500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第28回:輝ける太陽の子


短さは蝶だ。短さは未来だ。

その日は世界中が待ち焦がれたひとつの小さな序章を聞く、唯一の祭りの日であった。
神々が誕生し、人間が時をつかさどるこの世の中に初めて現われる生き物。
その中にそれはあると、彼らの夢の底からもがき、叫び、響くその音を。

「おい、どうだ聴こえるか?」
「いやっ聴こえねぇ、何も聴こえねぇゾ」

神々は笑った、しかしその存在を知る者は神々の中にもいない。
皆は想像しえるものすべてを画に描き、そして創造する。
でもその音は聴こえなかった。

ついに、太陽も紅く染まりかけた。人々の顔はその光に染まり皆同じ顔になった。
神々もまた同じ色に染まり皆同じ存在となった。
そして、太陽は沈んだ。暗闇に今まで聴いた事の無い静寂を皆は体感した。

「どうやら、わたしたちは遠方の果実ばかり食し、己のドリアンの実を敬遠していた様だ」

そして胸に手を当てコツリと説に皆額を垂れた。



和名 輝ける太陽の子(カガヤケルタイヨウノコ)
種属 ホモサピエンスの幼態
生態 山に棲息するものは虫取り網と虫籠、海に棲息するものは水中めがねを持つ。小麦色の肌をし戸外を走りまわる。麦わら帽に白シャツ、半ズボンの古体をとどめたものが典型として人気があるが稀少種である。生後6〜10数歳。冬季には夏季に吸収した日光をエネルギーに換え、「風の子」となる。



 少年は父ダイダロスに続き、迷宮の楼閣、石窓の向こうの中空に飛び出した。

 その背中には鳥のそれを模した翼があった。

 ・・・皮肉なことに、翼の中で一番ツヤツヤと輝いているのは、
 羽根を固着するために用いられた“蝋で出来たピン”であった。

 彼は今や輝ける太陽の子!

 その王国に近付き過ぎて、件のピンが溶け出してしまうまでは・・・。



 少女が公園のベンチに座っている。
 少女の表情は暗い。
 もう夜も深く、この古い公園には電灯さえない。あたりは真っ暗だ。
 空には嗤う月。蔑む星。それらを取り囲む闇。闇。闇。
 その全てからわたしは拒絶されているんだ。
 そう考えるとたまらなく悲しくなって、少女は泣いてしまう。
 泣き声を聞いて、黒い布を纏った妖精が踊り始める。
 それは闇だ。
 闇が踊り終わると同時に全てが始まる。
 月が嗤うのを止め、明るく輝きだす。
 光の柱が少女の前に降り立つ。
 吸い寄せられるように少女はその中へと入る。
 とても自然に、少女は踊りだす。
 光の中で輝きながら、少女は踊る。
 踊り終わると誰か(何か?)が少女をやさしく抱きしめる。
 わたしはもう、拒絶されてはいない。
 少女はそのぬくもりの中で安らかに眠る。
 妖精が、闇が囁いた言葉も、もう少女には届かない。
「*****」

 そして少女が目覚めたとき、世界が生まれる。



 何だか体が熱っぽくて、仕事を早退した。帰りの電車には、有名私立の小学生が、わらわらと群れていた。甲高い声が私の頭痛を増長させる。
 硬いランドセルが何度も私の腰骨を打つ。彼らのまるい頭をわしわしと掴んで、放り投げたい衝動にかられた。
 目に入る光がいつもより白い。自分の体の変調を、こんなにも不安におもうことは今までなかった。
 割と大きな乗換駅で、何組もの子供達が降りてゆく。唐突にあいた空間に、その子はいた。純粋培養されたように清潔な横顔。半ずぼんの細い足が、床に届かずに軽く揺れている。独りぼっちの背筋は、ぴんとまっすぐ伸びていた。
 私も姿勢を正してみる。何も恐れていない振りくらい、簡単なことだった。このまま電車に揺られてどこへでも行ける気がした。
 ちいさな駅で扉が開いて、夢が破れた。その子は迷うことなくその場所へ降り立つ。彼のいた座席に、黄色い傘が取り残された。
 不器用に畳まれたそれを、私は時間をかけて直す。



