのようでいて砂岩のような材質の石だった。
手に取ると小さく振動していて、耳に当てると音が聞こえる。
重なる一つ一つの音から判断するとこれはどうやら
僕が今までに語ってきた過去の嘘の断片の音のようだった。
嘘の化石か。
その硬く茶色い石の上では小さな村が形成されていて、
世話しなく僕は何かを語りそして食事をしたり作物を育てたり犬を可愛がったりしていた。
手に出来る嘘のざらつきを確かめながらとりあえず僕は環状線に乗った。
面倒なことは全て後で考えれば良いのだ。
嘘つきでも嘘のような出来事には弱いんだね。そっちよりもこっちの方がお前にとっても住みよいんじゃないのか。
僕と同じ顔をした化石の村の住人はそう嘯いた。



 日のあるうちに着くのは無理だと言うのを振り切ってきたことを後悔し始めていた。藪をかき分けたとたん、すとんと音をたてるように夕日が沈んだ。星明かりを歩く。分かれ道の石仏に見覚えがある気がする。同じ所をぐるぐる歩いてるようだ。
 何度めかの分かれ道、男が腰を下ろしていた。
「あの…どっちに行けばいいんでしょう。」
 男はちらりとこちらを見た。独り言のように言う。
「酔っぱらって一晩中歩き回り朝になると肥溜めの中、という話はここらではよくある。腰の折り詰めはたいていなくなっている。」
「はあ。ばけぎつねか、たぬきでも出るんですか」
「あいつらはとっくに村を捨てた。今いるのは獣じゃない」
「この、蔦や蔓草?」
「こいつらはほんの表面だけだ。もっとずっと古いモノだ」
 あとは沈黙。耐えられなくなったのは私の方だった。
「あ、じゃあ」
 とにかく進むしかない。人家はない。だが、何かがいる気配がする。
 月が出た。黒い鳥居の影が浮かぶ。辺りを見回す。鳥居に見えたのは何か石の建造物の跡だった。ぐるりと陰陽石に取り囲まれていた。
 月の光が射した。石の影が伸びる。



昔な。岐阜県がまだ美濃国・飛騨国と呼ばれとった頃、美濃飛騨の境の辺に「化け石村」っちゅう大きい村があった。狸が石に化けたんでも、化け物が石に封じ込められたわけでもない。その村は鉱山資源が豊かで石炭、金、石油なんかがようけ採れた。石を売るとそりゃいい儲けになったもんで、「カネに化ける石の村、化石村」と言われたんや。そやけど、さすがの化石村も時代の流れには勝てん。廃藩置県かなんか知らんけど、お上の都合で村は石炭の村、金鉱の村、油田の村に分けられてまった。石炭の村が一番大きかったもんでそのまんま「化石村」と言われとったけど、そのうちに「化け石村」は「焼け石村」になった。そんで今の焼石町(岐阜県下呂市焼石地区)になったんやと。嘘やないぞ。JR高山線の駅名を見てみぃ。焼石駅〜ひだ金山駅〜下油井駅と、石炭や金や石油がとれた「化石村」の名残りが今もあるに。



 眠ったふりをしながら、あなたが見つけてくれるのを待っている。私はもう、手も、足も、目玉すらも、石化してしまっていて、ちゃんと上手に動けないから。
 否、私だけではなくて、あなたの好きだった花も、赤い屋根も、華奢な造りのテーブルも。みんなみんな、何層にも崩れて折り重なって、私はその一番下で、ただひたすらにあなたを待ち続けている。
 ああ、せめて、私が姿を残したまま石になるのではなく、ちゃんと砕けて砂になれていたのなら、風に乗って、世界のどこかに居るあなたに触れることも叶ったかの知れないのに。
 逢いたいです。逢いたいです。一目でいいから。例えあなたが、誰か知らない人と、当の昔に結ばれていて、私の事なんか心の底からどうでもよくなっていたとしても構わないから。

 不意に、光が差して、目の前に優しげな目をした初老の男性が現れた。驚いたように私を見つめている。
彼が何か叫ぶと、どこからともなく同じような格好の人たちが、わらわらと集まってきた。でも皆、私の知らない人達ばかり。
 ああ、あなた方は私の求めてる人じゃないんですね。どうして此処へ?
 私の声が届く筈もなく、皆、私の知らない言葉で歓声を上げている。
 あたりを見渡して見れば、暴かれた私の体と、大好きだった風景が、かすかな面影を残して、見るも無残に朽ち果てている。



