500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第95回:3丁目の女


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 3丁目の女1 作者:うさぎ

 「ねぇねぇ」「んー?」「あのね」「うん」「聞いてる?わたしの話」「聞いてるよ」「あのさ……」「だから、何?」
 いつだっていきなりはじまる彼女の「ねぇ」と「あのね」ゲーム。僕にとってはどうでもよくて、彼女にとっては重要な話が始まる合図。可愛いからいいけど、少しうっとおしい、少しだけ。うっかり一瞬見せてしまった僕のいらついた表情に気付いた彼女は、小声で話し始めた。

 ———あのね、おかあさんが朝言ってたんだけど、たけしくんのおうちさ、一昨日、燃えちゃったじゃん。それはまあ、みんな知ってるんだけどさあ。おかあさんの友達が見たらしいんだけどね、燃えてる家のそばで、ずうっとそれを眺めてた女の人がいたんだって。んで、履いてたつっかけを火の中に投げて、いなくなったって。

 うん、よくある噂話。よくある作り話。彼女は「どう?こわくない?」というような顔でぼくの目の中を見つめる。まあ、こわいより不気味かな、とこたえると、満足げに彼女は「だよねー」といつものように笑った。厭な顔。これだから女は、と思う。だけど、この厭だと思う顔を愛しく思ってしまう僕が一番しょうもないよな。



 3丁目の女2 作者:JUNC

ほっぺが落ちるほどおいしいと噂の通称【まぼろ豆腐】。
白くて四角い豆腐のような見た目だからそう呼ばれている。
中毒性が高く、ある理由で発売中止になってからも裏取引が絶えない。
『レベルアップする前に確保』そんな合言葉を掲げ、早2年。
ようやく、探索機が発明され、支給された。
2丁、口にしても男女とも何も起こらないが、女性だけ
3丁、口にした途端、辺り構わず男性に抱きつき、
抱きしめたまま、体が爆発する。突然、人間自爆装置と化すのだ。
何としても、3丁目を口にする前に身柄確保しなければならない。
「ピピピピピピ」探索機が反応した。
「3丁目の女、発見しました!」「よし!確保!」



 3丁目の女3 作者:凛子

「えっ?! 覚えてないの? ショック……」
 彼女は俯きながら首を傾げた。

 大学のサークルで一緒になった彼女は、僕の名前を見つけると懐かしそうに声をかけてきた。同郷だと言う彼女によると、僕たちは幼なじみだったらしい。
 いや、待てよ。
 幼なじみは確かにいた。けれども、君の名前には見覚えがないんだ。
 物心ついた頃には、いつもそばにいた。何をする時だって、いつも一緒だった。君は本当に、卒園を待たずに引っ越していった隣家のあの子なのかい? 親が離婚して、名字は変ったと言うけれど……。

「マジで覚えてないの? 末広3丁目に住んでたエリカよ。山崎エリカ」
「あっ……僕んち、1丁目なんだ」



 3丁目の女4 作者:渋江照彦

 黄昏時に、町の三丁目を見知らぬ女が歩いていた。
 白いワンピースを着て、時折長い黒髪を右手でかき上げながら歩いているその女の目は、まるでルビーの様に赤かった。
 女はその赤い目で、三丁目に立ち並ぶ家々を物憂げそうに見つめながらゆっくりと歩を進めていたのだが、フトある家の前で立ち止まった。
 別に、他の家と大差の無い小ぢんまりとした一軒家であった。
 ところが、その家を見つめている女の赤い目は、火焔の如くに赤く輝き、先程までの物憂い感じは何処にも見えなかった。
 「やっと、見つけた」
 女は嬉しそうに呟くと、手早くその家の門を音も無く開けて、サッと中へと入ってしまった。
 勿論、誰にも見られずに。
                 ・
 女の入って行った家から火の手が上がり、一人暮らしの老婆が焼け死んだのは、その日の真夜中の事であった。



