500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第104回:法螺と君との間には


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 法螺と君との間には1 作者:ゆ丸

 こっち、じろじろ、見るなや。俺がノッペラボウやからって、うぜえんだよーん。あー、そうや、そうや、透明人間くん、これ、あげるわ。まあ、遠慮せんと、もってゆき!俺たちが、ノッペラボウでも無く、透明人間でも無かった頃の写真や。分らんかったか?俺は山城孝信。君は仙波明人やろ。懐かしいな。じゃあな、達者でな。
 と、山城くんは、わけのわからない、事を、言い残して、僕の、元を、さって行きまーした。



 法螺と君との間には2 作者:瀬川潮♭

 モーニングはクロワッサン。下弦の月に当たるとラッキーだから。
 イヤリングは右だけ。左に真珠は宇宙意志受信に何ら寄与しないから。
 あ、ヤダ。遅刻する。
 今日は雨だけど、ギリギリセーフ。無事に銀行窓口でお札を受け取り野口英世に似せた宇宙英雄の札を出して、と。福沢諭吉は似てないからダメ。大いなる意志に反するわ。
「これは、使えますか?」
 いらっしゃいませ。あら、宇宙手形。
 でもダメ。貴方、左に真珠のイヤリングをしてるから。
「宇宙意志は転覆して、今は新宇宙意志が統治してるんですよ?」
 だったらその宇宙手形、もう使えないじゃないのよ。
「ここならまだいいかな、と思って」
 ま、いっか。貴方いい男だし。

 モーニングはクロワッサン。上弦の月に当たるとラッキーだから。
 イヤリングは左だけ。右に真珠は新宇宙意志受信に何ら寄与しないから。
 って、え?
 旧宇宙意志が世継ぎを担ぎ出して新宇宙意思に戦線布告? ついでに第3勢力として真宇宙意思が参戦?
「遠い宇宙の話さ」
 そうね。
 貴方を見習って、今日からイヤリングは両方するわ。



 法螺と君との間には3 作者:まつじ

 人類は滅亡する。
 なんて言った予言者の君が、自分の言葉を覆すために幾千の壁を乗り越えてきたか、私だけは知っている。

 なんて言うような君の言葉にも慣れた僕は、その想像力に無限の可能性が秘められている的なことを思いつきで口にしてみたりする。

 のようなことを言う彼が、オオカミが来たぞ、とご近所を叫んでまわるそのうちみんな飽きてくる。

 オオカミを登場させたのは自分ですと言う彼女が話すにはだってあなたが好きだから。

 僕あれで食べられそうになったんだけど。

 ううん、一度ぺろりと丸呑みされて。

 ああ、猟師さんが助けに来てくれたっけ。

 赤いずきんの私もいました。

 そういえば赤ずきんって、本当は緑だったんだよ。

 あなたの鼻がみゅるっと伸びて、私が笑う。

 君、作家になればいいのに。

 じゃああなたは教師。

 やあやあ、世の中は愛と希望で満ち溢れているのだよ。

 先生、私の人生は悔いばかりです。

 フム、人生は後悔と先人は言ったな。

 私、手相が見られるわ。

 わしなど実は君のお父さんでもあるのだよみゅるっ。

 意外とそんな気もするけど手相によると明日は一日中晴れるでしょう。

 という君に、もう殺人的にかわいいなあと僕が言う滅亡予定前夜。



 法螺と君との間には4 作者:松浦上総

 サヨナラ云ったのが、あなたでよかった。なんていうとフラれた女の負け惜しみみたいだけど。あなたのこと守ってあげたいって思ってたから。世の中の汚いもの醜いものぜんぶから、守ってあげたいって思ってたから。だから、傷ついたり泣いたりしたのが、あなたじゃなくてよかった。
 眠る前に、あなたがよく話してくれたでっかい夢の話、大好きだった。夢の内容そのものよりも、それを話すときのあなたの瞳がキラキラしてて、少年みたいで。たとえ世界中のみんなが笑っても、あたしだけは、この人の夢を信じてあげようって思ってた。
 昨夜は、あたしの最後のわがままきいてくれてありがとう。手つないで寝てくれてありがとう。明日から二人別々の場所で眠っても、同じ夢がみられますようにって、あたしが勝手に考えたおまじない。
 この手紙といっしょに、部屋の鍵は新聞受けに入れておくね。でも、この金の卵のキーホルダーだけは、もらっておいても良いかな。ところどころ色が剥げて、かたちもすこし歪んじゃった、あなたとあたしの夢の卵。ずっと孵らない卵かもしれないけど、いつまでも大切に持っていたいから。
 いつかきっとかなうと信じてる、あなたのでっかい夢。今まで、ありがとう。AYA