 男と女が吊り看板の下をくぐると、すかさず、案内役らしい男がついた。「化石村へようこそ」。看板と同じ文句をにこやかに言う。女は案内役をちらと見て、男の腕でひとつあくびをする。男はきょろきょろ辺りを見回す。
「これは何ですか?」「三億年前のカナダの楓に似た種類の葉です」
「あの白い布に包まれているのは?」「ジャワ原人の乙女心、非常に繊細な壊れ物です」
 順路に従って歩く途中途中で男が、女のぶら下がっていない方の手で指して尋ね、案内役が答える。
「すばらしいものばかりですね」
 男はほうっとため息をつき、女も横でふうっとため息をもらす。ほとんど一周したようで、少し先に、入り口の吊り看板の何も書いてない裏側が見える。
「これは?」
「一万五千年後に発掘された一万五千年前のこの辺りの地図です。今でも使えそうなくらい状態は良いです」
「うんうん」男は虫眼鏡を当て、吸い込まれそうなほど近くで見ている。「あれ」
「どうされました?」
「この地図、ここが載ってない!」
 男が地図の一点に虫眼鏡を当てて、示す。案内役と女と男もまた覗き見る。空白。「これは……」
「偽物だ!」
 三人は声を揃えて、違うもの──男は地面を、女は案内役を、案内役は虫眼鏡を指して、叫んだ。



「——都会の人から見ればそうなるんでしょうけどね。実際人口1万ちょっとしかいないわけだし」
 額に浮かぶ汗を拭きながら、教育委員会の目黒さんは自嘲気味に言った。日曜に案内してもらっているのが申し訳なくなる。
「ここが旧坑道の入り口です。その辺でタランボやコゴミがよく採れるから、間違って入らないよう柵をしています」
 斜面を俯角気味に掘った旧坑道。朽ちかけた丸太が天井を支え、側壁は地層が露出している。
「黒く見える筋はズリ。九州ではボタと呼ぶ質の悪い石炭でお金になりません」
 へぇ〜、と形だけの相づちを打つ。
「貝……」
 ホタテをもう一回り大きくしたような貝が、当然のように土の中から顔を出している。
「日本はどこもだけれど、ここも新第三紀までは海の底でね。崖やら川原にはそんなのがゴロゴロしてますよ。そもそも、石炭だって」
「また、水の底に戻れるんですね」
 無意識が口を滑らせた。失言。
「10年以上工事してるけど、ホントにダムなんてできるんですかね」
 歴史も文化も想い出も、ダムの底で石化するのだろう。
「よくある田舎の出来事でしょうけど僕らにすれば——」
 目黒さんの言葉に、ビビッドな景色が蒼然としてゆく。



 どこにあるかは誰も知らない。ただ、腰に刷毛ぶらさげて、肩にスコップ担いだ人の後についてけばたどり着く。それらしきものを見かけたら、迷わず耳を澄ませばいい。その人は風に混じりかけながら、かすかな声で口ずさむ。さっくざっく、こんとんこん、とっさぁ。さっくざっく、とんがん、とっさぁや。さっくざっく、こんとんこん、とっさぁ。さっくざっく、とんがん、とっさぁ。や。

 なにが出るかは誰も知らない。ただ、風に混じりかけながら、かすかな声で口ずさむ。横に並んで口ずさむ。さっくざっく、こんとんこん、とっさぁ。さっくざっく、とんがん、とっさぁや。さっくざっく、こんとんこん、とっさぁ。さっくざっく、とんがん、とっさぁ。や。



あの村に続く道を、今日も一人行く。思い出の花を探しに、昼下がりの道を。
遠い光を乗せて、風が迎えに来る。幾度となく通う道は、いつも、いつも、静かだ。
やがて、錆びた鉄の扉の前に立つ。それを開け放てば、拡がる緑が、鮮やか過ぎて目に染みる。
夏草の匂いは、胸の奥にあの日を描く。そしてわたしは、心に咲いた花を、またひとつ摘むのだ。
誰もが忘れた村は、なんでも知っている。
やがて陽射しが傾く。尽きぬ思いを残して、坂の道を帰る。耳もとを渡る風にささやくのは、「さよなら」だ。
近くて遠いあの村は、どんな夢を見て眠るのだろう。
行く道も、帰る道も、会う人はいない。



