1st Match /
タンポポ戦争
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見知らぬ男と祝言をあげた。男は出征前、庭のタンポポを摘み取り冠をつくって皐月の頭の上に載せた。かさついた男の唇が皐月の唇に触れたとき、初めて皐月は恋を知った。 |
一面の黄色いタンポポ。その中にタンポポの頭を一つひとつもいでいる老婆がある。見寄はいない。歯も無い、目も無い、味も無い、何も無い。破瓜の痛みさえ知らない。そんな真っ白な老婆が首のないタンポポに囲まれ、いつしか冷えた幻想の虜となっている。 |
2nd Match /
遠い遠い風景の向こう
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丘を走り続ける少女のほつれたワンピースの先を僕は握っている。菩提樹に燦々と太陽が照る。僕らと菩提樹との距離はまだ遠いのに、菩提樹は今にも僕らを咥えこみそうなほど膨らんで大きい。僕は少女のワンピースから伸びた糸を握ったまま、見失わない程度の速度で少女を追う。 |
きみは回廊を巡らなければならない。 |
3rd Match /
砂の城
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砂のすり鉢がさらさらと広がっていく。足跡をひとつ消すたびにすり鉢はスピーカーのように振動し、さらにその輪を広げていく。城は真っ先に飲み込まれた。城を失った城主はもはや城主ではなく、何者でもない。そう気づくと男は歩みを止め、前方の夕日をただ眺めた。消えゆく光は紅茶を思い出させた。紅茶を入れているあいだに、よくホールケーキをスプーンで取り崩しながら食べたものだ。砂時計が落ちきるより、たいていはケーキの崩れ落ちる方が早かった。そんな日々はもう戻っては来ないのだ。 |
海が見渡せる丘の上は、にぎやかな鳥の声に満ちている。彼らの体にはスピーカーが埋め込まれていて、どんなに高い空にいても声が届くようになっているのだ。 |