 3丁目の女5 作者:三里アキラ

 店に入り、適当なテーブルでフレアスカートをコロンコロンと鳴らす。すぐに若いウエイターがやってくるので、野菜のベーグルサンドとアイスティーを注文する。待っている間は行き交うキレイな顔を眺める。
 注文が来たら、ウエイターの頭からミントを摘んでアイスティに入れる。ウエイターは笑顔、わたしも笑顔を返す。正直に言うと、庭のミントの方がもっと健康的な強い香りがするのだけれど。
 食べ終わったらお会計のためにもう一度スカートを鳴らす。スカートの中の空っぽは、気をつけていないと可愛らしい音を上げてしまうのでみっともない。



 3丁目の女6 作者:もち

 数は數である。多分異論はないと思う。
 そして、数はものによっては直交座標に表せたりする。律儀なものでちゃんと座標にも住所が振り分けてある。詳しく言えばx軸とy軸が両方プラスなのが1丁目で、両方マイナスなのが3丁目で、2丁目は米であることが多いが昔は違ったらしい。だが困ったことに、1丁目と4丁目は混ざり合ってもはや原型をとどめていないし、2丁目はたまに変化する。おまけに座標の上にはおそらく雑草であろう草が生えてたり生えてなかったりする。で、3丁目はというとこれもまた厄介な代物で
「この『女』の2画目の『ノ』が左に行き過ぎてますね。」
 支えの歪んでしまった数はどこかへ転がっていった。
 僕は羅列を続ける。



 3丁目の女7 作者:紫咲

 桜が散り、三丁目の女に恋をした。叶わなそうな恋は順調に腐り、俺はストーカーデビューを果たした。彼女の着替えるマンション、笑顔を振りまく職場、少し下品になる飲み屋にて。俺は女を憐れむようになった。女は二丁目の男をストーキングしていて、変質者同士、模型をいじるように相手の気持ちがわかったからだ。残念なことに、二丁目の男も一丁目の女をストーキングしている。
 我が町に小さな太陽系を発見した。一丁目の女が太陽で、残り三人はニヤニ
ヤしながらぐるぐる廻る。光に心を壊されないように、闇に全てを捨てないように、自分にふさわしい距離を計算する。交わらないと決めてから、とにかく心が安らかだ。楽で便利だ。切なさにも上手に酔えるようになった。
 あなたが、金魚のように瞳をギラつかせ、電柱に体を擦りつけている三丁目のあなたが、俺は好きです。キモいと思う人間もいるはずだ。だが不気味な平安は、何より優れた社会だ。暗くて美しい、少年少女漫画より不完全な地球に俺を住んでいて、住んでいるだけで良かった。誰も死なないし、誰も泣かない。説得が終わると、俺は盗聴器に耳を澄ます。
 梅雨が晴れ、とある国道で俺は頬を刺された。「しっかりしろよ」。一丁目の女は、刺した自分に驚いているようだった。俺は彼女の瞳を見つめながら、しばらく血を垂らしていた。それから一つ先の電柱まで歩き、三丁目の女の首を締め上げた。「好きだよ」「や、やめて・・・」実は俺達、みんな太陽だったんだぜ。アスファルトの血は、今日は早く乾くんだぜ。



 3丁目の女8 作者:脳内亭

 カナブンが一匹、ついっと飛んできて俺に言った。「おまえの願いを叶えよう」
 カナブンに叶えてもらうほど落ちぶれちゃいねえよ。
「知ってるぞ。おまえ、あの女を狙ってるな」どの女だ。
「まあ任せておけ」とカナブンは飛び去ったが、彼女ならいるし、もうすぐ同棲もするし、つーか頼んでねえし。
 家に帰ると見知らぬ女が三つ指ついて待っていた。「どうも、3丁目の女です」どんな挨拶だ。
「全日本国民的3丁目の女コンテスト、グランプリです」ああ成程な、って納得するかい。「どこの3丁目出身かといえば」話聞けコラ。
「それはもちろん、ひがし江戸川3丁目」「3丁目!」
 今、無駄にコーラス入れやがったのはカナブンの野郎か。どっから現れた。
「さ、願い通り、チョメチョメしちゃえよ」潰すぞ。
「私とチョメチョメ3チョメチョメ」「合わせてチョメチョメ6チョメチョメ。タフだねぇ!」
 新聞紙を丸める手に力を込めていると携帯が鳴った。彼女からだ。もしもし。
「ね、部屋決めてきたよ。どこだと思う? あのね……ひがし江戸川3丁目」「3丁目!」
 汚物のこびりついた新聞紙を手に、コイツとも別れようと俺は思った。
「では晴れて私と3チョメチョ」帰れ。