 蝶は考える。まず手始めに複眼を失うことにした。その村は記憶を接ぎ合わせてかろうじて記述され、したがって色彩を持たない。蝶は自らの鮮やかさに迷わされている。蝶は次に左の翅を捨てた。そして、旅鳥たちの記憶を採取し始める。死闘の末、右の翅もまた墜ちる。しかし、捕虫網を持った鳥の亡骸の答えは「忘れることが、作り出すやり方」なのだという。蝶のやり方は、足跡を自ら消して歩くようなものらしい。蝶はまだ考えている。この残された節のどこに記憶があるのか。触角と手足を静かに折り捨て、かつて彼が子供だったころの姿に近づく。そこではじめて何かのスイッチが入った。すでに蝶は考えていない。体内に残されたものがいっせいに未分化に還る。石の上、蝶の形をした染みから、みるみるうちに木が生え、人が生え、水車が生え。
 しかしそこで、複写エラーが起きた。
 あとには灰色の不定形の塊が残された。もはやぴくりとも動かなかった。
 博物館に飾られたその塊を見ると、人は必ず蝶の羽ばたきを聞く。



焦げるまでの星を思い、焦げるほどの思いをかすかに、思い出す。
地の底の石の村で吸う空気は石だ。思い出も考えもとうに石になっており、時のほかに動くものもない。村人はひたすら静寂に沈潜し、悟りを開くほかすることもない。
素粒子のなかでも殊に淡いものたちは、永遠の氷雨のように通り過ぎてゆくが、気付かない。通り過ぎるものも村人もたがいに。たがいにとってたがいが、時よりもはるかに薄い気配のゆえに。
村人はすでに脂気もなく膜もなく、繊細に震える器官を所有しないので、時折伝わる大地の震えも、いわれなく震えた太古の肉の背筋の、磨耗した記憶の強度と弁別されることもない。震えているそのときすでに思い出と思われ、果して記憶に残らない。
遠くで(歌のような文明のような)なにか、啼いているのがわかる気がすることもある。隣の家か隣の星か。隣の星雲か。いずれ遠過ぎる。短過ぎる。
ゆっくりゆっくり村人は悟る。動かない具象がゆるす抽象のかそけき歩みで。世界がみる夢の運びにさえ少し遅れて。それは惑星が太陽に呑み込まれるまでの時間との競争であって、さまで悠長でもいられないのだ。村人よりも早足で老いる、太陽との競争であるから。



 6年半付き合った彼と別れた。だから、私は電車を乗り継いでさらにレンタカーを運転してこの村までやってきた。彼と一緒の写真、彼と行った映画のパンフレット、彼からもらったアクセサリーやバッグ。部屋中からかき集めてきたそれらを持って、思い出にひたりながらの道のりだった。
 山に囲まれた小さな村はとても静かで人の気配は全くない。しかし、ぽつんぽつんと点在する民家の庭には洗濯物が揺れ、奥行きのあまりない畑には雑草ひとつなく大根らしき葉っぱが綺麗に並んでいる。まるで村人だけが突然消えてしまったようだった。
 公民館らしき建物の庭に車を止めてから村を歩き、私は目に付いた畑の隅に穴を掘った。土は柔らかく、途中の店で買ってきた真新しいスコップはすぐに泥だらけになった。時間をかけて1メートルほど掘ったところで、私は持ってきた物を全部入れた。穴を埋めれば再び掘り返されることもなく、彼との思い出はずっと地面の下で眠ることになる。もうこれで寂しくなることもないし、辛くなることもない。
 穴を埋めながら涙が出た。最後の涙だった。もうこれで彼のことを思い出すこともないのだ。



 妹は毎晩、岩壁を覆う垂れ幕をめくってエリィの爪に触れ、おやすみの挨拶をする。エリィの鋭い爪は、薄闇の中、虹を砕いて封じたような、不思議な七色に光る。
 エリィは森の中に住んでいる。森の木々は白く硬く、岩の奥、どこまでも続いている。
 森をすっかり見渡せるよう、家の天井はとても高いが、普段はエリィも白い森もなにもかも全部、幕の向こう。
 村の人々は皆そんな風に、大事な家族を隠している。
 
 横になった妹は、飽きず指先を眺める。半透明の薄紅色。
 エリィみたいな虹色がよかったのに
 寝返りをうつと、髪がしゃり、ときれいな音をたてる。
 気に入ってるくせに
 そう言うと、照れたように、ふふ、と笑った。

 きっとあまりに長く岩の傍に住みすぎたのだ。もはや誰もそれを、怖いとも不思議だとも感じていなかった。
 白い森はゆっくりと広がっている。村はもうほとんど飲み込まれた。人も動物も、ただ静かに石に還る。

 おやすみサラ
 不意に目が疼いて、僕は俯いた。耳の奥で、小さくひびのはしる音。
 妹は、おやすみ、と僕を見て、小さく声を上げる。
 兄さん
 瞳の破片は涙と一緒にこぼれ落ち、乾いた地面の上、粉々に砕け散った。



