500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第183回:少女、銀河を作る


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 少女、銀河を作る1

9月で朝だった。
川は水銀に充たされ川部には爛れたものどもと川遊びをするものどもで大騒ぎだった。
ものどもは陽の光で艶かしくくねりながら貪りあい増殖し続けていた。
無数のかつてものどもであったものと、新しく生まれゆくものども。

指先から水銀を垂れ流しながらミナコは絶望していた。
あのものどもは何をやっても屍を貪りお互いを貪るだけ。
どれだけあいつらを殺しても自分を殺しにこないものどもに。

キカイの身体とタナトスをもて余しだらだらと世界を壊し続けるミナコ。
空っぽの身体に水銀を塗りたくる。

あのものどもは失敗作だ。
新しい生命を造る為にあいつらを皆殺しにしよう。
ワタシを殺せるものよ。新しい世界で産まれよ。
ミナコの微笑みは陽の光のようにものどもを照らす。

増殖を繰り返すものどもがミナコを覆い尽くし爛れて蒸発していった。



 少女、銀河を作る2

 教室の前方というわけでも、かといって後ろというわけでもなく、窓際でもない席で退屈に埋もれている。退屈に埋め立てられてしまいそうな右手はつまらないスピードで黒板の文字を手元に生き写しにするけれど、彼らはただそこにあるだけで意味のない抜け殻のまま平面を出ようともしない。退屈に埋め立てられてしまいそうな右手はつまらないスピードで黒板の文字を手元に生き写しにする。退屈に埋め立てられてしまいそうな右手はつまらないスピードで黒板の文字を手元に生き写しにする。つまらないスピードで抜け殻が増える。
 教室の前方というわけでも、かといって後ろというわけでもなく、窓際でもない席で退屈に息の根を止められる。
 今日、流星群が見られるのだよ。と数学の教師が思い出したようにいった。
 チャイムが鳴る。
 退屈を殺そう。星を集めることにした。どう料理してやろう。



 少女、銀河を作る3

「神のお告げじゃ、『幼女、銅川』を過ぎし『熟女、金海』に至らぬものを祀れば道は開けよう」
 オババの声が境内に木霊する。篝火に照らされる深く皺が刻まれた顔がこちらを向いた。
「お主ならできる。この村の運命は託したぞ」

「だってさ、どうする?」
「どうするって作るしかないだろ。じゃないと先に進めないぜ、このゲーム」
 友人と興じる『ガールズ&ギャラクシー』で最後の課題が提示された。謎解きが難しいこのゲームもゴールまであと一歩だ。
「共通する文字は女。あとは幼から熟へ、銅から金、川から海へと変化している」
「だな。銅と金の間は銀だろう」
「じゃあ、幼と熟の間は?」
「成、じゃないかな」
「川と海は?」
「潟? それよりも素材の方が心配だ」
「大抵のものは揃ってる。足りなくなったら狩りに行くしかないな」
 こうして俺たちは素材集めを完了した。
「神よ、作り給え『成女、銀潟』を!」
 しかし現れたドラゴンは素材を一瞥すると飛び去ってしまった。
「ダメか。何が悪かったんだ? 素材が足りなかったのか?」
「それとも謎解きが間違っていたとか」
「何でダメなんだよ! もうちょっとなのに……」
 今日も俺たちは試行錯誤を繰り返している。



 少女、銀河を作る4

教室はまだ熱気がたゆたっていた。
皆グラウンドに出ている。後夜祭が始まる今しかない。
メイド喫茶の残骸は、私にはサイケでしかなかった。
ブリブリの衣装を着て「お帰りなさい」と言わされた片頬が、また引き攣る。
中央に敷いたブルーシートにサイケな代物をかき集める。あの衣装も叩きつける。
黒ペンキの缶を、頭上高く掲げる。
お前ら、染めてやる。私の、闇に。

昼間の頬のほてりがジュゥ、と消し炭になってゆく。
…ふ。
少しだけ、気が済んだ。
背が高いというだけで、髪が短いというだけで、またたびを食らった猫のようにまとわりつかれ、下駄箱や机にはデコ封筒がしょっちゅう仕掛けられ、ぅぁあぁぁああ坂道ダッシュしろや軟体ども! お前らのダシになって青春浪費したくないわ!!