 3丁目の女9 作者:まつじ

 白いブリーフの男が目の前を駆け抜けていったので、ああ春だな、と思う。
 鳴りを潜めていた夜のバイク達も虫といっしょに冬の眠りから覚めたようで賑やかだし、ここのところ日中もよく晴れて、たしかに下着一枚でもいいぐらいの陽気、まあこんな輩もいるだろう。
 と思うや別の男が、やはりもの凄い勢い白いブリーフのみの姿で現れ颯爽と走り去ってゆく。
 何の祭だなぜ白ブリーフなのだイヤそれよりもいっそ女子は来ないだろうか。
 という疑問のち妄想めいた願望がむくむくと湧いてくる。
 パンツ一丁祭の二丁目の男が過ぎてからしばらく待機してみたが何もなかったが、あきらめかけたところで偶然に通りかかった友人が「いま野郎ブリーフが二人現れてさ、それでなんと聞いて驚けっつーの」などと言うのを
「三人目が女子だったのだ」
 と違う友人があとを継ぐ。いつからいたのが知らんが、お前も見たのか。と思う間もなく「あ、あたしもそれ見た」「めちゃくちゃナイスバディでね」「胸、超揺れてたよね」「ちょっと痛そうだったね」お前もかお前らもか。
 それから目撃者達は好き勝手騒いだのち、
「でもまあ思い返せば返すほど」
 と一息置いて顔合わせ、
「滑稽だよね」
 知らねっつーの。



 3丁目の女10 作者:松浦上総

 プラタナスの葉陰にネオンがゆれる。
 安い恋唄流れる街で、蜜をもとめて舞う蝶々。今夜もかりそめ恋をして、あなた待ちます3丁目。
 やさしい言葉くれるなら、聞かせてあげる身の上を。
 うそできらめく砂の城。よってらっしゃいお兄さん。

 プラタナスの葉陰に思い出にじむ。
 甘い恋唄似合わぬ街で、愛をもとめて飛ぶ蝶々。今夜も赤いルージュひき、あなた待つのよ3丁目。
 ひと夜の夢をくれるなら、うたってあげる子守唄。
 うそでやすらぐときもある。うまくだましてお兄さん。

 ——レイナです、よろしく。お隣よろしいですか?
 ——私、こういうお店で働くの初めてなんです。いろいろ教えてください。
 ——えっ、トシですか? ハタチです。

 うそがほんとの新宿で、あなた待ってる3丁目。だますつもりがだまされて、馬鹿な女のひとりごと。



 3丁目の女11 作者:安部孝作

 ノスタルジックな雰囲気の町並みに心惹かれて三丁目に診療所を構えてまだ三年とはいえ、マネキン人形の患者は初めてだ。数日前から咳が止まらないと言うから抗生物質を処方しておいたが、未だに驚きは尾を引いている。何よりも私の心に衝撃を与えたのは聴診器をあてた時の表面の温もりであった。喉を見ても人間と変わらない見た目だ。人間と全く違う点と言えば、見た目が少しマネキンっぽいという点だけであるが、その点が私に不安を募らせる。
 マネキン人形が生きている町とは変わったものだ……確か看護婦たちは此処三丁目に住んでいるから何か知っているかもしれない……そう思って昼の休憩時間に休憩室へ行くが誰もいない。そこで更衣室へ行くと迂闊にも扉を開けている。これはいけないと思い、扉を閉めようとしたとき、不覚にも——言い訳じみているが、確信犯ではないのだ——中を僅かに覗いてしまった。
 すると看護婦たちは服を着替えるように皮膚を脱ぎ、硬質な表面を露わにしているのであった。



