500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第97回:ペパーミント症候群


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 ペパーミント症候群1 作者:溝村狂詩郎

 いつからか、彼女はその匂いを漂わす。
 病院に着くと、直ぐに手術は始まった。どれくらいの時間が過ぎただろうか。翌朝、手術は成功した。しかし、医者から言い渡された。彼女が植物の状態になってしまったことを。そして僕は、植物となった彼女の面倒を一生懸けて見ていくことを誓った。
 翌日、退院手続きを済ませると、植木鉢と植物として生まれ変わった彼女の苗木を受け取った。彼女は青々と元気な芽を覗かせていた。
 一週間後、苗木だった彼女は成長して心臓の形を成すと、リズミカルで躍動的な動きが妙に色っぽかった。二、三週間掛けて薄い皮膚で覆われていき、頭、手足の順で人の形を形成した。まだ半透明な皮膚には、くっきりとした葉脈が張り巡らされ、とても綺麗だった。
 やがて三ヶ月が過ぎた頃、すっかり元の大きさに戻りつつある彼女に変化が起きた。いつもの様に声を掛けていると、微かな反応があった。そして、僕の手を掴み僕の顔を見ると遂に、言葉を発し意識を取り戻した。
 僕は嬉しくなり彼女を抱き寄せ「お帰り、お帰り……お帰り」と太陽よりも眩しい笑顔で彼女を迎えた。
 今日もまた、彼女は香しいペパーミントの匂いを漂わす。



 ペパーミント症候群2 作者:もち

 彼は集めているらしい。
 むらさき芋モンブランから。ストロベリーサンデーから。マンゴーアイスクリームから。
 ある日、彼はカフェやレストランに入る。周りのテーブルの誰かがデザートを頼む。そのケーキやアイスクリームを見て、彼はため息をつき、言うのだそうだ。
「そのミントを下さいませんか。」



 ペパーミント症候群3 作者:空虹桜

「早く大人になりたい」
 11音で約1秒。時間は確実に前進して、呟いただけわたしは大人になってるハズなのに、ちっともそんな気がしない。スッとわかりやすく、大人になりたいよ。先生。
『大人のクセにメンソールなんて吸ってるの?』
『お子ちゃまのクセに知った口きくなぁ』
 先生の顔、思い浮かべようとしたら先にツンと、メンソールの匂いを思い出す。お互いに7月生まれで、ホントたかだか11コしか離れてないのにアウトオブ恋愛対象って、そんなの理不尽だよ。恋とか愛とか好き/嫌いで判断してよ。
『いいんだって。襲っちゃえば』
『だって、ウチら天下の17歳だし』
 ホントに襲ってキスしたら・・・なんて、妄想全開で飲むハーブティー。お嬢様な昼下がり。土曜日。お休み。先生、明後日から4日間は10コ差で済むよ。わたしと先生の距離なんて、両手で数えれちゃう。そんなの、ひとまたぎで越えてよ。越えちゃうよ!
 早く明日になればいい。できれば明後日。明明後日。会いたい気持ちばっか、重たくてしかたないよ。この4日間で大人になるんだ。大人にしてよ。ねぇ。先生。



 ペパーミント症候群4 作者:オギ

 あの日から一年が過ぎ、彼女の両親はようやく娘の体を取り戻したようだ。手紙と共に送られてきたのはひと房の長い髪の毛で、懐かしい、微かに甘いメンソールの香りがした。
 日に日に澄んで強くなるその香りに不安を覚えなかったといえば嘘になるが、最初の頃はまだ誰一人、その意味を深く考えてはいなかった。
 蚊に刺されないなんて羨ましい、と言う私に、でも猫にも逃げられるの、とうなだれる。うちの猫は歯磨きの香りが大好きだから、今度連れてきてやろうと言うと、ほんとに? と、ぱぁっと笑った。
 その翌日に最初の死亡者が出た。事態は急変し、約束は果たせないままに終わった。

