500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

 しっぽ1 作者:はるか

例えば空を飛びたいと本気で考えている人がいたとして、それは仮想の中の空想でしかない。現実にはなりえない馬鹿な想像なのだ。だが、やがてそれに気付いたその人はその事実に絶望し打ちひがれ死を決意するだろうか。否、しない。過去の自分は何を考えていたんだ出来るわけが無いじゃないかと過去の自分を嘲笑して、あたりまえを気取る。普通でありたいがために、自分の中で長らかに温めておいた夢を切り捨てるわけだ。

「あたしはそんな生き様を晒したくないの」
「要は後悔したくないんだろ」
「あなたは後悔した事なんて無いんでしょ」
「ああ、ねェな」
後悔しないための最善を選ぶ決断力を、このひとは備えている。自分の信念の曲げずに生きる術を知っている。
だから、あたしはついて来たんだ。

「誇りに思え、胸を張れ。自分の可能性を推し量るなよ」

お前には、後悔する暇も与えねェさ。そう目を細め笑う彼に、あたしも微笑み返した。
世界は世界の縮図でしかない、なんてよく言ったものだ。
私の世界はまだまだこんなに広い。私の 太陽はまだ、こんなに明るく輝いているっていうのに…!



そらのしっぽ



 しっぽ2 作者:もち

 嘘つきめ。
 残念ながら空気はなくならない。全部投げ出せるなんて思った俺が馬鹿だったよ。俺の煩悩さえ彗星は持っていってくれない。
 なんでさっきから皆俺のことを指差すんだ?苦しそうな顔して。皆してどうしたんだよ。何で俺だけ無事なんだ?
 …静かになったな。まあいい、今日は少し遠くまで歩いてみるか。



 しっぽ3 作者:紫咲

 愛すべき肉牛である太郎にコーンを食わせ花子にバッハを聞かせ次郎は屠殺する。洗った膀胱でサッカーをするんだけど君もまじってもいいよという職長の誘いを断った後、私はバイパスを歩き、タイヤと排気ガスに追い抜かれながらアイポッドから流れこむポップスに酔いしれる。愛の歌だ。
 公園の入り口からソフトボールが転がってきてその延長で子供がこちらを見ている。ボールに触れていいものか戸惑っている間にネコがやってきてじゃれついた。
 当たり前のように醜いネコで抜け落ちた毛からカビが生えている。私が指を差しだすと指紋を噛まれた。「ああ、痛い」大袈裟に指を振って天にアピールしてから猫のしっぽを踏む。
「うわああああてめえええええ」とネコは飛び上った。
 唇が円形になったと思うとネコから歯茎が迫りだしてきた。喉か
ら肛門まで亀裂が走り、ネコはカーテンのように二つに開いていった。ブルんと反転し、裏返ったネコは臓器を表にしている。
「なんてネコよ」私は叫んだ。「私と一緒に暮らさないかああああ」
「いやだあああああああああ」
「あああああああああああ」



 しっぽ4 作者:オギ

「いぬとなかよくなる」という本をのぞきこみながら、伸ばした腕を尻の後ろでぶんぶんと振りまわす主に、亀の身たる我輩は、いったいどう応えればよいのであろうか。



 しっぽ5 作者:渋江照彦

 大学の友人が面白い物を買って来たんだと言って僕に見せてくれたのは、尻尾が二つに分かれた猫の剥製だった。まあ所謂、猫又なんぞといわれる物の様なのだが、胡散臭い事甚だしい。一体何処で手に入れたのかと尋ねると、近所の骨董屋で二束三文の値打ちで売りに出されていたのを買ったのだと言う。
 「こりゃお前、どう考えても偽物だろうよ」
 思わずそう突っ込むと、じゃあ信じなくてもいいよと言って、友人は少し膨れた様にして僕をキッと睨んだ。その様子がまた面白くて、僕は思わず笑いそうになったが、友人をこれ以上怒らしてもいけないと思ったから、笑いを堪えつつ、その剥製の見事なまでに二つに割れた尻尾をジッと見つめていたのであった。
 ところが、それから二日程経って同じ友人から例の猫の剥製が大変な事になっているという知らせを受けた。そこで急いで友人宅へと向かってどうした事かと剥製を見て驚いた。何と前見た時には確かに二本に分かれていた尻尾が、一本になっていたのだ。繋ぎ目も見えないから同化したとしか思えない。友人に尋ねても気付いたらこうなっていたと言うばかりで、結局原因は判らず終いであった。



