500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第182回:INU総会


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 INU総会1

 元はETO総会であった。年に一度、選ばれし十二の代表が集い、世の流れを決めていく。代表に序列はなく、議長は持ち回りであった。
 ある年、開かれた総会で、いつものように集った皆に向けて議長がこう言った。
「十二も、要らんよなあ」
 議場の卓が割られ、血しぶきが舞った。配られた茶には毒が含まれていた。なすすべなく未も午も床にくずれ落ち、巳と酉は首を刎ねられた。
 死屍累々の議場に立っていたのは、三支のみ。
「寅は、辰と相打ちか」
 踏み潰した卯を足蹴に、丑が言った。
「奴は初めからそのための捨て駒よ」
 亥はそう吐き捨てると、自身の牙を申から引き抜いた。
「計画通りだな」
 この年の議長であり、最長老の子が笑みを浮かべる。
「では、ETO改め、INU総会を始めるとしよう」
「ふざけんな」
 割られた卓の下から声が聞こえ、這い出てきたのは戌であった。
「まだくたばってなかったのか」
「おまえらにINUなんて名乗られちゃあいい迷惑なんだよ」
「ふん。戌は去ぬがよい」
 三支が迫る。戌は最後の力を振りしぼって遠吠えをあげた。
「ははっ、負け犬め」
「いいや」
 その時、天から光が降り注ぎ、戌はその姿をめきめきと変化させる。
「大神だ」



 INU総会2

「創設メンバーの頭文字を取って年齢順に並べただけなんです…まあ読みやすいっちゃぁ読みやすいですね…と言っても名称なんてあなた方にはあまり関係ないのでしたね」
 無い。そういったものは無くても我々には個体識別は可能だ。だがこれはこれで色々興味深い。
「ただ不本意なのですよ実は。何しろウチは全員こちら派でして。ねえ会長。そう一応…こちらがうちの会長なんです。マスコットではなくて。カワイイでしょう?断然!えーとこの手の派閥とかわかります?もしかしてそちらにもありますか?」
 有る。ここも同じなのか、実に興味深い。だがこの生物と来る途中で見た相対する生物がどう違うのかがよくわからない。受動感覚器官と思しきものが一対づつしか無い辺りが一緒で見分けがつかないし意識空間は情報不足で初期条件も仮係数の決定すらも出来ないので解析不能だ。「カワイイ」と言うのは嗜好関数に関連するものだと彼を取り巻く空間から予測はできた。そして同時に自分にはそうはなり得ない対象だと確信した。
「あ、こらダメでちゅよ」
 突如向かって来た“会長”が触覚に干渉した。ただそれだけのことなのに…何だ?この自空間認識に生じた揺ら…揺らぎは?



 INU総会3

 国際新都市計画を実行に移すために、すべての代表者が集う総会が開かれた。参加者のそれぞれが多種多様な背景をもち、一切の共通言語をもたない。第一回目の総会は、言葉を重ねれば重ねるほどに混乱だけが積み上がっていく、破綻した集いとなった。
 続く総会では形だけでも場を成立させるために、言語変換ツールが導入された。それはそれぞれの言葉をそれぞれに理解する語に置き換え、いたずらに混乱を招く余地があると解釈される言葉はすべて無音にする機能を有するものであった。争いを生む声はすべて消し去られ、すべてのものが共有できるように変換された言葉のみが届く。その会限りのツールであったはずのそれは、あっという間に街のあらゆる場で使用されるようになった。
 今や耳に届くのはすべて穏やかな言葉のみとなり、混乱が生まれることも、わずかな不快が生じることすらない。その街を称するINUという語が、外部では「牙を抜かれ飼いならされたもの」という揶揄として使用されていると知る住民は誰もいない。そこは恒久的な安寧の地であり、本日の総会でも問題提起ひとつなされることなく、ツール使用の義務化が平穏裡に議決されたところである。



 INU総会4

散乱する欲求が、統合されようとしていた。
未来へ志向する、高次的な出世欲。
周囲に認められたいという自己顕示欲。
食欲。
性欲。
攻撃欲。
呪い。
もっと薄い悪意。
さらに薄い善意。
脳以外のパーツからも、要求は小糠雨のように細かく降り注いでくる。
結局は強い意志が勝つのだ。
多数決の原理だ。マズローの欲望五段階説も所詮後付けだ。
「よし、ここならいいよ」
ジョンは、おしっこをした。



 INU総会5

 今年も嫌な季節がやってきた。
 どうせワンマン議長のワンサイド総会になるに決まっているのだ。意見を言うような人は現れそうもないし。
 が、職場委員として選ばれてしまった以上、出席せざるを得ない。
 案の定、総会は議長の思い描いた通りに進行する。
「この難局をワンチームとして乗り切りましょう」
 ほら、やっぱり主張はいつものワンパターン。
「労働環境の向上と賃上げをワンセットで要求していきます」
 毎年そう掲げているけど実現したことないじゃない。
 いい加減なこと言うんじゃないよと頭に来た私は、思わず発言していた。
「労働環境向上と言うなら、男性の育児休暇取得を義務化して、ワンオペ育児を皆が体験すべきではないでしょうか」
 ついに言ってやった。ちょっとスッキリする。
「いきなり義務化と言われても……。それはちょっと無理かもしれませんね。まずはワンクッション置いて……」
 全くワンワンワンワン言いやがって。て私も同じか。



