500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第110回:K


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 K1 作者:不狼児

「わたしの犬は左曲がり」の獣姦アイドルに対して、「うごかないで、お願いだから」と歌う七才の娼婦アイドル。乱交アイドルは「ひとりじゃないの」と十数人のバックダンサー相手にパフォーマンス。アイドルは様々。ある意味命がけだ。いや命がけの行為がアイドルを造るのかもしれない。ゴールデン・サーフ・スペシャルはいつもビキニで海に出てサーフィンしながら歌っていたが、ビッグウェーヴに乗りそこねて全員が死亡。海からとびだす一本脚がラストショットになった。現在人気絶頂のAK-48は素っ裸で自動小銃を乱射する現役テロリストの少女たちだ。顔を隠したスタイル抜群の肉体と布の陰から一瞬覗く美しい眼差しが人気の秘密。メンバーは自爆テロの度に入れ替わる。すべては交換可能で行為が命。なら人間でなくとも構わんのでは、と考えるプロダクションがあっても不思議はない。元々男性アイドルは女性が判別しやすいフェロモン以外は見た目は猿と変りない。表象能力に乏しい女の感受性とアイドルに託して観念を愛でる男の場合では基準が違う。唯一人間ではない女性アイドルKは遺伝子操作されたチンパンジーだった。発情した性器をむきだしに踊る下品な姿は絢爛たる観念の衣装と相まって、一時期観客を熱狂させた。男はわりと抵抗なく獣と交われる。女性とは反対に現物を認識する能力がないのだ。Kは人間の子を身籠って引退した。



 K2 作者:つとむュー

「あれっ? お兄ちゃんのAの女が居ないっ!」
「Aの女ってなんだよ?」
「Oい人のOとよ!」
「ますます不明だよ」
「つまり、フィアンセよ」
「えっ、お兄ちゃんのフィアンセって『D』だったのでは?」
「それは、左のお兄ちゃんでしょ!?」
「じゃあ、右のお兄ちゃんのAの女が家出!?」
「だAら、そう言ってるの」
「そういえば、最Iんのお兄ちゃん、ずっと『I』とイチャイチャしてた」
「そうだな、いつも『I』にタッチしてたな」
「それって浮Iじゃん」
「だAら、嫉妬しちゃったんだよ」
「それで、出て行ったと」
「じゃあ、みんなで呼ぼうよ」
「そうだよ、呼んだら戻ってUるAも」
「おーい、戻ってOいよ!」
「頼むAら、AえってIてUれよーっ!!」
「ほら、お兄ちゃんも呼んでよ」
「お兄ちゃんが悪いんだAらね」
「わAったよ。おーい、俺が悪Aった。だから帰って来いよーって、あれっ?」
「えっ?」
「おっ!」
「戻ってKた」
「さすがFアンセ」
「もうだじょうぶだよね……」



 K3 作者:茶林小一

 君たちは。
 今日も。
 変わらず。

 撃鉄を引き起こしている。



 K4 作者:白縫いさや

 Kは誰よりも勇敢で賢く優しくて、僕の親友だ。Kは僕の想像だったが、全然問題じゃなかった。僕たちはあらゆる場所に、望みさえすればいつでも行けた。砂漠を渡るキャラバンにもなれた。嵐に立ち向かう船団にもなれた。ジャングルの王者にだってなれた。
 ある日、Kは僕に小さな鍵を見せてくれた。金色の、ぴかぴかと光る鍵だった。僕はそれが怖ろしくて、「捨ててよ!」と怒鳴った。Kは淋しそうな顔をして鍵をポケットに入れる。「捨てて!」しかしKは捨ててくれない。僕が掴みかかると、Kは逃げてしまう。すると僕は是が非でもその鍵を捨てなければいけない気がして、Kを追いかけ始めたのだった。
 いくつもドアを蹴破って押し進む中には、砂漠も甲板も熱帯雨林もあった。僕はKに追いつけない。それどころか、時折Kは立ち止まって、僕が考えを改めるのを待っている。しかし僕にはその気がないので、結局また逃げていくのだった。
 そんな鬼ごっこが続いた末に、僕はとうとう崖の端までKを追い詰めた。Kの迫り寄る僕を見る目はとても悲しげで、やっぱりKは僕の親友なのだった。振り返ればもう何もないことぐらい、知っている。それでもやっぱり、僕は嫌なのだ。