 しっぽ6 作者:炬燵蜜柑


恋をすると僕の周りを小犬が走り回っているみたいな気がする
アレをちぎれるくらい振りまくってさ、これは僕のそんな話

ミチコは陰気で垢染みていて、好きでもなんでもなかった
あの頃は彼女に母親がいないことなど思いも及ばなかった

僕が教室に入ると、黒板に大きなアイアイガサの落書き
大慌てで黒板消しつかんで僕とミチコの名を擦り消した
顔がカッと熱くなって思わず「大っ嫌いだからな!」
言葉を浴びせたとき、ミチコはとうに泣いていた
クラスの女子が興ざめした顔で周りから散ってく
苛められて無理矢理好きな男子を言わされたんだ
辛くてどうしようもなくてまた怒鳴ってしまった

別々の中学を卒業して、高校で偶然再会した
声かけられてもすぐに彼女とわからなかった
自販機前のベンチに並んで座って話をした
男子たちが羨望の眼差しを投げかけていく
僕のお尻のないはずのソレがムズムズした

僕が黙ってしまうとミチコが笑った
そして大声で「大っ嫌いだからね!」
僕が呆気にとられて固まっていると
「・・・って、好きってことかな?」
ミチコが思いっきり吹き出した

僕のお尻のないはずのソレと
ミチコのお尻のソレが
クルクルクルって
絡み合うのが
わかった
これって
きっと
アレ
だよ



 しっぽ7 作者:空虹桜

 今のお笑い芸人は体を張らないらしい。つまり、体育会系的笑いから文化部系的笑いへの移行なのだけど、そこをグダグダ言うのはいかにも文化部臭いから敬遠。穴があったら挿れたい体育会系らしく十把一絡げに大くくりして「面白いヤツがモテる」と未来永劫変わらない法則に基づき、俺はパンツを下ろす。
 プリ尻。尻と書いてケツと読む。
 女どもの黄色い歓声と野郎の雄叫びが上がる。
 引き締まった俺の尻に、風呂敷が掛けられるとミュージックスタート。もちろん曲は「TOKYO SHOCK BOYSのテーマ」  力を抜いて、ほぐし、押し込む。捩じ込む。近所の肛門科に可愛い看護婦がいることを祈ることで気を逸らす。ネタは4本。まずはデッキブラシで次はピンポン玉。トドメにボウリングのピンが来て、最後ペンライトに「蛍の光」でフィニッシュ。だから、一発目で失敗してたら憐れんですらもらえない。俺ならできる。笑いとは死ぬことと見つけたり。
 BGMが止まる。風呂敷が外される。本来あり得ない場所から伸びるデッキブラシ。どよめきに負けないよう、でもって抜けてしまわないよう、腹と括約筋に適度な力を込めて叫ぶ。
「アンキロサウルス!」
 闘いはこれからだ。



 しっぽ8 作者:sleepdog

 自然食レストランをやっている友人から、来月店に出すしっぽ料理のフルコースを考えたから試食してくれと頼まれたので、妹を連れてやって来た。彼の店はグルメ専門誌に取り上げられるほどで、妹は友達に自慢するくらい楽しみにしていた。
 それにしてもしっぽ料理なんて変なコンセプトね、とりあえず思いつくのは牛のテールだけど、あとは沖縄料理で豚とかありそうね、と談笑しながら食前酒を飲み、一品目を待った。
 まずサラミのようなものが真ん中に並んだマリネが出された。ウェイターが説明をする。
「長野産の小鹿です」
 妹の顔色がうっすら曇る。ただ、味はさすがに素晴らしい。
「静岡産のワニです」
 次はバナナ風味のソースが絶妙なムースだった。
「和歌山産のウミガメです」
 コンソメスープの中でつみれが香ばしい匂いを放つ。味は文句ないが、妹は完全に青ざめている。
「秩父産のサルです」
 メインはほぼそのまま焼いたグリルだった。冬が旬だとか言われたが、妹は説明も耳に入らない。
「イタリア産の天使です」
 最後にハート型の白いプリンのようなデザートが出た。妹の顔を見ると案の定こちらを睨んでいた。
 今年のドッキリは仕込んだ甲斐があったようだ。



