500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

1st Match / 土を運ぶ
・一人称で書かねばならない。

赤コーナ : タカスギシンタロ

 おまえは大きくなりすぎたんだよ。たいていもっと小さいうちに捨てるんだ。そんなものかって? そんなものだよ。やめなよ。ちくちくと痛いよ。おまえのあたまに植えた松だよ。根引きの松だったか、大きくなったものだね。わたしがいつか登りたいと言ったら、おまえも登ると言って笑ったね。いや、なつかしい。だが行こうじゃないか。おまえは大きくなりすぎたんだよ。
 さあ着いた。ここでお別れだ。だめだよ。立ち上がってはいけないよ。ここでじっと座っているんだ。わたしが迎えに来るまで立ち上がってはいけないよ。そんなものかって? そんなものだよ。いつかわたしが迎えに来るから、そのときはおまえも立ち上がって迎えておくれ。こんなふうに手を振って。いいかい、約束だよ。だからそれまでは、さようなら。さようなら。

 そんなわけでこんなわけで。わたしを一本松の丘に埋めとくれ。

青コーナ : パラサキ

ギンギラギンと太陽が、照り付けるから母さんが
僕のために出してきた、まっかっかなふちしたビニールプール。
ジャバジャバとお水が、プールの八分目間で入ると母さんは
僕を残して家の中へと入っていった。

よし、始めよう

ピカピカリンなバケツは、買ったばかりだけれども
お庭の土を山盛り入れて、ビニールプールの中へ

バチャァッ

はい、もう一度

ザバンッ

お庭の土を取りすぎると、きっと怒られるから
近くの家の花壇の土を、ほんのちょっともらっちゃおう。

ボチャァッ

何度か繰り返したら、プールの底に土がたまってきた。
僕が住んでるこの島は、これを何度続けたらできるんだろう。
海に何回土を運び入れたら、島ができるんだろう。
神様は凄いよなぁ。

僕、疲れたかも

パシャン

土と水に分かれていたプールの中に足を入れてみた。

ヒヤリと水
ヌメリと土

バタンとタイミングよくお母さんが、様子をみにきて
大きな声をあげたりするから、僕はにっこり笑って

「泥風呂ってお肌がキレイになるってTVで見たよ!」

足元で、土運びに巻き込まれたミミズがニョロリ



2nd Match / 祈り
・涙に関する物語でなくてはならない。

赤コーナ : 峯岸

 涙が流れているとそれだけで胸がぎゅってなって哀しいのかそうじゃないのかよく判らんくなってしまう。涙が止らんくなってもうどれくらい経ったろう。ただ、ずっと胸がぎゅっとなってる。目は冷やすと気持ち良い。
 朝、起きると枕に敷いたバスタオルがびちょびちょになってて顔を洗うとき絞るのが毎日になってる。いつも泣いてるのが当たり前だから表へ出たってもう誰も驚かん。きっと涙が止ったらみんな仰天するだろうか。いじわるはたのしい。驚かせてみたい気もするけども涙が涸れたら、きっと、ちょっと怖い。
 いつも泣いているのが気になるみたいで、いつもこちらを見ている男の子がいる。走るのが速くて、細い子。気にされると気になるのがうつるから、もうお互いが好いてるはず。でもそう思えば思う程、気のない素振りばかりしてしまう。いじわるはたのしい。それに、きっと涙が止ったら何とも思われんくなってしまうもん。いつまでも涙が溢れていれば良いのに。かみさま。
 大人になると涙は出んくなるもんだと教えて貰ったことがある。思い出すたびに、へん、て思う。だからやっぱり気のない素振りをしてしまう。いじわるはたのしい。いじわるはたのしい。

青コーナ : 空虹桜

 数多の人がミネギシズムに泣かされている。今もなお。
 けど、だからアタシはミネギシズムに侵されたくない。「涙」を。
 自由題に書いた「涙」を。
 伝わらなくたてもいい。わかってもらえなくたっていい。
 ただ、読んでもらいたい。
 ミネギシズムに侵されていない「涙」を読んでもらいたい。
 神様仏様峯岸様。お願い。
 今回選者のたなかさんに、ちゃんと「涙」が届きますように――
 はぁー すぅー
 深呼吸一つして、クリック!



