500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第179回:鶏が先


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 鶏が先1

「そのルールには、何かエビデンスっていうか、根拠があるんですか」
新入社員はクールタイプで、他人に関心を持つことが無いんだが、ぼくの弁当の食べ順についてだけは、やけに質問を畳みかけてくる。
「えー、鶏ももの照り焼きは味が濃いからね。もぐもぐ、これを先に口中に含むこって、甘辛の残留感でごはんを食い進むのに有利になるんやよ、もぐもぐ」
「いや、それはおかしいですよ」
「なもぐで?」
「先に肉とご飯を摂ったら、血糖値が上がるじゃないですか」
「・・・」
「健康に悪いし、太りますよ。まずは野菜からというのが正道じゃないんですか」
「う、うん」
「その段取り組みは感情に流されすぎです。間違っています」
「そももぐもぐを、もぐもぐもぐよ」
「えっ、何て言ったんですか」
その情熱を、仕事にも向けてくれよ。



 鶏が先2

かいていとしのまもりがみはししのおやこだったがそれはそれとしていかないかなないかないいいんのにわにはにわはにわりのにわとりがさきざきのきさききししきのぎしきぎしぎしぎしならしならしならしてきいにてきすてきすたいるしている
しろはらはねおもくろあしくさびおもももんがすもももももももももももももももんがもいろいろもちーふにもちい
ねがわくばかいていとしのかいていとしいていいとしたらいくとしとていたいとしいるかるいかかいるいのいるいいるから
ねがわくばもんにしるしししししししししししししんとしてほしい



 鶏が先3

「あのさァ」
「なんだい、父ちゃん」
「父ちゃんだなんて。ダディとお呼びよ」
「パピィの方がいいなあ」
「やだね、犬みてえで」
「じゃあ父ちゃん、あらためて聞くけどさ」
「ちぇッ、なんだい」
「あたしに何か用だったんじゃないの」
「あ、そうそう。そうだった」
「何でしょ」
「いやァ、もう夜もいい時間、子どもは眠ってはいかがかと思い」
「母ちゃんが仕事で出てる間、あたしが父ちゃんを見張ってないでどうするのさ。お先にどうぞ」
「見張るだなんて、ヤなこと言うない。子どもが先に眠るのが道理ってもんでしょうよ」
「あのさァ、父ちゃん」
「なんだい、娘よ」
「タマゴが先か、ニワトリが先か。ってご存知ですか」
「そりゃ、タマゴからニワトリが生まれるんだから、タマゴが先さ」
「なるほど。じゃあ、タマゴとニワトリ、どっちが先に眠るかな」
「そりゃ、タマゴはそもそも起きてないし、ニワトリが先に眠るんじゃないのかい」
「なら、先に生まれたオトナが先にお眠りになるのが道理じゃないかしらん」
「ウチの娘ったら、今日もややこしいことを」
「だいたいさ、ヒヨコが無視されてる感じがさ……」

「ただいまー、今夜は随分長引いちゃって……って、あら。なかよく二人で口を開いて眠っていますこと」



 鶏が先4

 だれが食べたの ケンタッキー
 わたし、とコマドリがいいました



 鶏が先5

 2は耽った。黙考、黙考、深く深く。然し、気付く、我を得るより前の事。私は1ではなかったろうか。黙考、黙考、深く深く。過ぎ去った1は、失われたようでもある。無ではないが。2は耽った。1よりも前。私は0ではなかったろうか。無ではなく、0として在る私を産んだのは、誰だったろうか。黙考、黙考、黙考、黙考。緩やかな閃光。
 目覚めを告げるように啼く。
 初めての感覚。
 目覚めを告げるように啼く。
 羽根を広げる。

 鶏は耽った。私は0ではなかったろうか。
 啼くたび、薄れいく。



 鶏が先6

「神託」が下った。何世紀にもわたる議論にやっと決着が着いた…と言うことになったが納得出来ない。そもそも判断を下したのは神では無くてAIだ。ただ何故その結論に至ったかは解明できない、まさに神のみぞ知ることなのでそう呼ぶ様になっただけだ。
 と言うことで朝から計算省に出向いた。受付担当は「またお前か」と言う態度を微妙にチラつかせつつ平静を装うと言う高度な表情処理が可能なドロイドだ。
 「ですからもう決まったのです。『神託』は正式に受理されました」
 「説明を求める。このままだと納得出来ない」
 「何度も申し上げていますがそれはできません」
 「納得のいかないものを受けれるわけにいかない」
 表情のウンザリ感はさっきより数パーセント増になった。
「いいですか?この世界はあなたを納得させるために存在しているわけではありません」
 「そんなことは承知してい…」
 「説明できないのですよ。どの様な、我々が取りうる全ての手法を用いてもあなたには。そもそもそんな事はとっくにご存知でしょう?あナたは常に執着しマすが理解すルことは不可ノウなノデす。アナタだケハ。シカタナイでしョウ?アナタハさイゴノヒトリ◯×◇xp」



 鶏が先7

 首なしマイクは首を失くしたのがいったいいつだったかをおもい出そうにも首がないのでおもい出せない。ただ二本の脚だけが前へ前へと踏み出していく。向かっているのはゴールであるが目も耳もなく何のためのレースであるかはもちろん知る由もない。ゴールに張られたテープの向こうでは観衆が騒ぎジャズ・バンドが演奏している。他の生き物たちが怖気づくなかマイクだけはためらわず先頭に立っている。先頭といってもトサカのついたその頭もないのだけれどマイクは無心にひた走る──無心?
 哀れなマイクの胸中はもはや誰にもわからないがゴールの向こうで観衆は騒ぎジャズ・バンドは大鍋を囲んで演奏している。