魂の軋みを、サイケだった物体を踏みにじりながら怒気に変えて空中へ解き放つ。
ぬかりはない、父の長靴を拝借済みだ。

唐突に、窓の外からフラッシュが焚かれる。
ぎょっとして振り返る前に、花火の音が畳みかけてきた。
黒歴史でしかなかった歪な物たちが、ちかちかっと瞬く。

ああ。私の闇が、ひかり始める。
天の川は、きっとこんなにまばらだ。



 少女、銀河を作る5

 にぎやかな人形楽団が夜の空をやってくる。ゼンマイ仕掛けのその団体は、思い思いの楽器を打ち鳴らし、くるくる回りながら鮮やかな音で街を満たす。きらきら降ってくる音符は眩い色をした飴の欠片。楽団が駆ける軌跡に沿って雨となり、夜の窓を叩いていく。
 人形楽団の曲を耳にして目を覚ますのは子どもたちだけ。光る窓を開き、明るい夜空に向かい、大きく手を差し出し、溢れんばかりの飴をその手に受けとる。明るくにぎやかに輝く音の燦めきは、口のなかに入るとあっという間に甘く溶け、子どもたちは笑顔でふわふわ夜空へ向かって浮き上がる。夜空を駆ける子どもたちが歌うのは、夢がいっぱい詰まった物語。おとなたちには見えない聞こえない言わない、とっておきのフェスティバル。
 さあ、みんなで、流れていきましょう。
 いっぱいに巻かれたゼンマイは、ひと晩ゆっくりかけて元の位置へ戻る。少女はこんこんと咳をしながら、机の上のオルゴールを棚の奥へとしまい込む。
 開かない窓の外は明けることなく続く真っ暗な夜。救助を待つ船のなかでまだ待ち続けているのは、ただ少女ひとりのみ。



 少女、銀河を作る6

 自室の窓から、ポワンとともる眼下の街灯を何の気なしに眺めていたら、そのすこし先に超空洞が100パーセクほど口を開けていたので、これは誰かがブラックホールのひとつも持ってこないか? と、愉しくなった。
 グラスのウイスキーは半分ほど残っていたが、これでは足りぬ。星をいくつか捕まえて絞り、三日月でかき混ぜて即席のハイボールにした。
「その渦巻き、ひとつくださいな」
 窓越しから矢庭に声をかけられ、すこしの驚きを持って窓を開けると、乙女座の弟子か、あるいはアンドロメダ座の玄孫か、女の子がフワリとスカートを広げて一礼した。
「ハイボール一杯で足りますか?」
「勢いさえつけば、あとは勝手に回りますもの」
 そう言うと、女の子はヒョイとグラスを持ち上げて、超空洞に投げ込んだ。
「よいお手前で」
 コントロールを褒めると、女の子がはにかんでまた一礼。
 すると、どこからともなく星間物質や宇宙塵、ダークマターなどが集まってくる。
 グラスに刺さっていた三日月は、よもや己が中心になるとは思わず、自分のいない夜空へ「ハレルヤ!」と叫んだ。



 少女、銀河を作る7

 もうとっくにオバサンだから、わたしは若さに嫉妬することすら諦めた。
 ちゃんと応援する。違う。たぶんわたしは元若い子として戦わなきゃならないのだ。老いは悪ではない。けれど、この心があらゆる悋気や過去への撞着に囚われてしまう前に戦わなきゃならないのだ。
 信じてもらえるかな?
 未来はいつだって暗いけど、大丈夫。暗いなら照らせばいい。あなたたちは、あなたたちの進みたい道に灯を点し、進めばいい。わたしだって油の一滴ぐらいには燃えるよ。
 選択肢の数だけ未来は存在する。選択しなかった未来も平行して今を紡いでる。どんなに諦めても、めげても、絶望に追いやられても、諦めず、めげず、絶望を追いやった未来も同時に存在するんだ。
 平行するありとあらゆる可能性のために、過去の少女たるわたしは、残りの生を費やそう。悲しいことじゃない。格好つければ「命の営み」かな。決められたんじゃない。戦いたいとわたしの自由意志が決めたんだ。
 だから、あまねく少女よ。あなたの銀河をブラックホールに投げ込まないで。