すばやくMK23にサイレンサーを装着する。標的はあのドアの向こうだ。
カチリ。ハンマーをコックする。
周囲を確認し、古びた扉を軋ませないよう注意を払い部屋に入る。
薄く朱で染められた麻布が吊り下げられたベットに足音を殺し近寄った。ターゲットは眠っている。
そっと顔を覗き込む。まだあどけない少年。
ダライ・ラマ19世。
輪廻を繰り返す奴にとどめを刺すのが今回の俺の仕事。
眉間に銃口を向ける。その時。
ふっと少年の目が開いた。ひるむ俺の目を真直ぐに見つめている。
ドン。
真っ白な枕を少年の血と脳みそが汚した。

「きれいな目だったな」
分解した銃の部品を一つずつ窓から捨てながら、おんぼろなmazdaを飛ばす。
「18世もそうだった」
だだっ広い遥かな地平に光の筋が走る。
「また日が昇る」
・・・どうせ奴はどこかで生まれ変わっているのだろう。
人口を減らすことを生業とする俺は、ちょっと複雑な思いでいつもより大きい太陽を見つめた。



私は子供のように見えるけど、本当はもっと大人で、今日は十四才のお誕生日。
 二桁の掛け算ができたし、一週間かけて文庫本を一冊読むことだってできる。お風呂掃除と皿洗いのお手伝いもできるし、お庭の掃除だってできる。途中でお母さんに止められるんだけど。
 でもお母さんはこんな私を見てため息を吐くの。
 特にテレビを見ているとき、私と同じ年齢の女の子たちが歌って踊って笑っている。女の子たちを見て笑って、私を見て悲しむ。どうしてそんなに悲しむのか分からない。
 私が人間に見えないだけの違いしかないのに。



姉さんが死んだ夏の朝、とても大きなトマトがなりました。



 ベイベー!
 ヒマワリ柄のビキニがまぶしいベイベー。

 ベイベー!
 濡れた髪も熟れた体も全部夏のせいさ。そうさベイベー。

 ベイベー!
 夏に生まれ、夏に輝く。君こそ夏の女神さ!地上に降りた最後の太陽さ!!
 おお、ベイベー。

 だけどベイベー!
 君に子どもは似合わない。たぶんそれは、夏のオモイデ。夏のキマグレ。

 だからベイベー!
 その子は堕ろしておくれ。そうさ、太陽の子は星になるのさ!
 ねぇ、ベイベー。



とてつもない熱を帯びて焼けるような苦痛を体に抱き君を知ったのは、真夏の太陽がすべてを小悪魔に染めた小さな事件がきっかけだった。
天使が笑ったあの日、私は君を連れてマーメイドがいるという岬にいた。
黄金の砂浜に足を取られ口にしたその味はただ塩っ辛いだけだったが、その存在に気が付いたのはその時だったのかもしれない。
しばらくして波が高いことに気が付いた私はサーフボードを抱え沖に出た。
波は津波の如く私に襲い掛かり、黄金の砂浜に何度も叩きつけられた。
この時まさか君が私の背後にいたことなど到底気付く筈が無く、私は何度も君に守られていた。
「夏が好きか」たしかそう言ったんだ。
「なつが大好きだ」私は迷わずそう答えた。それが君との最初の出会いだったんだ。
私は消毒の臭いで気がついた。此処にいることが奇跡だと後で先生に聞かされた私はガラス越しに君を見ている。もちろん君の名前は大好きな私の…。



わしらすべてが輝ける太陽の子。太陽の乳吸って、みんな生きておるのよ。

おまいも、おまいも、おまいも、

そして、こいつらもだ。

杉 毛虫 うぐいす かえる あり たこ 彼岸花 豚 金魚草 カメムシ
 ゾウリムシ 猿 ムクドリ トカゲ ミミズ スギナ 猫 ぼら カメ
ムラサキツユクサ テングタケ 孟宗竹 おっとせい コノハズク トンボ



きみの前に道はない。そしてきみの後にも道はない。きみはただ、麦藁帽子を被り、虫取り網の柄をエクスカリバーのように大地に突き立て、白いシャツごとつややかに輝いている。それが世界のすべて、すべてを宿した世界。この夏が終わるまで、夏は永遠に終わらない。