 INU総会6

嫁が来た。
凍り付くような美貌だったが「ユキです」と言って笑うとくにゃんとなった。
「お前たちの子供ならきっと高値が付くだろう」という意味のことをケイタが言い、僕もそう思った。時間が許す限りSEXをした。
翌日はINU総会で、議長であるケイタの補佐と設営の手伝いに行った。ユキは起きてこないので寝かせておいた。
賢属をいぬと呼ぶ時アルファベット表記するのは、最初の賢属である赤間家のソウタが、言葉を理解していることを示すために文字パズルをINUと並べてみせたことに由来する。ケイタはソウタの曾々孫にあたる。名家なのだ。
賢属語は音調と音量を調整しやすい威嚇音ぐるると屈服音くーんの組み合わせなので、討論は不穏な感じになるが、賢属の聴力あっての言語なので実際なにが話されているのかは全然分からない(賢属が人属と話す時は人の可聴域に合わせた対人語を使う)。
現代では人属は、把指と二足歩行を生かして賢属の補佐をするか、ペットとして愛玩されているが、賢属の知性が卓越していることが明白になってからも賢属が人属を愛していてくれて幸いであった。
総会が終わると僕はユキへの贈り物を買いに行き、ケイタはまっすぐ帰った。
ほくほく帰宅すると、庭でケイタがユキを犯していた。



 INU総会7

「下をご覧ください。海底の岩陰にウニが密集しています。まるでウニの総会でもひらいているかのようですね。つづいて上をご覧ください。青空に浮かぶ雲の陰に、やはりウニのようなものがひしめいていますね。キョウメンウニと呼ばれるもので、海中のウニが反転して空に生息するようになったものだといわれていますが、詳しいことはわかっていません。最後に、この場をご覧ください。見てのとおり、わたしの分身とあなたの分身であふれかえっています。なぜこんなことになってしまったのか。それが本日の議題です」



 INU総会8

 実家に電話する。ということを、すっかりしなくなったな、そういえば。震えるような呼び出し音が耳元だけで鳴っている。あちらでは本当に震えているかもしれない。母ではなく、携帯電話が。あ。
 一瞬、音がなくなる。
 出かけてなかったんだから、家に電話をくれてよかったのに。開口一番。自分の都合をいう母に知らんよと思う間もなくシランヨが口から飛びでる。何かあったの。を枕詞にしてどんどん喋りはじめる母を遮ると、枕詞ってそういうことじゃないでしょと訂正される。シランヨ再び。
 ところで本題、墓はどうなっているか。
 田舎のことで幾分おおらかでもあった子ども時分、庭に積んだ小さな石の塔。父の拵えてくれた木板の雨除けにちんまり囲まれて、祠となったそれに向かい、掌を合わせたものだった。なぜ、あんなにも毎日拝んだのだっけ。
 一瞬、音がなくなる。
 この前、少し崩れていたけど大丈夫。と電話口に膜が張られたみたいに急にくぐもって聞こえる母の声が、何かあったのかと尋ねてくる。
 あの祠が気懸りになったのは。なんだっけ。
 細胞が安定しないような心地。
 手元にある、覚えのない招待状。



 INU総会9

 今日はよく来たね。お前たちのおかげで、わたしはいつも楽しいよ。
 そう。お前は呼吸管理されるのが大好きだったね。
 いつも泣き叫ぶお前だけど、可愛がってあげたら滑稽で面白かったよ。
「精神的に虐められたい」とわたしに乞うお前。
 終わった後、お前の長い長い長い気持ちの籠もった挨拶は嬉しかったぞ!
 はしたない声で鳴きまくって、醜態晒しまくりなお前。いつでも遊びにおいで。
 捨てられた子犬みたいなお前の表情、笑いが止まらなかったよ。
「今日は僕でいっぱい楽しんでください」なんて当然のことを、笑顔で言うお前。
 床にきちんと頭をつけないお前は、上から踏みつけてやる♪
 お前のご主人様は優しいから、犬芸のご褒美に餌を与えてやったね。
 いつも新鮮なお前の泣き声、わたしはゾクゾクして愉しかった。
「厭だ。恥ずかしい」と言うのに、すぐ情けない声で鳴きだすお前。
 ああ。お前たちのおかげで、わたしはいつも楽しいよ。



 INU総会10

今年もリモートか。



 INU総会11

議案を列挙した案内を受け取ったが、場所も日時も記載が無い。どうやって議決権を行使したらいいんだろう。問い合わせようにも発送元は「国際どこでもない組合」。所在が知れない。他の組合員も然り。そして、よく届いたな。ここに。



 INU総会12

 選んだ覚えのない代表たちが何か話しあってるらしいよのようなことを、鼻を鳴らして伝え合うゴロツキたちは、おれたちには関係ないもんねの脚取りで街をゆく。

 うー。うーうー。
 わん。わんわんわわん。
 ばうわう。ばう。
 わふわーふ。
 がふう。がふ。
 もん。んもん。
 うーふ。うっふうっふ。

 さる筋からの情報を得て潜入に成功したのはいいけれど、生まれが異なるというかそもそも吠える内容がちんぷんかんぷん。同じく潜伏中のネズミと目が合い会釈するものの、あちらにはうまく理解できてるのかしらんと疑念は尽きない。とはいえ捕らえられ、ぶたれないだけ幸運か。
 やにわに遠吠え、遠吠え、遠吠え。重なる遠吠え。遠吠えと遠吠えが柱になって、しん。脚音もなく雲隠れ。
 様子を見る。帰るまでが任務。ぐっばい、ネズミ。猫は居ぬか。

 上司とふらり街を歩きながら、何が決まったんだか分からなくて怖かったねとけらけら笑っていると、ゴロツキ犬と目が合い会釈を交わす。



 INU総会13

インターナショナル・ネコ・ユニオンから総会の案内が届いた。
今年もネコについて語り合う熱い一週間がやってくる。