 少女、銀河を作る8

 宇宙を抱えて生まれてきたから、そこで銀河が育つのは必然だった。ベビーベッドの上空やベビーカーを流れゆくものものと共に銀河はあり、集まり輝き膨らむ星々と彼女は親しんだ。
 言葉が遅かったのはそのせいだ。彼女は困惑した。言葉には銀河の構成とは違う力が働いていた。言葉に根を下ろした世界が鮮やかになるにつれ、星団は疎らになった。

 いまや彼女を構成するのは言葉だ。言葉を抜きに世界は無い。そのことに異議は無い。豊かで美しい世界だ。けれど、彼女は空っぽの宇宙も抱えていて、下手くそなCGみたいな銀河を作っては壊している。諦めずに空間をなぞって、色んな場所にヒントを探る。うまくいっても現れるのは以前とは全く違う銀河かもしれないが、それならその方が面白いと思いながら。



 少女、銀河を作る9

ラメ入りの財布。リサ・フランクのビニールかばん。山のように積み上げたチュロス。海牛のぬたくったような銀漢をぶさぶさとマチ針で突きながら、パラソルチョコのシャトル派生型ロケットがゆうゆうと旅に出る。目的地は、おばあさんの入所している白鳥園。



 少女、銀河を作る10

中学の周辺は火山灰地で、校庭は白い埃土に覆われていた。風が吹くと窓を閉めていても机の上がさりさりになって、指で文字が書けた。
夏の放課後、僕とMは二階から校庭を眺めていた。
天気雨にしては勢いのある夕立が、左手から校庭に押し寄せてきた。
雨の前面に沿って畝のように線状の土埃が立って、走る畝の前は白く後ろは黒く、校庭をくっきりと染め分ける。これはおもしろい景色だが、見慣れたものだ。けれどもその日は特別だった。
遠くの山の端に触れようとする夕日からの光が、雨の幕を正面から照らしていた。
燦めくオレンジ色の断崖。
彼方は住宅地の向こうにけぶる丘陵まで、そして上は天まで届いて。
Mは、自分の見ているものをあなたも見ているの?という表情で僕を見てすぐに視線を振り戻したので、風に舞い上がった長い髪が彼女の右の頬に巻き付き、それに呼応して校庭に旋風が巻き起こった。
土埃を巻き上げ、直後雨に呑まれ、はたき落とされる土埃の中からオレンジ色の渦状星雲が浮かび上がった。そして、斜めに回りながらたちまち散逸した。
次の次の瞬間、銀河の破片が冷たい流星雨となって僕達に降り注ぎ、ふたりを同じにおいにした。
水滴だらけの顔がわらった。



 少女、銀河を作る11

 懐には金貨をしのばせ、老婆は街へ出る。表通りは華やいでいるが、一歩裏へ入ればそこは行き場のない者たちの吹き溜まりである。腹をすかせた少年が老婆を突きとばして金貨を奪いとる。老婆はよろよろと立ち上がり、杖をかざして金貨の行方を追った。
 夜、寝ている少年の前に老婆は現れ、杖で少年をめった打ちにする。そしてそのまま担ぎ上げると、住処まで一気に飛んだ。老婆は魔女であった。
 魔女の家には捕らえられた少年たちが天井から吊るされている。魔女はその獲物に向けて銀の弾を散々に撃ち込む。弾は貫通せず、体内に留まる。魔女が指を鳴らすと弾は炸裂し、体内で千々に散らばる。獲物が声にならない叫びを上げる。それでも絶命はしない。すでに魔女によって不死のからだにされている。
 魔女がまだ少女だった頃、貧しさから命を落とした一人の少年がいた。幼い命が昇った夜空を見上げた時、少女は想ったのだ。その星すべてこの手にしたいと。
 魔女が指を鳴らす。少年のなかに散らばった破片がきらきらと瞬く。決して終わることのない痛苦に身をよじらす程、瞬きは無限に変化する。それをうっとり見つめる少女のあどけない笑みは、千年前と少しも変わらない。