 膝のあたりをとん、とつつかれ、見ると件の猫が髪の先にじゃれついている。
 ひと筋指先に巻き付け、鼻先につきだすと、匂いをかいでから、嬉しそうに頭をすりよせてきた。
「……ほらね」
 呟いたとたんぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。滴を額で受けた猫が、まあるい目できょとんと私を見上げている。



 ペパーミント症候群5 作者:ぶた仙

 そや、後味や。最後をペパーミントよろしく爽やかに終えるのがプロちゅうもんや。
 かく言う俺かて、昔はとろけるような甘さにつられて買い、大きく買い足すと味が薄うなって、挙げ句にどかんと大損して慌てて売ったもんや。甘く始まって苦く終わる。そないな繰り返し。
 でも俺はついとった。ほんまもんの穴リストに出会うたんやから。いや投資アナリストやないで。相場の穴リスト。
「ウインウインの関係なんて夢を見たらあきまへん」
「自分が儲かるには、他人を損させなはれ」
 その言葉に、俺ははっと目覚めた。こりゃ、待っとったらあかん。
 さっそく空売りの集中砲火。一時の売り損で皆を奈落へ道連れて、底値で買う。巨大利益で、後味すっきり。

 ところが、金融危機で、同じ穴の狢が蔓延した。バンクから無尽蔵に税金を借りられて、一時の損が怖うない。しかも儲けが全てこっちのものとくりゃ、誰もがマネするに決まっとる。ドバイ、ギリシャ、スペイン。この分やと、確実に這い上がるはずの株まで、底を抜けて紙屑になるやないか。ほんま悪夢や。
 けど、この味は中毒性。誰もが禁断症状に震えながら次を狙うとる。ぐずぐずしてる場合やあらへん。ほな、次の危機を仕掛けるで。



 ペパーミント症候群6 作者:三浦

 私に残された時間は少ない。この手紙が相応しい人間の手に渡り、役立つことを祈って、事の顛末をここに記しておこうと思う。
 私がこの村に滞在を始めたのは1962年2月1日だ。今からちょうど2ヶ月前のことになる。私は残念ながら落ち目の作家であり、ホラーを主に書いていたことから、担当編集者に、おかしな風習の残る村の潜入レポートを書かないかと持ちかけられ、溜まった家賃も支払えるし毎朝の貸主の催促からも逃れられると、二つ返事でこの仕事に飛びついたのだった。予算の都合だというので単身その村に乗り込むことになった私は、現地の地形を調べている学者として滞在先には話を通しているらしく、出発の前には渡された器具などの扱いについてレクチャーを受けさせられた。
 滞在初日。昼頃に到着した私を出迎えてくれたのは、滞在先となる村の教師の家の一人娘だった。背後の塗り壁よりもなお白く、曇天の光を反射して輝いた顔に、雲海の上の太陽のような金色の髪が無造作にかかり、その合間から薄めた空のような瞳が私の目をまっすぐ見つめ返していた。
 今、階下で……扉が壊された! 早い、早すぎる! いいか、ペパーミント! ペパーミント症候群だ!



 ペパーミント症候群7 作者:つとむュー

「おーい、薫君。ペドフって何なのかね?」
 私はたまらず秘書を呼ぶ。
「さあ、知りませんけど」
 薫君は私のパソコンを覗き込む。
「やだぁ、社長。PDFですよ、ピーディーエフ」
 なに!? ペドフじゃなかったのか……
 恥ずかしさのあまり私が俯くと、薫君は慌て始めた。
「ご、ごめんなさい、社長。悪気は無かったんです……」
 顔を上げると薫君も赤くなっている。
「じゃあ、PDFとやらを作ってくれるかね」
「はい、承知しました」
 薫君が微笑んだ。