 K5 作者:よもぎ

Jと目が会ったのがいけなかった。派手なピエロがやって来るからまじまじ見ていたら、それがJだったんだ。Jのやつ、ニヤニヤ近づいてきて「よぉ、K。なかなか似合うだろ」なんて言う。うなずくと「いい仕事なんだ。誰にも気兼ねしないで働きたい時だけ働けて、食事も住むところの心配もいらないんだぜ」って言う。無職だった僕はついJの言葉に乗ってしまった。Jは満面の笑みを浮かべると「じゃ、ちょっとこれ持っててくれよ」ってトランプを一組、僕に渡した。そのとたん「ひゃははは、やった!次はおまえがジョーカーだ!」ってJは消えてしまった。ああそれからだ。気がつくと僕はピエロの姿になっていた。それ以来、食べることも眠ることもない。僕の姿は誰にも見えず、声も届かず、他人に触れることもできない。孤独に気が狂いそうになりながら僕は街を徘徊していた。そんな時だ。「あれ?Kじゃないか。なんだその格好?」 A? 僕が見えるのか。見えるんだね。ああA、会えてうれしいよ。これを受け取ってくれよ。今度は君の番だよ。僕はトランプをAに押し付けた。



 K6 作者:ぶた仙

「古き絵や 逢わず
         −K」
 空き巣の残したメッセージはそれだけだった。いや、怪盗というべきか? というのも、大学生の娘の部屋に入った形跡は明らかなのに、盗まれたものが見つからないからだ。メッセージからすると、なにやら古い絵を捜したと思われるが、心当たりはない。

 翌日、娘に菊の花が贈られてきた。カードには、

『老いしある 永遠を問う わが肝に』

と書かれてある。娘が参加しているボランティアサークルの関係だろうか? ともかくも、この十七文字を見て、それまで怯えていた娘が急に元気を取り戻した。
 夜、ふと見ると、軒先に短冊が吊るされている。

『恋敵は 秋駆けて 彼方に聞く』

 絵柄はキウイ。恋敵とは穏やかでないな。そう思った矢先、今度は芭蕉の花が贈られて来た。

『酔えれば 夏憂さの苦 七色に射て』

 翌日、娘は突然旅に出かけた。旅先から届いた世界遺産の絵ハガキには三句だけが書かれてあった。

『恋いしかる 経験を説く わが妹に』 
『追い難いは愛 敢えて貴方に言う』
『よければ 夏草の 卯七キロに来て』 

 なるほど、キウイは「行く気」という意思表示だったのか。
 何も気付かなかった私は、娘の幸せを祈るしかない。



 K7 作者:たなかなつみ

 私は登場人物である。名前はまだない。
 ディスプレイ上の文字列で語られる物語のなかで、私は何度も姿を変える。時に銀行家となり、時に測量士となり、やがて猫となる。そして、消される。もしくは、甦る。何度も、何度も。繰り返される。Ctrl Z、Ctrl Z、Shift ← Delete、Back space、Back space、Shift ↑→ Delete、Back space、Back space、Ctrl A Delete、Ctrl Z、Ctrl Z、Ctrl Shift Z、Ctrl Shift Z、Ctrl Z、Ctrl Shift Z、Ctrl S、Alt F4。私は消えた。
 私は登場人物である。名前はまだない。物語もまだない。「登場人物」という名のファイルの上で、私の名前らしきものが何度も現れては消える。K、Esc、K、Back space、K、っK、っっK、っっっK、っっっっっっっっっK、っっっっっっっっっっっっっっっK、Esc。私の名前は決まらない。Alt F4、Shift Delete。私は消えた。もう戻らない。
 私は登場人物だったことがある。名前はない。あったことがない。あるいは、永遠に確定されることのなかったKである。永遠に(略)Kである。私はKである。