都合により作品が削除されました。



 痛み止めを飲みすぎて、後頭部までしびれているこんな夜は目をつよく瞑る。ステレオから流れてくるDinosaur Jr.その砂のような旋律に合わせて指でまぶたをぐりぐりと押す。幾何学模様がちらつけば、まぶたは既に一冊の本である。開いて読めば勇ましい冒険潭で、退屈しない。まばたきの度にページはめくられる。純情砦を旅立って、四ツ子沼で契りを交わし(gang of four!)、足長門での攻防を経てひからび山へ、クライマックス。幾何学模様は轟々と渦を巻き、やがて星が飛び込んでくる。エピローグ。辿りついた化石村でのかりそめの宴が胸をうつ。余韻の裡に本を閉じ、また痛み止めを口に含む。まどろみに宴の唄を聞きながら、私も行ってみたいと想う。其処には透かしあう二つの月のおだやかな光、さらさら崩れるNIRVANAの花と踊る。



本当に?とかつて少女であった老婆は言った。それに対して、少年は頷く。
「ただいま」
短い挨拶だった。
「いっちゃん……。幻じゃあないの」
「ははっ。俺は正真正銘、いっちゃん、だよ母さん」
すっかり年をとったね、と続ける少年に老婆はうう、と呻く。その様子に焦ったらしい彼は駆け寄り肩を支えた。
「おまえの時は止まったんだ」
余りに唐突過ぎる言葉に少年は ん?と首を傾げる。が、震える老婆をみて表情が変わった。その震えは怒りからきているようだった。
「おまえっ……」
老い先短いとは思えぬ早さで老婆は枕元の水差しを少年に投げ付けた。それはバリン、と割れた。
「いっちゃんは死んだよ、私がまだおまえくらいの頃さ」
少年は固まっていた。何か言おうとして、逡巡して、諦めた。
「息子なんかじゃない」
今度は小さな声でごめんなさい、を繰り返す。が、それも突然止まってしまった。
少年は固まっていた。

息子と間違えるなんて、しかも戻ってくるはずのない者を選ぶなんて。
最悪な石神だ、と老婆は呟き、瞳を閉じた。
記憶を読み違えた石神は、そんなこと関係なしに、村の墓標となる。



「これは瞳の化石です」
 すかすかの黄色い歯をした店の主人が言った。わたしはそれ手に取り眺めた。
「非常に珍品です。どうですか? 御安くしておきますよ」
 半透明の丸いつやつやした石の塊はひやりと冷たい。
「これはどちらで採れたものですか?」
 わたしは主人に尋ねると、主人はしかめ面をした。いや、焚かれている香が目に沁みたのかも知れない。
「化石村です」
 主人は答える。
「あぁ。あの?」
「えぇ。あの極東に浮かぶ小さな惑星です。星にはいい条件が揃っていたんですがね。いまじゃ埃と岩石しかありません」
「住む種族が愚かだった?」
「まったくこの世の中には理解できない連中がいるもんです。永遠なんてものが在り得ないことは、産まれたての子供ですら知っているのに」
「永遠の繁栄を求めた結果、すべての動きを止めてしまった種族。石になった今でも繁栄を夢みてるんでしょう。なんともロマンチックな種族じゃありませんか」
 わたしは皮肉ったつもりはなかったが、主人はにやりと笑った。
「ロマンチックおおいに結構。おかげで我々はこうして商売をさせてもらってるんですから」
 主人の歯の隙間から空気が漏れてヒュウと音がした。

「これ、おいくら?」
 瞳の化石はわたしの掌の上で濡れたように光っている。



 隣村は石油を掘り当てたが、こちらでは化石が出土した。十歳前後の少女ばかり何体も。状態は実に良好で、閉じた睫毛の一本々々から唇の縦皺に至るまで克明に保存されている。村の男たちは色めき立ち、今や誰もがこの化石の少女群を掘りだすことに夢中になっている。廃れた村も石油を掘り当てれば金が廻る隣村に遅れをとるなと村の会議でついこのあいだまで口角泡を飛ばし合っていたことはすでに忘れているらしい。そのあと開かれた会議では、少女群の出土は口外法度ということですんなり意見はまとまった。女たちは冷笑した。
 村長などは少女群の発掘にことに熱心で、経験と熟練度を誇示して乳首と性器のまわりばかり掘りたがる。
 切り崩した一部では少女が土とともに年代別の層になっているのを見ることが出来る。一人として似通った少女は居ない、けれどもどの少女も同じようにいとけない。女たちは誰もがそれを家事の傍らやはり冷ややかに眺めやりながら、いつか一人くらい少年が出土しやしないかとほんのり期待しているらしい。