 昨日、私は営業の鈴木君に、得意先の情報を書類で送るとメールした。すると——
『社長、その書類をPDFにしてメールで送ってもらえませんか?』
 という返事が来たのだ。
「薫君。書類はこれなんだが」
「分かりました。これをPDFにして鈴木さんに送ればいいのですね?」
「そうだ。それにしても何で紙じゃダメなんだ?」
「携帯やiPadを使って電車の中で読むんじゃないでしょうか?」
「全く最近の若者は機械ばかりに頼りおって。そういう紙を見ない輩を『ペーパー見んと症候群』と呼ぶんだよ」
「あら、アンドロイドの私に書類を読み聞かせてもらっているのは誰かしら?」
 そう言って薫君は、PDFを作るために書類を飲み込んだ。



 ペパーミント症候群8 作者:脳内亭

風呂につかる 発作がおこる
のどが締まる ゼエ、となく
時々、ヒイとも
「ゼエ」が「ヒイ」でも なかねばならぬ

「ユ」のなかに「ゼエ」は落ちる
「ユ」が「ゼエ」で染まるまで
「ヒイ」も「ゼエ」にまぎれ込んで
「ユ」の染まるのをながめている
「ゼエ」の病に「ユ」が染まるのを
「ヒイ」は本当は哀しんでいる

タダ、匂い はわるくない

身じろぎせず 波立たせず
じいっと「ユ」の 面を見れば
うつっているのは 女の面
ぐいっと風呂を 持ち上げられて
しげしげとのぞく 女の眼球に
すこしわらった口許に
ああ のまれる
いまや すっかり「チ」と染まった「ユ」を
のまれるんだ あ
いま ゆっくり近づいてくる とがる 口に
とまる 息

風呂から上がり テーブルに 
カップを置き
袋をひらき
ゼエからヒイ をとり出し カップに放り
ユを注ぎ
ゼエ、ゼエ、とヒイはか細く喘ぎ
カップを持ち上げしげしげと見

なんて すずしい色の チ
フフ、匂い もわるくない



 ペパーミント症候群9 作者:凛子

 妻は今日も残業らしい……。あの会社が残業だって? そんなわけない! これはきっと浮気に決まっている。
 これは願ってもない展開になったものだ。男ばかりのあの会社に妻ほどの美しい女が来たのなら、どうなってしまうかなんて目に見えているだろう? オレもこの美貌に惑わされた一人なのだけれど、その浪費癖までは見抜けなかったわけだが……。膨らんだ借金を口実に嫌がる妻を渋々働きに出したのだけれども、これで妻の不貞が原因で離婚ともなれば相手からたっぷり慰謝料もふんだくれるはずだ。借金だって帳消しになるだろうし、なにより二度とあの女と関わらなくていいのなら一石二鳥じゃないか。

 ああ今夜もワインが旨い。うっ……。舌が痺れる! どうしたっていうんだ? だんだんと意識が朦朧としてゆく……。
「アナタのワインに少し細工をさせてもらったわ」
 おまえ! 何故ここに? いったい何をしたんだ……。
「アナタには、いま流行りのペパーミント症候群とやらで死んでいただくわ。そう。あの原因も特定できない謎の病ね。あいにくアナタにはペパーミント症候群の予備軍といわれる症状がありましたからね。借金はアナタの保険金で返済させていただくわ。余ったお金で、アタシは彼との第二の人生を……」



 ペパーミント症候群10 作者:銭屋龍一

 敦は体臭がひどいことがコンプレックスだった。
 中学に入る頃からコロンは手放せないアイテムになった。

 ゆかりは敦に声をかけた。
「どうして嘘ばかりつくの?」
「嘘って?」
「本当のあなたはこんなにおいじゃないのに」

 敦は恥ずかしさで顔がほてるのを感じた。

「いらっしゃい。いいことを全部教えてあげるわ」
 ゆかりに連れられ敦は洗い場に行った。
 濡れたタオルで全身を拭かれていく。

 ゆかりの手が内腿を滑るとき、敦の敦足るものは固く、大きくなった。

 体のすべてを拭き終えたゆかりは自分のセーラー服の前をはだけて、敦に抱きついた。
 乳首を舌先で回し、吸い上げる。
「ああ。この香りが最高ね」
「臭いだろ?」
 敦が言った。
「ううん。ペパーミントのさわやかな/

