500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第96回:嘘泥棒


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 嘘泥棒1 作者:ゆゆたた

二日酔いだ。まだ新婚3ヶ月だというのに一人でキャバクラにいってしまった。
エリカっていう女の子と盛り上がって、メルアド交換してメールした。あ、やばい。
布団から飛び起きた。妻は先に起きている。
静かに部屋をでて、恐る恐る声をかける。
「おはよう」
「昨日はどこで飲んだの?」
それほど機嫌が悪くない。
「先輩とカラオケ」と嘘をつく。
バスルームに行くふりをして、かばんの中を確認する。携帯は見当たらない。シャワーを浴びながら、ズキズキする頭で考える。携帯はどこだ?
「買い物いってくるね」
妻は出かけた。僕は本格的に携帯を探し始めた。
ない。どこにもない。記憶もない。盗まれたのか。
妻が帰ってきた。携帯をなくしたことは言い出せなかった。
次の日、一人で警察にいった。幸いなことに携帯は警察に届けられていた。
携帯を受け取り、メールを消そうとしたところで不思議なことに気がついた。
エリカのメールがない。僕は夢を見たのか。運がよかったのか。

“エリカ、私のことダンナにばらさないで。幸せになりたいの。”
妻がエリカにメールしたことなど僕は知る由もなかった。
妻は僕の嘘を盗み、嘘つきになった泥棒だ。そして僕にとって最愛の妻だ



 嘘泥棒2 作者:三里アキラ

 エリィは街外れのアトリエで彫嘘を生業としている。彫嘘なんて僕たち庶民には役に立たないものなので、エリィは月に1度、とびっきりの嘘と共に貴族のお屋敷に行く。黒く大きな馬が引く豪華な車がアトリエの前に停まり、エリィがお屋敷に行く日なのだと判る。
 アトリエはとても質素で、ドアはいつも開けっぱなしだ。お母さんなんかは「あんな人のところに行くんじゃないよ」と言うが、僕はよくアトリエに入り込む。ずらりと並んだ嘘を見る僕を、エリィは歓迎するでもなく追い出すでもない。ただずっと彫嘘を続ける。1つ、小さな嘘をポケットに滑り込ませた。つい。出来心で。華奢なガラスで1羽の赤い鳥が装飾された彫嘘だ。手にじわりと汗がにじみ、背徳感で周囲を見渡すとエリィと目が合う。慌てて喚く。
「ねえ、エリィ。こんなに無造作に置いていたら、盗まれたりするんじゃないの?」
 そうねぇ、とエリィは言う。
「捨てるほどあるんだから、必要なら持って行ってかまわないわ。誰かの役に立つとしたら嬉しくもある。私は好きなように嘘を吐ければいいのよ」
 その日以来、エリィのアトリエには立ち寄っていない。窓辺に置いた嘘を見ると、胸がくっと苦しくなる。



 嘘泥棒3 作者:銭屋龍一

 朝、駅に向かう女子高生3人組みに、ドスケベと言われた。
 とてもうれしかった。

 会社に着くとエレベーターで総務の真由美ちゃんと一緒だった。
 見渡したところ人事部はいなかったので、お尻をなでて、おはよう、と言った。すると、ビンタとともに、ドスケベと言われた。
 とてもうれしかった。

 仕事帰りにパチンコホールに行って、パチスロのジャグラーを少しいじった。
 となりにかわいい子が座って、ペカらしてたので、ホテルに行かない、と誘ってみると、このエロおやじと言われた。
 失神しそうなほどうれしかった。