 町外れの小川のほとり。早朝に深く覆う霧。美しい少女が独り。俯いて寂しげに座り、長い髪がしゃらり。足元に絞め殺した小鳥。けれどここは野犬の縄張り。白の向こうに二眼がぎらり。
「どうぞお上がり」
 施しなど受けたことのない野犬が吃驚。矛先を無くした怒り。貰うだけでは帰れないのが野犬の誇り。それならばと少女は生い立ちを語り——絶えず働く姿勢は蟻、けれど扱いは変わらず塵、遠くから蔑む視線の針、逃れられない檻、置かれた状況のあまりの不利、それでも気丈な振り——改めて見れば汚い身なり。零れる野犬の涙がぽろり。
 二羽目の鳥が水辺にひらり。口の端だけ曲げて野犬はにやり。まるで投げられた槍。最短距離を駆り、理想的な狩り。御覧の通り、しなやかさが売り。振り返ればにこりともしない少女にがっかり。
 霧が去るまで少女の隣。せめてもの思いやり。けれど時が経っても空は重い曇り。少女の横顔が心残り。だから離れることは無理。うろうろと少女の傍を廻り、たまに前足で鳴らす砂利。小石が爆ぜる音に乗り、響き行く少女の「らりるらりるらりり」。
 初めて笑う少女に射す光。一転晴れ渡る周り。寂しく思う曇りの終わり。悔しく思う太陽の明り。



 ぼぉくらはみんな死んでいるぅ。と、くらぁ。手のひぃらひらを太陽にー。って。
 腐った脳内に言葉が反響する。
 僕たちの領星には避暑目的で一時的に死態となって身体を休める、三日間のデッドマンズ・ホリデーがある。その初日に僕と兄様は久しぶりに父王様と黄色型ボゥトで、大輪の花が埋め尽くす准ひまわり海を回遊していたのだけど。
 もう何時間も父王様の「有難いお話」を聴かされている。甲板上は遮る物もなく、輝く太陽が僕と兄様を無慈悲に照りつける。父王様は海面を指して、「向日葵が常に花弁を太陽に向けると言う神話を知っているか」と言う。
 もちろん。この准ひまわり海はその強向日性によって潮汐力を作り出しているから。
 父王様を崇拝している兄様は神妙な面持ちで頷く。でも僕はそれどころではなく、これは死んじゃうって(笑)。この暑さで、腕がもげたり、目玉がとろけたり。
 あう。
 倒れ込む寸前に涼やかな影に包まれた。見ると兄様が自分の影法師を僕に重ねてくれたのだ。かなり気分が助かる。それで、内緒でありがとうって意思を伝えようとしたのに、僕は兄様の首筋を、溶けた脳味噌が垂れるのを見てしまった。
 兄様の上着の裾をぐっと掴む。
 この、誰よりも太陽に近い場所で咲く向日葵を、僕は、眩しく見つめた。



僕は、ひまわりの迷路に立ちすくんでいた。行きたくもない会社の慰安旅行。冷やかし半分に入ったアトラクションで迷うとは。前方を人が横切る。追いかける。見失う。また前方に人影を感じる。追いかける。見失う。白い人影。不安に襲われ彼女を追いかける。彼女?既視感。前にもこんなことがあった。あれは19の夏。気ままな一人旅で立ち寄った広大なひまわり畑。やはり迷路で僕は迷い、そして出合い頭に彼女にぶつかった。一瞬の驚きのあとの夏の太陽がはじけたような彼女の笑顔。レンズで集めた光が紙を焦がすように僕の心に彼女が焼きつけられた。僕らは風と風鈴みたいにいつもじゃれあって、金魚鉢の金魚みたいに僕らだけの世界でその夏を過ごした。夏の暑さより熱い体温に浮かされたような時間。お互いの指でシェヘラザードみたいに語りつづけた夜。なにもかもが輝いていた生涯でただ一度の『あの夏』。僕はそれを思い出しながら迷路をさまよう。目の隅を白いTシャツが横切る。振り向く。追いかける。僕は出口を探しているのか、それともあの夏の彼女を探しているのか。ひまわりが次第に色を失い、重た気に頭を垂れる。迷路が狭まる。充実した種を大地へ還すように顔をうつぶせてひまわりが倒れる。気がつけば、累々と横たわるひまわりの屍。



