500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第98回:エジプト土産


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 エジプト土産1 作者:アトス

もう行けなくなるからという理由で嫌々行ったはずの
エジプトが忘れられない。

埃っぽい街並みで出会ったエネルギッシュな瞳。
整ったビル群に、伏し目がちな人々ばかりの我が祖国とは違う。

そこにあるのは誇り。
雄大なる自然に抱かれ、蒼々たる歴史を背負い力強く生きる人間の躍動感。

ここにあるのは安定。
他人よりも少しの幸せと少しのお金を得ようと少しだけ努力する毎日。

抜け出そう、私にはもっと大きな舞台がある。
思い立った里映を少し大きな石のついた左手の指輪が引きとめる。

もう何日も続くこのもやもや。
大きくなったり小さくなったりする期待と後悔。

ううん、私はこれで幸せなんだ。
そう言い聞かせ招待状のデザインを決める里映を
エジプトの街中で買った魔除けの人形がいつもと変わらない表情で見つめていた。



 エジプト土産2 作者:はやしたくや

 ぼくはもうじき死ぬだろう。それも殺されるのだ。目の前の男に。
 彼は銃口をこちらに向けていた。
「時間だ。選べ」
 男は言った。ぼくはよく考えてから答える。
「エジプト」
 すると男はにやりと笑った。
「悪くない」
 男はテーブルの上に書類をばら撒いた。何十枚もの紙がテーブルに溢れた。どれも写真つきで、字がびっしりと書かれてある。
 その中から目当てのものを探しだすと、それをぼくに投げた。
「読め」
 ぼくは言われたとおりにした。男の子が写真に写っている。エジプト人。現在十歳。書類には、その男の子に関するあらゆる情報が書かれてあった。
 ぼくは書類を何度も読み返した。内容をすべて頭に叩きこんだ。
 ぼくはもうぼくじゃなかった。ぼくは、エジプト人で十歳のボクだ。
「ボク、死んじゃうの?」
「きみは死なない。きみの代わりが死ぬ。それだけだ」
「おじさん、誰?」
「悪い人さ。だからきみを助ける」
「それ、どういう意味?」
 おじさんはそれには答えなかった。代わりにピストルが火を吹いた。
 目が覚めると病室だった。パパやママはボクを見下ろしていた。顔をくしゃくしゃにしながら笑っていた。泣いていた。
 それからボクも笑った。泣いた。



 エジプト土産3 作者:トゥーサ・ヴァッキーノ

 僕は、ネクタイの訪問販売員。

 空港へ降り立ったのはずいぶんと夜が更けてからだったが、現地スタッフは、僕を気さくに出迎えてくれる。

「白夜には、月の隣に沈まない太陽か見える。今夜は薄曇りだから、雲に乱反射して、月と太陽が4つに見えるんだ」
 たしかに、ウェハースを並べて造ったような神秘的な建築群の上に、月と太陽が4つ並んで見える。

 起伏の激しい砂漠をジープで横断すると、日本人街にたどり着く。
 どこにでもある閑静な住宅地。
 ダウトでもしているような懐疑的な手つきで、その中の一軒を指差される。
 ドアを開けると、中から叫び声が聞こえる。

 子供たちの説明によると、水槽から金魚が一匹飛び出して、行方不明だという。
 家の人たちが、必死で床を這い刷りまわって金魚を探している。

 ふと足元を見ると、包み紙と床の隙間で金魚がパタパタしている。
 意外に大きな金魚だったものだから、気持ち悪くてどうしても掴めない。
 罪悪感はあったが、気持ち悪さには勝てず、包み紙で金魚を完全に覆う。

 家主が僕に近づいてくる。
「先生からもらったエジプトの土産じゃないか! まだ開けてなかったのか!」
 と、不機嫌そうに叫び、家主は包み紙を掴む。



 エジプト土産4 作者:東空

私のお腹に課長の子がいると分かった時も、母は冷静だった。
「あなたの何を分かってくれているのか、あなたは相手の何を分かっているのか、よく考えなさい。答えは分かるはずよ」
父の最期を看取った時の母の献身は、ある種戦慄を覚えるほどであった。
気丈で、一本筋が通っている。それが誰もが母に抱く印象だ。

