500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

除夜 作者:たなかなつみ

 年越しの準備をする。いつもと同じように動く。部屋を片づけて掃除をしたり、年越しの料理をととのえたりする。いつもと同じように電話をかけたりする。
 ダイニングの椅子にひとり座り、いつもと同じように蝋燭をつける。いつもと同じ炎が揺れる。わたしはその中に指を浸す。指先から記憶が流れ出すのが見える。ゆらゆらと薄煙が立ち上る。燃えてしまえ、とわたしはつぶやく。やがてわたしの記憶に霞がかかる。
 わたしはいつもと同じ年越しの準備をしている。いつの間にかわたしの隣にはいつもと同じようにかれが立っている。わたしは鍋から立ち上る水蒸気で、指先に火傷をしたことを思い出す。わたしはいつもと同じように笑顔を返す。いつもと同じ光景が流れ出す。
 来年もいっしょだよね、とかれが言う。わたしは、うん、と頷く。何度も繰り返したような気もするし、これがはじめてのような気もする。わたしはなぜか来年の初冬に別れが待っていることを知っている。燃え残りの記憶だ。けれども、それまでは幸せな時期が続くことも、知っているのだ。わたしはいつもと同じように、かれの肩におでこをつけて、来年もよろしく、と囁く。



奇妙な花 作者:伏見こゆき

〈種が撒けない人〉はすぐ諦めるし簡単にキレる。私が「正しい」と言っても「違う」と言っても殴りかかる。『なにも咲かせることができねぇクセに』それが暴力の理由。
 体の傷より心が腫れあがっていく。濁った血が胸から噴きだし赤いナミダが溢れて落ちる。血液に包まれ私は開ききれない花になる。「誰も入ってこないで」と縮こまるのに〈種が撒けない人〉は『見苦しいんだよ』と突き出た雄しべを鷲掴みにして花びらをこじあけ、中に手を入れ雌しべをつかんで振り回す。イタイイタイって泣き叫んでも花びらのなかでは悲鳴はこもってしまうから到底太陽には届かない。
 人は自らが誕生させた〈種が撒けない人〉を刺激したくないから目をつぶり耳栓をして不気味に腫れあがった花の悲鳴を上手によけている。花びらが一枚づつむしり取られても自分たちの華が安全ならばちっぽけな花が散りゆくことなどブラウン管に写しだされる出来事のように真実味が感じられないのだ。
 卑屈な笑いを浮かべる〈種が撒けない人〉がシャツにしている花びらは悲鳴でできているのに人は「オシャレね、どこで買ったの?」なんて問う。



めがね 作者:峯岸

 見ていてはじめは何かわからなかった。動いてはいなかったのに、アリやウジみたいな集団で生きている虫みたく蠢いている風に思え、不気味だった。
 剥き出しのコンクリートは染みだらけで、ここは空気が悪い。かび臭くて息苦しい。部屋の半分はガラスで仕切られていて、向こう側には古い、ぼろぼろのめがねだけが山積みにされていた。その大半はぼろぼろに錆びついている。肌寒い。
 このめがねたちが誰かに掛けられる事はないだろう、めがねは掛ける人に合わせて作られるからだ。元々はこのめがねを掛けていた人もいたのだけど、彼らはもういない。もうこの何万とあるめがねの山からしか想像されない存在になり、めがねだけが彼らの個性をなしている。
 そして、虐殺、という事実だけが残る。
 いつのまに、風邪の引き始めみたく気持ちが悪い。もう見ていたくない早く帰りたい、だが見ていなくてはいけない。奥でここからは見えないめがねを想像しなくてはいけない。
 隣には、くつだけが山積みにされている部屋がある。



残暑 作者:高杉晋太郎

浜辺で季節外れの砂人間を見つけた
ハマユウの花にからまって動けなくなっていた
本能的にごみを拾おうとしているが
アイスクリームの木のさじを持ち上げるのが精いっぱい
ほどいてやると
ぼくの虫取り網の柄をつかんで回りだした

