スイーツ・プリーズ1 作者:カー・イーブン
配達に来たのは蜂で、差出人はどこか遠い街のだれか知らない名前だが宛名はたしかに僕である。
ほとんど絶望していたのだ。社会は甘くなかった。水なしではとても飲み込めなかった。おしるこに塩を入れるみたいに、甘くなさを引き立てるためのほんのわずかな甘みが隠されているのではないかと舌を澄ませてみたけれど、どうやら辛いのと苦いのとしょっぱいのと、とにかく甘さ以外の味しかしない。
きっと僕が植えたザッハトルテが一度も実をつけたことがないせいだ。父のエクレアは父が十五の年から亡くなるまで毎年、甘すぎない上品な甘さのエクレアを食べきれないほど実らせたというのに。
「ザッハトルテはエクレアより時間がかかるから」と母は言ってくれる。「まだエクレアが残っているのだし」
だからといっていつまでも甘えるわけにはいかない。いつか僕も遠くの街に住む僕に花粉を届けられるようになりたいと僕は思う、蜂に渡す蜜を探しながら。
スイーツ・プリーズ2 作者:遊具。
恋やら愛やらは深まるものではない、
沸騰するものだ。
そして、煮詰まって、焦がれて、焦がして。
・・・うん、調度カラメルのような塩梅かもしれない。
だから、
貴女から私に、スイーツ・プリーズ。
スイーツ・プリーズ3 作者:キュウ
見つめあったまま一体何秒の時が過ぎただろう。
高校生くらいのカップルが微笑み合い二人だけの世界を作り上げる。
ここは街中のファーストフード店。
「俺、お前のこと大好きだよ。」
「私の方がもっとアンタのこと大好きだもん。」
「いや、俺の方がもっともっとお前のこと大好きだ。」
「そんなことないもん、私の方がもっともっともーっと大好きだもん。」
彼女の膨らませた頬を彼氏が突っつく。
噴き出す二人、笑いながら大好きって軽くキス。
ここは駅前の不動産屋の前。
「結婚したらこんな家に住みたくない?」
「すぐアンタはそんなこと言うんだから〓。私、アンタと一緒にいれるだけでとっても幸せなんだよ?だからそんないいとこじゃなくていいの。ほら、子供が産まれてもこの家くらいでちょうどいいじゃない。」
「子供は2人は欲しいって言ってたじゃん。じゃあやっぱりこれくらいは必要だって。」
「・・・じゃあちゃんと養ってよね?」
返事の代わりに軽くキス。
ここは駅のホーム。
「もうすぐ電車きちゃうな・・・。」
「寂しい、私離れたくない。」
「明日も学校だろ?帰らないと怒られるのはお前なんだから、我慢して今日は帰れよ。明日も会えるだろ?」
「・・・うん、帰ったら電話していい?」
「うん、待ってる。あ、電車。気をつけて帰れよな。」
「ありがとう、愛してる」
人目をはばからず抱き合って少し長めのキス。
スイーツ・プリーズ4 作者:瀬川潮♭
風邪は人にうつせば治る、という風潮が絶対的に支配する町を観光で訪れた。友人から止められたがオレ様は一度決めたら絶対に引かない性格。初心貫徹だ。「やっぱりやめようかな」とかいう甘っちょろい考えなんて持たないぜ。
そんなオレ様でも後悔することはあるが、ひるまねぇ。たとえ住民全員がマスクもせずにごほごほ咳をしている様子を見ようがな。そもそも風邪を引くのは小賢しいからだ。風邪引くのがいやならバカになりやがれ。
そんなオレ様でもひるむこともあるが、後悔はしねぇ。たとえ町のどの食いもの屋を覗いてもチゲやカレーや激辛パスタや激辛うどんとかしかなくてもな。「体が温まって風邪にいいから」って言うが、主張と違うだろ。
そんな辛口のオレ様でも、たまに甘いモンは食いたくなる。
だが、なんでどの甘味屋も苺キムチのショートケーキとかキムチぜんざいとかキムチたいやきとかしかねぇんだ?