そんな母の、秘密を私は知っている。
戸棚の一番下の段に風呂敷に包まれた紙の箱があり、その中に石の破片がある。母が陶然と見つめている姿を目撃した私は、後でそのモノを確かめたのだった。片方がつるっとしていて、何か模様の断片が書いてある。裏側は欠けていた。手に取った瞬間、乾いた暑い風が通り過ぎた気がした。手のひらの半分ほどのその石くれを見つめる母の眼は、八畳の居間を遥かに突き抜けていた。
私は、石くれを手に問い詰める。
「本当は、父さんより好きな人おったんでしょ」
母は、いつものように真っ直ぐな視線で私をひたと見据えて、だが声を震わせて語った。
「お前の本当の父さんは、砂漠の土になっとるのよ」



 エジプト土産5 作者:はやみかつとし

 海が割れてできた道に、太陽神を落としてきてしまった。
 だから、手ぶら、というより着の身着のままだったのだけれど、よく来た、よく来たと言ってくれる人があったので、わたしそのものが授かり物なのだとわかった。



 エジプト土産6 作者:三浦

 帰ってくるなり妻が割箸がつっこまれた私の鯖の味噌煮の缶詰を狙ってサイコロ三つ投げつけてくるものだからエジプト旅行はさぞお気に召さなかったのだろうと身を強張らせたが、作り笑顔をはじめた私を見て朗らかに笑った妻は一言「はいお土産」
 ……なんの変哲もないサイコロだ。白いボディで、一の目が赤で、他の目が黒。小さすぎず大きすぎず、掌で転がしてみても軽すぎたり重すぎたりということもない。エジプトで買ったものではないのだ。それはいい。妻が私に何かを持ち帰ってきたことなど交際中も含めてこれまで一度もなかったのだから、私は今幸福の絶頂にいると言ってもいい状態にある。しかし、どうしてサイコロなのか。それも三つ。それがわからなかった。
 妻は変わった。豹変した。弁護士事務所を辞め、専業主婦になると言い出し、私の薄給では生活が苦しいと知るとパートに出た。私の帰宅が何時になっても起きて待っており、家事全般を引き受け、あれほど嫌がっていた子作りにも積極的になった。
 友人、同僚が女の鑑だと褒めそやした。妻もそれに照れ笑いで応えた。そのことが誇らしく、また喜ばしかった。しかし私はひとりぼっちになったような気がした。



 エジプト土産7 作者:伝助

「それ、父さんのエジプト土産だろ」
 親戚連中からの冷たい視線を避けて、葬式から抜けだし、死んでしまった父さんの部屋に行くと、妹がインスタントコーヒーの瓶を胸に抱いて座り込んでいた。「懐かしいな」 滴り落ちる汗をシャツの裾でぬぐう。
 その瓶の中には父さんが夜のサハラ砂漠から採ってきたという砂がぎゅうぎゅう詰まっていて、子供の頃、よく世界を旅した話を聞かされた。ラクダにまたがりドンブラコだ。
「そんなんじゃない。これはパパが夏の高校野球で負けて持ち帰った甲子園の土だよ」 妹が立ち上がると、なんだか、久しぶりに父さんに似たその顔を真正面から見た気がする。目を逸らして、また汗をぬぐう。そんな胡散臭い話を目に涙を浮かべながら言うなよ。
「まあ、また喧嘩?」
 母さんが部屋に入って来て押入れから木の杭のようなものを取り出しながら、咎めるように俺のほうを見る。
「これさ、エジプトの土産だよね」
「何をそんな、しょーもない。ただのお父さんの生まれ故郷の土よ」 母さんが笑いながら言う。「それがないと、お父さん眠れないんだって」



 エジプト土産8 作者:松浦上総

 図書館で初めて君を見た遠い夏の日。
 君は、夏休みの自由研究だとかで、大きな分厚い本をメモをとりながら読んでいましたね。その遺伝子関係の学術書を真剣な目で追う横顔に、僕は恋をしました。
 今日、僕は君に渡したいものがあって図書館に来ました。君に会えるはずなどないけれど、あの思い出の本と一緒に、少女だった君の面影をさがす。それだけで十分なのかもしれません。
 渡したいものは、先月、博物館のエジプト展に行ったときのお土産です。緑色の生地にヒエログリフの模様が描かれたハンカチです。ヒエログリフと遺伝子情報は読み方が似ていると、あの日初めて言葉を交わしたときに、君が教えてくれたことを思い出して、つい買ってしまいました。
 
