第二印象 作者:つとむュー
私の彼は青年実業家。
見た目はパッとしない醜男なんだけど、人気ネットショップ『印度すごいんど』を運営していて、かなり儲けているみたいなの。
しつこく付きまとってくるのは嫌だけど、お金があるのは魅力よね。
ある日、彼の住む家を訪れてびっくり。だって小象がかっぽしてるんだもん。
「まあ、可愛い!」
「すごいでしょう。インド象とは思えないほど耳が大きいのが特徴です」
「ホント。アフリカ象みたい」
「遺伝子操作なんです。ワシントン条約やら何やらでアフリカからの輸入は難しいですから」
「それって偽物ってことじゃない」
「でも、結構問い合わせがあるんですよ」
「へえ〜」
「それでいよいよショップで売り出そうと思っているのですが、どんな名前にしたらいいのか悩んでいるのです。何か良いアイディアはないでしょうか?」
「なんちゃってアフリカ象」
「アフリカ象はまずいんじゃないでしょうか。クレームが付くかもしれません」
「じゃあ、第二インド象」
「第二はいいと思いますが、インド象というのは興ざめですね。ネタバレしちゃってます」
「それなら……」
第二印象。
二人で決めた素敵な名前。
この象が売れたらプロポーズしてくれないかしら。
ぐしゃ 作者:氷砂糖
聡くなりなさいと命じられた私達兄弟は、塔の中で書物を読み進めてまいりました。書物は膨大な量がございましたのでいくら時間があっても足りず、朝から夜までただ無心で書物を貪りました。
ある夜、塔の外から獣の声が聞こえました。私以外の兄弟は既に寝静まっており、ちょうど動物に関する書物に取り組んでいた私はイヌの声であろうと見当をつけました。イヌに関する知識を暗唱し目を閉じましたが、書物には文字しかなく、イヌの姿形は浮かべることが叶いませんでした。イヌの姿を見たくなったのでございます。
高い位置にある塔の窓からそっと抜け出し、裸足のまま声の聞こえる方へ向かいました。実のところ塔の外に出るのはこれが初めてでございました。小石や砂や草の感触が足の裏に大変刺激的で、歩みを速めるうちに気分が高揚してまいりました。
坂道を下ったところにイヌが居たのでございます。私にじゃれついてきました。触れているイヌは暖かく柔らかく、私の知識などちっぽけなものだ、そう思いました。私は私の首に下げられた薄い金属製の鑑札を取り出して握り潰しました。折れた角が手に刺さって血が滲み、もう戻らないと決意した夜でございました。
サマ化け 作者:もち
水の中。すれ違いざまにくじらを抱きかかえ、無人のプールを割いてゆく。見上げた水面ははるかに遠く、意識がとおのく。気がつけば目の前にはくじら雲が口を開けていて、そのままくじらの内と外が裏返る。ぼくはくじら雲にまたがり、茫然と夏の午後を泳いでいた。
結晶 作者:脳内亭
綿棒の先には、面倒が詰まっている。
救いがたいほどの甘えんぼうは死ぬとめんぼうになる。ありとあらゆる甘えの汁をいたずらに吸ったその骨はぐにゃぐにゃにやわらかい。ひとしおにやわらかいひとすじがゆきゆきてそれになる。骨となってなお甘えんぼうは愛しい者の奥へともぐりこみ甘えに甘えたうたをささやくのだ。うたを妨げる不純物をせっせと掻きだしながら。
スイーツ・プリーズ 作者:よもぎ
暗い森を甘い香りに誘われて歩いていると、ぽっかりと開けた広場にロケットが立っていた。
ロケットからバニラの香りがするので中に入ると、そこはキッチンのようだった。
『ウッデューライカッポブティ?』とロケットがアナウンスしてくる。
そうね、お茶でも飲みましょうとコンロのスイッチをひねったら、ロケットが発射してしまった。
わあ、どうしよう。
けれど燃焼系から小麦粉バター牛乳お砂糖たまごの混合液が焼けるいい匂いがしてくるので、とにかくお茶でも飲むことにした。
格納庫にオレンジペコがあった。
お湯が沸いた。
ポットとカップを温めた。
紅茶をいれた。
えーと、あとは・・・と思っていたら、ロケットがどこかの星に到着した。
デッキに出てみると、星の人たちが手を差し出して「スイーツ・プリーズ!」「スイーツ・プリーズ!」と言う。
はて、どうしたものか。
すると、ロケットが外へ向かって『スイーツ・プリーズ』とアナウンスした。
そのとたん星の人たちはロケットに群がって、あっという間に食べてしまった。
私は湯気のたつカップを持ったまま。
法螺と君との間には 作者:koro
月夜の晩、海辺で僕はスッポンと戯れそして歌っていた。いや、正しくはスッポンに足首を噛まれ呻いていたのだけれど。こうなってしまったのは、自分の過ちだから仕方がない。でも、夜がいっこうに明けないのが恐ろしくて仕方がなかった。途方に暮れていると、何かが手に触れた。月の光にかざずと浜辺に打ち上げられた大きな貝殻であった。
「ちょっと大げさにね。面白おかしく話すのが好きだったんだよ」
妙齢の女性の声が聞こえてきた。
「みんなが期待するからさ。だから、それなのにこのザマはないだろ」
貝殻からである。それを耳にあてると、確かに中から呟きが聞こえてきた。私は思わず、その貝の穴に話しかけた。
「前世は人間だったのですか?」
貝はしばらく口を閉じていたが、波が寄せては返すを何度か繰り返しているうちに、ようやく答えが返ってきた。