 K8 作者:砂場

勝手なことをと、君は雲の巣を蹴飛ばした。怖がったふりの彼女たちは黄色くきらきらと煌めき暮れ、煙と消える。くすくすけれん味のある声が口内で木霊する。君と雲との結婚は叶わず、鞄を担ぎ、傘で舵を切り下降する。乾いた風がかたかたと欠けていくと、彼女たちは簡単に固く結束し降雨する。階下で歓喜したのは黄色の菊、気まぐれに貝を配り傍らでは鶏頭が紅に懸想、栗は胡桃に胡桃はクスノキにクスノキはキンポウゲの気持ちにcarnationったら気づいてくれない。congratulation! 乾杯だ。colorfulな彼らの気苦労に霧がかかる。零れる期待。かいがいしい狐、君に貸したキビスを返して欲しい。金色にかがるかぐわしい啄木鳥、君に貸したキスを返して欲しい。河童着飾る、君に貸した胡瓜も、手のひらを返して、指の股には水かきとカラシ。かじりかけの胡瓜に関わった食いかけの悔いのかけらから転がるけたたましい家来たち、剣玉で決闘する。けったいなけんけんぱ繰り返し、決着は警ドロで。draw。継続して蹴鞠が決行され、結局はケイトが決める。帰宅。「こら!」子供ばっかり恋の話はまた今度。......continue?



 K9 作者:楠沢朱泉

 あたしはK。イニシャルがKなんじゃない。アルファベットのKだ。あたしはあたしであることに誇りを持ってるけど、世間の風は冷たい。「きつい」「汚い」「危険」の3Kなんて言葉があるし(そういう人たちのおかげであんた達が生きていけるのよ!)、その時代が終わったと思ったら「きつい」「帰れない」「給料が安い」新3Kなんてのが出てくるし(以下同文!)。
 この前DやLに自分たちのお飾りって言われた時は本当に腹が立ったわ。間取りでKだけじゃ華がないって何それ。1Kは一人暮らしの強い味方なのよ。それにキッチンがないと何も始まらいんだから。ブルジョア志向も大概にしなさいよ。
 何よりもムカつくのはknowとかknightとかの単語。なんでKの発音が無視されんのよ。こっちだってそこまでして使って欲しくないんだから。
 つまり何が言いたいかというとね、もっとあたしに対して丁寧な扱いをしてもいいんじゃないかしらってこと。け、決して毎年の人気アルファベットランキングで下位をさまよってるのをひがんでるんじゃないんだからねっ。



 K10 作者:はやみかつとし

 溢れ返る色彩にパウルは圧倒されていた。自分の手から生み出されたものが自分自身の感覚のメーターを振り切れさせるとは、想像だにしていなかった。しかしその官能の渦巻く中に、彼はいなかった。彼は自分が消えたと思った。自分が消えて、世界がすべてになる。それはつまり、彼が見たかった色彩の交響楽を、彼自身は見ることができないということだった。
 混ざり合いぶつかり合い、喧騒となって彼を呑み込むばかりの、不完全な交響楽。
 つなぎ止めるものが必要だ。指揮者だ、あるいは色温度の絶対基準点だ。
 そしてパウルはそこに墨の差し色を一つ加える。それによって、ただ奔放に混ざり合っていただけの色の渦に凛としたコントラストが生まれる。さらに彼はその色で細い輪郭線を描き込んでいく。色彩はその形に寄り添い、混じり合うのではなく「響き合う」。和声学。精妙な建築の上にこそさきわう、色の祝祭。ついに彼は色を用いず、線だけで描くようになる。天衣無縫のドローイングに区切られた無地の空間。そこに、可能なすべての色が胚胎しているのを、パウルは見た。
 ひっそりと、一つの時代が画期を迎え、新しい地平が拓けようとしていた。



 K11 作者:峯岸

 強烈なボディで体がくの字に折れるとそこを見逃さずラッシュ、なす術がなくコーナーを背にしたまま腰から崩れようとしている。



 K12 作者:奇数

私の日課は●●新聞から「k」という文字を鋏で切り取る事だ。例えばkeepのk、keyのk等。「k」を切り取るとノートに「k」を糊で貼り付けてゆく。ノートには過去8年分の「k」がkkkk・・・とずらりと列をなしている。●●新聞を読む前は▲▲新聞だった。▲▲新聞でも「K」を切り取っていたのだが、今ではそれをとても後悔している。喩えれば▲▲新聞のKと●●新聞のkは別の神で、▲▲新聞のKについては、偽者の神を信仰していたかの様な気分なのだ。そして、今、私にはとても恐れている事がある。それは◎◎新聞の「k」に対してだ。まだ見た事は無いのだがもしその「k」から何らかの天啓が私に下されたとしたら、私の今までの全人生は否定される様で、◎◎新聞を恐くて読めないのだ。