 そろそろ出てこいよ、嘘泥棒さんよ。



 嘘泥棒4 作者:たなかなつみ

 黒い燕尾服の男が玄関にやって来て、あなたのハートを盗みに来ましたと言う。わたしの背中の後ろからは赤ん坊の泣き声。夫は口ばかりでなにもしてくれない人。もううんざり。それでも、あの子を放っては行けない。夫のことだってまだ愛しているの。ごめんなさい、わたしはあなたとは行けない。そう言ったわたしの額を、男は左手の指でそっと撫でた。そして、すーっと空へと帰っていく。わたしの目に見えない、遠く遠くまで。
 深夜遅く、酒くさい息をした夫が帰ってくる。お疲れさま、そう言って迎えるはずだったわたしの口をついて出たのは、自分でも思いもよらない罵詈雑言の嵐。夫が口をぽかんと開けている。わたしは機関銃のように悪口を並べたてて夫を非難しまくり、そして。
 ああ、そうか、わたし、ずっと、こんなふうに、この人を責めたかったんだ。
 そう思った途端、ふわんと身体が浮いて、いつの間にやら雲の上。黒い燕尾服の男が雲の端に腰かけ、こっちを見て笑っている。わたしに向かって差し出された左手の指先から、聞き慣れた自分の声が聞こえてくる。ダイスキヨ、アイシテル、アナタト結婚デキテ幸セ。返してほしい? なんて、意地悪な男。



 嘘泥棒5 作者:三浦

 豆電球の灯りが、食卓テーブルに突っ伏している夫のまあるい背中をてかてか光らせていた。壁の時計に目をやるが、まちがいない、朝の四時だ。
「どうしたの」
 肝を冷やしたわたしの予想に反し、ひょこっと顔を上げた彼は、抱えるようにしていた手元のメモ用紙にペンを走らせ、こちらに手渡してきた。
『しゃべれなくなった』
「ほんと?」
 わたしがさけぶと、夫はちょこんと頷いてみせた。そして簡単に、
『2時に目がさめた そしたらしゃべれなくなってた』
 とペンで語り、でも声はでる、と余白に小さく書き加えた。
「あー」
「……あー」
「ほんとだ——ぽっぽっぽー…はとぽっぽー」
「おっおっおっー…あおおっおっー」
 笑った。赤子の手をひねるようだ。
「会社休む?」
 蛍光灯を点け、わたしもテーブルにつく。たぶん自然に、彼はこちらの目をまっすぐ見つめて首を横に大きくふってみせた。
 だんだん楽しくなってきた。
「でも病院行かなきゃ」
『いっしょに行ってくれる?』
「当たり前じゃん。喋れないんだし」
『あーそーか』
「会社にもついてったほうがいい?」
『しゃべれないもんな』
「そうだよ」
『おねがいします』
 夫が頭をさげる。まあるい背中がてかてか光る。



 嘘泥棒6 作者:瀬川潮♭

「はい。大丈夫じゃないですよ〜。痛いですから〜」
 看護服に身を包んだ胸の豊かな歯科衛生士さんはとてもにこやか。ドリル片手に天使の笑顔で悪魔の所行。こういう時は自分の生業が泣けるぜ。
「じゃ、押さえて固定しますのでジッとしててくださいね〜」
 顔にぽにゃ、と乗っかる二つの丸み。至福の時。

「はい。1980円になります。次回は来週の土曜日でいいですかね?」
 会計を済ませ、帰宅する。
 荷物を置いて今日の成果を取り出す。
 寄せて上げる、二つのパッド。
 先週の土曜日と比較して微妙に大きい。先々週からそんな感じだ。乙女心なのだろう。
 が、俺は嘘は許さない。いや、許せないのだ。部屋の中にはほかに、黒猫の影や「こばた」の看板、飲み屋のネェちゃんの指輪の石、満員電車の中の女子高生の笑顔などがごろごろしている。
 小さくてもいい。来週はぜひ、素直になってもらいたい。



 嘘泥棒7 作者:紫咲

 私の言葉を。クズドモガ。聞いてほしい。ヨワイゴミドモメ。神は言う。ヒト二クソヲクワセルシカ。天国は在り。キレイ二ナレナイサルドモ。あらゆる魂は。ジゴク二オチロ。救われる途中なのだ。スクイヨウノナイ。未来を善くしようと。ツゴウノイイ。我々が決意する今日こそが。エイエンノ。未来の始まり。ウソツキメ。恐怖に打ち勝つ勇気と。オワラセテヤル。他人への想像力が。ナイテモユルサネエ。真のやさしさへと近づく。ニクトホネ。祝福された道なのだと。マッテロヨ。私は信じている。スグイクカラナ。