 少女、銀河を作る12

 シュークリーム二つに割って、中のクリームかき出して食べる。すっかり空にしたところで、そこに今度はなにを詰めようか。あんこ。あんこがいい。引き寄せられる魅惑の暗黒。こしあんだったら漆黒っぽい。
 なにを混ぜよう散りばめよう。抹茶は飽きた。イチゴやキウイも悪くないけど、もっとキラキラしたものを。ザラメ? そんな恐ろしい。サダコにカヤコをぶつけるな。こんぺいとう? 固いよ。固い。現代人はアゴ弱い。
 こまかく砕いたくるみなんてのは。そこにすりごま加えたら。とどめにきなこ! ソーメニーキナコ! なにが悪魔の粉かって話!
 けっきょくキラキラはしなかった、けどいい、もういい、抗えない。だって真理はここにある。決してマリトッツォではない真理だ。そうだミルクを忘れちゃダメ、ぜったい。これまた真理。神の意思。
 できた。できてしまった。わたしは神だ。創造主。それでは出でよ、破壊神。



 少女、銀河を作る13

 「何フテてんの?良さげな賞取ったんだろ?イヤアタシノジツリョクハコンナモンジャネェってか?」
 「うっせえわ」
 そう言い捨てて妹は階段を駆け上がって行った。
 「…色々と言われてるンよ。なんかネットでさぁ」
 オカンが見せたサイトに書かれていたのは殆どは賞賛だった。だが残りは…。
 「ひでぇ実は兄貴が作ったぁ?…オレには無理っっ!JKだからぁ?…審査員はおっさんばかりだろうけど関係…無ぇだろ?」
 「女の人もいたよ。その人は絶賛だけどね…」
 「あぁ?女同士は馴れ合う?嫉みひでぇな。それにあざといって…」
 「題材がねぇ…お涙チョーダイ…っぽい?」
 「アンタ誰の味方だよ?」

 「入るぞー」
 「うっせえわ」
 「ブツ見せろや」
 「…」
 無言のまま顎で示しやがった先の机には「銀河」が載っていた。
 「これオレか?」
 プラットホームに指先ほどの人形が4つ。青い服の子供がそう。白いのは妹。オカンとそれから親父。寝台車で大阪のテーマパークに行った夏休み。東京駅でのあの日のシーンを彼女はほぼフルスクラッチのジオラマで再現したのだ。家族4人の旅行…最後の。
 「…んーやっぱちとお涙頂戴かなぁ」
 「うっせえわ」



 少女、銀河を作る14

壊すために作ったから。そう言って彼女は笑った。



 少女、銀河を作る15

「あー、お腹すいた。いただきます。あ、そうだ」
「どうかしたの?」
「お父さん、お母さん、毎年の事だけど、今年、応募資格の身長になったよ」
「咲星(サキ)、やったな。お父さんのパソコンを使って、応募作品のデーターを纏めていいぞ」
「やったー。お父さん、最終確認を頼んでもいい?」
 夏休みだと喜んでいたいけど、私には参加したい企画がある。それは近くにある宇宙博物館で毎年行われている「銀河を作ろう!コンテスト」。やっと応募資格にある、身長145センチ以上になった。博物館には仮想空間にフルダイブできる箱型のマシンがある。20分の持ち時間で、作ったデーターを元に銀河を組み立てる。
 ある日、博物館へ見学に行くと、入り口でコンテストのチラシを渡された。それからは勉強の合間に、どんな銀河が良いかと何年も考えていた。
 父に教えてもらいながら、星の基本情報をひとつひとつプログラムで組んだ。作った銀河を部屋全体に何度も投影し、星同士がぶつからないように軌道や細かい部分の修正を行った。
 そうして出来上がった私の銀河は約250万光年離れる全体が見え、母が大好きな花、大きなヒマワリに見えた。