 法螺と君との間には5 作者:蘇芳

好きな人のリコーダーって、気になる?
あれってさ、好きな奴が口にしたもの、好きな人が発するもの…表現悪いけど、唾液とかついてるから惹かれるんだろうなぁ。
——俺はないよ?第一そんなことしてたってバレたらまず嫌われるだろ。
でもさ、好きな奴と同じ嘘をついてみたいって思ったことはない?
高校のころ違うクラスにさ、すげえかわいい女子がいて。んで、その子に彼氏ができたらしいって噂が広まったんだよ。
それ友達から教えてもらったときに嘘だってわかってたんだけど「あ、それ俺だわ」って便乗しちゃったんだよね。思わず。
そしたらクラスだけじゃなくて学年中に話題になっちゃって…そんなことがあったから今もお付き合いできてるんだけど。
——ああ、なんで嘘って…そいつに仲良しのいとこがいてさ、女なんだけどちょっと顔つきや服装が男っぽいんだよ。しょっちゅう一緒に買い物行ってるから、デートしてるみたいに見られたんだろうなぁ。音ゲーとかカラオケとか、ほんと仲良さそうに見えて羨ましかったよ。まぁ、今は俺が代わりに付き添ってるんだけどね。
——いや、これも嘘。



 法螺と君との間には6 作者:昴

「一生涯あなただけを愛します。」なんて、流れる時間が大法螺に変換してしまうかもしれない。法螺と君との間には何が潜んでいるだろう。

I love you. いいや、そんな美しいものではない。

Love me like I love you. そこから始まる恋なのだろうか。

僕はただ、野に咲く花を愛でるようにあなたを愛していたい。
僕はただ、野に咲く花のように一途に命を生きていたいだけ。
そう、可憐なあの花々は他の花を参考にしないから。



 法螺と君との間には7 作者:紫咲

 飲み会で知ったゼウスは僕の友達だ。彼は嘘つきであり、人が嘘をつくのと同じ割合で、本当のことを言う。
「俺は神だ」「だろうね」僕は相槌を打つ。
「太陽も月も株価も、俺が動かしている」「君がいないと世界が回らないね」僕は微笑む。
「世界中の人を幸せにしたい」「君だったらできるよ」僕は励ます。
「俺はモテたい」「十分モテてるじゃないか」僕はうらやんでみる。
「俺、Mなんだ」「Sの相手が見つかるといいね」僕は酒を飲む。
 オリンポスから遠く離れて、今日も友達の儀式が行われる。



 法螺と君との間には8 作者:よもぎ

 ほら、のぞいてごらん。水の底には、カトの国があるんだよ。僕はね、あの国に行った事があるんだ。子供の頃、今の君と同じように水の底をのぞいていたらね。水が渦をまいて目が回って、気がつくと僕はカトの国にいたんだ。カトの人達は、踊ることが大好き。踊りながら野菜を買ったり、踊りながらかけっこをしたり、踊りながら交通整理をしたり。いつでもどこでもみんなが踊っているんだ。食べることも大好き。大人も子供もなんでもよく食べる。僕も食べて踊ってまた食べて。楽しかったなあ。「大食いダンス大会」なんていうのもあってね。広場に山盛りの料理が並んで、誰が一番たくさん食べて、ずっと踊っていられるか、競争したりしたんだ。うん、僕も参加したよ。どうだったと思う?もちろん、優勝さ。はっはっは。なーんてね。僕もがんばったけど、すぐにお腹がいっぱい、足がヨレヨレでノックアウト。それで目が覚めたら、僕は元の場所に戻っていたんだ。
 君もいつか行けるかもね。
 そう言って、パパはカトの踊りをやってみせてくれた。



 法螺と君との間には9 作者:JUNC

「だから、角が生えてたの。2軒隣りのおじいちゃんの頭」
とびきりのハイテンションの君は、またおかしなことを言う。
「あたし、みたんだから」
「どんな角」
「えっとねぇ…」
落ちかかったテンションを持ち直し、
どっからかビームでも出してそうな勢いでしゃべってる。
楽しそうだから、いいか。許す。
2軒隣りのおじいちゃん、角生えていても。
隣りの犬のしっぽが2本に増えていても。
公園の柿の木にバナナがなっていても。
これからも僕の目が見えなくても。