 敦の体臭を好きだと言ってくれる女の子が消えるのは三人目だった。

「へパーミント症候群、か」
 敦は口の中でそっと呟いた。



 ペパーミント症候群11 作者:瀬川潮♭

 ギニャーンとエレキ三味線が黒く鳴く。
 ド・ド・ド・ドラムにギ・ギ・ギ・ギター。ヴォーカルは俺の魂を聴きやがれとハウる・ハウる・ハウるッ!
 ぃや〜んと観客若い娘たち。卒倒するさまドミノのごとく扇のごとく。すぐに翼を生やして空を駆け巡る。誰もが背中のざっくり開いた衣装を着ているのでいきオクれはない。抜け殻だけが地に残る。
「貴女の背中にも流行を」
 と街角のブティッくのスクリーん。ライ〓を使った映像がまた。
 にっと微笑するエンジェルリッぷは画面を眺める女性。肌を晒した背中に、ばさっと白い翼が生える。飛び立つ空は蒼くアオく、白い雲が流れ周りの天使から穢れなき羽根が舞い散りまいっちスカイスカい。
 ハウるは空を清く震わし、エンジェるは涼しく夢邪気を撒く・播く・蒔く。

「‥‥だから、サヨなら」
 と、目の前の彼女。空のカップと明細を残し席を立った。
 夏の終わりを感じた僕は、彼女を見送るしかない。立ち去る背中に涼しさが溢れている。
 僕は地の底を見るように肩を落と



 ペパーミント症候群12 作者:はやしたくや

 その夫人は東の通りから、もうひとりの夫人は西の通りから歩いてきた。ふたりがすれ違ったとき、ふわっとペパーミントの香りがした。彼女たちはびっくりしたようにその場に立ち止まった。
「あなた、下品なかたね!」夫人は言った。
「あなたがでしょう!」もうひとりの夫人も言った。
 ふたりは真っ赤な顔をして罵りあった。道行く人々が彼女たちの姿をちらっと見ては通りすぎていった。
「そんな香りを誰彼かまわず漂わせているだなんて!」
「わたしのじゃないわ! あなたのでしょう!」
 ふたりは取っ組み合いになった。まわりの人々もさすがに止めに入った。ふたりは髪が乱れ、服がずれ、ハイヒールが脱げた。
「いったい何事なんだ!」町人のひとりが怒鳴った。
「この女が!」
「この女が!」
 ふたりは互いを指さした。
 これ以上、このふたりを一緒にさせてはまずかった。人々はどうにかこうにかしてふたりを説得し、ふたりを違う方向から帰らせた。
 町は再び静かになった。

 ふたりはそれぞれの家に帰り、迎えた夫に言った。
「ただいま、あなた」
 夫は言った。「おかえり、ハニー」
 もうひとりの夫は言った。「おかえり、ベイビー」
 ふたりの夫人はたちまち枯れた。



