500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

1st Match / タンポポ戦争
・老人を主人公とすること

赤コーナ : たなかなつみ

 見知らぬ男と祝言をあげた。男は出征前、庭のタンポポを摘み取り冠をつくって皐月の頭の上に載せた。かさついた男の唇が皐月の唇に触れたとき、初めて皐月は恋を知った。
 南方で戦死したと告げられた男の遺骨は見つからなかった。ただ、死地となった島の砂の入った箱が、皐月の手元に届けられた。皐月はその砂を、庭にまいた。
 庭には毎年タンポポが咲いた。皐月は春になるたびタンポポを摘み取り、冠をつくり、なにも埋葬されていない男の墓に手向けた。庭を守り墓を守り、皐月はひとり老いた。
 やがて戦火が拡大し、皐月の街も爆撃を受けた。家が倒壊し皐月は倒れた。(もう一度花冠をつくってください……)皐月の辞世の言葉を受けて、皐月の庭のタンポポたちは進撃を開始した。投下される爆撃を飲み込みながら増殖し、戦車を兵士を駆逐した。
 やがて風が種を運んでいく。山を越え、海を越え。名もなき南方の島にたどりつく。
 そこにはひっそりと、ただ1本のタンポポが自生していた。その花に寄り添うように、皐月のタンポポの種は着生した。けれどももう、花冠をつくる人は、どこにもいない。広がるのは、見渡すかぎりのタンポポ畑。

青コーナ : 峯岸

 一面の黄色いタンポポ。その中にタンポポの頭を一つひとつもいでいる老婆がある。見寄はいない。歯も無い、目も無い、味も無い、何も無い。破瓜の痛みさえ知らない。そんな真っ白な老婆が首のないタンポポに囲まれ、いつしか冷えた幻想の虜となっている。
 大人が邪悪な方法で少女を襲う。しかし少女は歌いながら軽やかにそれらを斥けるのだ。大人を叩きのめしては残りなく首を刎ねる。手に入れた土地で少女は少女を生む。生まれた少女もまた少女を生み、野には果てしなく歌声が満ちみちてゆく。
 どこからともなく見知らぬ少女だ。けらけら笑いながら終わる事ない諍いが始まる。侵略し合うのである。枯れ草に火を抛つが如く戦渦は拡がる。打ち勝てば土地を獲得して少女を生み、負ければ頭をもがれる。それだけが絶え間なく繰り返される。首のない少女の死体がどこまでも積まれてゆく。みな同じ顔で微笑みを浮かべる。少女が生まれる。歌声が漲る。
 面も振らず老婆はひたぶるタンポポを縊り、毟ってゆく――あたかも狂った彫刻家の風に。何となればこれら黄色い花はいずれ綿毛を膨らませてしまうのだ。その白い姿は見るに堪えられないだろう。理由は老婆自身よく判らないのだが。



2nd Match / 遠い遠い風景の向こう
・動物を登場させなくてはならない

赤コーナ : マンジュ

 丘を走り続ける少女のほつれたワンピースの先を僕は握っている。菩提樹に燦々と太陽が照る。僕らと菩提樹との距離はまだ遠いのに、菩提樹は今にも僕らを咥えこみそうなほど膨らんで大きい。僕は少女のワンピースから伸びた糸を握ったまま、見失わない程度の速度で少女を追う。
 少しずつ少女のワンピースがほどけてゆく。少女は下に何も着けていないので、すでに腰までほどけたワンピースからは生白い尻が丸見えだ。少女が脚を前後させるたびに揺れ、目を侵す。誰に手繰られているわけでもないのに気づくと僕の服もほつれ始めている。半ズボンから垂れた糸が膝小僧の裏を打つ。
 ふいに横を影が過ぎた。ここいらでよく見る痩せっぽちの犬だ。浮いた肋骨の間に食べ物を詰めこまれているが口が届かないので食べられず、だからいつでも飢えている。犬が、肉づきのよい少女の尻にかぶりつこうと跳び上がるのを僕は見た。
 少女はすぐさま身を翻し、ほつれた糸で犬の頸を締め上げた。肉を絶たれ犬は絶命する。少女は僕を振り返ったが、遠く表情は読めなかった。手を揺らして糸の先をしっかり握っていることを伝えると、少女は再び走りだす。僕も、また。
 膨らんだ菩提樹が裸の僕らのたどり着くのを待っている。