 嘘泥棒8 作者:作者は逃走しました。

 中国+韓国。



 嘘泥棒9 作者:ホンダシンペー

貴方の嘘を奪ってあげる。

貴方が私を愛してる。
私は貴方に別れを告げる。
貴方が本気になる後で。

貴方が喜び笑ってる。
私は深く溜息をつく。
貴方の笑顔の目の前で。

貴方が誘いキスをする。
私は違う誰かとベッドの中。
貴方の快楽が満たされないうちに。

貴方の嘘はお見通し。
私は誰も信じない。
だから全てを奪ってあげる。
そして私は一人きり。
今日も私は一人きり。



 嘘泥棒10 作者:アトス

俺は嘘はつくし人のものは盗む。
そう、あだ名は嘘泥棒だったよな。

子供がどんなことを言ったら大人が喜ぶのかわかっていた。
だから大人には好かれた。

算数も国語も理科も社会もわかっていた。
だから先生には好かれた。

ただひとつ、お前らと仲良くする方法だけわからなかったんだ。


と、彼は言った。
周りは“変わってないな”と冷たい目で彼を見て
再び旧友たちとの会話に戻っていった。



 嘘泥棒11 作者:凛子

彼女は、よく嘘をついた。
「二十五歳? アタシより三つも先輩だぁ」
 そう言っておきながら、たまたま見た免許証の生まれた年はボクと同じだった。
「アタシ、同級生だったのに憶えてないの?」
 そう言ったかと思えば、たまたま見た履歴書では全く別の高校を中退していた。
「一人っ子だから、甘やかされて育ったの」
 そう言っていたけれど、家に送って行くと妹と弟が玄関で待っていたこともあった。そんな彼女の嘘は、いつも悪気のない他愛ないものばかりだったのだけれど……。

「オレさ、実は結婚してるんだ」
「やめてよ……。嘘はアタシの専売特許なんだから」
 そう言う彼女の笑顔はぎこちなかった。嘘をつくのは平気でも、嘘をつかれるのには慣れていないせいだろう。
「嘘……だよね?」
 ボクが黙っていると、次第に彼女の表情が強張っていくのがわかった。
「子供も、いるんだ」
「嘘! 嘘なんでしょう? 嘘って言ってよ!」
「ごめん……」
 ボクが嘘をついていないことを悟った彼女の瞳からは、大粒の涙が滴り落ちてゆく。
「アタシ、もう……嘘なんかつかない」
 そう言って彼女は涙を拭うと、今まで見せたこともない真剣な眼差しでこう言った。
「アタシ……妊娠してるの」



 嘘泥棒12 作者:sleepdog

 冒険の半ば、世界の片隅にある神殿で、特殊スキルを持つ仲間を一人追加できることになった。神官にリストを見せられ、若い勇者は、相手の嘘を盗み真実を言わせるスキルを持つ「嘘泥棒」はここからの険しい旅に必要だと考え、仲間に選んだ。
 新編成で、賊に誘拐された姫を救い出す。王様に届けると、「娘を助けてくれて感謝している。報酬金はたっぷり出せるのだが、800ゴルドで良しとしてくれ」と握手を求められる。
 城を出て山間の村に着く。温厚な村長が出迎え、「よくぞいらした。こいつらに眠り薬入りの食事を与えて魔物の生け贄にしよう。さあ、泊まっていきなさい」と握手を求められる。
 村を出て洞窟に入る。入口で勇者は、任務中である伝説の騎士団長から、「俺は別に強くなる必要ないから、きみに神秘の指輪の素材を全部集めてもらおう」と握手を求められる。
 指輪をかざし魔王の宮殿を発見する。魔王は不敵な笑みを浮かべながら、「お前に世界の一部をくれてやる気はさらさらないけど、我らと手を組まないか?」と握手を求められる。
 魔王を倒すと異世界の門が開いた。若い勇者は嘘泥棒を解雇した。嘘泥棒は「俺とかニ周目だろ……」とぼやき去っていく。



 嘘泥棒13 作者:ぱらさき

お隣さんに手作りケーキをもらった。
パサパサしていて、あまりおいしくない。

「おいしかったです。ありがとうございます」
電話でお礼をいうと、近くにあった鳥かごから声がした。
「オイシカッタ、オイシカッタ」

声の主は、うちの九官鳥のクロ。
真似っこ上手でしかも、賢い。真似する言葉をちゃんと選ぶ。

母から電話がきたときも、
「元気にしてる?」
母親がいろいろ聞いてくるのに、私が答えていると
「えぇ、元気よ」
「旦那とは仲良くしてるの?たまには顔みせなさい」
「仲良くしてるよ、気遣いありがとう」
「ナカヨクシテルヨ、ナカヨク」
と、ちゃんと選びとった台詞だけ真似をする。