 3丁目の女12 作者:K・進歩

 今じゃ3丁目の女は水の中に生きている。息子がそう言う。なぜ彼が彼女を知ってるのか。
 彼女が水の中に?溺死か?
 沼の傍を通るたびに息子は言う。
 「この水の底に姉さんがいる。3丁目に住んでた。綺麗な人。今は水の中。父さんと昔付き合ってた人。レースの青いワンピースを父さんがプレゼントした。」
 その女を僕は覚えてる。結婚する前に付き合ってた女だが彼女の今は知らない。息子が知るわけもないのに何故だ。
 息子に妻の前でその話をするなと言い聞かせるが、彼は濁った沼の底を覗きながら上の空。僕もその隣にしゃがんで生臭い沼を見た。
 ずっと昔に3丁目に住んでいた彼女とも同じことをしたと思い出した。横を見ると、息子がそれさえ知ってるかのように、ニヤ、と笑ってこっちを見ていた。
 「こういち。」
 僕は思わず息子の名前を呼んだ。その瞬間、視界が真っ暗になった。冷たい指が僕の両目を覆っている。思わず手で払って後ろを向いた。
 
 3丁目の女はそこにいた。レースの青いワンピースを着て、全身びしょぬれの姿で。綺麗に笑って僕を呼んだ。
 「こーじ!」
背後で幸一が、僕が呼んだよと言った。
 それは、もうすぐ梅雨になるかと思われる、春の終わりの出来事だった。



 3丁目の女13 作者:空虹桜

 やっぱこんぐらい大豆の味が濃ゆいと、いくらでもイケるねぇ。



 3丁目の女14 作者:きまぐれオッサンロード

ついに私の番が来た。一丁目の麻子が金色の赤ん坊に乳を吸わせて消えたのを私は知ったのだ。そして二丁目の葉子も先日ハッピーターンの餌食となり、無様な裸体をさらした。
いよいよ次は私だ。だが私に弱点はないはず、可愛いイチゴの載ったショートケーキの甘さにも、胸板の厚いイケメンビームにも屈しない。だが待て、あのまん丸目の毛むくじゃらな生き物は。一歩また一歩と私に近づいてくるではないか。駄目だ脚が動かない、このままでは地面に膝まづき両手を広げて無防備な体制をとってしまう。くックソぅ、コレが奴のやり方か、完全に私の負けだよ。これで三丁目もあいつの女になってしまうのか。
いやまだだ、私には奥の手がある。
「マタタビよここに出でよ」その時だ、私の右手は光に包まれ輝くマタタビを握り締めた。
そして私はマタタビを銜えた雌豹に変身した。私の鋭い爪と強靭なアゴから繰り出される牙が奴を捕らえたのだ。この日から私は女たちの砦となり、私は名前で呼ばれることがなくなる。だから私を知らない男供は刺客を送り続ける、ここ三丁目に。
そしてこう付け加えるのだ、三丁目の女に気をつけろと。



 3丁目の女15 作者:砂場

 3丁目の女が目を覚ます。3.6牛乳と6枚切りの食パンを食べ、支度をして5番目に家を出る。右側、7列目の席に座る。9つ先の停留所で降り、校門をくぐる。
 1つの忘れものに気付く。
 47kgの友人に挨拶をし、4分33秒喋り、2日前の出来事に笑う中で、嘘を2つ吐く。店に入り、108つの商品を並べ、コンテナを片付けた後は、ただ1つのレジスターの前に陣取る。
 1人の男が3つのコーヒー飲料を手に持ち、近づいてくる。3つのピッ。4枚の硬貨が渡され、4枚の硬貨が返される。3人の女が店に入り、3回生の男が店から出る。20kg(左)の女、40代の教員、3男のバドミントン部員……。31個の(元)商品が店を出ていく。
 5目の焼きそばを食べる。47kgの友人に見つかり、いっしょに1杯のコーヒーを飲む間に6つの話題をこなす。5時間の午後の労働をし、校門をくぐる。もう1つの忘れものに気付く。
 9丁目のドラッグストアに寄り、1箱の薬を買う。2丁目のアパートの2階202号に入る。15分の滞在の後、
 29番目の「3丁目の女」に続く。