 法螺と君との間には10 作者:三里アキラ

 いざ行かん、姫君を奪い返しに。我等が主君の大事な人を奪い返しに。南蛮の紅い花を掲げて奪い返しに。いざ。



 法螺と君との間には11 作者:脳内亭

 ひざを抱えて歩いてる。と、言ったら「嘘つき」と笑われた。
 ひざを抱えて歩いてみせる。



 法螺と君との間には12 作者:遊具

君はとても、綺麗な手をしていた。
もう細かな顔のディテールなんて忘れてしまっていたというのに、何故だか、その手の細く長い指だけは忘れられなかった。
手首がか細くて、不安になる。
握りしめたら簡単に手折れそうで、いつも少し緩く握っていた。

会うたび君がせがんだのは僕の突拍子もない法螺話で・・
そう、それは例えばもも太郎が実はきび団子をせしめる詐欺師だったり、本当は僕は秘密機関のスパイなんだ・・なんてね。
外に満足に出られない君は、幼い好奇心を僕の話でせっせと満たしていたんだ。
僕のどうしようもない法螺話を、君はいつもその手で、指で、優しく口を隠し笑いながら聞いていた。

さて、それから幾年月。
久しぶりの君に、今こうやって会えたのだけど。
もう一度会いたいと願い続けてきた君にこうやって、会えたのだけど。
さあ、どうしたものか。喜ばせたいのに、法螺話が出てこない。
あぁ、それより、だって、なんで、嘘だろ?
悪い夢なら、覚めてくれ。悪い夢なら、どうか。

「ああ、ひさしぶりー!」

大きな丸太のような手を無造作に振り回す彼女。
幼いあの美しい日は、手は、僕の記憶が作り出した法螺話だとでもいうのか。
あぁ、なんの悪いジョークだろう。



 法螺と君との間には13 作者:つとむュー

「君はなぜ、オオカミが出たなんて言ったんだ?」
「……」
「黙ってないで何か言いなさいよ」
「……」
「じゃあ、まず名前を聞かせてもらおうか」
「……」
「君、言葉がわからないの?」
「ちょっと待て。きっとこの少年は名前を知られたくないんだ」
「知られちゃマズイのね」
「そうだ。両親にバレるとこっぴどく叱られるからな」
「違ぇよ」
「なんだ、しゃべれるじゃないの。ははーん、両親に叱られてその憂さ晴らしでやったとか?」
「だから、違ぇって言ってんだろ」
「いや、学校で女の子にフラれたんだよ。その腹いせに違いない」
「違ぇよ。何の権利があって俺のプライベートに首突っ込むんだよ? というか何で俺はオオカミに尋問されなきゃならねえんだ?」
「違うぞ、少年」
「そうよ。私達、オオカミに似てるけどコヨーテなの」
「どっちも同じじゃねえか。どうせ羊を襲うんだろ?」
「それも違う。食べるだけだ」
「そうよ、君達も食べるでしょ?」
「ほらみろ。おーい、オオカミが出たぞ! みんな逃げろ!」
「こら、待て。名前を間違えるな!」
「ああ、行っちゃった。私達もまだマイナーね」
「いや、あの少年が『コヨーテが出たぞ』って叫んでくれれば一気に……」



 法螺と君との間には14 作者:大鴨居ひよこ

ほら!これがキミ宛てに来たオオカミからの請求書だ。
「出動数 201回 合計20万1000円也」



 法螺と君との間には15 作者:不狼児

「同情するなら金をくれ」とさも被災地から来ましたという体で訴える少女。多数。銀座にも。公募文学賞偽装でボロ儲けした出版社の前にも。どうやら女装した少年もいるらしい。僕はユニセフの嘘つき大使になる。「子供たちを救う」と言って集めた金で夜遊びするんだ。社員の洗脳と宣伝工作に金をつぎ込んで原発の安全対策をなおざりにした東京電力の正体をずっと前から知っていた、と彼は言い張る。僕たちはこの世界に生まれる前から殺されていたんだ。あいつらが金を儲けるために。
 少年は三界に家なき老人と野良犬と水子のブルースを歌う。
「神さまはいるよ。だから大丈夫。ぜったい」と言って少女は笑い、安達ヶ原の鬼婆のようにキラリと光る刃を研ぐ。
 ホラ法螺ホラーここにもいるよ。手つなぎ詐欺の一党が。皇居前にも。渋谷にも。「日本は凄い。日本人は素晴らしい。一人ではできないことでも皆んなが力を合わせれば、なんでもできる」
 人の心につけこむような愁嘆場。ビデオ・イン・ア・ヘルも大安売りだ。
 新宿御苑で。希望の空に触覚を伸ばし、無数のそれらを絡みあわせて、ナメクジ星人は涙の雨にぬれ溶ける。涙の海にとけあって、我等一つになれるはず。
「さあさ、タダ働きしようよ」
 笑って暮らしていけるなら、僕はもっとバカになる。



