ひょんの木 作者:よもぎ
オレの胸に穴があいた。夜中にひょうひょう鳴る。枕をつっこんでみた。穴の底へ落ちた。枕が変わると眠れない。穴の中へ探しにいった。猫が集会をしていた。枕のお礼にと小箱をくれた。フタを開けたら木が生えた。伸びた伸びた。急いでよじのぼった。そしてオレは彗星を捕まえようと虫取り網を振り回しているところだ。
もみじ 作者:込宮宴
昨日の雨は、枝に残っていた蟹たちをあらかた洗い流してしまった。
今や蟹たちは歩道一面を埋め尽くし、赤い甲羅を泥に汚しながら、名残惜しそうに両の眼を上に向けている。
だが、やがて一匹、また一匹と動き出し、何処かへ消えて行く。
天を仰ぐと、枝にはまだ何匹かの蟹が残っている。
そいつらは小さな鋏でぶらさがり、赤い甲羅を朝露で輝かせながら、困ったように眼を地に向けている。
あなたと出会った場所 作者:よもぎ
「ザクロは血の味、ってホントかな」
学校でエリに訊いてみたら、えーそんなことないよ、すっぱいだけだよ、って言う。食べたことないの。じゃあ今度うちへおいでよ。ってことでエリんちへ遊びに行った。夏の終わりの乾いた風。褪せたような薄い青空。家の裏手にひろがるトウモロコシやピーマンやキュウリの畑。すみっこにザクロの木が1本。エリのおじいちゃんが無造作に実をひとつもぎとって、両手でバクッと割ってくれた。中からルビー色のスイカの種みたいな小さな実がポロポロ。ひとつぶ口に入れると、わぁほんとにスッパイ。でもなんかクセになるね。それにこれすっごくキレイな色だね。おじいちゃんは面白そうに私たちを見てたけど、ちょっとマジメな顔になって
「お釈迦様が子供を喰う鬼にザクロをやって人肉を食べないように約束させたんじゃ」
ふうん、なんかちょっと怖いねってエリと顔を見合わせた。
あれから20年。私も人の子の親になった。カッとして子供を喰う鬼になってしまいそうになると、赤いザクロを持ったおじいちゃんが乾いた風吹く夏の畑に立っている。
メビウスの帯 作者:ほしみ
あんたの顔なんてみたくないと、ひねくれた言葉を投げつけたら背中を向けられたので、そのまま背中合わせになってみた。
とくとくと伝わってくる鼓動が、静寂の中に時を刻んでいる。
ぐるぐると空回りする思いは満ちて、何故かお腹の減る音になって耳に届く。
とくとくとぐるぐるとを、きっと、ちょうど地球一周分。
おれは顔みたいぞと、まっすぐな言葉が背中の向こうでつぶやかれた。
そして、背中にお腹がくっついた。
とくとくとがどくどくとに、速度が上がって。
ぐるぐるとぐるぐると、地球をあっという間に一周巡る。
けんかをしててもなかよくしてても。
背に腹はかえられなくても。
大好きと大嫌いはとてもよく似ていて。
裏も表も。満ちているのか減っているのか。
そんなこと、本当はよくわからないけれど。
あんたの顔なんてみたくないと、もう一度いいながら、目をつぶって、お腹とお腹をくっつけた。
そして、ひねくれた言葉とまっすぐな言葉を間に挟んだまま、ぴったりと、それなのに地球一周分遠く離れた口づけをする。
青い鳥 作者:ほしみ
先生、あのね。
きのう、じんじゃにいったよ。
てきやのおっちゃんが、ひよこをうっていたよ。赤や青やピンクのいろをしていたよ。
おっちゃんは「赤いひよこ、かっこいいだろう」とじまんしたよ。ぼくは「青がいい」といって、青いひよこをかったよ。
うちへかえると、ばあちゃんが「かわいそうだ」とないたよ。かあちゃんは「ただのひよこだ」といっておこったよ。「ただじゃなかったよ」といったら、げんこつくらって、そんした気もちになったよ。
「げんかんの石のところであそびなさい」といわれたのであそんでいたら、ねえちゃんが中学からかえってきて、「それはサギよ」とわらったよ。ひよこはにわとりになるのにね。