「では、この激甘ソースをかけて召し上がってください」
おい、店員。これ、激辛タバスコだろ。どこが激甘だ。
「味覚が麻痺してそりゃもう夢見るくらいに‥‥」
ごほごほうっとりするメイド服店員。
無論、オレ様は引かねぇ。
スイーツ・プリーズ5 作者:ぶた仙
目覚まし代わりのラジオが鳴った。
「想定外の……」
最悪の可能性から目を背けるなんて、ダチョウと同じ。……それは私もか。
冷蔵庫に入っていた残りのチーズケーキを手づかみで食べる。
近所の奥さんたちのティータイム。
「一年分買っちゃった……」
買いだめも風評被害も、自分の頭で考えないから起こるのよね。
でも、考え過ぎると気分が悪くなる。思わずプリンとアップルパイを追加注文。
新聞の見出しが目に入る。
「積算量は……」
データがないからって過去は無視するのね。
じゃあ、昨日空にした饅頭のカロリーも積算しなくて良いんだ。
耳が勝手にテレビの音声を拾う。
「パニックを避けるため……」
男の隠しごとって、言い訳はいつもこれ。要するに騙したんでしょ。
チョコレートを衝動買いする。
パソコン画面に文字が踊る。
「濃縮・蓄積はほとんどなく……」
コンセントを抜いた。
甘い。甘すぎ。高濃度の甘さは、もううんざりよ。
私は変わる。
不要な過去を全部消した携帯に、着信が一通。
「現地はまだまだ大変だ……」
こんな時だからこそと、危険を顧みずに出かけたあの人。
無事に帰って来てね。今度は素直に食べられてあげるから。
スイーツ・プリーズ6 作者:永子
どんなにたくさんことばを並べてお腹いっぱいにしても
甘いものは別腹。
で。
かんじんのひとことは?
スイーツ・プリーズ7 作者:よもぎ
暗い森を甘い香りに誘われて歩いていると、ぽっかりと開けた広場にロケットが立っていた。
ロケットからバニラの香りがするので中に入ると、そこはキッチンのようだった。
『ウッデューライカッポブティ?』とロケットがアナウンスしてくる。
そうね、お茶でも飲みましょうとコンロのスイッチをひねったら、ロケットが発射してしまった。
わあ、どうしよう。
けれど燃焼系から小麦粉バター牛乳お砂糖たまごの混合液が焼けるいい匂いがしてくるので、とにかくお茶でも飲むことにした。
格納庫にオレンジペコがあった。
お湯が沸いた。
ポットとカップを温めた。
紅茶をいれた。
えーと、あとは・・・と思っていたら、ロケットがどこかの星に到着した。
デッキに出てみると、星の人たちが手を差し出して「スイーツ・プリーズ!」「スイーツ・プリーズ!」と言う。
はて、どうしたものか。
すると、ロケットが外へ向かって『スイーツ・プリーズ』とアナウンスした。
そのとたん星の人たちはロケットに群がって、あっという間に食べてしまった。
私は湯気のたつカップを持ったまま。
スイーツ・プリーズ8 作者:砂場
「お団子じゃなくて、イチゴパフェがいいな」と、ある日まんまるお月様。
「えっ」
月明かりの下、お月見をするともなくしていた、それぞれが驚いた。「似合わないよ」と、愕然とした。
それは餅つき兎の、腹話術だったわけだけれども。
ある日十六夜お月様。
「私はおかきが食べたいな。たまには酒でも飲みながら」いつもほろ酔いお月様。ゆらゆら昇るから、見た目は満月。
「たとえばお団子を、突き刺して」と、ある日三日月お月様。自分のとんがった先指して物騒なことを言う。「練乳たっぷりかけたいな。おいしそうじゃないか」
草の陰から、コオロギたちが、眉をひそめる。「邪道だ」
「半月さんは何がいい?」と、ある日一番星が聞いたなら、「金平糖」と、見つめ返してお月様。夜に輝く金平糖と恋明かり、と明かりを消した方の半月さんの思い出話。「そこのおっきな青い飴玉は、昔なめたら塩飴だった」
この日、新月お月様。
「コウコウ照ってるコンビニの、バナナキャラメルプリンシューチョコアイス、食っべたいな」
食っべたいな。
と、小声で歌う彼女は、窓辺に置かれたカップ入りのお菓子を睨んでいる。
「ねえ、もう食べちゃったら? 食べないなら冷蔵庫入れるとか」
睨んでいるのはもしかしてお菓子でなく、お月様かな。
彼女はじっとしたまま。
スイーツ・プリーズ9 作者:つとむュー
飛行機が成田を離陸してしばらくすると、客室乗務員のごっついお姉さんがやってきた。
「ティー オア コーヒー?」
俺は隣のかみさんをつつく。
(おい、何て言ってんだ?)