 ペパーミント症候群13 作者:紫咲

チョコレート、靴下、自動車のタイヤ。ペパーミント入りならなにもかもな商品サンプルを彼女はくんくん嗅ぐ。「こんなもの、犬も買わないわよ」私はテーブル越しに若めのキスをして、猫女を小さなキッチンへと追いはらう。
 広告屋として私はCMを打ち、ポスターを貼る。タレントに発言させ、歴史を捏造し、統計を捨象する。とにかくぺパミンを愛させる。
 商品の選別を個性だと信じる少年少女、虚栄心が伸び悩むサラリーマンウーマン、有閑な主婦主夫にぺパミンは好評。売れ行きは爆発的で廃れなかった。
 産地のおばさんからブッチュされ、国からは呼び出された。記者会見にやってきた文化長官が、「トンミー・パッペー!」
 ふん。やったやった軽薄に。私が流行らせたギャグを。人を意図した通りに操るのは、愉悦だった。
 株主は莫大な利益を手に入れ、私は役員となり、ライバルは消えるかアル中になるかした。妻に慰謝料を払い、マンションと別荘も似合うものに買いかえた。社用車で帰宅する。
 廊下の電気を点ける前に、洩れてくる光と音に気づいた。息子の部屋からで、「受験勉強の気晴らし」だろうと、私はほくそ笑んだがドアは閉まっていなかった。
 ペパーミントを全身に巻きつけて、息子は自慰に浸っていた。悦楽の最中だった。気配を消してベッドに戻った私を、白く始まる朝が涙させた。



 ペパーミント症候群14 作者:炬燵蜜柑

名前を呼ばれると診察室に軽やかに滑り込んで座る。その身のこなしに医師は驚き微笑んだ。
「さっと座りましたね。元気よさそうですよ」
この医者なら治せるかもしれない。僕は妻が浮気しているか不安で眠れないと訴えた。
「嫉妬ですね」
そうそう、その調子。だが、それが僕の病気なのか?他に症状はと尋ねるので、バーガーショップでバーガー&ポテト&ドリンクを無意識に貪ってしまうと嘆いた。
「セットでねえ」
医師が感嘆する。思うつぼだ。いっそ妻に激しく詰問したいと医師に告げた。ほらこんなふうに。医師の肩を激しく揺する。
「そっとですよ、そっと」
手を止めて医師に詫びた。そして薬の処方を依頼した。医師が微笑んだ。わかってくれたのか?僕の病気を。デスク引き出しから瓶を取り出す。カラカラ振ると、手の上にブルーのタブレットが二錠こぼれ出した。すごいぞ、名医だ!医師は嘆息し、僕の病気は一種のパラノイアであると告げた。医師が二錠を僕に渡す。僕はそれを僕の口ではなく、医師の口に押し込んだ。タブレットを噛み砕く音。ミントの香りがした。そして医師がつぶやいた。
「スッとした。あなたもでしょう?そういう病気ですよ」



 ペパーミント症候群15 作者:よもぎ

お母さん、ああ、お母さんの匂いがする。
お母さんの病気を治すためにボクがんばってきたよ。
お父さんのあとを継いで、一生懸命研究したよ。
そう、60年、60年も。
ボクだってもう75歳だよ。
ボクを16歳で産んだからお母さんは91歳?
でもお母さんは今でも10代の女の子にしか見えないよ。
年をとらないのがお母さんの病気だもんね。
病気のせいでもお母さんがいつまでも若くて綺麗でボクほんとによかった。
お母さん、お母さんの髪に触らせて。
ああ、この緑色の髪、なんて綺麗なんだろう。
この髪も独特の匂いもみんな病気のせい。
でもボクはそれが大好きだったよ。
でもお母さんはそれがイヤなんだよね。
みんなと同じがよかったんだよね。
ごめんね、ボク、治療方法が見つけられなくて。
遺伝子異常とかテロメアの活動性の異常とか、原因らしいのはわかったんだけど、ボクにはそこまでしか解明できなかった。
ほんとにごめんね。
お母さんを一人にしてほんとにごめん。
ボクにももうお迎えがきたみたい。
お母さん、ああ、お母さんの匂い。