 3丁目の女16 作者:清水裕太

僕達は紙に書いてある住所をもう一度確かめた。
「ここ…だよな」
「だな…」
「3丁目って書いてあるものね…」
田舎町まで旅行にきた夕暮れ時、予約したはずの民宿までやってきているのに、その家の前ではいわゆる「お通夜」の準備がはじまっていた。
「と、とりあえず呼んでみっか…」
チャイムを押してみる、すると中からいかにもといっては失礼だが、お婆さんが、通夜や葬式のときによく見る悲しい顔で出てきた。
「あの、予約した伊藤ですけど…」
「ああ、お待ちしておりました。気にせずお入りくださいな」
とだけ告げ、忙しげにまた中へ入ってしまった。
「気にせずって、そりゃばーさん無理だよ」
「バカ、聞こえる」
「それにしてもじいさん亡くしてこれから辛いだろうな」
この辺りには、変わりとなる宿もなさそうなので僕たちは中に入ることにした。
「ようこそいらっしゃいませ」
お婆さんは宿の説明を簡単にしてくれ、急な通夜が入ったことを深く詫びた。
「申し訳ありませんねぇ。主人が5年前に死んでからは頼れるもんもおりはしませんで」
僕達は顔を見合わせた。
そして奥の部屋に飾られた遺影を見てしまう。明らかに誰かが出てきた形跡のある空の棺とともに…。



 3丁目の女17 作者:罎医LEE

「メチャクチャ好きなんだよ。ヒロミちゃんが。」
「え?ヒロミちゃん?あの店の?」
「あぁ。そう。ヒロミちゃん。本気で惚れてんだよ。」
「マジか?ハハハハハハ。」
「おぅ。」
「お前、相変わらず面白いな〓。傑作だわ。」
「え?何が?」
「そんな真剣な顔してそれは無しだわ〓。だってヒロミちゃんだろ?」
「あぁ。ちょっとポッチャりだし、顔も良くないよ。でも俺はB専だし・・・。」
「ハハハハハハ。今日の芝居はリアルだな。面白い。」
「いや、本気なんだよ。本気。」
「えぇ!?」
「驚いたか?でもお前も魅力は分かるだろ?」
「え?いや・・・。」
「ヒロミちゃんさルックスはイマイチかもしんねぇけど良いとこあんだぜ・・・。」
「いや・・・良いとこあんのは分かるけどさ・・・。あの子、男だぞ。あの店、ゲイバーだぞ・・・。」
「あぁ。知ってる。」
神様に言わせればあいつは女じゃないかもしれない。
しかし、俺にとっては立派な女だ。
俺が惚れた女。
三丁目の女。



 3丁目の女18 作者:よもぎ

午後3時過ぎ。パートの仕事を終えた後、私は町内会の会費を集めていた。渋々ひき受けた町内会役員。クタクタの体をひきずって家々を回れば、会費を渋る人もいて疲れが増すばかり。なんで私が怒鳴られたり謝ったりしなきゃいけないのよ。
帰宅するとどっと疲労感に襲われて洗濯物も買い物も夕飯ももうどうでもよくなってしまった。
ひとりベランダに出る。雨あがりの夕焼けを眺める。と、道路の向こう。子供達がぽかんと空を見上げていた。振り返ると、東の空にそれはそれは大きな、虹!
鮮やかに半円を描く七色は、2丁目のホームセンターから4丁目の公園あたりへ架かっているように見える。
誰も彼も足をとめ、空を見上げる。手押し車のおばあさん。犬の散歩の女性。隣の子供は家に駆け込むなり母親の手をひいて外へ飛び出してきた。二人もまた手をつないで空を見上げる。そして私も。
虹はやがてゆっくりと夕焼け色の帯になり消え始め・・・。
すると「ただいま!」と子供の声がして。あらやだ、もう帰ってきたわ、おかえり!ランドセル片付けなさい、手を洗いなさい、夕飯なんにしよう、お肉あったかな、野菜は・・・ああ、カレーにしよう、え?虹?おかあさんも見た見た!きれいだったわね!