 しっぽ9 作者:三里アキラ

 祭壇の裏戸から降りて隠し部屋へ入る。壁に並ぶ瓶詰めの「しっぽ」「しっぽ」「しっぽ」。誰にも言えない。神にだって隠し続ける私の背徳。滅した悪魔のしっぽコレクション。一つの瓶からしっぽを取り出す。ペニスにあてがう。私のブツは熱を帯び、あっという間に硬くなる。
 ああ、何年前だろうか。このしっぽの持ち主だった雌の悪魔を滅したのだ。なんとも魅惑的なしっぽの動きだった。特徴たる愛らしい顔より、豊かな胸より、くびれた腰より、甘い声より、何よりもそのしっぽが私を興奮させた。自らの使命より、そのしっぽを手に入れるために悪魔を滅した。先にある快楽のためにその場の興奮を殺すことは、私には、難しいことではなかった。
 射精前の昂ぶりを感じた途端、ペニスが萎える。
 悪魔に魅入られていた男たちからは感謝されたし、教会からも正式な謝礼状を受けたし、仕事の依頼も増えたし、それによりたくさんのしっぽを見、また手にすることができた。満たされているさ。満たされすぎて溢れる手前だ。私は成功者だ。
 ペニスに触れるしっぽが甲高い笑い声を上げる。いや気のせいだ。だが。このしっぽを手に入れてから、ただの一滴の精液だって出せやしない。



 しっぽ10 作者:キリハラ

「蜥蜴のしっぽも飽きたなあ」
「そうだねえ」センちゃんはおっとり答える。
 私達が窪地に落ちてからもう三ヶ月になる。幸い手近に湧き水があったおかげで死ぬのは免れたけど、場所は山奥も奥、誰も助けになんか来ない。とは言え、幸か不幸か目的だった巨大蜥蜴は捕まえることが出来た。というか奴も爪を滑らせて落ちてきたのだ。私とセンちゃんは自分達の立場も忘れてボコボコに殴り倒し、縛り上げて現在に至る。こいつを町へ持ち帰れば賞金が。
 しかし、その町へ戻れないから難儀している訳で、食料が尽きた私達は仕方なく巨大蜥蜴のしっぽを切っては食べ、生え変わったのをまた切っては食べて空腹を紛らわしている。味は悪くない。身体には悪そう。
「あのね」センちゃんが昨日、半泣きで言った。「あたし、最近爪伸びるの早くなっちゃったみたいなの。食い千切ってもすぐ伸びてくるよ。もしかして蜥蜴に近付いてるんじゃないかな」
「いやまさか。それだったら私らみんな獣人になってるって」
「そっかな」
 私は笑って否定したけど、寝る前に尾骨を触ったら、心なしか大きくなっているように感じた。そう言えば、昔の人間にはしっぽがあったらしい。
 何だか嫌な予感がする。



 しっぽ11 作者:はやみかつとし

 何かと人を煙に巻いてばかりでまるで潔いところがなく、江戸ッ子の風上にも置けやしないと親族一同から言われ続けた父が亡くなった。ところが、いまわの際の一言がこれまたどうしようもなく中途半端な代物で、
 「し、しっぽ…。」
 まさか何かの尻尾を欲したわけはなく、通夜の晩に一族で大騒動と相成った。
 「ああ、お父さんやっぱり最後にお蕎麦が食べたかったんだわ」と涙する母に「何ボケてんのよ、江戸ッ子の癖に蕎麦が喰えないって皆で馬鹿にしてたじゃない。どうせどこぞの艶っぽい後家さんとしっぽりしたかったんでしょうよ、助平親父めが」と姉が茶々を入れる。そこへ叔父やら叔母やらが「七宝焼のカフス釦、どこ行ったって気にしてたわよねえ」「え、そんな話初めて聞いた」「ジッポのライター取って欲しいの、言い間違ったんじゃねえか」と混ぜっ返すので、しめやかさなど何処へやら、ああでもないこうでもないの馬鹿馬鹿しい井戸端会議と成り果てた。一頻り憶測が出尽くすまで騒いでしまうと、はて、ひょっとしてこれこそが父の望んでいたおくり方ではなかったか、と、一同黙り込んでしまうのだった。最期まで掴みどころのない男で…と、誰もが半ば苦笑いのまま父を偲んだ。



 しっぽ12 作者:よもぎ

一匹だけ黒かったのでその金魚だけがクロと名付けられ、他はただアカ達と呼ばれていた。エサの時間になると彼らは水面に群がり貪った。しかし小さなクロはアカ達に押しのけられ追い回された。私はそれを可哀想に思い、クロをヒイキした。クロが水面近くにいる時だけエサをやるようにしたのだ。貪欲なアカ達はすぐにその事に気づき、いっそうクロをいじめるようになった。クロはアカ達が近づくと痩せた黒い体をよじって逃げた。自分だけが潜れる巻貝の中へ、水草の陰へ。やがてクロは人前に出て来なくなった。時おり一瞬の残像のように黒い尾がちらりひらり。クロを見かけなくなってしばらくしたある日、水を交換するためにアカ達を水草を巻貝を水槽から出したが、クロの姿はもうどこにもなかった。それでも夜トイレの帰りにふと水槽を見ると黒い尾がゆらりと消えていくのを見たりするので、クロはまだ生きているのかななどと思う。