 今、君はどこにいますか? あの大きな分厚い本は、まだここにあります。この夏が終わるまでにもう一度、君に会いたいです。



 エジプト土産9 作者:JUNC

「これがエジプトかぁ」
「何がいいかわからなかったから・・・」
「いやぁーすごいよ、ドロえもん」
ガチャガチャの入れものに閉じ込められたエジプト全部。
「本当はね、お腹のポケットに直接入れようとしたんだけれど、
ちょっと大きすぎてさ。空からライト当てたよ」
「すごいなー。なんだって盗めちゃうんだね。さすがだよ!ドロえもん。
でもさ、エジプトがあった場所、穴開いちゃったね」
「そうなんだよ。だから代わりに、日本で埋めておいた。
帰る手間も省けたしね。ほら、外はアフリカ。 ちょっとサイズが
小さかった分は、ライト当てて大きくしておいたから、バッチリさ」
「かしこいねー、ドロえもん」



 エジプト土産10 作者:凛子

あの頃父は遅く帰ると、お土産を買ってきてくれた。

「今日はエジプト土産だぞ」

 それは凡そ名ばかりの代物ではあったけれど、ボクはそれが嬉しくて嬉しくて仕方なかった。母の目を盗んでは、夜更かしをして父の帰り待っていたものだ。

 もうこの年になると、あの頃の父の気持ちが理解できるようになってくる。
 今夜も目の前では『スナック カイロ』という真っ赤な看板が、妖艶な光を放つ。



 エジプト土産11 作者:デルタモアイ

エジプトの土産だと貰った缶詰が桃の缶詰かと思って開けるとまっ白でケサランパサランみたいに毛が生えていておまけに二つの目まで付いていてその目の真ん中に芽まで生やしていてこれは動物なのか植物なのかさえも分らずまさにエジトの神秘だとか思いつつそいつを漬けていた白濁色のシロップから饐えた匂いがしたから(饐えた匂いがしなければ舐めなかった)舐めてみると案の定私好みの吐き気を催す味でこのケサランパサラン野郎はきっと不味いに違いないと確信したので食べる事にした。悪食者とはそんなもんである。一口食べた時その味がとある情景を私の脳裏に蘇らせた。女装が趣味だった少年時代。少年性よりも少女性に憧れて手の届かなかった少女性。現実の少女の中に私が看取した動物なのか植物なのかさえも分らなぬ謎性。今この缶詰が私の手元にある。なにか遠い思い出が缶詰の中にそっと仕舞われていたようで出会えて妙に嬉しかった。



 エジプト土産12 作者:三里アキラ

 野球の甲子園、ラグビーの花園、陸上のオリンピア、導魂のエジプト。
 導魂では、四者一チームで使者となり死者の魂を制限時間内にいかに遠くまで運べるかを競う。プロの死神なら仕事として魂を肉体から黄泉の国へ運ぶのだが、ボクたち卵は自縛霊とか浮遊霊なんかを移動させるだけだ。ボクは代表メンバーのレギュラーだった。だったのだが、訓練中に呪いをかけられて敢え無く日本に居残りとなった。
「とにかく暑かったよ。負けたし、来なくてよかったんじゃない?」
 ボクの代わりにレギュラーとなった彼は、砂の入った風邪薬の瓶を渡してくる。笑顔が眩しい。受け取る。
「砂?」
「記念に、な。それはお前の分」
 ピラミッドもスフィンクスも何もかもを埋めて忘れさせる砂。次の大会の時が開催されるとき、ボクは既にプロデビューしている。ボクの評価は高い。スカウトも来ている。蓋を回す。さらりと中身を浴び、彼が目を丸くして息を飲み、その後は誰も知らない。