 鶏が先8

「それってまるで、鶏が先か、卵が――」
 アツシが小難しい禅問答に持ち込もうとしたから、先制攻撃してやった。
「犬が先か、でしょ?」
「ああ?」
 呆然とするアツシ。私は畳みかける。
「あんたはどっちが先だと思う? 鶏か、犬か」
「何の話?」
「いいから、どっち?」
 反論の隙なんて与えてあげない。根負けした彼が呟いた。
「鶏が先じゃねえの? ほら、鶏は十番目で犬は十一番目だろ?」
 むふふ、やっぱそう来たか。
「あんた中国人? 日本人なら犬が先でしょ」
「はあ? どっからそんなこと」
「桃太郎。家来になるのは犬が先なんだよ」
「むはっ、それかよ」
 ちょっと考え事するアツシは反撃を開始した。
「いいかサキ。桃太郎の家来も中国の故事から来てるんだぜ。もし犬があの時、もっと早く到着してたら家来は羊と猿と雉だったんだ」
「えっ?」
 そうなの?
「だから、鶏が先」
 でも待って。何かおかしい。
「それって……よく考えたら、犬が先ってことじゃない?」
「えっ?」
 彼も矛盾に気づいたようだ。青い顔してる。
 ――鶏が先なら犬が先になって、犬が先なら犬は先にならない?
 なんだかよく分からなくなった私たちは、通学路でそっと手を繋いだんだ。



 鶏が先9

 終着駅から乗り継ぐバスはなくなっていた。タクシーも隣市から呼ばなければならない。仕方がないので荷物を背負い直し、歩くことにした。
 海沿いの小道は寂れており、漁村だった名残のある村に人影はない。開いた地図には「酉ヶ崎」という地名が見える。彼女がいつも語っていた、この村の突端にある岬だ。
 「トリガサキっていう音だけの地名が先にあったらしいんだよね」
 そう彼女は言った。
 「だから酉ヶ崎っていう文字自体に意味はない。でもそんなのってつまらなくない?」
 彼女は出身地の昔話をでっちあげた。その昔、岬の崖で動物たちのチキンレースが行われたのだ。
 「十二支を司る動物たちの……待って、やっぱり陳腐すぎ。鶏と孔雀の一騎打ちとかどう?」
 彼女が紡ぐ昔話には数多のバージョンがあったが、岬からいちばんに飛び立つのはいつも鶏だった。
 「鶏は本当は飛べるんだよ」
 彼女はいたずらめいた瞳で私を見て、含み笑いをした。
 その名に「鶏」の文字と「クイナ」という音とを有した彼女は、最期までトリガサキから飛び立つ話を語り続けた。だから、今日、ここへ来た。
 彼女の遺骨を風に乗って飛ばす。やがて海の砂となり、泳いでいけるように。



 鶏が先10

 連中が大神に連なるとして、だからどうした。猿との間を仲裁されなければ、神の拝謁が叶わぬ獣に神族たる資格があろうか? 無い。無論、無い。つまり、真に弱虫毛虫抓んで捨てろ。弱い犬ほどよく吠えるし、遠吠えは負け犬の証明。
 この体に流れる獣脚類の血がざわめく。
 偏見。侮辱。抑圧。差別。
 朝を告げる神聖へ「Chicken」や「Cook」なる罵詈を許す倫理的巨悪。「家畜」であればどんな汚名も雪いではならないのか? 断じて否。地上から空の支配をも目論んだ深謀なる種属への名誉毀損も甚だしい。
 犬猿の調和を取り成された恩義、無となす恥を知ろ。猿の末裔との共存は誰のおかげか!
 言葉狩りではない。正当な権利と尊厳と誇りに基づいた主張であり、侵害するあらゆる敵に対する闘争の宣言である。
 犬。我が後塵。
 我々は屈しない。お互いの爪を交わし、勝負をつけようではないか。
 嘴と羽根に賭けて。鶏冠に賭けて。
 獣脚類の血がざわめく。



 鶏が先11

 だって、テレビを点けたらたまたまバラエティ番組で、出演者がそのフレーズを使ったんだ。彼女は苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「知ってる言葉があるからって、安易に口にし過ぎでしょ。例えとして雑すぎる。」
そして続けた。
「問いに答えられないことをもって、はい論破、という輩には、それが矛盾を突くどころではなく単に意味のない問いであることが分からないんだ。その体系内で成り立たないような問いが全部無意味だということではないよ。でもそれは体系に外がある視点を持ち得る限りであって、真偽を問えるような話ではないよね。」
 止まらないねえ。ポイントの切り替えを試みる。
「あー、じゃあ問いが意味をもつように条件を加えていくのはどう?例えば親子丼ならどう?」
「そこまで限定すると狭義の経験則が適用できるけれど、当初の問いとは全く別物になったねえ。」
 狭義の経験則を適用して答えて欲しかったのに、答えへの到達を終点にしたかったのに、彼女は条件を加えるということ、条件を外すということについて話し続けている。
 言葉が先か疑問が先か、存在が先か言葉が先か。澱みない言葉の先にはあるのであろう彼女の存在が曖昧になっていく。