
小鬼の秘密1

埃をかぶった、納戸の奥の長持からくしゃくしゃの反故紙を掻き出して、小鬼は大事に木箱にしまっている。木箱は、小鬼の宝物入れだ。そんなごみを、と家のものは鼻白むが小鬼は蒐集を止めようとしない。わたしは国語の先生をやっていたお爺ちゃんから、「ロングロングアゴー、大昔、紙は貴重だったので、書き損じや、帳面の裏の余白をメモ代わりにフルに使ってた」と聴いたことがある。なので、小鬼も、例えば定家の未発見の和歌などが書き付けられた紙背文書を捜しているのかな?といぶかった。小鬼はそんなわたしの懐疑をてんで気にせず、木箱をくしゃくしゃの紙でぎゅう詰めにして息を切らし、高揚してる。
小鬼の秘密2

綺麗な町の外れに雑言ひとつ吐かない小鬼が住んでいて、口からぽろぽろと綺麗な氷の言葉を吐き続ける。陽光を受け八方に煌めく氷の言葉は、昼の温みで即座に形をなくし地に落ちる。溶け落ちた氷の言葉は土中に沈み、ひっそりと冬を待つ。
深い冬の底で形を得た氷の言葉が地を持ち上げる。不規則に隆起した地の塊は、世を謳歌していた町人の家屋を倒し、田畑を割り崩す。地の隙間から湧き出た氷の言葉は、今や数え切れぬほどの悪口雑言。陽光を吸い取り八方に暗影を投じ、大音声で地に満ちる。
氷の言葉を寝床に地から生まれ出ずるは小鬼の卵塊。時を移さず湧き出た小鬼たちは八方に飛び散り生を得る。小鬼たちは手に持つ火箸で地の氷を捕らえ、背に負う甕を満たしていく。囚われの氷は甕のなかで騒ぎ回り、割れ崩れ小片となり形をなくす。小鬼たちは溶けた水で満ちた甕を背に町中を移り歩き、ぽつりぽつりと小屋を建て暮らし始める。
雑言ひとつ吐かない働きものの小鬼たちは、田畑を起こし、甕に溜めた水を撒く。小鬼たちは綺麗な氷の言葉で綺麗な町を築きあげ、楽園を探し求める数多の人を呼び込み。
ひっそりと、冬を待つ。
小鬼の秘密3

人知れず、里帰りをしている。
宇宙船に乗って、臆病な彼らは。
それでもたまに、この星を見たくなるのだ。
小鬼の秘密4

最近奴は融の部屋に籠っている。私のお古のPCに入れた教材のツールでゲーム作成を試みている。存在を融に気付かれていないのをいいことに結構やりたい放題で、自分のアカウントも持っているのだ。
融が生まれた時嬉しかった。ずっと、家族の中で奴が見えるのは私だけだった。私の子供なら奴が見えるのではないか、そう期待した。思いは奴も同じだったようで、融が物心つく前から色々いたずらを仕掛けていたが、努力空しく視界に入れられないまま今に至る。その過程で人の子向けのコンテンツの威力を思い知ったらしい。ランドセルの中身を入れ替える等の古典的ないたずらをやめて、自分をキャラ化したゲーム作りに着手した。だが進捗は芳しくない。本を介して移動する特殊な能力を持った奴でも、IT技術には馴染み難いのだ。今のところ融の方が先を行っている。
私が融のPC利用を遠隔で管理するついでに、奴のアカウントを覗けることに奴は気付いていない。パスワードがまんま名前なのだが、私が奴の名前を知っていることも知らないだろう。昔話の頃から変わらずセキュリティが甘い奴だ。
小鬼の秘密5

畑の作物を盗む者がある。爪痕で分かる。小鬼である。
小鬼の触れた作物は病になるという。
まったく迷惑な話で、罠を仕掛けるのだが、存外に頭が回るようで捕らえられない。
辛抱強く夜の闇に紛れ込み、待つ。待つ。待つ。
わずかに音の変化があり、影の動くのが見える。影は、複数ある。
ばらばらに畑を移動する影が、どういうわけか、やがて一つの苗に集まる。
銃声が轟く。
カラスが喚きながら、数羽飛び立った。
引き金には指を掛けたまま、ゆっくりと立ち上がり近づく自分の足音がやけに耳に残る。
果たして、小鬼を仕留めることはできなかった。
その場に落とされた果実は、土の上で崩れていた。
小鬼の触れた作物は病になるという。
少し離れた枝で羽を休めながら、相変わらず邪魔な小鬼どもめ、とカラスは思っていた。
そのくせ、不味そうなものばかり食べるのだ。阿呆ではなかろうか。
また畑に近づこうとするが、小鬼たちの眼がこちらを見ているようで、腹立ちまぎれにカアと鳴く。
小鬼の秘密6