 エジプト土産13 作者:もち

 紀元前の夜明け。彼が帰ってくる。



 エジプト土産14 作者:紫咲

「それで旦那の残骸を放りだして、あの狭いアパートを飛びだしたってわけだ」
「マンションだって。6LDKよ」
「そこのそこそこ広めのキッチンからリビングにかけて、その、なんだっけ」
「麺づくし」
「ふはは」
「そのトボけ方、今日はちょっと許せない。笑い事じゃ済まなくなったんだから。伸びてきた麺先が、冷房の風でゆらゆら手招いているのよ。カーペットの上で。ああ、気藻い」
「しばらくうちで暮らせよ。遺産が転がってくれば、一夏の冷房代も気にならなくなる」
「うーん。どれくらい溜めこんでたのかなあ」
「大きい休みのたびに中近東に旅行、それも完全なレジャー目的。そんな男は金満さ。で、例の青いお湯、どれくらい注いでみたの?」
「はじめおへそにちょろちょろで、反応が薄かったから全身に万遍なく」
「イケメンを1分でカーメンにねえ、カーメンが3分でラーメンにねえ」
「うまい、とか思ってるの?」
「死体の処理としてはうまいんじゃないか。ワレシニテ、フタタビヨミガエラン。ただし保存食として。ねえ君、戸締りはきちんとしてきた」
「わかんない。靴を履けただけで、バッグも持ってきてないのよ」
「忘れたんだな。やれやれ、見ろよ、むこうのビルを。青きツルツルシコシコ麺が、夕焼けを包んでいくぜ」



 エジプト土産15 作者:瀬川潮♭

 上司の胸元に、いつからか青いネックレスが揺れるようになっていた。
 ラピスラズリ。
「『王家の涙』といってね、黄色い雫型の模様があるの」
 曰く付きで、持ち主だった王家の女性は30歳で亡くなったのだという。
「高かったんじゃない?」
「無料よ」
 僕がベッドで横を向いて言う。んふ、と上司。土産の露天の主人から涙を流して「もらってくれ」と頼まれたらしい。上司はその王族女性の生まれ変わりだとか。
「早死にしても知りませんからね」
「大丈夫」
 上司も横を向き、自信ありげ。知ってる。本当は彼女、僕より5歳年上の31歳だ。曰くがあったとしても、もうその年齢は過ぎている。

 ところが後日。32歳の誕生日に上司は突然死した。内臓が突然無くなったのだ。
 いつの時代も女心は変わらないのかもしれないと思いつつ、あの時土産にもらったまま大切にしていた包帯を取り出す。ベッドの上で、裸のままの上司をぐるぐる巻きにした。代わりに「王家の涙」を受け取る。
 汗ばみ火照ったままの肌に、砂のにおい。不意に渡った風が異国の砂漠を思わせた。



 エジプト土産16 作者:ノナサン・リッチマン

「エジプトにレゲエなんてあるの?」
 そんな事ぼくだって知らない。とにかく持ち帰ったのがこの曲なんだ。
 とぼけた顔のおっさん二人組だった。一人はタイコ、一人は笛。ふらっと現れテケテン、ぴひゃらと演奏はじめた。金でも要求されるのかと思いきや、終えたらふらっと去っていった。あんまり暑くて幻でも見たのか。しかし、それからこの曲が頭から離れなくなったのだ。
「でもあなた、ギターなんて弾けたんだ?」
 そんな事ぼくが聞きたい。試しに弾いてみたら弾けちゃったんだもの。そういう君こそ、ベリーダンス踊れるなんて初耳だよ。
「不思議よねえ。何だか踊らずにはいられないの」
 王家の呪いかラクダの霊か、ピラミッド・パワーの賜物か。何だかわからないけれど、ぼくはギター弾く、君は踊り踊る。すると太陽ギラリン、コブラがぴょん、ドラの音もジャーン、と聴こえてくるよう。レゲエのビートは脳天にクるね、ハッピー(orハッパー)な気分。
「ところで唄はないのかしら」
 それはぼくも思った。けど残念ながらないみたい。あれだよ、いわゆるインスト。
「パン焼くの?」
 そりゃイーストだろ。



