500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

 第二印象 作者:峯岸

 第二子として生を受ける。第二次ベビーブームの時期であり、両親は第二次世界大戦の終わり頃の生まれだ。小学校は区立第二小学校に通い第二体育館でラジオ体操(第二)をしている最中に何故か人差指を折り診断書には「右第二指骨折」と書かれる。中学へ進学すると成績は常に学年第二位。偏差値が県で二番の私立高校に進学し、野球部に入部するとポジションは二塁。甲子園を目指すも予選はいつも第二回戦で敗退だった。大学は文科二類に合格する。第二外国語にはフランス語を選択、ボーヴォワール『第二の性』やマルセル・エーメ『第二の顔』、ボワロー&ナルスジャック『アルセーヌ・ルパンの第二の顔』等を原文で読む。第二種運転免許を取っていたので大学卒業後はタクシー運転手になったもののすぐに退職。第二新卒として警視庁に採用され、警察学校を卒業してからは捜査第二課に配属される。二番目に好きだった相手と第二日曜に第二の故郷で結婚式を挙げる。第二の人生を始める第二の決め手は第二印象。二次会は二時から第二宴会場にて。



 ぐしゃ 作者:紫咲

 あの人は私が好きなのだろうか。応答の間隔が短くなるにつれ大胆になった私はよくよく考えもせずにメールを書く癖がついた。爪が白とピンクで二色なのは許せないと思います。だってカラフルなものが好きなのが人類じゃないですか?これといって決まった答えは予想していない。そのわりに失望させない文面を絶対的に期待している。部屋着のまま外出してコンビニの棚を物色していると早速返信があった。は?うるせえよ勘違い野郎。私は目の前にあったスナック菓子をシャツの下に滑りこませる。お店を出ようとすると手首を強い力で掴まれる。待てよ。洗いたてのエプロンを着た若い男はふくらんだ腹をじっと見つめる。もお、何よお。私の愛想の良さに男は一瞬ひるんだが唇を結びなおし、奥の控え室へと誘った。20分は熱心に口説かれただろう。ガードレール沿いに帰宅すると白いワゴンが追ってきてドアが横開きになる。初対面の屈強そうな男に背後から抱きしめられてこの人も私が好きなんだと思う。ロープとガムテープで丁寧に包装されて揺れても大丈夫なようにダンボールの底に据えられる。息をすると夜の匂いが生まれた。耳を澄ますとタイヤが道路の継ぎ目に当たった。車が走るのも私がやすらかに眠れるのも、あの人が私を好きだからだ。



 サマ化け 作者:加楽幽明

暑いのが嫌いなので、夏を殺すことにしました。右手のナイフを強く握ると、僕は何度もそれを夏に突き立てました。切っ先が夏の内を深く抉る度に、蝉のような喧しい鳴き声を、夏は何度もあげました。僕はその声に苛立ちを募らせ、息の根が止まるまで執拗に夏の胸元を刺し続けました。夏が暮れ泥む空のような真っ赤な色を飛び散らせるので、みるみる世界が沈んでいきます。僕は無性に淋しくなり、懐中に入れていた線香花火を取り出すと徐ろに火を灯しました。火花はちろちろと爆ぜ、辺りを俄かに照らしていきます。やがて線香花火は勢いを失くし、先端の玉だけになります。茫と灯る火の玉は、ふとした弾みで地面に落下してしまいました。僕は途端に胸を締め付けられるような郷愁に襲われました。季節が巡っても、僕の知っている夏にはもう二度と逢えないのだと悟ったのでした。



 結晶 作者:まつじ

 ウウムと心中唸り一編捻りだそうとしていた電車で、見知らぬ坊主と乗り合わせた。
 念の為言うが、坊主とはいわゆるお坊さんの事であり、ガキ子供の類ではない。正真正銘と言いきるには些か自信がないが、坊さんみたいな風体のおっさんであることはほぼ間違いない。
 それはともかく。
 小太りで坊主頭の毛もまばらなその人はそれらしい黒い衣装で吊革に掴まり暑さからか、ひいふう息をつき汗を拭っては、ひいふうする。誰かが立つともちろんというべきか穏やかにしかし確実にその席を埋めた。
 背後の椅子が空いたのによく周りを見ているな、と妙なところで感心させられる。
 柔和そうな顔のつくりだが今は、ふうふう大変そうだ。
 ものは試しに脳味噌のなかで坊さんに喋らせてみると、
 私やあなた、全ての命が、まずは親の愛の結晶であると言えます。
 などと言う。疑えば、
 それでも私たちがここに在るのは誰かの愛情あればこその結果でしょう。
 と答え、
 例えば「坊主」は私の努力の結実ですが、それは完成でなく終わりでもありません。全ては積み重ねです。続けることです。
 空想なので、少々脈絡がない。
 結局、捻りでてこない一編。
 そうしているうちに坊主は南浦和辺りで煙のように消えた。



 スイーツ・プリーズ 作者:ゆ丸

渦・渦・渦・渦・渦・渦・渦・渦・渦・渦・渦・・・グルグル・グルグル・グルグル・グルグル・グルグル・・・(轟音・轟音・轟音)この渦に入り口はあるのか?この渦に出口はあるのか?なんでこんな渦の中に巻き込まれてしもたんやろう?この渦の始まりの記憶がどうしてないんやろう?この渦は終わるんやろうか?終わるな!終わるな!渦よ終わるな!終われば消えてしまう!いや・・・消えるべきか?渦が何かも解からずに、渦を解明できずに消えたくは無い!消えるまでに渦の正体を解明してやる!シューン。その時轟音は収まった。ボールの中でホイップが出来上がったのである。