 3丁目の女19 作者:立花腑楽

 三丁目の女は仲間を呼んだ。
「ちょいとちょっくらちょいとちょっと来てね」

 求めに応じ、一丁目の男が現れた。
「一丁目、一丁目、ワーオ!」



 3丁目の女20 作者:ぶた仙

 世界は鏡像のように左右対称だ。例えは粒子と反粒子。右利きと左利き。LアミノにDアミノ、それから出来る右螺旋と左螺旋。宇宙ジンだってそうだ。

 せっかく見つけた住処を爆発でなくした宇宙ジンは、子孫を残すべき新天地を求めて旅を続けた。一刻も早く次の理想郷を見つけなければならない。身を守る特殊素材が蒸発する前に。
 ようやくたどりついた新天地は、新しく出来たばかりの街だった。
 環境はかなり悪い。1丁目の工場は火をたくさん使う。2丁目の工場は硫酸垂れ流し。4丁目の工場は煤塵だらけ。3丁目の風呂屋の女だけが移民たちを癒してくれた。だから宇宙ジンが生き延びたのは3丁目。

 センセイは地球史の授業を次のように締めくくった。
「男女の別が子供を作る能力で定義される事を考えると、繁殖したのは右だけだったんでしょうねえ。だって、銭湯は女湯が右でしょ」



 3丁目の女21 作者:ホンダシンペー

いつも彼女はそこに立っていた。
僕は彼女を美しいと思う。
しかし彼女は崩れていく。
徐々に腐り落ちていく肉を見て、僕は彼女を愛しく思う。
剥がれた肉の奥にある骨を見て、僕は彼女の全てを自分のものにしたくなる。
狂おしい程の感情の波に飲まれ、会いたい気持ちが膨らみ続ける。
そして僕は彼女に触れたくなる。
そして僕は彼女に触れる。
伝えきれない想いを伝えるかのように。
僕は彼女を食べる。
彼女の欠片も残らないように。
食べられたことに気付かない彼女は今日も微笑んでいる。
三丁目の片隅で、静かに笑っている。
僕は彼女を美しいと思う。
二丁目に入って僕は彼女を汚らわしく思う。
道の片隅に捨てられた腐乱物。
一丁目で僕は彼女のことを忘れる。
初めから彼女なんて存在していなかった。
夢のような彼女なんて存在していなかった。
だから僕は今日も思う。
三丁目の彼女を美しいと思う。



 3丁目の女22 作者:漢だぜ瀬川さん

「同じように見えるだろうけどね。違うのよ」
 葉をわさわさ揺らして、彼女は言った。
「まずね。値段が違う。見た目だけなら、私の方がお高く見えるでしょ。でも違うの。何倍も高いのよ。彼女の方が」
 どうしてですか、と聞いてみた。
「私はただの観葉植物。けど彼女は、そうじゃない」
 自分はお客の目を楽しませるだけだが、彼女にはそれ以上の意味がある。そこにいることで、誰の縄張りかを周囲の者たちに知らしめる。そんな役割を、背負わされている。のであるらしかった。
「こちらとあちら。ただ一区画、違うだけ。だけどね。そこには天と地ほどの差があるのよ。私たちがおキレイに澄ましている。そのすぐ隣に、彼女たちの世界はあるの」
 だがこうして並べられていれば、我々には区別などつかない。
「そりゃそうでしょう。アンタらが勝手に、線引きしているんだから」
 彼女は怒りを露わに突っかかる。
 私だって、いつあちらに回されるか。吐き捨てた彼女の横顔には、諦めの気配があった。
 界隈のパキラたちは、おしゃべりだ。
 けれどもそれは。自らの不安を拭い去るための、手段の一つなのかもしれない。
 彼女たちに与えられた僅かな土は。いつも水を求めている。