サ、サラサラ
ラ、ラララ
サ、サラサラ
ラ、ラララ

回りながら砂人間は砂にかえっていき
ザッと崩れ落ちた
砂はバケツに一杯しかなかった
ぼくはアイスクリームのさじを砂山に挿し入れ
ヒグラシを逃がした



信じますか 作者:やまなか

 考えたこともなかった。
 ウチのおばあちゃんが死ぬなんて。
 庭ではおばあちゃんの植えた向日葵が、今年もわたしの背をおいこして咲いている。
 縁側から入道雲を見上げると、なぜだかため息がでた。
 毎年暑いころになると、おばあちゃんがかえってくるんだってみんなは言うけれど、
 わたしはまだ一度もかえってきたおばあちゃんを見たことがない。
「ただいま」
 ふりかえると、提灯をぶらさげた女の子が立っていた。
「おばあちゃん。お母さんがスイカ切るって言ってるよ。」
 女の子は手をひいて、わたしを家のなかへ連れていった。
「帰ってきたの?」
「そうだよ。」
 女の子はうなずいた。
「何年ぶりになるんだろう。」
 手をつないだまま縁側にすわると、居間には見たこともない人たちが大勢座って話
していた。
「‥だあれ。」
 女の子は、困った顔でわらった。
「わたしたちはみんな、おばあちゃんの孫だよ。」
 庭で、大きく咲いた向日葵がゆれていた。太陽に手をかざすと、いつのまにか枯れ
かけた花びらのように、手にしわが寄っていた。やわらかな指の隙間から入道雲がみ
えた。
 チリン、と風鈴が鳴った。 
 ふりかえると居間にはかじりかけのスイカがひときれ、盆にのっていた。



もらったもの 作者:やまなか

 ものもらいかと、医者へ行くと「これは紙染虹紋蝶のさなぎですね。」と言われた。今どきめずらしいこともあるものだ。医者は私の左目に眼帯をすると、あくびをかみ殺しながら「とにかく安静第一ですよ。」と言った。
 さなぎは、日に日に大きくなった。毎朝、左目が重くなる。
 いつもまぶたの裏側が、
 モゾモゾ ザワザワ
 グルグル ゴワゴワ
 幼蟲がうまれかわるのを、目をとじてひたすら待つ、待つ、待つ。
 モソモソ ゴロゴロ
 ヒソヒソ ギリギリ 
 やがてさなぎは、はちきれんばかりに熱をおびてくる。まだだ。もう少し、もう少し。
 ザワザワ モソモソ
 パチン、パチパチン
 そろそろと、はれぼったくなったまぶたを持ち上げて、紙染虹紋蝶がいっせいに飛
びだした。ひといきで、夜空へ虹が駆け昇る。
 ところが一匹、まぬけな奴がいて、私の目の中へ翅を置き忘れていったらしい。以来、私の左目には、ぺったりと虹色の蝶の翅が張り付いている。おかげで人には、紙染虹紋蝶の羽化なんかで失敗したのかとからかわれるが、目を閉じればいつでも虹が見られるのは、そう悪いことでもない。



未来のある日 作者:高杉晋太郎

男はぼくに銃を握らせ、ちいさな手を包み込むように銃口を空に導き、発射した。
「これで君はひとつの力を手に入れた。それは君を生かし、君の人生を躍動させ、そしていつか、君を殺すだろう。最後のときがくれば、いま放った銃弾は正確に君の上に落ちてくる。君がどこにいようと、逃れる術はない。だがそれまでは、健やかに」



冷たくしないで 作者:たなかなつみ

 あのね、昔ね、お姫さまがいたの。とってもきれいなお姫さまだったんだけど、そのお口にはのろいがかかっていたのよ。お口を開いて話しかけると相手の人が凍ってしまうの。だから絶対に誰とも話せないのよ。お姫さまは高い塔の中ずぅっと独りだったの。
 その隣の国にね、王子さまがいたの。とってもきれいな王子さまだったんだけど、そのお体にはのろいがかかっていたのよ。お体は液体でできていて形がなかったの。だから絶対に瓶の中から出られないのよ。王子さまは奥深い城の中ずぅっと独りだったの。
 だからね、あたしが、王子さまの瓶を高い塔のお部屋に運んであげたのよ。
 夜になるとお姫さまは瓶にむかって囁くのよ。愛しい人。そうすると瓶の中の水が騒いで人の形になるの。2人はお互いに見つめ合うのよ。でもそれだけなの。凍った王子さまは動くことができないし、お姫さまが触れるとその温もりで溶けてしまうから。
 朝の光にあたると王子さまは瓶の中に戻ってお姫さまも口を閉ざすの。2人ともとても幸せなのよ。だからあたしは呪いをとく呪文を教えてあげないの。



懺悔火曜日 作者:白鳥ジン

「・・・懺悔火曜日は、今日か・・・」

一瞬、私は木魚を叩く手を止めた。
いかん、いかん。
今は、悲しんでおられる御遺族のためにも、
このまま読経を続けねばならんのだ。



丸 作者:Shintaro Takasugi

君、丸いね。
ありがとう。あなただって、すごく丸い。
彼らは円を描くように近づいていき、互いの体にそっと触れた。

次のシーンではもう、2人のからだは、あらぬ方向にはじき飛ばされている。

彼らはそもそも丸などではなく、高速で回転する三角と四角だったのだ。



そこにいる 作者:Shintaro Takasugi

笹の葉を一枚、川に落とした。
川はトンネルをくぐって流れている。
葉っぱは、最初のトンネルを抜けた。
「ここは違いますね」
葉っぱは、次のトンネルを抜けた。
「ここでもないですね」
三つ目のトンネルを抜けた時
葉っぱは笹舟になっていた。
「ここですね」
我々は水音を立てながら、トンネルに入っていった。