テーマは自由1
わたしの転転転転転(……)転生とその死後に提出された作品にはタイトルがなく、受取拒否を危ぶんだ担当天使によって添えられたモーヴ色のリボンのほかには一切の手が加えられていないことが証明されている。展示会はいつでもどこでも盛況で、見学にきた見習天使たちの通ったあとにはぽつぽつと未明の宇宙が産み落とされた。天使たちはまだなにものにも慣れておらず、互いの影と珠の闇を指差しては「ナニナニ、ワケガワカラナイ」とささやき表情を見合わせる。時を見た上級天使の手によってひとつひとつ四次元に収められるやいなや、こんどはいっさんに駆け寄ってきて、われさきに、ふかふかの頬を赤く、平たい胸を高鳴らせ、喜びのあまり夢をつぎつぎに醒めさせた。翼の先っぽを突っつき合わせながら、いつまでも恥ずかしがって、嬉しがって、くすくす歌って、新しい世界に名づけようとしない。見兼ねた老天使が点呼をとったところ、数えられないものがいくつも見つかった。それがおそらくはきっかけだったと孤独な天使が思い至る序章から、ゆっくりでいいから、あなたに読んでほしい。
テーマは自由2
つまんない。
テーマは自由3
ある日目覚めた世界は暗闇で、その暗闇は一生消えないものだった。
光の世界を失った代わりに得たのは音の世界で、そこには失った光に似た何かが広がっていた。どこまでもどこまでも広がっていた。音の世界は自由だった。人間は、生き物は、世界は、こんなにも自由だった。
ぼくのつくる音楽はそれなりにお金になった。お陰で生活に困ることはなかった。自尊心もそれなりに満たされた。
でも、ぼくはからっぽだった。
音の世界は自由だ。どこまでもいけるだろう。でも、ぼくの音が広がれば広がるほど、自由になればなるほど、ぼくはからっぽになった。ぼくはそのからっぽを埋めるためにまた音をつくり、かき鳴らした。どんなに音をつくっても、どんなにうつくしく奏でても、ぼくのからっぽは埋まらないのに。埋まらないどころか肥大したのに。それでもぼくは音を手放さなかった。
だって、ほかにも何もないのだから。
ぼくが知ることは永遠にないけれど、後世、ぼくは盲目ゆえに誰よりも自由な音楽家などと評されたそうだ。皮肉以外の何物でもない。ぼくを苦しめていた自由が、ぼくの音そのものだったというのだから。
テーマは自由4
「新製品のテーマは『自由』だ」
開発主任の宣言に、ラボはざわついた。
「自由って、行動パターンが、ですか?」
「ペットロボットなのに?」
ざわつくのも無理はない。前作で、飼い主に好かれる行動パターンを散々ラボメンバーに要求してきたのは、開発主任その人なのだから。
「これは社長からの命令なのだ」
前作の動きが動物そのものだったことに驚いた社長は、極秘プロジェクトを発動させた。
「ネコのように社会に溶け込ませる」
日本ではそんなに需要は無いかもしれない。が、世界は違う。人々に気付かれることなく目的を遂行できるツールを、権力者や富豪は欲していた。
一年後。
「社長。ようやく試作機が完成しました」
「どれどれ? おお、これはすごい。まさにネコそのものじゃないか!?」
「我が社のAI技術とメンバーの努力の賜物です」
「よし、一ヶ月後に実証実験だ。警察や自治体には内緒だから、失敗は許されないぞ」
「わかりました、社長」
そして一ヶ月後。
「なんだ、あのぎこちない動きは!? 試作時の滑らかさはどうした!?」
「それなんですが、よりネコらしくなるよう思考パターンも『自由』に設定したところ、ネコと思われることを急に嫌がりまして……」
テーマは自由5
全てが空振り、のような日曜日。
立ち読みするためだけに、電車に乗って町へ行く。
テーマは自由6
>おおい、縛ってくれよ。困るんだよ。
声のする方に崩れる様子のものがおり、親切から不慣れにも手近な縄にてそれなりの形に留まり繋がり断たずに済んだようだ。
これで明解。
>見てよ。見てくれよ。
途端に煩くなるものだから気紛れに解くと無意味の体で支離滅裂、また困っている。
可愛らしいといえば、どちらも可愛らしい。
猫と出くわす。
>。
。
目を細め合う。
誰も見ていない。
別に、愛もない。
こんにちは。
そいじゃ、さようなら。
テーマは自由7
テーマは自由8
両親から甘やかされて育ち、職も住処も女も定まらない風来坊のような暮らしを続けた挙句、やはり両親にねだって買ってもらった高級車でドライブ中、単独事故を起こしてあっさり死んでしまった兄の遺体には、一枚の紙が添えられていた。
作品名「〇村 ×男」
(テーマ「自由」応募作品)
結果:落選
テーマは自由9
森羅万象、零と一なる無限との合間、夢幻に揺蕩う。感なる想いは、私なるわたしに消える。留められない写し身は、宇宙の定義を問う。靄と霧が、甘露の光を淡くし、遡及と敷衍の漂いに、凝縮と発散を繰り返す。外には外があり、内には自己相似のそれがある。
もとめてと
あなたのといき
やさしくて
わたしのゆめの
あなたこいして
遠く、近く、哀が愛に躊躇いし、なお時を失う。眩暈の原点は、私ではなく、愛であるだろうか。淡く轟く色に似た宇宙の舞が、形の朧な夢となり、祈りの結晶となった。掌に収まらない意味が、波紋を宇宙に燻らしながら、逆に只ならぬ緊張を齎らした。私はあなた、あなたは私。ひとつに消える。
テーマは自由10
真っ白なキャンバスがありました。
傍には「自由をお描きください」と看板が立ててありました。
セーラー服の女の子がやってきて、カゴから飛び立つカナリヤを描きました。
自転車に乗った子どもがやってきて、大海原を泳ぐクジラを描きました。
坊主頭の男がやってきて、格子ごしに見える月を描きました。
いろいろな人がやってきて、上から上からどんどん絵を重ねていきました。
やがてキャンバスは真っ黒になりました。
通りすがりの人々は首をひねって絵の前を通り過ぎました。
夜になりました。
暗くて真っ黒なキャンバスは見えませんでした。
けれども見えないキャンバスの上を自在に駆け巡る何かがありました。
ヒョーザザッツィーツイィーザンックルクルクルツイィーツィークルクルザンッ
青い炎を閃かせ、光る花びらを散らし、あるがままに思うがままに飛翔するのでした。
次の朝、真っ白なキャンバスがありました。