昨晩、夫が終電すぎに帰宅してきたときも
「すまない、同僚と飲んでて遅くなってね」
「ドウリョウト、ドウリョウト」
「そう。よかった。浮気かなって心配しちゃった」
説明する夫に私が笑顔で答えると、夫も笑顔でいう。
「そんなわけないだろう。まだ結婚3ヶ月目じゃないか」
「ソンナワケナイ、ソンナワケナイ」
クロも上機嫌で真似をしている。
「うんうん、クロは真似がうまい」
感心してクロをほめる夫をみながら、私は実家に戻る時に
母になんと説明しようかと考えた。



 嘘泥棒14 作者:オギ

 気化しやすいので精油に溶かして、瓶に詰めて運びます。そうそれ。カラフルでしょう。
 コツはね。本当だったらいいなぁと思うものを選ぶことです。ついた本人が本当は一番信じたい、そんなものを。
 たまになら、面白いのや気味のいいのもありですね。大人の遅刻の言い訳だとか、真っ赤なやつをね。なかにはそんなのばかり盗む者もいます。口にした人間の自業自得ですから問題はありませんよ。
 ただし思春期の青いのには気をつけないといけません。ともすれば地球が何個あっても足りません。
 そう、盗むことで、嘘は嘘でなくなります。願いを叶えるにはそれ相応の力と対価がいりますが、ちいさな嘘を盗む程度なら、眷属の私たちでも充分。
 社におわす方々は、皆様いつでもすこし退屈なのです。全てに満たされているということは、希望も願望もないということ。だからこそ人の浅はかな願望の欠片が愛おしいのでしょう。
 まぁ、上等な嘘を溶かした精油は、酒に落とせば時に甘く苦く、えもいわれぬ妙味ですから、本当はそれが目当てなのかもしれませんがね。
 いい嘘はみつかりましたか。
 よろしい。さぁ、仕事を始めましょう。



 嘘泥棒15 作者:もち

ひとり多かったケイはたくさんのドロと一緒にどこか遠くへ行ってしまいました。



 嘘泥棒16 作者:JUNC

手に入れた800個の嘘を紙に書いて床に並べる。
相手を気遣ってついた嘘と自分の欲を満たすためだけの嘘。
その紙1つ1つに、ふーっと息を吹きかける。
気遣い嘘はヒラヒラと宙に舞って消えてゆき、
欲望嘘はピクリとも動かず重そうにそこにある。
残った紙の多さにため息をつきながら、ゆっくりと拾い集める。
100枚ずつを束にして、いつもの場所に持って行く。
どうなったかなんて聞かれても、その後のことは何も知らない。
これが俺の仕事。この世に人がいる限り、食うには困らない。



 嘘泥棒17 作者:よもぎ

公園のベンチに真っ赤な携帯電話がぽつり。忘れ物かと手に取ると着信音。慌てて出てみると女の子の声。
「おじさん、そのケータイでとってみて」
そしてプツリと通話は切れた。とる?撮る?私は携帯をフォト機能にしてかざしてみた。私の前を夫婦らしい二人が横切った。
「でな、今度の土日は泊まりで接待ゴルフなんだ。すまんな」
カシャ。携帯がひとりでにシャッターを切った。すると
「でな、今度の土日は部下のミユキと一泊旅行だ。うひひ」
男はそう言い換えていた。女はみるみる声を荒げ二人はケンカになってしまった。なんだ?これは?私は公園の人々に携帯を向けた。若いカップルは
「遅れてごめん。渋滞に巻き込まれて」
カシャ。
「あーあ。約束なんてすっかり忘れてたし」
人待ち顔だった女性は男をひっぱたいた。立ち話の主婦は
「可燃ゴミの日に袋に入れてテレビを捨てた人がいるのよ」
「困った人がいるわね」
カシャ。
「自分が捨てたなんて言えないわ」
二人の主婦は顔をひきつらせた。なんだ?この携帯は?
帰宅し、妻や娘にも真っ赤な携帯を向けようとして・・・やめた。怖い。そのとたん着信音。
「なんだ、もうおしまい?じゃバイバイ」
そう言うと、真っ赤な携帯電話はドロンと消えた。