 エジプト土産17 作者:オギ

 やけに日焼けしてるが、見誤りようのないこけし顔。鍵を開けると、バーガー屋の袋を差し出し、するっと中に入っていく。ここ二ヶ月ほど行方知れずのKだった。毎度どこに行くのやら。
 ちょうど腹が減っていたので、さっそくチーズバーガーを噛る。と、なにかがごりっと歯に当たった。取り出して予想外の色にぎょっとする。トルコ石のスカラベだ。よくみれば袋の底に、らくだだのスフィンクスだの、小さな細工物がたくさん入っている。
「同じ袋に入れるなよ」
 荷物をほどいていたKが、細い目を更に細めた。
「食ったのか」
 十数分後、猛烈な腹痛と眩暈に襲われた。絞りの甘いおしぼりをべちゃっと俺の顔に載せ、Kが呟く。
「呪いかな」
 なんのだよ。あのバーガーいつのだよ。
 唸っていたら、いつのまにか見知ぬ猫が俺の顔をのぞきこんでいる。可愛いが誰だお前。
 さらにその後ろで、なにやら小さいものがわやわやしている。鳥に羊に犬? Kが片端から摘んでは、ぽいぽい袋に放り込んでいる。ちゃりちゃりと硬い音。
「お前もあれの仲間か」
 猫は欠伸すると、ころんと横になった。腹痛が治まったら、じっくり問いつめたいと思う。



 エジプト土産18 作者:炬燵蜜柑

 アラビアンナイトを引くまでもなく、エジプト人は話好きな民である。前任者に雇われていたハッサンもまた例外ではなかった。ふらりと我々の営業所に現れ、請われるまでもなく事の顛末を話した。
 ルクソール近郊の駐車場で武装集団に前任者と共に誘拐された。身代金交渉が拗ると、まずハッサンの左手首を蛮刀で切り落とした。決裂すると、生きながら前任者の心臓を抉り出した。ハッサンは砂漠に置き去りにされた。羊を撲殺し脳味噌を啜って飢えをしのぎ、気息奄々、自宅に辿り着くなり間男と鉢合わせた。逆上したハッサンは、妻と男を切り刻んだ。我に返って、愛猫まで屠してしまったことに気づいたとき初めて号泣したそうだ。以来、死者の町と呼ばれるスラムで逃亡生活を送っているという。
 話し終えたハッサンは涙を拭った。どこまで真実かは不明だが、確かに左手首から先を失っていた。私が前任者の後始末を済ませたらすぐに帰国することを告げると、思い出の品を土産に持たせたいと言う。今の土産話で十分だと辞して十分すぎるバクシーシを施した。
 帰国して一ヶ月、ハッサンから裁縫箱ほどの小包が届いた。箱を振るとカラカラと乾いた音がする。何のミイラなんだ、ハッサン。



 エジプト土産19 作者:まつじ

「ほいじゃあ行ってくんね」
 そう言い残して彼はなかなか帰って来ない。
 待てばカイロの便りあり、なんてくだらない手紙を寄越してからさき、すっかり行方知れずだ。
 ニュースとか見ると、たまにひやひやする。
 例の便りには、まあ取るに足らないことまで、電話で話したほうが早いだろうにと思うくらい山ほど書いてあって、よほどあちらの生活が楽しいのらしい。
 飛行機の中からはじまって、空港の様子やにおい、人混みや街並、空の色、通り過ぎた風景、イメージと実際の違い、一日目、二日目それ以降、ピラミッドを見ながら食べるケンタッキーフライドチキン、知り合った人、私に何を持って帰るか悩んでいること、スフィンクスの子ども、買ってしまったよくわからない置き物、夜の灯り、ラクダの顔とまつ毛、砂と月と星。食べ物も舌に合ったみたいで、そこのところも割と細かく描写しようとするから余計に文面が長い。スフィンクスの子どもって何だろうか。
 夢で帰ってくる彼がくれるのはいつもそれで、決まってそいつは小さくにやりと笑い私に謎かけてくる。
 何か面白いものを頼むよとは言ったけど、その件でおかしなことに巻き込まれてやないかしら。
 たまにひやひやする。