 3丁目の女23 作者:楠沢朱泉

「3丁目に行きたい」
 祖父が言い出したのは祖母が亡くなってしばらくしてからだったから、すでに認知症も進行していたと思う。
 そこに「べっぴんさんでのー」がいるらしく、「よう、文を書いていたんじゃ」だそうな。名前を聞いても、いかに彼女に近づいたかという話にすり替えられてしまうため、私達は3丁目の女と呼んでいた。
 祖父はドラマ顔負けの亭主関白で、脳梗塞で倒れるまで頑固職人を貫いてきた人だ。祖母との馴れ初めすら語らなかった祖父の変貌ぶりに親戚一同驚きを隠せなかった。祖父のデレデレぶりに、この時ばかりは祖母が亡くなっていてよかったと思ってしまう。
 3丁目の女の素性に関しては様々な憶測がなされ、祖父のために探し出すべきだとか、祖母に悪いとか議論がなされ、何一つはっきりしないまま祖父も祖母の元へ旅立ってしまった。
 四十九日も過ぎ、祖父母の使用していた部屋を片づけていると、押し入れの奥から手紙がぎっしり入った古びた缶が出てきた。全て同じ筆跡だった。ふと、目に入った宛名に私と母は「あっ」と声を漏らす。

 柏崎町三丁目一二番三十号
  神原タミ殿

 差出人が私達のよく知っている名前だったのは言うまでもない。



 3丁目の女24 作者:瀬川潮♭

 自分は内向的だと思ってたんだけど、まさかここまでとは。
 春の連休に遠出して隣町の大型書店に行こうとしたら、何だか道路に見えない壁があるみたい。どうやってもそこから先に進めない。遠回りしても同じ。ほかの人は普通で、私だけみたい。
 結局、三丁目から出られず。
 何よこれとか思ったけど、出無精だからまあいいか。
 お盆の連休。
 隣町に美味しいって噂のケーキ店ができたのよねと出掛けたんだけど、しまった三丁目から出られないんだっけ。ああ甘い物〜と指をくわえていたら切なそうな男性と出会った。二丁目から出られないらしい。ケーキは彼に買ってもらっちゃった。
 それから付き合うことに。デートは行政区画の境界線を挟んで。公園で読書する私を彼が道路を挟んだ向こうで見守ってくれたり、路上でカラオケする彼を私が公園から眺めたり。向かい合うファミレスと喫茶店の窓際で一緒に食事したり。
——愛と勇気と正義とがバリアを破るぜ、ゴー合体だ♪
 塀に立ち夕日の中で歌う彼。ちょっと良かった。

 そして結婚。新婚旅行はなし。
 すぐにマイホームを建てて、3年。現在、喧嘩中。
「この線からこっちには絶対入ってくるなよ!」
 いつも通りだって。



 3丁目の女25 作者:はやみかつとし

——何しろここは空中都市ですから。お足元が危のうございます。

そう言って女は無表情のまま私を案内する。
巨大な橈骨や鎖骨が縦横に組み上げられた足場を登っていく。風が強い。

——新興住宅地ですが、元々は何もないようなところで。もちろん地名も。
そんな場所に造られたのですから、内実も何もございません。
うたかた好みの殿方にはたまらないかと。

空疎とうたかたは違う気がするのだが、女の佇まいは問いを寄せつけない。私は黙って後に続く。
見晴るかせば地上が霞むほどの高さに掛けられた、木端を接ぎ合わせた小屋の前でようやく女は立ち止まり、ゆっくりと振り向く。