 しっぽ13 作者:ぶた仙

 小さいとき、沢庵のしっぽが私のおやつだった。巻き寿司は端から切り落とされる穴子のしっぽが一番好きだった。トランプの豚のしっぽが得意だった。
 美味しいばかりでない。謎と神秘も備え持つ。ほうき星のしっぽでは、太古のアミノ酸が蒸発しているという。狐狸が化けるのもしっぽの力だ。オーロラだって今でも狐の尻尾の仕業かも知れない。
そして何より機能的。塀の上の猫を易々と歩かせ、サルの序列と示し、トカゲの身を守り、オタマジャクシの動力を担い、馬からハエを追い散らし、アリクイに日陰を与えるのだ。だから犬もしっぽをふる。
 今でもしっぽは私の大好物だ。

 そろそろ急がないと。今晩は彼と二度目のデート。余裕の笑みの下に、どんなすごいのを隠しているのだろう。私のが食べられる前に、早くいただきたい。



 しっぽ14 作者:きまぐれオッサンロード

あと一歩踏み出せば私は人間をやめることができる。そこに命の境界線がある。
そんなことしなくてもいいよ。確かに声がした、でも周りには誰もいない。視界にあるのは1m程の一本の縄だけだ。何に使うのか分からないが、徐にそれを手に取り尾骨の辺りに片端を当てて念じてみると私は獣に変身し、絶壁をスルスルと降りた。
地上に着くとトラックが私に突進してくるので、素早く念じてみる。寸前で飛び上がりかわして着地すると何か頭が重く、ガラスを見ると角がある生き物が映っていた。
コレは凄い、私は思いつくままに変身してそれらの世界を楽しんだ。はぁなんだか腹が空いた、こんなときはこいつが良い。これほどに食えるのかという位、体が満足した時金がないことに気が付く。仕方ない、食い逃げにはこれだ。あっという間だった、ホッとした束の間と罪悪感そして不思議な爽快感が駆け巡った。でも私には尾骨にある縄が妙に重く感じた。
そんな時その私に向かって岩が飛んできた。だが、いまの私にはオチャノコサイサイ。
念じて避けたら後ろで声が、たっ助けて。振り向くと人が下敷きになっているので私は念じて瓦礫を退かした。
ありがとう、象さん。私は見つめるその瞳に、縄が反応していることに気付く。
そして二人で生きる道を選んだ瞬間、縄は消えてなくなった。
でも私には見えるのだ、だってかつては人間にもあったはずだから。



 しっぽ15 作者:加楽幽明

大人になったら、尻尾を切り落とさないといけないんだ。独り立ちだってさ。つまり自分の足で立てってことらしいよ。強くならなきゃいけないんだってさ。
だけど、僕は知っているんだ。皆、本当の自分を知られたくないんでしょ?楽しくて尻尾を振ることも、怖くて尻尾を巻くことも、全部が全部本当ではいられなくなるんでしょ。楽しくないことでも笑わなきゃいけないし、悲しくないことにも涙を流さなきゃいけない。だけど尻尾は正直者だから嘘をつけない。だから皆、尻尾を切っちゃう。それって、とっても悲しいことだよね。そうは言っても、僕ももう少ししたら尻尾を切る歳になってしまうんだけどさ。
物思いに耽っていると、向こうから彼女が駆け足で尻尾を振ってやってくる。僕はここだよと手を挙げ、振ってみせる。知らぬ間に尻尾も同じ感覚で振ってしまっていたようだ。それを見たのか、彼女は微笑む。僕も一緒になって微笑う。こんな時間がいつまでも続けばいいのにと思う。