(紅茶かコーヒーかどっちがいいのかって聞いてんのよ)
(コーヒーだよ。思いっきり甘いやつな)
(だったらコーヒーって言いなさいよ)
(えっ、俺がか?)
(当たり前じゃないの)
(き、緊張するぜ……)
「コ、コーヒー」
すると、お姉さんは俺に聞き返す。
「クリーム アンド シュガー?」
(おい、クリームって何だ? アイスクリームのことか?)
(バカ言ってんじゃないよ、ミルクのことよ)
(おお、それは必要だ。ブラックじゃ飲めねえからな)
(だったらクリームって言いなさいよ)
(俺がか?)
(もう何度も言わせないで)
「ク、クリーム」
すると、お姉さんはイライラしながらまた聞いてきた。
「ノー シュガー?」
(おい、今度は何て言ってんだ?)
(砂糖なしでいいのかって聞いてんのよ)
(ダメだよ、砂糖は必要だ)
(だったらダメだって言いなさいよ)
(お、俺がか?)
(そうよ、ぐずぐずしないで!)
「ダ、ダメ」
「オーケー」
やっと決まったかという顔でお姉さんがニコリと笑った。
スイーツ・プリーズ10 作者:ゆ丸
渦・渦・渦・渦・渦・渦・渦・渦・渦・渦・渦・・・グルグル・グルグル・グルグル・グルグル・グルグル・・・(轟音・轟音・轟音)この渦に入り口はあるのか?この渦に出口はあるのか?なんでこんな渦の中に巻き込まれてしもたんやろう?この渦の始まりの記憶がどうしてないんやろう?この渦は終わるんやろうか?終わるな!終わるな!渦よ終わるな!終われば消えてしまう!いや・・・消えるべきか?渦が何かも解からずに、渦を解明できずに消えたくは無い!消えるまでに渦の正体を解明してやる!シューン。その時轟音は収まった。ボールの中でホイップが出来上がったのである。
スイーツ・プリーズ11 作者:空虹桜
「ねぇ、なんか甘いのちょーだい」
気怠そうにカオリは言う。
「“チョコ”は無いぞ」
カオリを見ずに俺は答えた。ガサ入れの噂がある。「カモに餌を与えてたから捕まった」なんて、指だけじゃ済まない。
「甘けりゃなんでもいいよ」
重たい匂いが鼻腔をくすぐる。薄暗い室内で、カオリの声がする方だけ、なんだか明るい。ふと、サイドバックのポケットを思い出す。
「こんなんで良けりゃ、くれてやる」
いつだったか馬鹿な女からもらった、ラムネを3粒。後ろ手で手渡す。
「あは。ありがとう」
ラムネを寄越した女は、たしか、ミイラみたいな姿で事切れていたのを発見された。もちろん、俺は見ていない。
「甘くておいしい」
すべてサイドバックに納めると、外へ出た。そういえば、カオリの顔を一度も見ていない。数瞬の思考は、すぐに忘れた。
ただ、そう。今度会ったらチョコレートぐらい供えてやろう。
スイーツ・プリーズ12 作者:まつじ
扉を開くと、乾いた音の鐘が鳴る。穏やかで愛想のよい給仕が、若干気取ったふうに私を席に案内する。
無臭?
まさか砂糖の消費が制限される日が来るとは私も妻も、この給仕も思わなかっただろう。今ではすっかり高級食材、高級料理である。給仕が丁寧な仕草でメニューを寄越して、一旦、テーブルを離れる。異国で独り、妻と子の笑顔を回想する。少し古くて厳つい木製のテーブルが回想を繋ぐ。せめて一度食べさせてやりたかった。妻と子が笑うのを空想する。あちらでグラスに落とされた氷が軽く音を立てる。金などない。言葉も分からない。
背広の内側に拳銃の重みがある。
少し古くて厳つい木製のテーブルが、回想と空想を呼ぶ。給仕が近付く。私の右手は滑るように動いただろう。私は立ち上がって叫ぶ。人質になる給仕が持っていた盆から落ちたグラスがもうすぐ砕ける。
スイーツ・プリーズ13 作者:脳内亭
マザー・ファッカー!!