この記憶までもが石と化す前に話しておきたい。

「掘り起こされた分は眠らせなければならない」というのが彼女の父親に当たる世界の均衡を保つ者の理論で、事実彼はそのためなら何だってやった。捨てられた物は間髪入れず堆積する土に埋もれ、死んだ者は葬儀中に鉱物で充填され、発した言葉さえ端から石化し頭上に(つまり、彼らにとっては足元に)転がった。
自分の祖先が代々暮らした土地を根こそぎ眠らせるつもりにしか見えなかった。
彼女が恋したのは付近に発掘にやってきた調査隊の一人で、新進気鋭の考古学者だったか古生物学者だったか。毎日わたしの胎内を引っ掻いたり削り取ったり、しかしそれを掘り出したのは全くの偶然だった。彼女自身、そこに埋もれていたことを思い出せなくなっていたはずだ。
彼女の母親の化石。
「掘り起こされた分は眠らせなければならない」を信条とする均衡を保つ者は、自らの娘の化石化すら厭わなかった。
彼女の恋人はもうどのような過去も掘らない。



赤茶け大地の平らな場所に、ひどく小さな村一つ。
そんな村の外れの方から、軽く乾いた音響く。
カンカラカラコロ、カンカラコン。
風通しのよい骨の体を、たたくその人旧人類。
「みなさんみなさんこんにちは、もって来ましたカルシウム」
彼の横手に引き車。中にずらりと牛乳瓶。
つられて飛び出る仲間たち。
アンモナイトに三葉虫、始祖鳥恐竜マンモスぱおーん。
みんながみんないっせいに、飛び出す駆け出す踊りだす。
ガラゴロガラゴロ、ガンガラゴロゴロ。
体削れて風化して、それでも構わず目もくれず、牛乳めがけて一目散。
飲んでも浴びても皆同じ、ならばとばかりに突っ込んだ。
ぶつかり空飛ぶ牛乳瓶。かたや転がる牛乳瓶。足をとられる何とかサウルス。
勢い余った者たちも、すべって転んでぶつかって、体はバラバラもう大変。
必死で繋ぎ合わせるも、もはや原形とどめない、ただの石。あ〜あ、
ドンガラガッシャン、コン。



墓標に化石のある石を使う習慣のある村が、昔あった。裏山から化石を運び、それを石に埋め込み、墓標とするのである。そんな習慣があったものだから、その村の噂は広まっていった。そこには腕利きの職人が集まっていて、化石の加工で生計を立てている、と。その噂が広まった時点では、それは単なる噂に過ぎなかった。しかし、いつの間にか、やってくる人々に化石の加工品を売ることで生計を立てる職人が出始めた。やがて噂は噂を呼び、村は栄えた。
ところがその繁栄にも終わりが来た。その村のある娘と旅人の男が恋に落ちたのだ。二人は愛を紡いだが、男のほうは真性の女垂らしだった。男はその娘ならず数え切れぬほどの女と寝た。男はそれで満たされた。娘は満たされなどしなかった。怒りは頂点へと達し、女は森の中、男を殺した。その殺人はすぐ発覚した。村の人は皆娘に同情的だった。だがその男は、ある村の大老の一人息子だった。大老は怒り、その村に兵を送った。あえなく村は沈んだ。
今ではそこに墓標が残るのみである。しかし、そこにある墓標には化石はない。化石などとうに掘りつくしてしまった。固着したようにそこでの時は止まっている。



 赤星が見えない季節にだけ番小屋に灯が点る。白髪の男が家々の軒先にランプを吊るす。それを待って訪れた者たちは音も無く村に入っていく。
 石の家は似通っているのに皆迷い無く村を歩く。何故か昼訪れる者はおらず夜の中をうつむいて歩く。そして一人一人軒のランプを手に家へ入り自分の化石を見つける。
 それは例えば石の本、石の鍋、石の靴。訪れる者たちはうつむいたままそれを眺め、あるいは触れる。涙し微笑む者もある。それが石だと確認すると、殆どの者は家を出てランプを戻し、音も無く帰っていく。
 稀に石を村の外に持ち出そうとする者がいる。だがどれだけ隠していても、番小屋の男に阻まれる。
「それがお前の恋情か野心か、殺意か狂気かは知らん。だが年月に固く凝ってここに現れた時点でそれはここの物だ。置いていけ」
 怯まず押し通ろうとすると白髪の男はゆっくりと笑う。
「自分の物だと思いたいのか。お前だけが抱えた物などこの世には無い。わからないか? それは今まで来た誰かの、これから来る誰かの物でもある。人の抱える物など似たりよったりでお前だけ、の物など何も無い」
 曙光が射すと白髪の男はランプを片付け始める。男が何者かは誰も知らない。