 しっぽ16 作者:たなかなつみ

 彼女に突然別れを切り出され、納得できなかったぼくは、無理やりその体を抱きしめた。彼女はひゅるりと身をかわし、あなたのそういうところが嫌いと言った。ぼくの手に残ったのは、彼女のしっぽひとつきり。ぼくは彼女の腕を掴み、腰を引き寄せ、何度もその体にすがりついたけど、彼女はひゅるりと身をかわし、そのたびしっぽを落としていく。
 結局、ぼくの手に残ったのは、数え切れないほどの彼女のしっぽのみ。ひとりきりの部屋のなか、ぼくは大きな巾着をちくちく縫って、彼女のしっぽを詰めこんだ。彼女のにおいがするそれを抱きしめて寝てみたけど、彼女の肌のぬくみはそこにない。彼女への飢えに耐えきれず、ぼくはおそるおそる彼女のしっぽを口に入れてみた。もぐもぐと咀嚼すると彼女の味が口中に広がり、ぼくは少し安堵した。けれども、食べても食べても飢えは満たされず、不安ばかりが広がっていく。食べきってしまったらなくなってしまう。ぼくと彼女との縁が本当に切れてしまう。毎日少しずつ彼女のしっぽを食べ、巾着は少しずつ小さくなっていく。ぼくの飢えは一向に満たされず、かといってそれ以上、何をどうすることもできず、ぼくは日々腹を空かせている。



 しっぽ17 作者:楠沢朱泉

 会う人会う人に聞かれるのさ、そのしっぽはどこまで伸びてるんだい? 
 俺は産まれた時からご主人様の家の軒下で生きてきた。ご主人様は毎朝晩俺に餌を与えてくれて、時々家族の目を盗んで刺身をくれたり家に入れてくれたりもした。
 ある日のことだった。「ミー助、私は遠くに行かなければならない。でも、お前が元気でいるかわかるようにお前の尻尾を私の腕にくくりつけていくよ」そう言ってご主人様は旅立った。だから俺のしっぽはご主人様と一緒に世界中を旅しているのさ。ご主人様はとっくにお前の尻尾を木にくくりつけて自由気ままに生きてるって? 時々そう言ってくる輩がいるけど、俺とご主人様の絆に嫉妬してるだけだろう。
 ……ふん、家族は何も言ってこなかったけど、奥さんが黒い服着て俺に餌を差し出した時にだいたいのことは察した。
 でも、俺はこれからも俺らしく元気な様子をしっぽからご主人様に伝えていくのさ。だって、飼い猫とはそういうものだろう?



 しっぽ18 作者:砂場

 以前私の本棚には赤い紐のしおりのついた中身も外見も魅力的な本があったが、そのしおりは本当はしっぽだったので私が目を離している隙に彼女はどこかへ行ってしまった。



 しっぽ19 作者:まつじ

 雲を突き抜けるような巨体の怪獣、のようなものが現れた。
 全貌がいまひとつ見えないので「怪獣のようなもの」としか言いようのないそのそれは、足のようなものも見えないから山のようにも見えるが、一晩明けて急に現れる山というのもおかしな話であるし、このしっぽのようなものを観察すると息をしているふしもあるようで、やはり怪獣のようだと言って差し障りないようだと学者は言った。
 とはいえ、怪獣であるか否かというのは取るに足らない問題であるのではないか、そんなことよりもこの町のこの敷地を何の許可もなくこんなにも侵しているしっぽのようなこのこれをただちに撤去または排除または破壊して然るべきではないか、と地主がわあわあ騒いだ。
 たしかに、このようにばかでかいものがあっては交通の面で若干の不具合はあるが、それ以外には目立って支障もないのだし、だいたい動かすったって一体どう動かせばいいのだろうか、と警官たちは思った。
 この世界一大きなしっぽを見ることがなにか良い経験になるかもしれない、と教師が子どもたちを連れて課外授業に来た。
 子どもたちのうちの一人が声をあげた。

 あれ? ねえ、これホントに

 の、そのそれが先の方から長ァく裂けたか笑ったか、
 ぺろりで町を飲み込んだ。



 しっぽ20 作者:三浦

 玄関先のしっぽに飛びついている猫がいる。黒と白のオスで、わたしに気がつくと一睨みしたが、また何事もなかったようにジャンプをはじめた。
 そこに吊るされているのはわたしの家とおなじ近くのスーパーで一三八〇円の偽者だったが、五十年代の始めぐらいまでは本物の猫のしっぽを使っていたそうだ。戦前はそれ専門で猫を飼育している業者も多かったらしい。子供の頃は猫のしっぽは兎のように短いものだと思っていた、と毎年この日になるとお義母さんがわたしに話をする。
 今日は二月十四日なので、チョコレートを買ってきた。この町にだってもちろんバレンタインデーは存在するし、実はしっぽを飾る家も少なくなってきている。夫は学生の頃にしっぽ形の手作りチョコレートをもらった事があるそうだが、義弟の十二歳になる娘さんにいつだったか聞いてみたところ、今はしっぽの事すら知らない子供も少なくないのだそうだ。
 わたしは三十を越してこの町に来たものだから、しっぽの事を、まだ何やら新鮮なものとして受け取っているところがある。
 そういえば——夫にしっぽ形のチョコレートを渡したその年から、医師である彼は突然ミャンマーに行くと云い出したのだった。



