500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

 クスクスの謎 作者:なぎさひふみ

微笑みながら、その夢は永遠に舞う。企みの螺旋に跳躍し、嘗てを振りほどき、やがての追っ手を躱す。全なる沈黙の、その大いなる溜息は、意味、概念を超越し、ただ時の流れを創り出す。飽きのない、深深な佇まい、色の組み合わせよりも、色の誕生へと。神は笑う。あなたは神に相対していると勘違いする。神は問う。あなたは神、神は何を求めるのか、と。「クスクス」

あまいこえ
あわいにいろの
こいときに
まじわるゆめの
ひとつにいきの

疑問は笑う。ただ躊躇いだけを残して。把握の不能に微笑む。全はその欠片を夢見たのだ。



 序曲 作者:空虹桜

「たしかに、これは『売れる文章』かもしれないけど『揺れる文章』ではないです」
 言って、目の前の人は読んでいたタブレットを置き、コーヒーを飲んだ。
「売れればいいです。売れたいですから」
「なら、ウチじゃない方がいい。ちゃんと売ってくれるとこに卸すべきです」
 目の前の人は、いくつか会社名をあげる。その内のいくつかとは取り引きがある。
「『売れる文章』は技術に因るから、誰でも書けます。でも、『揺れる文章』には『あなた』が必要なんです」
 一瞬ドキッとして、すぐに論理的ではない動揺と気づく。
「わたしは、作家性とか文体とか要らないです」
「ちょっと違います」
「違わないですよ」
 レモンを浮かべた紅茶は、顔が映らず安心して飲める。
「表意文字を使う民族だからアレですけど、人間の用いる表現技法の中で、人間性や身体性が乏しいのは文章表現です」
 話の飛躍についていけず、わたしは相槌すら打てない。
「だから、行間読まなきゃ理解できないんですけど、『あなた』が命削って書いた文章は行間溢れて、読者の魂まで届き、揺らします」
 イタい人だ! 思うと同時に、揺らしたい、揺らせてない自分にも気づく。



 うめえよ 作者:たなかなつみ

 瓦礫を堆く積み上げている男がいる。男は塔を造ろうとしている。どこよりもいちばん高い塔を。壊れた街の瓦礫を拾い集め、天に向かって高く高くそれを積み上げていく。
 神が現れ、おまえにとってそれはどういう価値をもつのかと尋ねる。価値だって。男は哄笑する。そんなものに意味はねえ。おれは誰よりも高い天辺を目指すだけよ。それなら、と神は応じる。それがおまえにとっての価値なのだろう。
 男の通ったあとは瓦礫が綺麗に片され、大きな穴が次々とできていく。妖精がやってきて、その穴に絵具を落としていく。彩色された穴はあちらへこちらへと増えていき、やがて元あった街を埋め尽くす。
 男はその美しい穴には興味がない。街のはずれに残っている瓦礫を追い求めてさまよい歩き、己の塔をさらに高みへ高みへと積み上げていく。
 妖精が大挙して羽ばたき、突風を起こす。不安定に積み上げられた塔はあっという間に無数の穴のなかへ崩れ落ち、色を纏って地を飾る。極彩色の埋め絵でできた街が現れる。
 男は塔とともに散り、神は祝福を告げた。



 Jungle Jam 作者:つとむュー

 今夜は彼の家にお泊り。創作食品の会社を経営していて、輸出で儲けているみたい。三十半ばというのに都心の高級マンションに住んでいるところが自慢の彼氏なの。
 でも、エッチの時にも商売の事を考えてるのが玉に瑕。この間なんて、私の下半身に顔を埋めながら大声で叫ぶんだから。
「これだっ!」
 せっかく気持ち良くなってきたところなのに台無しじゃない。
「どうしたの? いきなり」
「新商品のアイディアが浮かんだんだ」
「新商品って?」
「今度、海外向けに昆布ジャムを売り出すんだけど、インパクトが足りなくて悩んでいたんだよ」
「昆布のジャム?」
 怪訝そうに訊く私に、彼はキラキラと瞳を輝かせた。
「これが美味いんだよ。切り刻んだ昆布を蜂蜜や酒で煮詰めるとジャムになるんだけどね。それに歯応えのある金糸昆布を絡めたらどうかなって、今思いついたんだ」
 後日、試作品を食べさせてもらったけど、かなり美味しくてビックリ。
「へぇ、和風マーマレードって感じね」
「そうだろ? 食感もいいから欧米でも売れると思うんだ。それで商品名も考えてみたんだけど……」
 その名は『Jungle Jam』。
 悪かったわね、ジャングルで。