 ペパーミント症候群16 作者:まつじ

 なんかしらないけど、落ち着かない気分になる。
 夜眠るときに、みぞおちのあたりがもやもやしてどうにも寝つけない。
 月はあんなにきれいだのに。
 おひとつどうぞ、と見ず知らずの葉っぱが身を差し出していうので、ひとの家に勝手に上がりこんで何を言うのか、ひと飲みにする。
 すうっとして、ようやく眠る。
 ということが続いた。
 もう、一と月ほど経つから、よほどよく育つらしい。
 すとんと落ちた夢のなかでは猫もしゃべる。
 あれって何だろうかとたずねると、かんたんに教えてくれた。
 ここのところ、あいつの近くにいると妙にすうすうする、という理由で、寄りつかなくなる人がいるけれど、そんなことってあるだろうか。
 とはいえ、まあ、気にすることではないと思う。
 しかしむしろ、個人的にはもっとすっとしたい欲求が日々つよくなって困る。何をしたらすっとするかしら。
 食事にはだいたい例の葉っぱをかける。
 いまいるところが現実からちがうところへ変わってゆくような心地がする。
 夜に首をのばすとてもとても背の高いキリンの上から飛びおりるときの血の気のひくような感じもわるくないなと考えながらこの体を

 ペパーミント

 という名の鳥に変えて、月をひと飲みにする。



 ペパーミント症候群17 作者:ぱらさき

髪を切るべく美容室へいった。
チョコレートよりは薄めのこげ茶色の髪。
鎖骨下まである髪。
バッサリ。
切った。
パッっとみ少年のように見える髪型になった。

翌日、鏡を見たら、頬にそばかすがあった。
今までなかった(はずだ)から、にきびかと思った。
しかし、それはそばかすらしい。
びっくり。
驚いた。
なんだか、ますます中性的になった。

それにしても、彼は中々私の気持ちにこたえない。
周りからもわかる、大胆アピールだというのに。
あの後輩と私、どっちつかずだ。
がっかり。
ため息がでた。
体を動かしてスッキリしたいな、と嘆く。
そんな私を見て友達が笑っていった。

まるで、ペパーミント・パティみたいね。

なんだそれ。変な病気になったもんだ。



 ペパーミント症候群18 作者:はやみかつとし

「とっとっと、って言葉、意味わかる?」
「とっとっと? 『おっとっと』じゃなくて? ていうか、意味とかあるの?」
「あるんだなー、これが」
「担がないでよ」
「担いでないって。『とっとっと』、これ九州の言葉で、とってますか、って意味なの。『〜してますか』は『〜しとっと』でしょ。だから、誰かがカバンとか置いて席を取ってる風だったら、訊くわけ。『とっとっと?』」
「『とっとっと?』(笑) うわー何だかかわいい!」
「でしょ? じゃあこれは? 『すーすーすー』」
「すきま風!」
「まんまじゃん。じゃなくて、ヒント。『すーすー』は本当に『スースー』なの。吐息さわやか、のね。問題は最後の『すー』」
「あ…そっか。じゃ、それって『スースーする』って言ってるの? まんまじゃん!」
「いや、まんまだけどさ、なんかかわいくない? ていうか楽しくならない? ミントのタブレットなんか頬張ってさ、『すーすーすー!』って爽快に叫ぶの」
「それいい! 『すーすーすー!』」
「すーすーすー!」
「すーすーすー!」
「すーすーすー!」



 ペパーミント症候群19 作者:砂場

 隣に住む魔女がほくそ笑んだ翌日、梅雨が明けた。
 空はペパーミントカラー。そして彼女の名はペパーミント。
 無敵の魔女で、無類のペパーミント好き、だと思う、きっと。
 彼女は三年前の梅雨明けに越してきた。彼女が101号に越してきて名を名乗り、お蕎麦の代わりに大きなハーブの鉢をくれた時から、梅雨明け後の空はあんな色になった。それより前は、もう少し違ったはずだ。もうちょっと、そう、青っぽかった。
 ベランダのカーテンを開けて、眩さに目を細める。
 ガラス扉を開ける。腕に当たる太陽の熱の中に、清涼感が漂う。少し、ひんやりする。街で見かける日傘は、黒より白のほうが増えたみたいだ。
 なんてことだろ。
 でも、わたしの気のせいなんかではない。
 冷凍庫を開けると、一昨日のアイス半額の日にスーパーで買ってきたカップのチョコチップアイスが、わたしの大好きなチョコミントアイスになっているのだから。
 ふたつ取り出す。
 彼女は魔女の割に(?)早起きだ。土曜日の、朝の十時前。102号の玄関を出て、101号のチャイムを押す。
「梅雨明け記念に、いっしょに食べません?」
 笑顔でわたしを招き入れると、ペパーミントさんはいそいそとキッチンへスプーンをふたつ、取りに行く。