 あてのない旅の途中、列車「かいこ」号の車窓から目に入った町並みがあまりにももの寂しく印象的だったので思わず下車した。懐から切符を出す。
 村は、さびれていた。
 人は少なく活気もない。村人は幻のように淡々と生活していた。
 傷心していたぼくもひとり、村の日常を孤独になぞった。村人は誰も気にしない。日々、空気のように日常を繰り返す。
 しばらくしてある娘に心を奪われた。流れる飴色の髪に柔らかな笑顔。揺らぐ琥珀の瞳は深い。半透明の淡い印象が心に染みた。ただ、彼女はやはりぼくを見返すことはなかった。
 ある日、いつものように娘を眺めているとはっと振り向いた。以来、ぼくを潤んだ目で見るようになる。ぼくも見返す。でも、お互い触れることも声をかけることもない。
 煙る瞳。
 見交わす視線。
 思いは募る。
 やがて煮詰まった距離にたえられなくなり、逃げ出した。空に星ひとつない夜だった。
 足は不思議と駅に向いていたようで、ちょうどまばゆい光が近付いていた。
 「こいか」。
 頷き、乗る。
 シートに収まりほっと懐に手をやると飴色の琥珀が出てきた。中を凝視すると、あの娘が夢見るように丸まっていた。



 自然現象だよ、と事も無げに言われても参ってしまう。不自然だもの。どちらかと言えば超常現象の類じゃないのか。
 と思う僕をよそに彼の説明は続くのだった。
「だから、たとえば、こう、のっしのっしと君の上に堆積します、で、まあ過程はハショるとして、すると広田くんもこうなるわけですね。ほら簡単。たいへん自然。」
「ハショリ過ぎで全然仕組みが分からんのですが。」
「専門家じゃないので、こちらもそれ以上は分かりかねます。」
 驚いたなあ。まさか昔の友達がホラーの世界の人だったとは。ざっと千人くらい、ずらり並んだ石村くんを見てあらためて感心する。
 兄弟か親戚かと思ったが違うのだそうで
「クローン人間じゃないの?」
「うむ。たぶん。」
 とんだフィールドワークになっちゃったね河合くん、と振り向くと助手の河合くんは百人の石村くんにのしのしやられ
「石村ですが何か。」
 すっかり石村くんになっている。
「はっは。出来方は化石に似てるけどやはり違うなあ。この村の名前まぎらわしいなあ。イヤあながち間違ってないか、でもそしたら」どうやって読むのが正しいのかなあ、と考えるうちに次から次へ石村くんがのっしのっしのっしのっし。



 カッ
 とも云わない。
 石は硬い。しかし叩いても反響は内部に吸収されてしまうのだ。
「人侍郎さま」
 お涼が声をかける。
「人が参ります」
 闇に揺らめく提灯の明りが二つ、三つ。
 幻人侍郎は刀を抜いた。
 提灯を灯して現れたのは三体の骸骨で、二人を見ると、ちゃらりしゃらりと乾いた骨の音をたて、
「おや、人の姿とは珍しい」
 声は透いた歯の間、ではなく頭の中に直接響いた。
「何しにお出でか」
 と人侍郎が問うと、
「そなたと同じよ。この場所の石は特別でな。髑髏が、ない耳を当てても聴けるラヂオのようなもの。長年に亘り内部に篭もった森羅万象の響きを聴くのが気晴らしじゃ」
 元より採取は禁じられている。聞こえぬ者の耳に入れれば忽ち聴覚が甦り、呑めばその身は一切音を放つことがない。霊験あらたかな石なればこそ。
「物の怪には役人の手も及ばぬがな」
 と笑った。
「お三方とも、ほんとう、よい白さです」
 お涼は世辞でもなく、頬を染め、腰では帯の百足の柄が夜気に乗じて蠢くよう。
「丑三つまでに戻らねば」
 抜いた刀を抜いたまま片手に持って、人侍郎は試してみたくて仕方がなかった。
 パッ
 と上へ放った石に刀を一閃。
 割れた瞬間、それまでに吸収したすべてが大音声の悲鳴となって飛び出した。



実家に帰ると、いつも父は嬉しそうに私に酒を注ぐ。

「今日は、どうして帰って来た?」
「彼女の実家に行こうと思うんだ。」
「いよいよ結婚の報告か?青森の田舎らしいな。」
「そうなんだよ。町じゃなく村でさ、かなりのド田舎らしいよ。」