僕は、代々続いている家の蔵にいる。僕の姿が見えるのは、母屋に住んでいる坊だけだ。
坊に会ったのは、村はずれにある小さな神社。その神社の御神木に、雷と一緒に落ちてしまった。その時、僕を連れ帰り蔵に置いてくれた。
それからは日照りが続いて困っていると聞くと、僕の小さな魔力で雨を降らせた。僕がしている事は誰も知らないけれど、とにかく小さな親切をして、少しずつ魔力を溜めていった。
大人になった坊には僕が見えなくなり、そのうち蔵にも来なくなった。寂しかったが、それでも僕はコツコツと魔力を溜めていった。
ある年の梅雨明け間近、坊が都会から里帰りをしてきた日。空には、大きなグレーの雲、雷。蔵が開かれ、坊が入って来た。
「本当は昔のように、そこにいるのでしょ?」
僕は少しずつ体を表し、坊の前に立った。
「ああ、やっぱり。その姿は、小鬼? 頭に角が。ここに連れて来た時には、なかったよね」
「うん」
「日照りが続いても、この村だけは雨が降る。不思議だねと、皆がよく話していたよ。それって、君がやっていたのだよね?」
僕は、目を丸くした。そして、丁度落ちて来た稲妻を駆け昇った。
「知られたかー」
と、声だけが残った。
小鬼の秘密7

鬼が走っていた。森を抜けて開けた先に二人連れを見つけた彼は叫んだ。
「おおぉぉい待てぇぇえ」
鬼の地声の凄まじい威力に彼らは地面に突っ伏した。そして近づいた彼にやおら起き上がった片方が叫んだ。
「何すンでいっ!」
男鬼は消えそうな声で「すまん…」と言ったが女鬼は「ちったぁ加減せンね!大体…」と益々声を荒げた。
「おっ母もう良かンね、おっ父どしたンね?」
様子を見ていた子供が間に入った。
「あ…ああ忘れもンだ」
大事に握りしめていた掌には小さな角。
「どおりでほっかむりし易い思ぉた」照れ笑いをしながら手拭いを外した子供は額にちょんと角をつけて小鬼になった。
「すまんねぇ気づかんで」
急にしおらしくなった女房に男鬼は微笑むと来た道を戻って行った。
「気ぃつけてねぇぇ!」
あっという間に見えなくなった姿にその声は届いただろうか。
「お寺の皆、もう知っとぉにね」
呟いた子供に母親は眉をひそめて返した。
「用心に越した事ぁ無ぇ。それに今は他のもンもおるで…ああ…ホントに…大丈夫かねぇあン人」
「おっ父は強いンだよぉ!あンな奴らに負ンよ」
「知っとぉよ…」
女鬼は伏し目がちに微笑んだ。
小鬼の秘密8

「あ、また、角が出た」
いつからか母は、小言を言っている時に額の少し上の皮膚が盛り上がり、小さな角が生えてくるようになった。
何日か経つと、小さな角が生えた小さな鬼が目の前をチラチラするようになった。その小鬼は、何かしているようだ。
9月、こんな時期に転校生が来た。イケメン、優しそう、好印象の声が聞こえてくる。え、私には小鬼の顔に見えているのに。
図書室から出ると、その転校生が近付いてきた。
「校舎内を案内してほしい」
周りは薄暗くシーンとし、逢魔が時になっていた。2人の足音だけが、廊下に響いている。
私の隣にいる転校生が、物の怪に少しずつ変化していく。
「俺が何をしていたのか、感づいていたのではないか?」
「え、何? ここが美術室ね」
私はとにかく、気が付かない振りをした。その間、誰にも会わない。
そして校門を出て少し歩くと、にぎやかな商店街が見えてくるはず、それなのに。
「其方、何を絶句しておる? 目の前に見えているものこそが、現実だ」
そこには、額の少し上に小さな角が生えた小鬼だらけになっていた。
「俺のしている事が、人間どもにバレるとまずい。悪いが、其方は私の餌だ」
えっと言う間もなく、私の頭は食われていた。
小鬼の秘密9

えっ? 鬼隠村の様子を教えてくれって?
かんべんしてくれよ、あの光景だけは思い出したくねぇんだ。
来週、鬼隠村で作業する?
だからぜひって、仕事なら仕方ねぇな、話してやるよ。
俺もひどい目にあったのは作業中だったからな。
まずな、鬼隠村に着くと役場の担当者が言うんだよ。
「この村には、秘めたる場所に小鬼が隠れてます」って。
だからその場所はどこかって訊いたんだ。そしたら「秘めたる場所です。それ以上は分かりません」って言うんだよ。それって無責任だと思わねぇか? 発注者なのによ。
仕方がねぇから俺達は山の現場で黙々と作業してたんだ。重機を使ってな。
ある日のこと、平べったい岩をどかさなきゃいけない事態が生じたんだ。
嫌な予感がしたんだよ、そん時。正に秘めたる場所だからな。
ほら、もう予想がつくだろ? 俺達が重機を使って岩をひっくり返したら、いたんだよ小鬼が。
ああ、思い出したくもねぇ。それはそれは本当に密だったんだ……
小鬼の秘密10