「人間には、もうなりたくなんかない」
そうですか、そうですよね。何となく、そんな風にしか言葉が返せなかった。
「夜は、もう明けない。朝は、もう来ないんだ」
貝は、そのあと一言も発することはなかった。
月も星も美しいのだから、それでいいのかもしれない。それで、いいのだ。
天空サーカス 作者:砂場
寝るときには、電気を全部消す。カーテンが少し開いたままなのを思い出したが、布団に入ってしまった後だった。眠れないまましばらく、目が慣れてくると、見えるようになった。天井の辺りを、逆さに、うろうろと歩く小さな小さな人たち。彼らが、見上げていた。私も仰向けで、見上げている。天井から30センチほど手前に渡された綱をゆっくりと歩く、小さな小さな人を。ためらいなく梯子を登って行き、空中ブランコが始まる。トランポリンは逆さの上に私の顔の真上でやっていて、とても見難い。玉乗りしている動物は、犬なのか、熊なのか、なんなのか、分からない。観客たちは、少なくもないが、うろうろとしている。本番ではなく、練習しているようだった。隅っこで、ピエロがお手玉を失敗する練習をしている。火の輪があったら明るいだろうなと思ったが、見当たらない。今夜は新月で、掛け布団の上にも、絨毯の上にも、きっと私の顔の上にも、砂粒ほどの星々が散らばっている。空中ブランコをする小さな小さな人の腰から伸びるワイヤーは、おそらく砂粒ほどの星の一つと結ばれていて、ぶらんと揺れる拍子、仄かに砂粒たちの光を反射して、流れ星のようにきらめいた。
ドミノの時代 作者:砂場
わたし、倒すくらいしか知らないんだけど、なんだかすごく流行っているみたい。お正月に親戚みんなでドミノしたって、珍しいよね、今時親戚が集まるって、合コンでもドミノするんだって、ネットでドミノ対戦もできるみたい。友達、新婚旅行ドミノだって。今度写真見せてくれる。お土産もらった、これがドミノなんだよね。わたし、倒すくらいしか知らないんだけど。朝ごはんドミノってどういう意味かな。三食ドミノでいいよって。夢で駅前で会ったわたしの未来の結婚相手が言っていたの。全然知らない人、いきなり。ほんと流行っているんだね。わたし、テレビ見ないから。ラジオはよくつけてるから、そうだね、ロックもポップスもドミノっぽいかも。よく分からないけど。仕事がドミノだっていう人がいて。倒れるのかな、夢で駅の手前の携帯ショップで会ったわたしの結婚相手の二番目なんだけど。四番目がいて、これは知っている人で、幼馴染みの、性格もいい子だし、いきなり四人目と結婚したらだめなのかな。あのね、三番目は、言いにくいんだけど、ドミノなの。ほんと分からないんだけど、すごい勢いで流行っているんだね。わたし、家ではテレビ見ないんだけど、ニュースもバラエティも毎日ドミノでしょう。クレイアニメだってあるし、小説もドミノ揃い。それでわたしも一つ、書いてみたんだけど、なんだかよく分からないの。
あおぞらにんぎょ 作者:瀬川潮♭
寒い晩なので梅酒をやった。
お湯割だ。
「こんにちは」
今入れた梅酒のお湯割から立ち上った湯気が、ねじれるようにくるっとうねって人魚の姿となった。白い肌に白い鱗の下半身。胸を両手で隠しているのが愛らしい。つ、とまたひねるように浮き上がった。長髪がうねって梅酒の甘い香りを振りまく。彼女は二度と喋らない。先のは幻聴だったのだろう。やがてしなやかな姿は膨らんで、消えた。
もしかしたら幻覚かもしれない。
そう思いながら干して二杯目を。
「こんにちは」
幻覚ではないらしい。
その晩、珍しく飲み過ぎた。
妻と梅林を散歩した。
寒いが空は青い。
「あら、あなた。人魚」
「見えるのかい?」
そらに、白気が立ち上るように大きな白い人魚がくるくるうねりながら高く、高く。
「絵本みたい」
「そうだな」
ひらがなのような柔らかさで妻は言う。
「あ」
妻が指差す。
眼下のくぼ地、小さな湖畔に白い角隠しと黒い取り巻きの姿。
「ことほぎだな」
ひらがなで言ってみた。
身を寄せた妻の手が温かい。
あおぞらにんぎょ 作者:sleepdog
昔からこの幼稚園につとめる天野久仁美先生は、とても声がきれいな人である。天気の好い日はよく外でお手製の絵本の読み聞かせをする。園児はいつも熱心に聞き入っていた。
「桃太郎は鬼ヶ島に着きました。途中、船乗り場で美しい人魚と出会い、きびだんごと人魚の肉だんごを交換し、不死の体を手に入れて、バッタバッタと鬼を倒していきました」
あるときはこんな話だった。
「浦島太郎は海辺で助けたカメと美しい人魚からお礼をしたいと言われました。人魚に指先の肉を少し与えられ、不死の体になった浦島太郎は、カメの背中に乗って窒息せずに海の底まで潜っていきました」
また、こんな話もあった。
「魔女の毒りんごで永遠の眠りについた白雪姫のもとに、白馬に乗った王子様が現れました。白馬には美しい人魚も一緒に座っています。王子様は人魚の首筋の肉を少し噛み取ると、白雪姫に口移しで与えました。すると、なんと眠りから覚めたのです」
よく晴れた動物園見学の帰りにはこんな話もしていた。
「サルにやられたカニは仲間たちによって家に運ばれました。美しい人魚の女中はすぐにわきの肉を少し切り取り──」
久仁美先生は、美しさのまったく衰えない人である。