3rd Match / 空から降りてくるもの
・文房具を登場させること

赤コーナ : たなかなつみ

 「荒れ地」に派遣されてからどれぐらいになるのか、もう忘れた。見張り続けるのがわたしの仕事だ。朝、日が昇ってから、夜、日が沈むまで。テントに帰って薄いスープをすする。カンテラの灯の下で、ペンを走らせる。目撃物なし。目撃物なし。目撃物なし。
 ある日、いつもと同じように双眼鏡をかまえるわたしの目の前を、白いものが降りてくる。わたしは空を見上げる。それは雪でもなく、砂塵でもなく、ただ、白い、霧のようなもの。わたしは目をこする。「荒れ地」が、どんどんと白いもので覆われていく。
 わたしは急ぎテントに戻り、ノートを広げる。ノートの上にも白いものが降り積もり、もうすでにそこに文字はない。ペンの上にも白いものが降り積もり、それはもう文字を書く機能を放棄している。わたしの上にも白いものが降り積もり、わたしであることを放棄しようとしている。空からは途切れもなく白いものが降り続け、わたしのよりどころであった「荒れ地」自体もかき消えていく。
 存在物なし…… わたしのつぶやきを最後に、すべてが白いものに塗りつぶされていく。ただ白いページだけが、ここに残される。

青コーナ : 春名トモコ

 景色は続いているけど見えない壁が立ちはだかっている場所が僕の町にはあって、つまりそこが世界の果てなんだけど、その透明な壁に破ったノートをのりで貼りつけたら見えない段ができた。ずらして貼れば空へ続く階段ができあがる。
 一段のぼり破ったノートを壁に貼る。朝から続けて昼をまわった頃、街はすっかり小さくなった。でも雲だってまだまだ遠い。ちゃちな空でも案外高いんだな。
「あら」声が降ってきた方を見上げると、女の子が空中で逆さまに立っていた。長い髪もスカートも引力に逆らっている。
「おんなじこと考える人、下にもいるのね」
 女の子は手にしているマジックで見えない壁にかくかく線をひくとそれは階段になって、忍者のように逆さまのまま僕のところまでやってきた。目をこらして見ると黒いマジックの階段は雲の下から続いている。
「これ雲にひっかかってたの。せっかくだからあげる」
 僕の手の中に落ちてきたのは規則的にぴかぴか光る電気仕掛けの星。
「もっとお話ししたいけどそろそろ戻った方がいいわ。日が暮れると踏み外しちゃうから」
 大急ぎで雲まで続く階段をのぼっていく女の子の後ろ姿を見上げながらこれが恋なのかなと思ったり。
 それから僕はときどき空の真ん中で、女の子が降りてくるのを待っているんだ。



4th Match / 罪の甘み
・「つ」「み」という音を使ってはいけない(「づ」や「っ」は可)。

赤コーナ : マンジュ

 あれほど優しい人と言われてきたお兄様が歯を剥いて私を打ち据えるほど変わられても、私は何を責めることも致しません。
 誰よりお慕いしていたお兄様が嫁をとりなさると聞いた私の悲観はどんなでしたろう。それも私の親友の敏子さんがお相手であるなぞ。
「僕が誰と添おうともお前だけは祝福してくれると信じていたのに」
 どうか考え直してくれろと膝にすがる私を持て余しながら、お兄様はあくまで優しく声をかけてくださいました。ですから血の噴くほど私を殴られたのは、ひとえに、それほどまで私の我儘が過ぎたということでしょう。とめどなく流れる血にお兄様はひどく動揺なさりましたが、それでも謝ろうとはなさいませんでした。
 私が泣くたび打ち据えるようになられたのはそれからでした。厭気の差した敏子さんに棄てられると暴力は日常的になりました。刃物さえ振るうようになりました。去る敏子さんが、お兄様を堕落せしめた私よりお兄様自身により冷ややかな視線を向けたことが印象的です。
「お前の所為だお前のお前の」
 どれほど罵られようとも私はお兄様を独り占め出来たことが何より嬉しくてなりません。お兄様に嬲られた皮膚が破れ血を噴きます。私は毎夜、お兄様の唇を夢想しながら破れた自分の皮膚を吸うのです。