よく見たら、見知った鉱夫の少年じゃった。おまけに女の子までおる。
昨夜から石たちが妙に騒いでいたから下におったのじゃが、まさか小鬼が二匹もおるとは。
「ポムじいさん」
いつからか、じいさんと呼ばれるようになった。小鬼から見ればじいさんなのは間違いない。とんと思い出せないほど昔からじいさんじゃが。
石たちの声が聞こえる。
仄かに女の子の胸元が青く光っておる。
「いやぁたまげた、あんたそりゃ飛行石の結晶じゃ」
その昔ラピュタ人だけが結晶にする技を持っていたと聞いたが、このような大きな結晶とは・・・小鬼たちは、不安げにワシの顔を見上げとる。
「力のある石は人を幸せにもするが、不幸を招くこともようあることなんじゃ」
不安を煽るつもりはないが、安易な嘘で安心するような子たちでもなかろう。
ちゃんと知ることは、己の身を守ることにもなる。
「ましてその石は、人の手が作り出しておる」
ただ、今のワシには眩しすぎる。子鬼たちよ。無事でな。
小鬼の秘密11

父の角は立派だった。だから人間に狙われた。
母の角は美しかった。だから人間に襲われた。
今際の母から成長しない呪いをかけられ、さすらい続けた。
髪の中に未熟な角を隠した。
成長しないことをやがて怪しまれる。そこを去ってゆく。
河原の集落で美しい娘を抱きしめようとしたが、拒まれた。
ほうぼうの領主は目まぐるしく変わり、武器も金臭くなり、あちこちの大地が血を吸った。
いつしか、戦のすなぼこりが静まってゆき、血と屎尿の匂いは薄れていった。
星の巡りはずっと変わらない。
北辰を眺めながら、そっと角をまさぐる。
ぼろりともげて、落ちてしまった。
星あかりの中、落ちた角を眺めていた。
投げようと拾い上げ、まだ温もりが残っている角を結局、袂へ入れた。
さようなら。
北辰を見上げる。星々は変わらず瞬いていた。
小鬼の秘密12

すれ違いざまに「グイズ」言われた北京の14:23。なんのことかサッパリわからないので、
「OK、Google」
eSIMはやっぱり便利で、海外をフラフラする身の上としては、いちいち通信を気にしないで済むのは助かる。現代文明は最高でしかない。
「貴子」
ディスプレイに漢字が表示されたけど、たかこ? きこ? もちろん「菫」と名付けられたわたしを指し示さない。字面をそのまま解釈するのならエレガンスの形容に見えるけど本当?
そのまま和訳させると、文字通りの意味が表示された。
「マジか」
意図せずこんな雑な日本語が口を突くと、しみじみ日本人だなぁという気になる。いちいち、ウンコや性行為を吠える英語ネイティブよりかは幾分マシな気もするけど、どっちもどっちか。
振り返って見ても「グイズ」言った人は見当たらず、そもそも姿形を覚えていない。覚えているのは・・・声。声!
現代文明にもう一度、二度声をかける。記憶の声を自分の声帯と舌で再生する。三度目に違う結果が導かれる。
「ああ」
たとえ血縁でも、話したことすらない誰かの怒りをキープする体力の無いわたしでは、ただただ、やりきれない。
小鬼の秘密13

えんぴつ書きの「封」シールを見た途端、直感する。あ、これは痛いヤツだ。
懐かしいクッキー缶の中身を畳に広げたらタイムカプセルのようで、ひとつひとつ眺めていたら一番下の薄い包みに封がされていたのだった。
多分、私が貼ったんだろうな。裏返しても透かしても、変色したわら半紙で丁寧に包まれたその中身を全然思い出せない。少しためらい、ハサミを入れる。
折り畳まれたわら半紙を取り出すと、かすかな光の軌道が見えた気がした。なにか落ちた? 指の腹で探るとかすかに光るものが見つかった。白い、毛?
わら半紙にはひらがなが並んでいた。
「こおにのひみつ
ひらいたら
おもいだしてしまう」
え、なに?
頭の片隅がきしむ。記憶の回路がねじれてゆく。気持ち悪い。
もう、開いてしまった。口を覆う。
…そうだ、タクミなら分かるかも。
「ねえ、これと白い毛みたいなのが出てきたんだけど」
私と同時に帰省していた弟はメモを読み、白い毛をつまみ上げた。
「ばあちゃんの毛じゃね?」
「…は?」
「覚えてねえの? ばあちゃんが言ってたろ?」
タクミの瞳孔が開く。テーブルの麦茶の氷が、ふいに大きく鳴った。
小鬼の秘密14

角が一本、目が一つの小鬼は力持ち。
角が一本、目が二つの小鬼は足が速い。
角が二本、目が一つの小鬼は歌が上手。
角が二本、目が二つの小鬼は頭が良い。
小鬼たちは仲良しで、いつも一緒にあそんでいる。じつはそれぞれにそれぞれを羨ましがっているけれども、くやしいので口にはしないまま、いつもみんなであそんでいる。
うわさでは、角や目を取り替えれば、その能力が手に入るらしい。と、良からぬことを考えもするが、小鬼たちにその勇気はない。なにより、あそべなくなるとさびしいから、想いは秘めたままにしている。
小鬼たちはまだ知らない。大鬼たちの行く末を。そして今日もまたみんなで人ごっこをしてあそんでいる。