スイーツ・プリーズ14 作者:紫咲
「天使で行こう」私が頬杖をつくと、企画マンが目を血走らせて議論をはじめる。「天使なんていない」「それは心の中にだけ」「誰かから誰かを見た時に」「現れるそうです」「現れさせろ」私が鼻毛を抜きとると、製造マンが汗だくで働く。キングサイズのカプセルが完成する。中へ実験マンを押しこみ、蓋を閉じて密封する。五感を駆りたてる液体を注入し、電流を流し、刺激で欲望を発芽させる。私はテノールで言う。「俺とともに唱えろ。向上心と自尊心と他尊心がゼロ」イエスマンどもが復唱する。「ゼロ」実験マンだった肉の残骸が、私の膝にすがりつく。蕩けている。「俺は何だ?」「天使です」「天使に似ているだけじゃないのか?」「いえ、本物の天使です」誰かに肯く。「給料はいるか?」「結構です」「おまえの需要は?」「死です」「素晴らしい」私と椅子が自転して、人間の列を見据える。「次、おまえ」
スイーツ・プリーズ15 作者:koro
湯ぶねにプカプカ浮いている時、ぼんやりと里佳子は思った。ああ、私の人生には甘さが足りないなぁ、と。早速、風呂あがり。濡れた髪の毛にバニラエッセンスをコロン代わりにつける。すると次の日、片思いであった山崎君に呼び出され告白を受けた。山崎君は、大胆にも里佳子を抱きしめる。その時、甘い香りがふわり。うん、これは良いと味をしめた里佳子。次の日、リップにココアパウダーを少し混ぜて薬指で唇をなぞる。すると、下校中に山崎君にその唇を奪われた。味わうようにキスをする。その日の夜、里佳子は、なんだか甘いだけでは満足できなくなり、歯磨き粉にミントパウダーを混ぜた。あくる日、山崎君にフラれた。まさかの展開。だけど、里佳子はどこかスッキリしていた。鼻にツンときた気もするけど、風が心地よい。その晩、里佳子はシャワーを浴びて、裸のまま布団にダイビング。ベージュの毛布に包まれクレープになる。そういえば子供の頃、ケーキ屋さんじゃなくてケーキになりたいって言っていたことを思い出しクスクス笑う。今さらだけど、私って甘いもの好きだったっけ? まぁ、どちらでもいいか、とアバウトな里佳子は思う。フワフワ��布でゆっくり、おやすみなさい。
スイーツ・プリーズ16 作者:三里アキラ
同い年なんだからわたしがちょっと童顔だからって子供扱いしないで。「オレのが年上じゃん?」ってたった一ヶ月しか変わらないじゃない。い・っ・か・げ・つ! どっちが子供よ。子供の理論よ。
わたしの部屋に来るときいつもケーキ持ってるけど、わたし甘いのあんまり好きじゃないって言ってるでしょう? 食べるけどさ。「ぷにぷにしてきたね」って笑ったりなんかして、ケーキのせいなんだからね? 「食べてる顔、幸せそうだなあ」ってそれはケーキのせいじゃなくて! もうちょっと思いやりのある言葉とかさ、どうなのよ。優しくしなさいよ! 長いこと、たとえば「好きだよ」とか言ってもらってないんですけど。たまにでいいから言って欲しいんですけど。浮気でもしてやろうかしら。しないけど。ホントなんでこんな男にニヤニヤしなきゃいけないのか自分で納得いかないよ。
年上気取りでわたしのこと好きに扱うけど、わたしがいつまでもただ従ってると思ったら大間違いなんだからね。毎晩苦いの飲ませてさ、えっと、その、イヤ・・・じゃないんだけどさ、それよりも、それよりもさ、そのショートケーキ食べたまんまのクチビル、こっちに向けてきなさいよ、ねえ!