 K13 作者:まつじ

 目覚めると彼女がいない代わりに何の暗号か、妙な書き置きがある。
 未だダイヤル式の電話が鳴る。
 携帯電話は持たない主義、という彼女に付き合って、僕も持たない。
 受話器を取ると果たして彼女からで、いま何処にいるのか尋ねると、メモ置いたじゃないと言われる。
「ドクターKの処?」
「なんでそうなるの?」
 電話の向こうで首を傾げられても困る。
「大体、ドクターはいま海外じゃない」
 ああそうだったそうであった。そうであったがしかしだとすると益々心当たりがない。「K市」「K支部」「ポイントK」に「カリウム工場」思いつく限り出してみるものの
「ふざけてるの?」
 これじゃあ全然分からないよと文句を言っても、電話の向こうで口なんか尖らせてもダメですと、にべもなし。それから
「そこの割と鋭角なところだよ」
 さらに訳の分からない言葉が放り込まれて混乱しそうになるがイヤ待てナルホド、つまり
「この通りを上って若干M・ジャクソン的なT字路を左?」
「だから描いてあるじゃん」
 お嬢さん、通りを線で描いただけじゃあサッパリですよの旨伝えると
「え。」
 そのまま白を切ろうとするので顔洗って着替えて最近のお気に入りらしい喫茶店まで彼女を迎えに行く。



 K14 作者:冬元康

「おやすみ」とか「おはよう」とか、読んだらすぐ消すルーティンメール。「うん」「そうだね」他愛ない、あいづちメールも宝物。「風邪ひいてない?」「まだ怒ってる?」、リアルに思い出とリンクするメッセージ。「今すぐ会いに行くよ」だなんて、もう届かないメールなら、すべてを削除する勇気だけほしいよ。限定着信メロディー、消せないアドレス、Kのイニシャル、二度と会えなくても。さみしい、こんな寒い冬の夜は、あなたのくれた言葉のかけらを、つないで抱きしめ眠るの。
海の底に沈んでる、あなたの携帯アドレスに、今夜もまたメールする。ばかなことだとわかってるけど。



 K15 作者:瀬川潮♭

 それはまるで、宮廷全体が……いえ、世界を押し包む夜全体が笑ったようでした。
「道化めっ!」
 謀反に走った親衛隊騎士団の筆頭隊長はそう吐き捨てると、深々と突き刺した剣を引き抜くのです。剣先を滴り落ちる血の雫の先には、いま心臓を貫いたばかりの王の真っ赤な胸板があるだけです。もっとも、替え玉だった道化の胸板でしたが。
「やりおったな、やりおったな。これからは剣の時代じゃ。貨幣は謀り心は乾き、棍棒は猛威を振るうであろう」
「くっ」
 舌打ちして親衛隊長は振り向きます。広間の奥にひっそりと佇み不吉な預言をした道化は王の姿に戻り、大きな笑い声と共に闇の霧のように姿が広がって夜にまぎれてしまったのです。
 残された者の中で、錯綜した王妃がナイフを自らの胸に突き立て息を引き取るのでした。

「それからどうしたの?」
 ベッドで布団に包まる少女はそう言って、添い寝する女性に言った。
「口にはされません。物語はここでお終い」
 ただ、親衛隊長は王を追って夜に紛れたと聞きます、と女性。
「それは仕方ないけど、それじゃ貴方は誰?」
 少女に聞かれ、にまっと笑う。
「さあ? もともと口にされない存在です」



 K16 作者:K.Nonai-Tei

 銀杏の帆を払ってみればICチップが埋め込まれている。
 高く高く蹴り上げる、あの空よりも高く。
 太陽に突き刺され。



 K17 作者:空虹桜

 向かい風。風速1.2mが頬に堅く鋭い鑢をかけ、耳元で囁く。
 吹雪いてないから、札幌の街が見える。カラフルに白をまぶした雪の街。大倉山のカンテから見る札幌が好きだ。
 旗が降られる。ゴーグルの位置を直す。息を吸う瞬間、風が変わらないと信じる。
 木々がゆっくりと急速に滲んで黒い線になる。鑢が鉋になって、体を削っていく音がする。流線形。漸近して、白いアプローチを貫く一色の流線型。
 膝と太ももが悲鳴をあげて、圧縮された超新星みたいに流線型を宙へ破裂させる。
 一瞬、音が止む。
 バランスだけに気をつける。捕まえた風が悲鳴をあげる。札幌の街中へ、ひとり落ちていく実感。何十回飛んでも、空で見る札幌が一番好きだ。
 広げた体に風を受け、重力に引き寄せられる流線形の俺よ。あの点を、120mを越えて、飛べ。飛んでけ!



