500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第190回:五月雨式


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 五月雨式1

 結婚と無縁の暮らしであるが、友だちの式には出席した。雨男の幼なじみが、雨女と式を挙げた。式の日は当たり前のようにどしゃ降りだった。少し早い梅雨のせいだと、言い張る二人だった。



 五月雨式2

 小学生、6年生だったと思う。修学旅行の後だったので。ヤチとは同じクラスだったり別のクラスだったりしたけれど、6年間一緒に登下校した。そのよく晴れた日だった。下校中の路上で弱ったイモムシにアリがたかっているのを見つけた。道沿いには庭のある家が多く珍しいわけではなかったけれど立ち止まってちょっと眺めていると、ヤチが突然畏まった口調で宣言した。
「ただいまから五月雨式を始めます。」
ヤチは時々そうなのだ。
「あつめて早し最上川、皆様御唱和ください。」
「あつめて早し、はいっ!」
と促すので、一緒に
「最上川」
と言った瞬間に手に持っていた水筒の蓋をぱかっと開けて、残っていたお茶を一気にイモムシに注いだ。

 中学に上がってあまり接点が無くなった頃だった。トイレの個室にいるとドアの向こうから
「ただいまから五月雨式を始めます。」
と聞こえたので慌てて身支度して飛び出した。ヤチがバケツを構えてニタニタしていた。

 高校は別々だったが、夏休みには五月雨式に相応しいウォータースライダーを求めて少し遠くのプールまで足を延ばした。

 今はそれぞれ会社員で、帰省の時季に五月雨式の開催について連絡がくる。飲みに行こうってことだ。



 五月雨式3

 友人が、また死んだ。
 こうして通夜振る舞いという名の同窓会するのは何回目だ? なんて話も擦りすぎてヘタるぐらい回数が多すぎる。
「言うても歳だしな」
 と、老けない顔した老け顔がいつものように嘯くが、来週聞きに行く精密検査の結果にハッキリと厭な予感を抱いているそうだ。
「とはいえ、もう年内はいらんな」
 と、老人のロールモデルみたいな老人が天井を見上げて噎せる。
 死ぬ確率は上がっていくけれど、独立事象の数は減っていくのだから、全体での発生回数は減少するはずだ。確率的に。検証できるようExcelに数字を入れないと、なにも信じられない程度に歳だ。
 次は自分の番だと突きつけられている気もする。サイコロを振れ。ルーレットを回せ。カードを捲れ。まるで引き潮に残され座礁したボートみたいだ。海底が見える内に歩くしかないが、ゴールは死だ。
 線香の臭いにまみれてビールを呑むのも、故人の悪口をツマミにするのも、当たり目の如く乾いた烏賊の握りを口にするのも、これが最後かもしれない。悪い想定も苦い思い出も転がりだしたら止まらない。
 ん? この握り、誰が握ったんだ? あそこの大将が死んだのは・・・



 五月雨式4

『ねえ、メイグルームって知ってる?』
 喫茶店の隣の席に座る女性が、向かいの男性に切り出した。
『いや、知らないけど?』
『だよね。私も最近知った言葉なの。今流行ってるんだって』
 へえ、何だろう、そのメイグルームって。
『対になる言葉はね、ジューンブライドっていうの』
『それは知ってる』
 そっか、グルームって「新郎」だったっけ。
『ジューンブライドってね、江戸時代の偉い発明家が考えた言葉なんだよ。ほら、不人気の梅雨でも式を挙げてもらえるようにとキャンペーン打ったとか』
 ぶぶっ!
 ヤバい、コーヒー噴き出しそうになった。
『へえ、そうなんだ』
 男も納得するな。土用の丑の日じゃないんだから。
『江戸時代は漢字で六月晴式って書いてたんだけど、明治になってジューンブライドになったらしいよ。そんでもって今は五月雨式(メイグルーム)がブームなんだって』
 なんだよその歴史。というかどっちも雨?
『だからね、私のメイグルームになってほしい……の』
『えっ、それって……』
 チラリと隣りの席を見ると、女性も男性も下を向いて顔を真っ赤にしている。
 私は席を立ちながら「ごちそうさま」と二人のプロポーズを祝福した。



 五月雨式5

「どうよ? この糞モテっぷりは」
「そのモテからのトリクルダウンは拒否るなー」
 アプリのがいい男に会えるっても、いきなり知らん男と1on1はしんどい。数件実地検証もした。で、久々に開催される街コンとやらに参加してみたのです。
「誰とも知らん『カネコ』で盛り上がってたヤツらから、我慢汁ダダ漏れLINE来んの?」
「糞LINEからのワンナイト。ある夜」
「中学生の罰ゲームか」
「日本男児は分別ないもんね。永遠アセクシャルやアロマンティックとか理解できんべ」
 不意のインテリジェンスに人心地つく。
「鈴木涼美が言いそう」
「超露骨にね」
 結論。やはり街コンとやらの量は質を担保しない。
「こちとら色気の欠片も無いからって、押せばワンチャンとかって発情するチンコ脳め! で、紛れ込む仕事のSlack! キィィィ!」
「あんたの鎖骨なら発情するけどねー」
「ワシのデコルテはワシのもんじゃ!」
「『鎖骨』のがエロいのに」
「Slackまで止まらん!!!」
「五月雨てこその生の実感だねぇ」
 明日の仕事や浮腫を考えられなくなるほど呑まなきゃならんのかと今から頭が痛く、尚更呑むしかない。この店、生レモンサワーなのに糞かっっったいけど。



 五月雨式6

ふよふよふよとマイナポイントなむ降る