青コーナ : 松本楽志

 きみは回廊を巡らなければならない。
 お堂は小さく、すぐに元の場所に戻ってきてしまう。海に囲まれているのがわかるだろう。しかし、それは太陽が昇り沈むための時計にすぎない。きみは他に行くところがない。
 きみは回廊を巡らなくてはならない。
 お堂は障子に取り囲まれ、固く固く閉ざされている。太陽が海の彼方に消えると、障子の向こうに幽かな影が踊る。影はすぐにその形を変えて、捕らえどころがない。きみはすぐにはその形を見定めることは出来ない。
 きみは回廊を巡らなくてはならない。
 きみの頭上を何度、太陽が通り過ぎたか。あるとき、きみは影が幽かに息づいていることを知るだろう。しかし、影は定まらない。
 きみは回廊を巡らなくてはならない。
 やがて影がひとつの形を取ると、障子が静かに開かれる。
 そこには一匹の動物が立ちすくんでいるだろう。そのずぶぬれの幼い動物はきみだ。あの回廊を巡っていたきみではない、新しいきみだ。振り返れば回廊も海原もなく、暗闇がある。彼方から、一条の光が差しこむ。光源に向かう、たくさんの獣たちが見える。きみもまたいつしかその群れに混じっている。
 きみは生きなければならない。



3rd Match / 砂の城
・「光」「スピーカー」「赤いペンキ」という言葉を使うこと

赤コーナ : タカスギシンタロ

 砂のすり鉢がさらさらと広がっていく。足跡をひとつ消すたびにすり鉢はスピーカーのように振動し、さらにその輪を広げていく。城は真っ先に飲み込まれた。城を失った城主はもはや城主ではなく、何者でもない。そう気づくと男は歩みを止め、前方の夕日をただ眺めた。消えゆく光は紅茶を思い出させた。紅茶を入れているあいだに、よくホールケーキをスプーンで取り崩しながら食べたものだ。砂時計が落ちきるより、たいていはケーキの崩れ落ちる方が早かった。そんな日々はもう戻っては来ないのだ。
 砂のすり鉢はさらさらと進んでいく。ついにその縁が地平線にまで達すると、夕日は赤いペンキみたいにばしゃっと流れ落ちた。

青コーナ : 春名トモコ

 海が見渡せる丘の上は、にぎやかな鳥の声に満ちている。彼らの体にはスピーカーが埋め込まれていて、どんなに高い空にいても声が届くようになっているのだ。
 丘には芸術家の男がただひとり住んでいた。彼が白いペンキを含んだ刷毛を空に向かって振り払うと、飛び散ったペンキは鴎になって海へ飛んでいく。赤いペンキを口に含み生い茂った草の上に吹きかけると、そこに鮮やかな花が咲く。
 男は黄金の城を作っている。波打ち際の砂は月の光がしみ込むと金色になるので、その砂を丘の上まで半日かけて運ぶ。男は城を百年以上作り続けていた。巨大な城は夜になると月のように淡い光を放つ。
 にぎやかだった鳥たちが突然墜落する。鴎も花も形を失い海へ消える。輝く城は端から崩れ、砂はキラキラと海へ飛ばされる。
 その度に男は鳥の残骸を拾い集めて組み立て直し、刷毛を振り払い、ペンキを吹きかける。浜辺の砂を運び完成することのない城を作り続ける。気が遠くなるほど繰り返されていく日々。
 男は目を射抜いた太陽に手のひらをかざす。砂がついた手の輪郭が赤く透ける。彼は自分の体が崩れて海へ還る日を百年以上待っている。