 ペパーミント症候群20 作者:東空

二人の紳士がモヒートを飲んでいた。
どっしりとした革張りのソファに脚を組んで腰掛けた初老の男がおもむろに口を開いた。
「最初の気づきは、安吾とサリンジャーの描く同じ五十年代への距離感の相違でした。今日のように暑い夏の日で、同じようにモヒートを飲んでいた。」
ドラムセットのような一風変わったソファに腰掛けた額の秀でた老人が受ける。
「そう、ひょ。君はわしが四百年前の製法を復元した密造ビールを飲みながら初めて打ち明けた、ひょ。神宮外苑に上がる花火を新宿の箱根山から眺めた宵だった、ひょ」
二人は、決して視線を交わらせなかった。各々三十度上方の虚空を見つめている。積み重ねた歳月が二人をそこへ導いたのか。あるいは親しく行き来した当時からそうだったのか。当人たちとて覚えてはいまい。
「先生と最後に花火を見たのは、あのいやらしい張りぼての熱海城の前で凍てつく冬の風に吹かれていた晩でしたか」
「いやいや、ひょ。辻堂の駅前のビルの屋上に忍び込んで、遠く鎌倉の花火を眺めやったのが最後だった、ひょ。ある種の芳香を契機とする青春への追憶は、時間的距離感を物理的に過たせる…けだし発見だ、ひょ」



 ペパーミント症候群21 作者:破天荒

若者はペパーミント・ラブと呼び、年配者はペパーミント症候群と呼んでいるヨーロッパから流行している求愛行動。ペパーミント・ラブとは、女性が1年をかけて苗からペパーミントを育て、2月14日に意中の男性に贈る。受け取った男性は、さらに1年をかけて育て、花を咲かせ女性に贈り戻す。この一連の行為がバレンタインディのチョコレートに飽きた若者たちに強く指示された。地球温暖化の対策としてバレンタインディに植物を贈ったのが始まりだったが、ペパーミントの強い香りが男性の求愛心を喚起したのかは定かではないが、成功率は以前のチョコレートに比べ3割増になったとの報告が日本からなされている。



 ペパーミント症候群22 作者:白縫いさや

 瓶の中のホムンクルスにペパーミントの種が根付いたので、その子だけ違った特性を備えるようになった。根が彼女の背を割っている。芽吹いたばかりの双葉は青々しく、まるで翼が生えたみたいだった。ホムンクルスは喋らない。意思表示をしない。混沌とした意識の海を漂っている。
 最初の変化は、自身の容姿に対する関心の発現だった。髪をいじる、伸びた爪を噛み切る、ガラスの内壁に移った自身を観察する。これらの現象から上記の仮説を立て、瓶の中にビーズを数粒投入してみた。彼女は培養液の中を泳ぎ下り、拳大のビーズを持ち上げる。翌日にはビーズに髪を通し、頭頂部でまとめていた。
 今度は苺味の飴の破片を投入してみた。しかし味覚はまだ発達していないようで、明りに透かすに留まった。
 次に衣服を作製し投入する。彼女はそれが何なのかわからないようだった。瓶の前に子役モデルの写真を立てる。その日の内に彼女は衣服を着ることを学習した。
 私はこれらの発見事実に興奮を隠せずにいた。しかし、間もなく彼女は恋煩いを発症する。瓶に手のひらを押し当て私を見上げる。
 月夜の晩に彼女は亡くなる。瓶の蓋を開けると、ミントの香りがきつく漂った。