 嘘泥棒18 作者:空虹桜

「♪ウっソ吐きドロボー。ウソドロボー。親父はオーリョー、母バイタ」
 意味もわからずリュウジが愉しそうに唄って、ついでに殴るのを、わたしは他人事みたいに見ている。
 痛いことは痛いけど、肉体的な痛みはいつか治るものだから、お気に入りのノートを破かれたり、お気に入りのペンケースをトイレに投げ込まれるより、よっぽどマシ。
「ホラ、なんかスゲェウソ言ってみろよ」
「3億ぐらいスゲェのな」
 相変わらず殴るリュウジの後ろでそう言うと、ナオキとマサシはキャハハと笑った。
 遠巻きに見てる元トモダチたちや、名付け親のメグミや、ヒロシ先生は、わたしがそうやってからかわれるのが当然だと思ってる。
 誰もパパとわたしが別人だとは思っていない。テレビや新聞の言うとおり、パパがウソ吐きでドロボーならわたしも。
「ドロボーなんだから、ウソなんて楽勝だろ?」
 わたしは心に刻む。悪でも正義でもない普通の人々は、悪と見なした対象へ、なにをやっても良いのだと。許されるのだと。
 忘れない。
 落書きだらけの机を睨みながら、わたしは、普通の人になりたい。



 嘘泥棒19 作者:炬燵蜜柑

「ハリツケはイジメです。今日からやめなさい」
 松岡先生が終わりの会できっぱり言った。
『やすみじかんはヤネコロガシしてあそびます。ぼくはバツゲームのハリツケがたのしいです。カベにくっついて目をつぶっていると、ゴムボールがビューンととんできます。顔のすぐそばにバチンとあたります。モモにあたるといたいです。ドキドキします』
 先週の僕の生活ノートに、先生、『外で元気にあそんでいるのね。今度先生も入れてね』ってお返事書いとったやないか。先生の会議でハリツケ禁止になったのん? あんなにスリルのある遊び、ないねんで!
 ヤネコロガシしとったケン君もアキやんもみんなうつむいて、お尻モゾモゾしとる。
 馬とびも電気アンマも画鋲投げも。僕らが遊びを見つけるたんびに全部禁止や。安全な遊びってオモシロないねん。今度先生も入れてねって、先生、ウソつきや!ウソツキはドロボウのはじまりやゆうとったの、先生やないか。僕、先生好きやからウソ絶対つかんかったのに。先生はウソドロボウや!
 あれから三十年・・・
 松岡先生、ごめんなさい。大人の事情って大切ですね。この世の中は、嘘泥棒だらけだとわかりました。僕をはじめとして。



 嘘泥棒20 作者:白縫いさや

 嘘を嘘で塗り固めた女がいる。
「私の伯父はハンガリーでレストランを経営していて、お客さんにはウィーンフィルのね——」
 壊れたラジオのようだ、と道行く人々は思う。身なりに反してその瞳は澄んでいる。ああ狂っているのだな、と人々は結論づける。人々の一部は女の膝に硬貨を放る。女はスイスの春を叙述している。
 女にとって嘘は幼い頃より見栄であり慰みであり真実でありそして未来である。

 男が手を叩く。女の瞳は急速に濁り、男を睨みつける。皺一つないスーツ、ぴかぴか光る黒革の靴。
「私も仕事柄フロリダに足を運ぶことが多いのです。先日、そこでNASAの研究者と——」
 男は女の嘘に侵食する。女の世界にその影をちらつかせる。女は、あなたはご存知ないかもしれないけれど、と枕詞を置く。しかし男は女の世界の隅々にまで通じている。
 男は決して女の嘘を暴かない。代わりに書き換える。徹底的に。
「そろそろお邪魔しますね」
 今や女は深窓の令嬢ではなく地球を守る秘密結社の女幹部である。月蝕と共に訪れる魔王軍の襲来、未来人との超次元貿易、森羅万象に宿る意思。整合性は欠片もない。
 男はこれからハンガリーに行くのだという。