「ここがその、どこでもない3丁目なのか」
と訊けば、ええ、しいて申し上げれば地獄の、と。
なるほど私たちは低い場所へ向かって登ってきたのだ、とわかる。
ドアを開け女を押し込む。もう何も思い出すものはない。



 3丁目の女26 作者:三浦

 回覧板を持っていった。それまでは腰が見事に曲がった死臭のする婆さんだったはずが、妙齢の女に化けていた。出戻りなのだとあとで知った。
 次の休みに近所のスーパーで出くわした。俺は死別した両親が残した家に独り住まいなのだと説明した。彼女は今働いておらず、一年程ぶらぶらするつもりなのだと話した。その時はそれで終わった。
 彼女と顔を合わせぬまま三週間が過ぎ、何年か振りに酷い風邪にかかった。電話で部下に指示を出し、その日は休むことにした。薬が切れていたので仕方なく病院へ行くことにする。止まらない咳のせいで冷たい視線にさらされながらバスを待った。そこへ彼女が現れた。事情を話すと、どうせ暇だから付添うという。病院では甲斐甲斐しく動いてくれた。俺より一回りは下に見えたが、いかにも人の妻であった女らしかった。
 彼女は途中あの婆さんの世話で抜けながらも、昼食、夕食の面倒を見てくれた。俺は女を家に招いたことがなかった。妻帯することの良さを思った。
 深夜、二階で寝ていた俺の耳に彼女の話し声が聞こえてきた。電話らしかった。目を瞑り、開けると、朝になっていた。熱が引いていた。彼女とはそれ以来、会っていない。



 3丁目の女27 作者:破天荒

あー、あの人ね、いますよ。その角を右に曲がったら3丁目だから
そこに行けばすぐにわかりますよ。ええ、ここでは有名ですよ、
3丁目のごみ屋敷の松子っていってね、偏屈だからいくら言っても
ゴミを処分しないんですよ。

3丁目ですか?ええ、ここですよ。ゴミ屋敷?あの家ですよ。
ゴミをそのままにしているので困っているんですよ。
もう、いいかげんどうにかしてほしいです。

あー、そうだよ、あたしが嫌われ松子だよ。ゴミ?見てのとうりサ。
あたし一人の責任じゃないよ、ゴミを勝手に放り込んでいくんだよ。
何がエコだよ、買うだけ買っといて、要らなくなったら簡単に捨て
てしまう。あたしは勿体無いから後生だいじにあずかっているのさ。
あんた取材かい?ちゃんと伝えておくれよ、本当にエコしたいなら
モノなど買うなってね。



 3丁目の女28 作者:オギ

 神社の裏戸から出て細い路地を抜け、突き当たりの石垣を登って薮を進むと、煤けた石壁と鉄の扉が現れる。扉の向こうは一面の雑草。様々に彩りを変えながら、裏山の裾まで続いている。
 その一角、ススキの群れに埋もれるようにその家はある。縁側の柱にもたれ、凛は煙管をふかしていた。着流した男物の着物の上に鮮やかな打ち掛け。
 本名は知らない。凛の話をする時、近所の大人は『あの3丁目の』と言う。
 訪れてなにをするわけでもない。ただ外を見て風に吹かれている。背丈を追い越した今でも、風にうねるススキは波のようだ。
 水底のようだった。背丈を遥かに越える鋭い草を、泳ぐようにかきわける。冷たい風と夕暮れの紺色が、小さな傷にちりちりと染みた。
『溺れたのかい』
 疲れ果て立ち止まった時、声は唐突に降ってきた。僕を見つめる暗緑の瞳。
 孤島のようなこの場所で、哀しみは時折思い出したように僕を襲う。切れ切れの噂を頭の中で繋げては散らす。僕と同じ色の瞳。凛はなにも聞かずなにも語らない。自分のことも、僕のことも。
「溺れないうちにお帰り」
 口にしかけた言葉を噛み潰す。低くかすれた凛の声は、いつだって優しく冷たい。