 法螺と君との間には 作者:はやみかつとし

 自己矛盾を内包した命題がここに転がされている。君の視野一杯を塞ぐほど巨大なそれは視認できるような構造を持たないばかりか、透過性も全くない。かといって身動きもとれない君は、残念ながらそれに遮られずに世界を望むことができない。
 この向こうには何があるのだろう。仕方なく、君は世界を創造する。圧倒的な遮蔽物の取りつく島もない表面に、極彩色の地図を描き、注釈の旗を立てる。やがて想像力の駆動を必要としなくなり、連鎖的自己増殖を始めた君の世界を眺めながら、ふと君は気づく。この向こうの世界と目の前のこれとは、きっと似たようなものなのだ。命題の向こうにある世界も同様に気紛れで、恣意的で、創造主の手に負えない自律運動系として勝手気ままに展開し、それでいて矛盾や不整合をものともせずのさばっているのだ。
 そこで君は、透過性も構造もないそれに手を突っ込み、鷲掴みにして引きちぎる。不定形に空いた穴の向こうに見えるのは、やはり掴みどころのない壁——命題は命題の命題乗によって命題たり得ているのだ。君はさらにそれを引きちぎり、ふざけきった世界をその手触り手応えによってのみ辛うじて知覚する。あたかも「認識」を認識するかのように。



 天空サーカス 作者:まつじ

 きっと むちゃくちゃおもしろい と おもうんだよね。そりゃもう、えんもくのすべてが まさにかみわざで、ちょもらんま から きりまんじゃろまで を、いかにも めがみ ふうに ふくよかなおんなのひとが つなわたり、しながら ちゅうがえり とか、そらからたらす くものいと でもって つるされた ぶらんこ は、せかいいっしゅうするほどのかず で おわりがないんだけど、ぶらんこより ぶらんこのりのほうがひとつおおくて むげんぶらんこ。はんらで まっちょの、えにかいたような それっぽいおとこたちの だれかがどこかで かならずぶらさがってんのね。てんしにおいかけられて ぺがさすは、めりーごーらんどみたいに ぐるぐる ひのわをくぐりつづけるし、せんじゅかんのん の じゃぐりんぐ は あっかん、なにがなんだかわかんないくらい。
 ぴえろを かみさま、だんちょうを ほとけさまにしようよ。
 りゆうは。
 かみさまのほうが きらいだから。
 あら。ま、いいけど。で、なまえは ごにょごにょ こんなのはどうかな。
 うん、めるへんで うさんくさいかんじが いいね。あいつらったら あたしたちを みはなしたんだから、てんに めされる このたましいの いきおいで しこたまやっつけ さわがせて、やまほどたのしませてもらおうね。
 ね。



 ドミノの時代 作者:松浦上総

新刊書評『ドミノの時代』

ミステリーの新人賞受賞作で、このタイトルなのだから、ハードボイルド的な作品を予想して読み始めたのだが、その予想は見事に裏切られた。ミステリーの形を借りた、近年まれに見る美しい純愛の物語だったからだ。
心に大きな傷を負っている少年と少女の運命的な出会いから物語は始まる。二人は、お互いを深く愛するあまり殺人という大罪を犯す。少年は少女の父親を、少女は少年の母親を殺す。言ってみればそれは「交換殺人」なのだが、二人の間になんらかの取引があったわけではない。お互いへの愛情が、偶発的に同時に爆発しただけなのだ。しかし皮肉なことにその行為は相手への救いにはつながらず、さらなる試練を与える結果になる。二人はあてのない逃走を続ける。そして、その果てに二人の前に突きつけられる、あまりにも残酷な真実とは。
大いなる破局へと向かうラストシーンの衝撃は、大河の奔流に飲み込まれる二艘の笹船を思わせる。少女が最期の瞬間につぶやく「おにいちゃん」の声、少年の胸によみがえる遠い日の記憶。深い海に沈んでいくかのような余韻とともに作者がタイトルで仕掛けた罠に堕ちていく快感。傑作である。



 あおぞらにんぎょ 作者:ぶた仙

 透き通る冬空に雲のメッセージがぽっかり浮かんだ。
「フク ムリョウハイフ」
 さっそく出掛けたところ、福々しい男は「もう福は残ってないねん、服で我慢してくれや」と言って、下半身魚の着ぐるみを舟から放り投げた。おれは男だぞ。まあ男の人魚がいたっていいか。
「オープン ブンコ」
 男に教えられた呪文を唱えると、着ぐるみは俺を青空へいざなった。
「気持ちいい。これぞまさしくオープンスカイだ」
 声を出したのが失敗だった。いきなり小槌で叩かれる。
「電波でまき散らすのは、おやめ」
 見ると美しい女が柳眉を逆立てて俺を睨んでいた。その向うでは好々爺が何人か集まり「ゲホゲホ、飛行機が増えてかなわんわ」と喚く。
 しぶしぶ海辺に戻った俺は、今度は白波のメッセージを発見した。
「△×◎ リークス」
 メッセージの主らしき白髪の男が富士をバックに嵐を従えている。何だろうかと思う隙もあればこそ「敵はホークスだ!」という怒号と共に大風が吹いて、茄子で出来た7体のにんぎょうが宝船と共にバラバラと落ちて来た。

 うん、良い初夢を見た。今年の運は開けそうだ。