父は、数秒、酒をテーブルに置き考えた。

「ゴミは、貝塚に捨てるのか?」
「化石時代か!」



 バタバタとのぼりはためくフェスティバル会場に、化石ちゃんは立っていた。
「新発売、化石弁当はいかがですか。ご飯に埋もれたコンニャク、シイタケ、クリ、ごぼうなど、当村の特産品を、わりばしで発掘しながらお召し上がりください」
 そこまで言うと化石ちゃんは、ばったりと倒れた。かぶり物が外れてころころと風に転がる。化石ちゃんのあたまは赤い張りぼてのアンモナイトだ。
「アンモナイトは対数らせんを描きながら成長し、どこまでいっても全体の形が変わらない自己相似形です……」
 汗まみれの男はうわごとのようにつぶやく。化石ちゃんのあたまは閑散とした会場を転がりながらポーンと一回大きく跳ね、通行人の頭にすっぽりとかぶさった。通行人は当たり前のように「新発売、化石弁当はいかがですか」と叫びはじめる。
「いいんだ、こんな村。どうせダムの底に沈んじまうんだから」
 汗まみれの男は目を閉じる。



 大きく青い空を見上げる。

 彼女が殺されたのは、村で行われていた古代集落跡の発掘現場だった。ぬかるんだ泥土に放置された死体の周りから発見者以外の足跡を見つけることは、唯一の例外をのぞいて、できなかった。
「調査は中止されるのじゃろうか?」と村の老人は尋ねた。
 近隣三町村との合併を土台にスタートした村の活性化をさらに加速させるために、調査・発掘での考古学上の新発見はまたとない好機であった。
「亡くなった娘さんは夢物語だと哂っていたが」
 もし、新発見があれば、それに村の名が冠せられるのではないか。弥生町式土器やなんかのように。
「ただ、死んでしまった村を生き返らせたかった」
 許せなかったのは合併によって村名が奪われ、つまらない市名に変更されたこと。村名と同じ姓を誇りに思っていた老人には、まるで自分の身を切られるような辛さだった。
「地図から消された名を図鑑の中に取り戻せるかもしれないと知り、年甲斐もなく興奮してしまった。笑ってくれ」

 私は事件現場に立ち、手を合わせる。
 優しげな視線を感じて振り向くと、そこには現場検証の過程で発見された生痕化石、遥か昔に絶滅したホモ・サピエンスの足跡化石がいつまでも残っていた。



《たとえば水だけれど、ぼくらよりずっと小さな生き物にとってはぼくらに想像もできないくらい粘性のある液体だから、なかなかその中に沈むこともないかわりに、一旦沈んでしまったらいくらもがいても思うように身動きがとれないものなんだ。だから、この琥珀の中に閉じ込められた虫、これだって琥珀という超高粘度のエーテルの中でもがきながら必死に生きようとしているのかもしれない。スローモーションな彼から見れば、外にいるぼくらの会話やしぐさは目まぐるしく通り過ぎる走馬灯のようなものに映ってるんだろうね。》

校舎を出ると空が眩しかった。
こんなよく晴れた日は、目を細めて見上げれば深いセルリアンブルーのずっと奥の奥に透明な天蓋、その向こうに猛烈な速度で流れ蠢くいくつもの淡い影が見えた。ぬめるような陽炎が棚田の連なる緩やかな谷を満たすなか、いつもの道をいつもどおり、泳ぐようにゆっくりと歩いた。



 あぁ、すべてが風化してゆく。
 あの日、土に埋めた麗しい思い出が。
 硬くなって、飴色になって、黒くなって。
 崩れ落ちてゆく。
 燃え尽き生まれた灰のようにぼろぼろと。
 全部が化石になってゆく。
 記憶の灰がひらひらと冷たい地面に降り積もって。
 あの日、あの村、私が捨てた貴方の体がぼろぼろと。
 頬を伝った私の涙が琥珀になって。
 貴方の骨が金剛石になる。

 ようこそここは化石村、私と貴方が眠りにつく場所。



 いたずらっこは罰として小石にされてしまいました。鬼婆は小石を村のお堂に集めます。お堂には小石が山のよう。どれも「してやったり」という顔をしています。小さな笑い声がこだましていました。