青コーナ : 神谷徹

 こんがりと焼けたローストビーフを切りながら、私は彼の胸板を思い出していた。服の上からでもはっきりとわかる、彼のあの引き締まった胸板を。それは鋼のように硬くもあり、ムチのようにしなやかでもあり……
「ダンスの調子はどうだ?」
 不意の夫の言葉に、思わずナイフを落としそうになった。ええ、楽しくやってるわ。ダイエットにも効果的なのよ。私は慌てて話を合わせる。夫は何も気づいていないのだ。私の小さな裏切りに――。
 それはちょうど二週間前。近所の主婦友達に誘われて、私は社交ダンスを習い始めた。「この歳でダンスだなんて」と、あまり気乗りしない私を優しくリードしてくれたのが、若いインストラクターの彼だった。端整な顔立ちに、がっしりとした体格。私は理想の男性に出逢った気がした。
「焦らなくていいですよ。リズムに合わせて軽快に。そう、そうですよ奥さん。いい感じです」
 私の気持ちを知ってか知らずか、指導の際、彼はピタリと肌を寄せ合わせてくる。ドクン、ドクン。ドクン、ドクン。私は自分の鼓動の音が気になって、なかなかうまく踊れな……
「なかなかうまい肉だな」
 危うく今度はむせかけた。目の前で夫は幸せそうにローストビーフを頬張っている。私は心の中で囁いた。ねえあなた。私いま恋をしているの。もう戻れない恋かもよ。



5th Match / ブルー
・輪ゴムを飛ばすこと。

赤コーナ : 根多加良

 宇宙の濃い闇黒に光を入れて、と――――――――ってもたくさんの空気で薄めて
いくと、だんだん青くなっていくんだよ。
 
 














隕石が摩擦で燃えている。 
 
 
 

 






  
    
      
知らない国の知らない言葉が電波に乗ってここまで届いた。 









































































    悪魔が狂喜しながら踊り狂う。

天使が不機嫌そうに見下ろす。

 
 
 


































 上昇気流に乗った犯行声明文



   火の粉   
ひしめき合う命を乗せた箱舟が赤い炎を上げて分解していく。

         眠っている少女

錐揉みする老婆
         「成功だ! 成功だ!」
泣きじゃくるサラリーマン  高笑いする元凶
     
     腕        
気絶している警官               スーツケース
 
    黒焦げの体
  泳ごうともがくスチュワーデス

   頭のない医者
 箱に積まれたままの犬たち
                 首が折れた女
ペンを握り締めたままの作家




     ラジオから流れてくるイマジン




















 隊列を組んで滑空する渡り鳥




 に狙いを定めて飛ばした輪ゴム
を受け止めようと空を見上げた男の子が、青空からやってくる憂鬱たちを発見する。

青コーナ : 松本楽志

 少女は道の果てに座り込んで虚ろな目をひらく。
 道の途中には鏡が一枚、彼方に人影が見える。懐に薄墨の死亡通知を携えて、伝令がゆっくりと走ってくるのが見える。悲しみと苦しみと哀れみと、顔にあらゆる感情を貼り付けて伝令は笑っている。人差し指に引っかけた輪ゴム鉄砲を少女に向けながら、静かに走ってくる。色褪せた花びらを鉛色の瞳からぽろぽろと落としながら、伝令は狙いを定める。
 鏡はただ灰色の空だけを映している。
 しかし、伝令の指が少女を撃つより先に、鏡の中から少女に撃たれると、彼は無数の欠片に姿を変えてしまう。
 少女は、誰にも聞こえないようなちいさなため息をついて、一度だけ、まばたきをする。
 すぐさま鼠色の空から、虎落笛みたいな声で泣きながら、鴉がやってくる。嘴が波打っている。眼が白濁している。いま鏡に消えたばかりの伝令が、ますます黒い服で鴉の上に乗っている。もう表情も分からない。
 撃たれる前に撃て。伝令は少女を指差す。
 少女が何かを呟くよりも、早く、早く。
 伝令は撃った。
 輪ゴムの中に、真っ青な空が一瞬見えたそのとき、彼女は幽かに微笑んで、あとかたもなく消えた。