 K18 作者:氷砂糖

 占術師の少女はカードにナイフを突き立てた。
 たんっと軽い音。絵柄から夜が溢れテーブルを真っ暗に染め大地に滴りぬらぬらと辺りを満たし少女は包まれた。小さく息を吐いた少女は粉薬を僅かに落とし火打石を叩く。ぽわりと淡い紫の明かりが灯る。炎を核に夜は人型を取る。人型は青年の姿となり少女がいた場所を見るとそこには一頭の牝馬。青年が闇に浮かぶナイフを手に取ると剣。ゆっくりと歩み寄る馬に青年は跨りそのまま馬は駆け出した。星を切り捨てた。月を切り裂いた。光は全て打ち消そうとした。二人はただ黒の中にあり実体は影。けれど二人は黒に紛れることなく二人だけだった。他には何もなかった。若い馬は荒い息を上げ青年は剣を振り回した。二人はただ夢中で夢中で。いつの間にか遠く遠くへ来てしまっていた。邪魔のない静かな場所で馬に乗った青年は剣を高々と掲げた。
 少女がいなくなった街は時計台の針が深い時刻を示していた。降り積もる雪が音を吸い込み誰もが命のぬくもりを求めた。刻は止まったように見え闇はいつまでも闇のまま。未来への羅針盤を読む者がいなくなりただそこに瞬間を生きる人々があり遺されたカードは雪にインクが滲んでしまった。



 K19 作者:紫咲

「お前は悪口の天才だよ」僕がさらりと言ってのけると、Kはびくりと痙攣した。口が歪んだまま固まり、乾いた唇の上で唾液のあぶくが力なく弾ける。Kが心も体も汚らしい人類だと、あらためて確信した。僕は特にお腹はすいていなかったけど、テーブルに置かれた木皿からピザをちぎった。誤魔化せないほど不自然な間のあと、Kは何事もなかったように悪口を再開した。「無能な社会のゴミ」「酸素の無駄」「一世紀前の髪型」サラミの感触を奥歯で楽しみながら、耳を澄ませた。「ゴリラ以下。ゴリラにもフられる」「あいつは臭すぎて電波が避けて通る」Kの才能が、僕を静かに感動させる。「俺の方がマシ」「燃えるゴミじゃない、燃やせないゴミなんだ。そこが大事なところだ」語彙の豊富さ、変化の絶妙さ、泣きだしそうに醜い顔と引きつった三日月笑い。「お前は悪口の巨匠だよ」僕がうっとりと言ってのけると、Kはびくりと痙攣した。さっきより大きな動きで。その晩、僕は丹念にピザを味わってみた。



 K20 作者:オギ

 木下は電話応対中、助けを呼ぶのに手をあげたあと、指先で何度か空を切る。
 その動きはなんなんだと尋ねると
「客カンカン危険怖い奇妙強烈気味が悪い切ってくれ困った帰りたい聞こえない工藤さん聞きに来て、諸々いずれか略してKです」
 なるほど。なにげに入ってる俺の名は無視することにして、ついでに木下のKだなと言ったら、そうですねと情けない顔をした。
 しかし跳ねるような指の動きは、むしろ楽しげだ。何事も楽しまないと心身がもたない、カスタマーセンター勤めの弊害かもしれないが。
 今日は眉を寄せて手を上げながらも、口元がにやついている。なにかと思えば、
「奇跡のように可愛いです」
 そんなことで呼ぶなと思いつつ、一応会話を聞いたら、その可愛い声できついクレームを浴びていた。確かにこの可憐な声質でこれほどの攻撃性と切れ味を出せるとは神業的だ。加えて言えばどうやらかけ間違いだがこっちの話は聞いちゃいない。
「5Kくらいですねー」
 木下が呟く。なんだそりゃ。
「間違い電話だしせいぜい2Kだろ」
 隣でさっそくその新基準を採用したらしい小久保が、三本指をたてて手をあげた。
 Kなんざイニシャルだけで充分だ。