 開いて瞬かないその眼はアーモンドの形をしていた。
 澄んだ瞳は全てを貫いて何も映さない。平らな頬は紅に染まり、白い輝きを増してゆき、シルエットが光の衣を纏って空間に溶けて、一対の完璧な眼がそこにあった。
 目覚めて、気怠い余韻が残っている。熱と圧力にひしがれ、引き寄せられて芥子粒のように呑み込まれた、その瞬間を幾度も思い返す。曲がった脊髄が甘い痺れに疼く。生気が蘇り、圧倒的な力と一つになる、それは男の描く幻想の限界。
 灰色の硬い髪と青銅色の冷たい体の女が傍らで深い眠りを眠っている。かつて貧しい演劇青年が見初めた眠れる少女。千夜一夜の幸福を夢見てその泥を拭い、髪を梳って柔らかな床に安らわせたけれど。野性の少女は表情を知らないのだ。一度眼を開けば破壊の神と化して消滅へと荒れ狂うだろう。彼女が踊れる舞台も作れず、彼女のための台詞も書けず、永遠の眠りを見守るしかなかった劇作家の人生。年老いて、秘められた力を欲し、縋るべく夢に見る。
 扉を開けば太陽は雲の彼方に遠く、森に緑の陰翳を与え、世界にあまねく幽かな温もりを注いでいる。眠りの奥底に微笑を届けるために、この地上で今日も男は言葉を探し求めている。



 問題は、それが存在するかどうかだ、と教師は言う。わたしは、ノートをとる。さらに、質量があるかどうかだ、と教師は言う。わたしは、ノートに線を引く。
 窓の外は、相変わらずの梅雨ぐもりで、空気もどんよりと湿っている。わたしは、ノートに線を引き、グラフを描く。教師の顔は、あまりの湿度の高さに、溶け始めている。
 うふふくすくす。笑い声が聞こえる。あたしがやってきて嬉しいでしょ。
 ふざけるな。誰もおまえなんか待ってやしないし、おまえの声なんか聞こえない。
 けれども、溶け崩れようとしている教師を目の前にすると、そうと言い切ることもできない。確かにわれわれには乾いた空気が必要なのだ。そして輝度。温もり。そういったものすべてが、われわれの生存を豊かにしている。
 問題は、それが存在するかどうかだ。くぐもった声で繰り返す教師の残骸を、日直が雑巾で拭き取る。あたしがやってきてよかったでしょ。教室を素通りする太陽の子の声。
 観測結果のグラフはできあがらず、わたしはノートをしまいこむ。わたしのなかを素通りしていく子。どうやら質量もあるという。



「ちょーだるいってー」
「だぁーてさ、曇ってばっかだしー」
「それってやっぱ、あれ?栄養たんないって感じ?」
「そーそー、光合成っしょ。最近やってないっしょ」
緑色の顔に最近流行りのウルトライエローのリップをつけたKYOUが唇を尖らせる。

人類緑化計画。2023年、DNAレベルで人の皮膚組織に葉緑素を形成することに成功。
全世界の人が半ばゴーインに「緑人間」への変身を遂げる。
これによって、地球温暖化、貧困国の食糧難を食い止めることに成功。
もっぱら正式名称で呼ばれることは少なく、「自業自得計画」「いつも心に太陽を計画」と言われている。

「HeyHey!What’s Up?Baby!フェイク・レイで光合成しない?」
鼻ピー、腹にTATOOで「LOVE&PEASE」の緑のスキンヘッドがあたしらに声をかけて来た。
「やなこった」
「ハゲ嫌い。しかもそのTATOO、スペル間違ってるし」
がくりと肩を落とすスキンヘッドにキラリ。雲間からの太陽の光が反射。
「あ!太陽!!」
その瞬間あたしらと、周りにいる全ての人が一斉に服を脱ぎ捨て仰向けに横たわった。