 エジプト土産20 作者:ぱらさき

金木犀の香りが終わる頃、連絡が来た。半年近く音沙汰がなく、久々の連絡かと思いきや、
「今すぐ近くのカフェにきて」
私が急いでカフェに行くと、店の隅の席に彼がいた。半袖シャツにジーパン、つばつき帽子という季節外れな姿で。
「悪い。どうしても渡したい物があってさ」
そう言う彼の手には小さな瓶。中には、少し黄色がかった粉らしきもの。
「何それ?」
「お土産」
「あぁ、もしかして旅行先から直できた?」
「うん。お前にコレを渡すために、サハラ砂漠から直できた」
粉はどうやら砂のようだった。砂漠にある乾いたサラサラの砂。
「よぅくみて。瓶の中」
彼から瓶を受け取り、中を見る。振ってもいないのに中の砂が舞い上がっている。サザッと波立つように。シュルルッと巻き込むように。そして、目の前にいたはずの彼を、砂嵐が飲み込んでいく。
「この中に俺がいるんだ。大切持ってろよ」
「え?」
瓶から顔を上げると、そこには彼はいなかった。店の片隅には、私と彼からの置き土産。結局、彼は旅行先から帰ってはおらず、行方不明のまま時は過ぎた。時折眺める瓶の中の砂は、相変わらず蠢いており、少しずつその量は増しているような気がする。



 エジプト土産21 作者:デル

『包帯の上から満遍なくお湯を注いで3分間お待ちください。
起き上がったら出来上がりです』




ちょうどお昼時に届いた少々カビ臭い人型の木箱を見下ろしながら
お湯を沸かそうか迷った。



 エジプト土産22 作者:空虹桜

「ちょっ、なんかヤバイの見つけちったカモ新米」
「どれどれ〜」
「中尉いっつも口だけだからなぁ」
「ちげぇよ。大尉だっつーの」
「そっちかよ」
「うわっ! 超黒ぉい」
「鬼ヤバイっしょ。こんなの」
「黒くて大きいわぁ」
「なんか中途半端にエロくね? それ」
「エロいことばっか考えるからエロく聞こえるんッスよぉ」
「だから、大尉だっつーの」
「そのネタ飽きた」
「っていうか、さっきのエロ発言はもしかしてセクハラ?」
「いいからおまえら無駄口ばっか叩いてないで、これ掘り返すぞ!」
『は〜い』

 こうしてロゼッタで発見された皇帝の拾得物たる花崗閃緑岩は、刻まれた想いや拾得から運搬の努力などなど、なにもかもが「シャンポリオン」の面白い響きに隠されてしまっているけれど、女王陛下の献上品となって、今、大英博物館に収蔵されている。



 エジプト土産23 作者:つとむュー

 遺跡発掘のアルバイトで、一ヶ月間エジプトに行っていた妻からメールが届いた。
『無事日本に到着! お土産を用意しているから今晩は早く帰って来てね』
 仕事が終わって自宅に着くと、なんだか薄暗い。妻が待っているはずでは? と不思議に思いながらリビングに入ると——突然の照明と共に、アラブ調のリズミカルな曲が流れてきた。そして、ビキニトップと深くスリットの入ったスカートに身を包んだ妻がなまめかしく腰を揺らしながら登場。
「ベリーダンスか?」
「ラクス・シャルキーって言うのよ、向こうでは」
 踊りながら妻が体を寄せてくる。さすがは本場仕込。腰使いも上手いし、何よりくびれがセクシーだ。
「それで土産ってなんだ? そのセクシーな衣装? 今かかってる音楽? それとも俺にダンスを教えてくれるってか?」
「何馬鹿なこと言ってんのよ。あたしよ、あ・た・し」
 激しくなるリズムに合わせて妻が腰を振ると、スリットからスカートの中がチラチラと見える。どうやら中は何も着けていないようだ。
「「お帰り」」
 俺と妻は熱いキスを交わすと、そのまま二人でベッドに倒れこんだ。