 しっぽ21 作者:安部孝作

 健康コンサルタントの男は事務的な口調で、無力で項垂れて相手の顔も見られない私に語りかける。
 力を発揮しなきゃ駄目です……力を発揮するにはこれをお勧めしたいのです……そう言って何かを差し出した。それは、灰色の毛がふさふさと生えた、細長い動物のしっぽの様なものだった。何ですかそれ、と私がそれを見ながら訊くと、しっぽです、と答えた。やはりしっぽだったのだ。
 人間は元を辿れば猿なのです……そして火山の様に爆発的に噴出する猿の野性の力を人間は一時的に失っているのです……それを取り戻すのが、重要なのです……私もこのしっぽをつけて以来、体の底から力が湧いてくるようで、営業成績がぐんと上がりましてね、良い事尽くめですよ、と作り笑顔が気色悪い顔をぐんと近づけてくる。思わず顔を上げた私は閉口した。あなた、顔が……そういいかけると、男は顔がどうかしましたか? と真顔になった。ああ、駄目だ……真顔になった男の顔は、赤みがかって、皺が深く刻まれた、猿そのものだったのだ。
 男は、しつこく言う。どうですか、あなたも野性の力を取り戻しましょう。



 しっぽ22 作者:瀬川潮♭

「失礼。この森の中で、女性の死体がごろごろ転がっていると通報を受けたのですがね」
 警官がその山に踏み込んだ時、ハイヒールにミニスカートの女性と出会った。
「ああ、それならもう少し上の方です」
 平然と、女性。
「……でも、もうきれいさっぱりなくなってますよ」
「なぜ?」
「みんな登ってきた男たちに持ち帰られてしまいました。一番人気はメイドだそうです。美脚は四番人気」
「では、あなたは四番人気ですかね」
 ぴたりと女性の言葉が止まった。眉をひそめ機嫌を損ねる。言った警官は、すらりと伸びた女性の足に熱い視線を注いでいる。
 その途端。
「あっ、待てっ!」
 女性は死んだように倒れた。警官は怒鳴ると山の上に登っていった。
 その場には、美脚女性の死体だけが残された。
 いや。その死体も新たな登山者が持ち帰っていった。
「……ちくしょう、逃げられた」
 しばらくして、警官は戻ってきた。
「しかし、あれがヒトモドキトカゲか」
 ミニスカートの中からぼとりと落ちたトカゲを思い出しながら言う。逃げる姿を見るに、しっぽの先はなかった。
 ここで、はっと我に返った。
「まさか、最低でも四匹はいるってことか!」



 しっぽ23 作者:凛子

 王様にしっぽがあるという噂は、あっという間に国中に広まった。
 きっと獣が化けているにちがいない、誰かが成敗しなければこの国はとんでもないことになる。国民たちは勇者を募り、王様の化けの皮を暴いてやろうと虎視眈々と機会を伺っていた。


「困ったのう……。こんなになるとは思ってもみなかったからな」
 王様は下半身を気にしながら、深いため息をついたあと呟いた。
「噂とは恐ろしいですね」
 そんな王様の様子を見ていたお妃も心配そうである。
「まったくだ。こんなに腫れてしまって、国民には後ろ前が逆に伝わっとるとは……」



 しっぽ24 作者:ヲミヒロ

「便利な機能だよなぁ」
キュンキュン、と甘えた声で懐く犬を撫でながら彼は言った。
「何が?」
「これこれ」
「ああ」
ちぎれんばかりに左右に動く尻尾を指して、「これだけ感情が反映される部位って、人間には無いよ」と笑う。
「ここまで“好き”をストレートに表現されたら、無下にできないねぇ」
ならば私がこの犬と同じように尻尾を振って懐いたら、あなたは同じようにこんな風に撫でてくれるのだろうか。
 素直に「好き」と伝えたら、あなたは私を愛しいと、少しは思ってくれるのだろうか。
けれど、うらやましいと思ってしまったら、私の負けだ。
「人間にも尻尾があればいいと思わない?」と彼は問う。
「いらないわよ」と私は答える。
「何で?」
「癪に触るから」
憮然と言い返す私の顔を見て、彼は声をあげて笑った。
犬は不思議そうにこちらを見ていた。