うちの女たちはだれも「かっこいい」っていってくれないので、ぼくはあたまにきた。
ごはんもたべないで、テレビもみないで、げんかんにずっといたよ。
とおちゃんなら、男の気もちがわかってくれるとおもったのに、よっぱらってかえってきたよ。青いひよこをみせたら「おれの青いとりは、おまえたちだーー」とだきついてきて、ねちゃったよ。わけわかめだ。
うちのかぞくはだめかぞくです。
ねぇ、先生。先生は女だけど、青いひよこ、かっこいいとおもうよね。
最終電車 作者:オギ
それに乗りそびれたものはもう二度と陸には戻れないのだという。電車は生まれる前から動いているから、私たちはもう手遅れだ。
線路は海抜50メートルほどの高さで、この星にぐるぐると巻き付くように建てられている。果てはない。駅もない。いつまでも走り続けられるがどこにもたどり着かない。
車体の幅は30メートルほどもあり、ゆっくりゆっくり進んでいく。
特権階級という名の旧人類は、温暖化への対策と進化という名目で、私たちをさっさと水陸両棲に改造したくせに、自分やお気に入りの生き物たちは、そのままの姿で残したがった。
長い長い電車のなかにはそんな彼らのコレクションが乗っている。再び陸が顔を出すまで、異常気象を避けながら、ゆっくりと走り続けるのだ。
電車が通りすぎるとき、人工の浮き島から、海の中から、私たちはじっとそれを見上げる。
空を映すピカピカの車体、ソーラーパネル、強化ガラスに浮かぶ幾多の生き物のシルエット。電車はとても奇妙で綺麗だ。
時々何かが落ちてくる。生きていれば浮き島に、そうでなければ、魚たちがきれいにしたあと、骨だけを浅瀬に積んでいく。いつか陸地が現れたとき、高い山のてっぺんに、白い砂浜ができるに違いない。
河童 作者:sleepdog
神妙に並んだ裁判員の一人はどうも川から来たものに見えるが、誰よりも一心不乱にメモを取っている。
妖精をつかまえる。 作者:よもぎ
本を読んでいると、ページをめくった拍子に黒い影が逃げていくことがある。しおりに手足、のようなその影をつかまえようと思ったのは、ほんの気まぐれ。ここはひとつお気に入りの本といこうじゃないか。心をこめて声に出して読んでいく。紡がれた言葉は鎖となって宙にとぐろを巻く。物語に夢中になって、音読をしていることをすっかり忘れたころ、件の影がよぎる。すかさず鎖を投げつければ見事ぐるぐる巻きの捕獲完了。つまみあげるとぺらぺら暴れるので、足の先から冷めたコーヒーに浸けたらすっかり溶けてしまった。
情熱の舟 作者:砂場
舟は毎日やってきた。大雨が降ろうが、強風が吹きつけようがその姿を現した。天候によっては、くっきりとは見えない日もあったが、舟が現れると辺りが明るくなるので分かるのだ。夕刻には更に赤く光ることもある。そして行ってしまう。私には、そして周りの人々にも、舟は手の届かない存在だった。
3:58PM、ぼんやりとミルクを飲みながら、一体なんなのだろうか、と思いを馳せる。何のために。そしてビスケットをかじる。私は考えて、次のビスケットをミルクに半分浸した。五、数える。浸し過ぎるとビスケットは崩壊してしまう。「なんで毎日来るのかな」。私の質問に、昨日の兄は「それが毎日というものだからだ」と答えたのに、休日の今朝は(しつこく同じ質問を重ねてみたのだ)「暇だから?」と言った。そしていそいそと遊びに行った。
4:03PM。六分しか経っていない。舟は今日も決まった時間に消えるだろう。ミルクは飲んでしまったので、最後のビスケットをそのまま口に入れる。私は図書館へ出かけることにして、帽子をかぶった。