 お願いします 作者:脳内亭

 魔獣がいる。魔獣がいて何か吠えている。何か吠えているが聞こえない。聞こえないので近寄ってみる。近寄ってみるとかなり大きい。かなり大きいがやっぱり聞こえない。やっぱり聞こえないのでさらに近寄る。さらに近寄ると魔獣は鼻水をたらしていた。鼻水をたらしていて眼まで充血している。眼まで充血しているとなればもしやとおもう。もしやとおもい背のびして魔獣のおでこに触れてみる。触れてみるとじつに熱っぽい。じつに熱っぽいのでこれは風邪に違いない。風邪に違いないなら当然のどもやられていると考えられる。のどをやられていると考えてみれば声が聞こえなかったのも理解できる。理解した上で何を求めているのかも推察できる。求めているものを推察して「風邪薬?」と訊ねる。訊ねられた魔獣は胸の前で手を合わせて大きく口をあけた。



 赤いサファイア 作者:はやみかつとし

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 このなかに一つだけ紛れ込んでいる赤いサファイアがどれだか、わかるかい?
 どれもルビーに見えるだろう? そう、組成で言えばヤツは他と何も違わない。でもそいつはあくまで赤いサファイア、ルビーに擬装した招かれざる異分子。人知れぬうちに周りのコマを反転させ、すべてを禁断の色で染め上げる。

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 こんなふうに。な?



 群雲 作者:つとむュー

 ガタガタと強い揺れを感じ、私は慌てて五歳の娘とテーブルの下に潜り込む。ガチャンとお皿が割れる音。震度は五を超えているだろうか。
 揺れが収まると、娘を連れてマンションの屋上へ向かう。エレベーターは停電で止まっていた。
 屋上に着くとすでに三十人くらいの人が集まっていた。夕陽がいわし雲をオレンジ色に染めている。
「うわぁ、お空が綺麗。ねえ、ママ、あのプカプカ浮かんでいるのって何?」
 津波が来るかもしれないというのに娘はなんて無邪気なんだろう。でも、このマンションは五階建てだから、さすがに屋上までは来ないはず。
「あれはね、雲って言うの。ママも久しぶりに見るような気がするけど……」
 西暦二〇三〇年。
 プロジェクションマッピングの技術が進化し、雲が広告媒体として活用され始めて十年が経つ。ジャガイモ形の雲にはポテトチップスのCMが投影され、今日のようないわし雲には、美味しそうに焼けていくカルビの様子が映し出されることが多かった。
「そうか、停電してるから広告が映ってないのね」
「ママ、あれっていつもはお肉だよね? でも、今の方が素敵!」
 うっとりと夕焼け雲を見上げる娘を見ながら、自然を教える大切さを私は痛感していた。



 円 作者:青島さかな

 何度目か小さく死んだあと、僕はまた小さく生まれ変わった。真っ黒の部屋の真ん中で横たわりながら、ぼうっとする頭が目覚めていくのをゆっくりと待つ。
 生まれたばかりの右手の先には、君の記憶がなかった。ついさっきまで繋いでいたはずの君の指の感触が欠片も、手の甲に刺さった長い爪の思い出が僅かにも、存在しなかった。
 四つん這いのまま、たったひとつしかない扉まで辿り着き、ノブを回してみるが、鍵がかかっていて開けることができない。仕方なく鍵穴から隣の部屋を覗く。
 そこは真っ白な部屋で、椅子に座った君が、僕の肩から先を持ってうっとりとしている姿が見える。かつての僕の右手が、君と手を繋いでいて、二の腕は頬擦りされてさえいた。君に抱かれている僕の右手がほんのり上気しているのが、なんだかとっても気に食わない。そう思っている僕の頬を今の右手が抓りあげた。



 スイングバイ 作者:氷砂糖

 帰り道。角の佐藤さん宅からカレーの香りが漂ってきて、ハラヘリータとハラペコリーナは足を速めました。
 夕焼け小焼け。
 公園を出たとき早歩きだった二人は香りに引き寄せられて加速し、今は駆け足。佐藤さん宅の角で曲がってさらに加速、お家が見えた次の瞬間には二人とも食卓についていて、ぺろりとお夕飯を食べ終わっていました。
 ママの作ったお夕飯は量も品数も十分なものでしたがハラヘリータとハラペコリーナには足りず、二人はまず冷蔵庫の中身をぱくぱくと食べてしまいました。ママは二人を叱り、けれど二人はまだ足りなかったので今度はママをぱっくんと食べてしまいました。それでも足りない二人は、今度はお家をばりばりと。まだまだ足りなくて隣家、まだ、さらに隣家、もっと。町を食べつくしても食べ続ける小さな二人の膨大な体重は強い引力を持ち、二人の口に世界が流れ込んでこれがブラックホールの誕生です。その周回軌道を太陽が廻り始めたので天動説が復権し、時空間が歪んでしまいました。
 神様は二人に暴食の大罪を背負わせた佐藤さん(悪魔)にゲンコツを喰らわせました。悪魔の目から小さな星が散って、きらきらとてもきれいです。