 しっぽ25 作者:茶林小一

 猫舌猫カラダなので、熱い飲み物は苦手だが、冬は炬燵で丸くなる。アイツは犬カラダなので、雪の中でも元気に駆け回っている。何が楽しいのやら、皆目見当もつかない。
 身体の一部を動物に見立て、分類して、それぞれの特色を見つけてみる。なかなかに面白い遊戯だが、だからといって相手の心中までが察せられるわけじゃない。
 というような話をアイツにしてみた。
 しっぽがあるじゃないか。アイツの返答はいつも予想の斜め上をいく。大昔のエロい人も言ってるだろ。しっぽは口ほどにモノを言う。以しっぽ伝心。がんばれしっぽん。
 しっぽん語の乱れは深刻だ。
 尻を振りつつアイツは笑う。もちろんそこには何も見えない。見えぬけれどもあるんだよ。どこのみすずだオマエは。初代くにおくんの。わかるかボケ。
 考えるんじゃない、感じるんだ。両掌を合わせて目を瞑る。何でもツッコんでもらえると思ったら大間違いだと思う。わからないよ。アンタが今何考えてるかなんて。
 もしもそいつがあったとしてさ。それじゃアンタの、そして私の。
 ついてるしっぽは、犬か、猫か。
 いったいどっちだ?



 しっぽ26 作者:脳内亭

 にんじんは笑う。何をといえばその軽やかさを。にんじんは軽やかである。そのだいだい具合は、たとえば鷹の爪よりも軽やかである。笑いながらにんじんはタラッタラッタ口遊む。
 にんじんは青い海を泳ぐ。深くもぐった時に海亀の腹を見上げる。それに誘われて海面に顔を出すと、黄色い月が昇っている。月ほど軽やかなものはない。さすがに叶わぬとにんじんは苦笑する。おなじく海面まで上がってきた海亀の顔に、いつかの我が子の面影を見る。
 にんじんが耳をすますと森の唄が聴こえてくる。聴き入りながらにんじんはふと、首をかしげる。さて、おれは本当に、にんじんなのだろうか。
 たくさんの大事なことを忘れてしまった気がしてならない。首をかしげながらにんじんは自分の尻に目を向ける。すぼまったその先っぽは、やはり軽やかなだいだいである。しかし、とにんじんは考える。或いはそれはふさふさとした黄金の毛並みではなかったろうか。



 しっぽ27 作者:火箱七音

トカゲが切り離した、シッポを飼っている。シッポだから、エサは食べる事が出来ない。水も飲めない。けれど、シッポはもう、七日生きている。こういうのを、純粋に生きると言うのだろうか?シッポはシッポなので、シッポの子孫を残せない。見た目はミミズのような物だから、可愛いとも思えないし好きにもなれない。ただグネグネ動くだけだから飽きたし、ネットオークションにでも売ろうと思ったが、誰も信じてくれないだろうから、それは止した。それに金には余り困っていない。拾って来たのは、少し観察したかったから。だけど、まさか、こんなにも長く生きるとは思わなかった。また、明日も生きているのだろうか?もしも、このままその辺りに捨ててくると、アリの餌食となってしまうだろう。やはり、拾ってきた者の責任として、最後まで飼ってやらねばならないか・・・。俺が会社にいる間も、グネグネと動き続けているんだろうな・・・。気にしなければいいのに、なんだか気になってしまうシッポの事。薄々、自分でも気付いていたのだが、シッポに自分自身(俺)を投影しようとしていて、投影し切れない何かを、それが見つかるまでは、もう少しシッポに生きていて貰いたいのだと・・・。見つかったとして、それがたいした事でなかったとしても。



 しっぽ28 作者:根多加良

 マルをかき続ける。
 ていねいに、雑に、乱暴に、美しく、にこやかに、逆らうように、やさしく、悲しむように、嬉しく、疲れ果てて、混沌として。
 ペンのインクがなくなる。泥でかく。指を切って血でかく。爪で引っかく。肉を残し。分子でかく。
 眠りながらかく。右脳を眠らせたら左脳で書く。二つとも眠ったら、筋肉を収縮させてかく。体がなくなったら、魂でかく。魂がなくなったら、残ったものでかく。
 ノートにかく。板にかく。石にかく。川にかく。夜にかく。空にかく。星にかく。光にかく。
 一秒かいたら、一分かいて、一時間かくと、一日かける。一週間になると、一ヶ月になって、一年になれば、一生になる。
 マルが増えていくと、空いている場所が減っていく。マルの数だけ、時間が過ぎていく。マルのことだけを考えていると、なにも考えられなくなってくる。
 これはマル。これはマル。これはマルと続けていくうちに、やがてマルは次のマルに遺伝子が変異していく。
 マルのくせに漏れやがって、なにかが罵倒しようとしたが、それがわからないどうしようと迷っているあいだにも漏れでたものは消えていこうとしているからとにかく名前をつけた。