 嘘泥棒21 作者:砂場

「景気のせいか、モラルの低下か、日ごろの行いが悪いのか、まったく、同業者が増えて困る。それも多種多様である。棚に並んだ売り物を盗むやつ、寝坊だなんだで人の時間を盗むやつ、庭のチューリップ泥棒に、娘のハートを盗むやつ、挙句、挨拶泥棒だ。こっちから手、振ってやったのに無視しやがってあの野郎。ふん。まったく、我々の商売は上がったりである。これは根から、『はじまり』から、断たねばならん」
 組合長が偉そうに言ったのが、四月の初めの組合会議だったっけ。にやりと笑ってこう続けたんだ。「それは我々こそが得意とするところなのだし」
 というわけで、僕ら、それから、ちょっと違うものを盗み始めた。金品と違って勝手が分からなかったんだけど、そこはこの道三十八年の組合長が教えてくれた。
 で、簡単に、八百達成。組合員みんなでね、でも、三か月も経たずにだよ。まあ、ありふれてるものだし、組合長のあの技術をもってすれば、そうだよね、と僕は思ったんだけど、組合長はそうではなかったみたい。何て言うか、やる気失くしちゃったのかな。
「俺、足洗うわ」
 もったいないなあって、僕は思ったんだけどね。
 まあ、悪いことじゃないよね。



 嘘泥棒22 作者:破天荒

ついに、俺は今世紀最大の泥棒になった。なにをやったかって?
あのルーブル美術館のモナ・リザを頂いたのさ。
本当さ。だがな、困った事が起こっちまった。
盗んだモナ・リザが良くできた贋作だったんだよ。
ルーブルのモナ・リザは何時からか贋作を本物と偽って、いけしゃあしゃあと
拝観料を取っていたんだぜ。俺達泥棒よりもタチが悪いぜ。
だが、問題はこの贋作を処分できない事なんだ。
ところがどうだい、ルーブルから贋作を買いたいと言ってきやがった。
盗難保険で金がたんまりと出たので、口止め料込みで買いたいとさ。
泥棒の俺が言うのもなんだが、まったく世の中なんて信用できないよな。



 嘘泥棒23 作者:まつじ

 巷を騒がす妙な輩に入られたのでお話が書けません。
 旅に出ます。



 嘘泥棒24 作者:はやみかつとし

■ 生業としては成り立たず、専ら楽しみのために行われる。

■ 罪の有る無しを問わず、分け隔てなく盗むのが暗黙の掟である。

■ 「惜しみなく盗むが、不思議なことに盗まれた側は何も失ってはいない」などという御目出度い話はまずない。恋だの愛だの商機だの節操だの地位だの名誉だの、そのために失うものは枚挙に暇がない。もちろん、失ったほうがいいものが失われていることもあるが、その場合は尚更気付かれにくい。

■ 時折、経験の浅い者が嘘と地続きの本音まで盗んでしまうが、なぜか盗まれた者は幸せになることが多い。

■ 盗めば仕事は終わりなので、盗み集めた嘘そのものには用がない。売り先を探そうにも、嘘の需要のあるような連中は大概自家製造する能力を持っている。野積みにして焚き付ける。薄く綺麗な煙が上がって、匂いはしない。

■ 嘘が空に帰って行った日の晩は星が一際美しい。星に貴賤はない。



 嘘泥棒25 作者:脳内亭

「メロンパンだったよ。美味しかった」
 少年の言葉は皆の笑いものにされた。
「準備はいいかい、ヒューバート」
 二つの影が闇夜を駆ける。
「これは終末であろうか……」
 異変に皆は初め、恐れた。
「いや、美味いんだって!」
 噂はまたたく間に星空の下、散らばった。
「俺も食べた」「俺も」「俺も」「俺も」
 過ぎた夜よりも口にした声が数多いとは。
「何ていうか、イーヴルだよなヒューバート」
 二つの影がくすくすと笑う。
「何しろもう昇らなくていいのだもの」
 欠けた月もくすくすと笑う。
「俺んところはまだかなあ」
 いつしか闇夜は希望となって、皆は胸ふくらませている。

 吠える対象を失って、狼は途方に暮れている。