 十ヵ月後、妻にそっくりな第一子が生まれた。彫が深くて俺よりハンサムな男の子だった。



 エジプト土産24 作者:砂場

「なんにします?」
「あれどうだ、18個入り1050円」
「いや、それエジプトじゃなくてもいいでしょう。ていうか、むしろエジプトじゃないですよ。あ、つぶ餡もありますよ」
「お前は知ってるのかよ、エジプトに饅頭が存在するのか否か。中国なんかにはあるだろ」
「友人が行った時には、パピルスでしたっけ、その紙になんかエジプトっぽい絵の描いてあるのをくれましたよ。言われますよ、エジプトがブラジルでも変わらない、このタイトルでもなくてもいいって」
「タイトル競作だと思うからそうなるんだ。自由題だと考えてみろ、まったく問題ない、自由だ!」
「で、これはタイトル競作ですね」
「だからなんだ。作中人物がそんなこと気にするんじゃない」
「自分が作中人物であることを気にする方がどうかと思いますけど。あーあ、もっとのびのびできないものですかねえ」
「はは。のびのび、結構だ。のびのびしてたら評価が厳しくなるな」
「エジプト土産が饅頭ってほうが厳しいと」
「作中にタイトル入れたらダメ!!」
「これもうタイトル競作以外の場じゃなんのこっちゃ作品になっちゃったじゃないですか」
「のびのびしてみた」
「逆選狙いですね」
「ふふふ」
「は」
「出るか」
「ですね。乗り遅れます」
 ドアが開いて、閉まる。遠ざかって行く声がする。
「なあ。なんにする、土産」
「やめてくださいよ。もっと違うこと考えましょうよ。着いたら何食べるか、とか」



 エジプト土産25 作者:溝村狂詩郎

 最近、世界遺産で落書きなどをする輩が多いですよね。自国の恥さらしと言いますか、ある意味、私の両親もやらかしまして。
 父と母はひょっこりと旅行に出かけるのが好きでして、これがまた風変わりな土産ばかり持ち帰ってくるのですよ。
 以前エジプトに行ったのですが——
 「父さん、母さん、久しぶりの海外旅行を楽しんだようで」
 団欒の中、旅行先での土産話に花が咲いた。
 「そりゃもう、精力がみなぎって行った甲斐があったってもんだよ」
 いつになく父のやりきった表情に新鮮味を感じてならない。
 「そう言えば、土産はどうしたの?」
 手ぶらで帰ってきたのが、気になっていたところだった。
 「ちゃんと用意してあるから心配しなくていいよ」
 意味深げに母はそう言って、父と顔を合わせると年甲斐も無く、どこか恥じらいの表情を匂わせていた。
 ——それから半年が経ちまして、土産の事はすっかり忘れていましたよ。そして翌年には二十五歳にして……弟が出来ました。
 父と母がこっそりと用意していたハッピーな土産は、パワースポット仕込みでこれまで以上に風変わりでした。



 エジプト土産26 作者:よもぎ

その包みを開けると、乾いた風が吹き抜けた。
するとあたりはいちめんの砂漠。
ラクダがウインクして「乗っていかない?」というので、さくさくと揺られてゆくと、スフィンクスがニヤニヤ笑って手招きをした。うかうか近づくとヒョイとつままれて、ピラミッドのてっぺんに置き去りにされた。ファラオに「降りろ!電波が届かないじゃないか!」と怒鳴られて、すみませんすみませんとピラミッドを駆け下りる。ナイルのオアシスまで突っ走り、ベリーダンスの姐さんに「ハンメーム?」と尋ねれば、笑って砂漠を指差した。「じゃ行こか」とラクダがいうので、あてもなくはるばると砂漠を越えてゆく。
そして窓の外、東京タワーの明かりが消えた。



 エジプト土産27 作者:銭屋龍一

 確かにピラミッドのミニチュアって、それらしいけどさ。タグがメードインチャイナ、ってなってるから却下だわな。えっ、何? 虹色のピラミッドがきれいだって? ああ、飾るの。いや、別にかまわないよ。飾りたきゃ飾っても文句なんてないさ。うん、うん。きれいだね。
 ワイングラスってのも、今一つピンとこないねぇ。ガラス製品は有名なんだろうけど、イタリアのベネチュアってイメージが強いしさぁ。これもメードインチャイナじゃないの? うん? 違う。本物なのか。だったら大切にするかな。えっ、タイ製かよ。だったらもう意味なしだね。えっ、これも飾る。いや、いいよ。飾りなよ。うん、うん。きれいだよ。
 最後はなんだ。ミイラの呪い入りエキス、ってなんだよこれ。小瓶に色つきの液体が入ってるだけじゃん。あっ、これ、製造番号が書いてある。おお、これこそエジプトで作られてる。いや、すごい。本物だよ。本物。えっ、何? 気味が悪いって。で、どうするのさ。もう一回包んで押し入れに入れとけって。意味ないじゃん、それじゃ。えっ、何? 目につくところに置いとくなって? はい、はい。しまうよ、しまいます。
 これでいいかい?
 でさぁ、君のお兄さんってどこに旅行に行ったんだっけ?