 しっぽ29 作者:JUNC

笑うことがなくなった。怒ることもなくなった。
そしたらいつのまにかポロッと取れて、どこかに行ってしまった僕のしっぽ。
確かアソコで見かけたような、そんな気がするけど見つからない。痛くなんてなかったから、なくなったなんて思わなかったのに、お尻をポリポリかいた手が血だらけになっていて、焦った。振り向いてみたら、ずっとずっと続いていた。赤いしっぽ、長いしっぽ、本物じゃない僕のしっぽ。しばらくずっと、ずっとずっと眺めていたらなんだか、すごく本物のような気がしてきて、久しぶりに笑えた。



 しっぽ30 作者:五十嵐彪太

 大事なしっぽが行方不明になった。どうにも落ち着かない。
 風呂場にもない。
 食器棚にもない。
 テレビの裏、抽き出しの中も見た。しっぽだけに、おしりがそわそわする。
 外へ出た。駅までの道を注意深く歩く。
 植え込みに手を突っ込む。やや、この感触は! ……なんだ、野良猫か。
 とうとう駅に着いてしまった。電車に乗り込む。車窓からしっぽを探す。他の乗客も、真剣な目付きで外を眺めている。皆、しっぽが行方不明なのだろうか。同情する。
 線路沿いの看板すべてに、しっぽが取り付いている。どれが私の大事なしっぽなのか、とんと見分けが付かぬまま、最果ての地に辿り着いた。



 しっぽ31 作者:海音寺ジョー

 「こらっ!誰だ?花瓶を割ったのは」
 「ぼくじゃない!」
 「アタシじゃないよ」
 子供たちの後ろの炬燵からはみ出てる三毛の尻尾がふるふる震えている。



 しっぽ32 作者:破天荒

「あんな、うちのお父ちゃんにはしっぽがあんねん」
「なんでやねん、そんなことあらへんとちゃう」
「だって、お父ちゃんが困った顔してな、お母ちゃんにしっぽをつかまれたと言うてたさかい、きっとしっぽをもってんねん」
「それならうちのお父ちゃんかてしっぽをもってるで。それもトカゲのしっぽやで」
「なんやねん、そんなこと聞いた事あらへん」
「だって、お父ちゃんに会社いかへんのと聞いたらな、いかんでええんや会社からトカゲのしっぽきりにされたんや、と言うてたさかい」
学校帰りの路地裏は、翔太とあかねが互いの尻を触りながらふざけあう場所だった。
「でもな、うちら誰もしっぽを見た事ないな」
「そやな、大人になったら見れるんとちゃうか」
「でも、しっぽなんか生えたらいややな」
「大丈夫や、しっぽがはえん方法知っとるさかい」
「え、そんなん知ってんの?」
「それはね......」



 しっぽ33 作者:K進歩

 駅前の昼飯定食の匂いから逃れてふたり人気のない堤防に座る。冬の海は暗い。寒い。
 二年ぶりに会う。4センチ空けてコンクリートに並んだ細身はなんとなく風に怯えてさらに細くなる。二月ももう終る。大きな風が海から吹いて隣の女が寒いと言い、男はぼんやり喋り始めた。「沖のほうには鯨がいるんだ」そのかすれた声は、兄弟だった頃となんら変わらない。女は俯いていた顔を上げて曇る地平線を見る。「水を掻くとき、尻尾がさ、すごくきれいに光るんだぜ。」
 光るのは尻尾じゃなくて水よ、と赤コートの襟を寄せて女。ちがうんだ、と男は真剣である。いきなり生き生きしている。美希、と彼女の名前を呼びながら再び俯いた顔を覗き込む。女の顔に表情はない。彼女は横に座る兄の部屋にある雑誌の表紙を思い出していた。鯨が碧空に向かって大きく尻尾振りあげている真っ青と白しかない写真。あれを初めて彼の部屋で見た頃には、鯨がどんなに大きいかなんて知らなかった。でも彼はずっとそれしか考えてこなかったのだと、美希はどうしようもなく気付いてしまった。「夢はかなったの?」と彼女は白い息を吐いて首をかしげた。叶わなかったよ、と。それでも男は綺麗に笑っていた。