「ねぇ、『化石』ってなに?」
「石になったもののことだよ。アンモナイトとかマンモスとか若人あきらとか」
「ふーん。どういうところにあるの?」
「辺り一面コエンザイムQ10」
「そうなんだ」
「うん。四面楚歌」
「じゃあ『化石村』ってなに?」
「え? コエンザイムまみれの石をちぎっては投げちぎっては投げ、強火でコトコト3時間、消費者金融ケセラセラって感じの、県北の村かな?」
「そしたら、ここに書いてあるのもそう?」
「ああ、それはまだ字を右から読む時代に書いたものだから『村石化』って読むんだよ」
「へぇ、『村石化』ってなに?」
「村石さんになっちゃう、ってこと」
「村石さんって、なに?」
「人間」
「人間って、盗んだバイクで走り出したりミルフィーユを上手に食べられなかったりする人間?」
「うん。その人間の中の、平成の大合併で亜麻色の髪になった村石さん」
「それって、2進数で表現できるほうの村石さん?」
「ううん、iMacそっくりのパソコンを売って怒られて銀色に塗ったほうの村石さん」
「そっか」
「うん」
「大変だね、高金利で」
「大変だね、石にされちゃうよ」
「石にされちゃうの?」
「うん。ミルフィーユを上手に食べられないと石にされちゃうよ」
「四面楚歌だね」
「そうだね。……あれ、化石村、今度合併するんだ」



 しわがれた声で歌い続ける老婆。おいでおいでと手招きを続ける変質者。竹とんぼを飛ばし続ける子供。自転車をこぎ続ける女学生とそのヘルメット。わらぶき続ける屋根。落ち続ける夕日。のぼり続ける月。見つかり続ける一番星。虐め続けるガキ大将。流れ続ける川。泳ぎ続けるめだか。訪れる写真家。感動する写真家。手にカメラを取る写真家。写真を撮る写真家。写真を撮る写真家。写真を撮る写真家。写真を撮り続ける写真家。写真を撮り続ける写真家。写真を撮り続ける写真家。しわがれた声で歌い続ける老婆。



 お客様、こちらの鉄錆色の三葉虫など、いかがでしょうか。ご覧下さい、無垢な者の涙を少量垂らしますと、忽ちこの様に、黒衣の女が現れる珍品でございまして。身にまとった物の綻び具合といい、顔に深く刻まれた哀しげな皺といい、文字通りの掘り出し物でございます。何やら呟いている、とはお目が高い。この女は、採石場で我が子を亡くした母親なのでございます。岩に押しつぶされた少年の手に握られていたのが、正しくこの石でして。三日三晩形見の石に涙を注いだ母親は「いにしえの死をいたずらに弄ぶ外つ国の者よ、吾子の死共々、汝が係累の血で贖うがよい」そう叫ぶと、喉を掻き切り、石を血に染め果てたと申します。以前お求めになった方のご子息が、偶然涙をこぼされ、平凡な石に秘められた真価が判明致しましたが、お気の毒に、その方は女の呪詛に囚われ、一族郎党を手に掛けて、只今三百年余の刑に服しておいでです。なに、女の嘆きに耳を貸さなければ、どうという事もございませんので。この村を「死の石村」などと蔑む者もおりますが、これだけの逸品をご用意できるのは、ここだけでございます。左様ですか。お買い上げ誠に有り難うございます、外つ国のお客様。



ぼくらは、石となって本物になる。

この山の麓に集まる人々は、もうすでにここの村人だったのだ。
ぼくもそう。
一時の潤いを疑問し、悠久の渇きに安らぎを見たひとり。
醒めたアスファルトに嘔吐して、震えるカルデラに口づけするぼくは、踊るマントルの夢を見る。そして火山灰が福音の時を告げるだろう。

ぼくらは、石となって本物になる。
今日も見上げるあの山と空は、遠く静かだ。



 言っておくけど、最初から化石村だったんじゃないよ。
 あの悪い魔女に、責任感ってものがなかった、そういうことさ。
「そりゃ、責任感のある悪い魔女ってのはなあ」
 アレンはそう言ってくすくす笑った。
 魔女に放置された僕の村には、結局勇者は現れなかった。僕たちは本当に長い間、ただの石になったままで、気分はほとんど化石だった。
 いいね、化石。ちょっとレア。モダン。セクシー。
 そんなわけで今日は、隣の案山子村との婚礼だ。村中が花であふれている。
 花嫁は藁を束ねた顔にお化粧をして、恥ずかしそうに笑っていた。うん、藁人形にはとても見えないよ、お姉さん。
「いいね、花嫁さん。お化粧が無駄でね」
「アレンだってあばただらけじゃないか」
 アレンは笑った。
「そりゃ、化石だもの。風化は避けられないよ」
 結局のところ、石だって永遠ではないのだ。でもハートはハートのままだから、それでちっとも構わない。
 アレンはやっぱり、楽しそうに笑った。
 春の化石村はあたたかくて、草と土のにおいがする。