スイーツ・プリーズ17 作者:松浦上総
「バカッ」
屋上のフェンスに手をかけたとき背中から声がした。振り返ると幼なじみの菜穂がいた。菜穂は両目に涙をいっぱいためて、ひたすらバカを連発している。
「バカバカバカバカバカーッ! 男に捨てられたくらいで死ぬなんてバカだよ。アンタって昔からいつもそう、やせ我慢ばっかりしちゃって。痛いときは泣かなきゃダメだよ。アンタの心がズタズタに傷ついてボロボロの布切れになったって、アタシが何度でも何十回でも繕ってあげるから。いつか、二人おばあちゃんになったとき、縁側で日向ぼっこする座布団に縫い直してあげるから。だから、生きててよ。バカで愚図で弱虫のままでいいから、アタシのそばでちゃんと生きててよ!」
菜穂は一息に言い終えると盛大に泣き出した。私も菜穂にすがって泣いた。私たちはわんわん泣き続けた。
「こんなに泣いたの何年ぶりだろ? おなかすいちゃった。なんか甘いもの食べに行こうよ、アンタのおごりで」
「いいよ。こんな時間だからファミレスくらいしかないけど。でも、泣いたあとに甘いものなんて幼稚園レベルだね」
菜穂は照れくさそうに笑った。そうだ、私たちはあの頃と何も変わってない。ただ、ほんのすこし、笑い方が上手くなった分、泣き方が下手になっただけなのだ。
スイーツ・プリーズ18 作者:オギ
宝の持ち腐れとでもいおうか、根っからの辛党である君は、行く先々でやたらとお菓子をもらう。
残業が長引いてフロアに人気がなくなると、君はたまに作業中の俺の口へ、それらのお菓子を押し込んでくる。
同期の気安さ、そこには何のときめきもないが照れもない。無造作なようでちゃんとタイミングを見計らった少し強引な指先を、実はわりと気に入っている。
しかしバレンタインチョコとなると、君も扱いに悩むらしい。それが出てきたのは数日後だった。
えらく神妙な顔で差し出されたチョコは、つやつやといかにも高そうで、いつもの調子でくわえたとたんぱきっと砕け、中から液体が零れでた。
君は驚いた顔でかけらを受け止め、指で俺の口許を拭った。
「酒?」
濡れた指先をちろり舐め、チョコのかけらを自分の口にに放り込む。甘い、と眉をよせた。
口に残ったチョコを噛んでみる。苦めのチョコに、洋酒の香りとじゃりじゃりとした砂糖の結晶。甘い。チョコが苦い分なおさらに。
ふっと笑った俺に、君は箱ごと残りのチョコを押しつける。なぜか少し泣きそうな顔をする。
スイーツ・プリーズ19 作者:はやみかつとし
干からびるほど長い午後のあいだずっと、ぼくは点々と散らばったまま「おねいちゃん」のことを考えていた。
おねいちゃんは優しかったから、《この世のすべてのかなしみや痛みからきみを守ってあげる》なんて決して言わなかったし、しなかった。だからぼくは、美しいもののためならすべてを擲ってもいいと誓った。適当に折り合いをつけたお付き合いの中に埋没することを拒み、あちこちに向かって引き裂かれながらも、世界にしがみついてきた。その、引っ掛けた指の先と、踏みしだかれたくるぶしと、潰れた腰、それがぼくだ。
その指が今、渇望していた最も甘美なるものに届いている。力を込めて手繰り寄せる。五感のすべてで味わう。何も感じなくなるほどの激痛もその前には消し飛んでしまう、世界の甘い誘惑。 苦痛に重ね書きされる官能。
時がとまる。永遠が、舌の上に、耳の奥にひろがる。折り畳まれて一瞬の中に閉じ込められた時が展開され、ぼくはそのときだけ永遠に生きる。生きている——灼けつくような恍惚に咽びながら、これは「賜物」だ、と覚る。これを創った人は、創らせたもうた人は、きっと天使だ。悪魔だ。おねいちゃんのように。
スイーツ・プリーズ20 作者:不狼児
皿は鏡。映っているのは美味しそうなあなたの目玉。夜遅く草臥れて帰った時でもこの目玉に見つめ返されると、脳内物質が分泌して、幸せな気分になれる。