 法螺と君との間には16 作者:空虹桜

 今日も冷たい雨が降る。亜寒帯だから仕方ないのだけど。
 曇った窓を流れる水滴みたいに、小さな嘘とかすれ違いとか誤解とか、重なってしまったね。
 愛はまだここにいるよ。なんて孤独につけこむような言い訳は狡いとわかっているし、引き止めようとしたって振り払われるだろう。
 笑ってくれるなら、悪にでもなんでもなれると思っていたんだ。哀しませるつもりなんてなかったのに……

 って、ああしんど。ガラじゃねえ文体なんぞ使っちやいけねえな。そもそも作風が違う。作風が。いくら嘘書いておいくら万円の稼業だからって、テメエの肩ばっかり凝らせてたらマッサージ代もバカにならねえってもんだ。
 てやんでえ。月夜は素直になりすぎていけねえ。
 なあ、おまえ。



 法螺と君との間には17 作者:砂場

 さらさらとした砂は、グラニュー糖のようであり、グラニュー糖のようでなかった。それならブラウンシュガーに似ているのかといえば、全然似ていない。波がこんなに洗っているのに、溶けもしない。海に溶けているのは、塩であるし、砂糖が溶けているのが海であるのなら、海は違った色になったのではないか。何色だろう。コーヒー色、いや、せめて紅茶色。錆みたいかな。コーヒー色の方がいいかもしれない。夜の海。白い泡。混ざらない、コーヒーと砂糖とミルク。
 連日で来た海は、家から近くない。徒歩一時間半。行きの一時間半と帰りの一時間半の間の三十分を、私は波打ち際で、ほんの足元のところばかりを見てじっとして過ごす。ほうら、海の端っこだ。波は行って帰って行って帰って砂を大雑把に繰り返し洗う。君は砂地をふんふんと歩きまわりだし、私はふんふんと波と砂を見ている。
 今日もまた、君はもっていたボールを投げてよこす。波は行ったり来たり行ったり来たり。それともやって来ては消えていきやって来ては消えていき、だろうか。私は、諦めてボールを取りに来た君の頭に、そばにあった空っぽの貝をちょんと載せた。
「似合う似合う」
 君は動いて、小さな渦巻の貝を落とした。手を差し出すと、ボールをのせてくれる。「ほらっ」
 ボールはあまり飛ばず、君は追いかる。波はやって来ては引いていく。
「帰ろうか」
 立ち上がって砂を払った。君はやって来て、ボールをよこした。投げると、思いのほか飛んだ。今日は日曜日だった。



 法螺と君との間には18 作者:たなかなつみ

 やって来る。少しずつ、音が近づいてくる。
 カーテンの隙間から窓の外を覗く。鎧で身をかため法螺を口にした巨大な人型が、空遠くから、風の上を飛ぶように歩いてくるのが見える。運んでくるのは、凶兆か、吉兆か。
 ベッドの上で紅い顔をして、苦しげな息をして寝ている子の頬は、熱い。
 子が充血した目を薄く開く。あれはぼくを呼んでるの? 耳障りな呼気の合間、小さな声がそう問う。では、この子にも聞こえたのか。常人には聞こえるはずのない法螺の音。
 大音声が耳に響く。法螺を吹く人型が、いま、屋根の上を渡った。空気が張り詰める。
 法螺の音が頂点に達した。そして、少しずつ、遠ざかる。去っていく。
 子は不安そうな目を閉じ、やがて穏やかな寝息を立て始めた。
 遠くに聞こえる法螺の音は、もはや小さい。今夜、何人の子があれに連れて行かれたのか、知る術はない。
 目の前の子は健やかに眠っている。遠ざかる法螺の音を子守歌に、優しい夢のなかにいる。朝には熱も下がるだろう。良い夢を。



 法螺と君との間には19 作者:永子

 君は飛べる。

 外見は多少似ていても、巻貝と君との間には隔たりがある。進化上の大きな隔たりだ。巻貝などは大きくなってもせいぜいが法螺だ。
 君は殻に多くの空室を持っている。太古の昔、君はその中の気体や液体を調節して水の上に浮かんだり沈んだりしていた。地上を闊歩していた。
 だが白亜紀を最後に新生代以降の地層から君の化石は出ない。人々は君を、その身を無用に複雑化させ滅んでいった種族であるという。
 違う。君は生存の次元を空へと移したのだ。
 君は試行錯誤を重ね、殻の空室に詰める気体液体を工夫して飛行力を手に入れたのだ。私は人々に君の真の姿を理解させたいのだ。エベレスト上空で頻繁に見られる飛行物体がアンモナイト形をしているという情報はNASAでも極秘になっている。しかし私が必ず明らかにしてみせる。

 誓って言うがこれは本当の話である。



 法螺と君との間には20 作者:もち

 扉を開けると、何かにぶつかった手応えがあった。
 見ればみごとな法螺がごろんと転がっていた。郵便物とは到底思えなかったが、そうであってもなくても邪魔なことにかわりはないので家に入れてやり、車に乗る。道に出ると道端にうっすらと法螺が積もっていて、さすがにこれは妙だと思う。大通りは何が何だかもはやわからず、つまり法螺で埋まってしまっていた。諦めて裏道を通ろうと地図を探すが助手席にはいつのまにか法螺がどっしりと鎮座しており、やむなくあてずっぽうに進むうちに法螺が降ってきた。
 既に約束の時刻を大きく回っていた。走っているうちに道には法螺が積もっていき、もはや街に人の姿は見えない。窓ガラスはあっさりと割れ、法螺が吹き込んでくる。外は嵐だった。
 その中心に、ほとんど法螺に埋もれた君が見えた。気がした。



 法螺と君との間には21 作者:はやみかつとし

 自己矛盾を内包した命題がここに転がされている。君の視野一杯を塞ぐほど巨大なそれは視認できるような構造を持たないばかりか、透過性も全くない。かといって身動きもとれない君は、残念ながらそれに遮られずに世界を望むことができない。
 この向こうには何があるのだろう。仕方なく、君は世界を創造する。圧倒的な遮蔽物の取りつく島もない表面に、極彩色の地図を描き、注釈の旗を立てる。やがて想像力の駆動を必要としなくなり、連鎖的自己増殖を始めた君の世界を眺めながら、ふと君は気づく。この向こうの世界と目の前のこれとは、きっと似たようなものなのだ。命題の向こうにある世界も同様に気紛れで、恣意的で、創造主の手に負えない自律運動系として勝手気ままに展開し、それでいて矛盾や不整合をものともせずのさばっているのだ。
 そこで君は、透過性も構造もないそれに手を突っ込み、鷲掴みにして引きちぎる。不定形に空いた穴の向こうに見えるのは、やはり掴みどころのない壁——命題は命題の命題乗によって命題たり得ているのだ。君はさらにそれを引きちぎり、ふざけきった世界をその手触り手応えによってのみ辛うじて知覚する。あたかも「認識」を認識するかのように。



 法螺と君との間には22 作者:koro

 月夜の晩、海辺で僕はスッポンと戯れそして歌っていた。いや、正しくはスッポンに足首を噛まれ呻いていたのだけれど。こうなってしまったのは、自分の過ちだから仕方がない。でも、夜がいっこうに明けないのが恐ろしくて仕方がなかった。途方に暮れていると、何かが手に触れた。月の光にかざずと浜辺に打ち上げられた大きな貝殻であった。
「ちょっと大げさにね。面白おかしく話すのが好きだったんだよ」
 妙齢の女性の声が聞こえてきた。
「みんなが期待するからさ。だから、それなのにこのザマはないだろ」
 貝殻からである。それを耳にあてると、確かに中から呟きが聞こえてきた。私は思わず、その貝の穴に話しかけた。
「前世は人間だったのですか?」
 貝はしばらく口を閉じていたが、波が寄せては返すを何度か繰り返しているうちに、ようやく答えが返ってきた。
「人間には、もうなりたくなんかない」
 そうですか、そうですよね。何となく、そんな風にしか言葉が返せなかった。
「夜は、もう明けない。朝は、もう来ないんだ」
 貝は、そのあと一言も発することはなかった。
 月も星も美しいのだから、それでいいのかもしれない。それで、いいのだ。