500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第32回:結び目


短さは蝶だ。短さは未来だ。

彼は抹茶色の風呂敷に白い団子を包み始めた。
「結び方によって出てくる物が違うんだ。何が欲しい?」
「チーズケーキ」
「オッケー」
彼はなめらかな手付きで花のような結び目を作ると
そこに目を閉じてキスをした。
その横顔を見ていたらニガイものが胸に広がっていった。
「開くよ…ほら、おいしそうだ」
私は紅茶をいれる。紅茶をいれるのだけは上手にできるから。
チーズケーキを食べ終わると風呂敷を指して私は言った。
「これ、わたしもやってみたい」
「いいよ」
白い団子を包み、何度も何度も固く結んだ。
ギチギチの結び目はみっともない固まりになった。
彼の真似をして目を閉じ、唇を近づける。
うまくできたかしら。
「さぁ、ほどこう。何ができたかな?」
彼は結び目に手をかける。
でも解けなかった。
どうしても、何をしても、結び目はみっともない固まりのまま

彼はちょっと怒ったような困ったような顔して私にキスをした

彼の唇はあたたかかった。
ようやく私の心は満たされたのだった。



「たたんじまいな」と言われてのっそりと相手に近付く。左手を相手の肩に掛けて見下ろす凄む巨躯笑うゆっくり。「おおまえ、たたむぞ」相手はにたにた。お前は息が臭いな。
 逆手に握った右の拳を鳩尾から突き上げる。相手の首の後ろには自分の拳とほぼ同じ輪郭を持つ背中の皮が飛び出す。勢いそのまま顔に指を掛ける。皮で河童みたいな水掻きのある手。中指がちゅるりと右目に入るが水掻きが邪魔で上手くいかない。強く押さえつけているから左手だって胸の中心近くまでのめり込む。
 鼻、口と降りてきて今度は首に手を掛ける。人差し指の付け根は顎に、水掻きが口を塞ぐ格好となった。そのままぐいと右手を腹から引き抜く。首がまず背中に吸い込まれ、続いては肩。だからこちらからでは肘から下しか見えない。前はというとボーリング玉くらいの大きさの物を下半身しか見えない腹から引っ張っている。そのまま持ち上げ左手で両方の足首を。おおしえてもらった、ちょううちょむすむびをしててみよう。
 上手く出来たが叱られた。「たためとは言ったが結べとは言っておらんだろうに」結び目からの声は「頭のストレッチが足りないんじゃないの」しかし彼にはくぐもった音としか聞こえない。



 「くそっ!」
 彼女の携帯番号とメルアドを削除した途端、後悔の念が早くもわき起こって来た。

 思わず!
 携帯電話をアスファルトに叩き付ける・・・振りかぶった動作の半分は力任せに、そして残りの半分は意識的に急ブレーキを掛けながら。
 失速した動作から半ば投げ出された携帯は乾いた音を立てて一度跳ね、路面を転がった。

 自分の取った行動に自責の想いを禁じ得ず。
 しばらく携帯を拾うことも忘れ、呆けたようにへたり込んでしまった。

 ふと気が付き、うなだれていた頭を起こすと、穏やかな笑顔の老人がその携帯を拾い上げ、アンテナの部分に“見えない何か”を結んでいる・・・?

 ほっほっほっ。お前さんのこの携帯電話、アンテナの先から伸びておる“糸”がほつれかけておるよ。今夜に限って、結び直してやることとしよう。
 ・・・ほれ、受け取りなされ。

 ふいにこちらに投げられた携帯を慌ててキャッチする。そのどこにもダメージが見られないことに驚き、そちらを見やると、既に老人の姿は何処にもなかった。

 刹那。
 携帯が懐かしくも暖かい音をかき鳴らし始めた・・・!



 すこし力を緩めると、勝手に結ばれてしまうらしい。こうなるとムキになってなんとか結ばれないようにといろいろ力を入れてみてはいるのだけれど、どうやっても結ばれてしまう。いっそのことハサミでバラバラにしちゃえばいいと妻は言うのだけれど、それでは負けたような気がする。だいいち可哀想ではないか。妻はそう言うことには案外無頓着であるから、気楽なものである。それにしても、いつまでもこんなものに時間と費やしているわけにもいかない。とりあえず結ばれないようにさえするだけで良い、形が不格好なのは気にしないと割り切ることに決めた。ところがそこまでしてもやっぱり結ばれてしまう。妻はそんなわたしをみてくすくすと笑って、目の前にハサミをちらつかせる。ますます、意地になって、でも、わたしはやっぱり結ばれてしまう。





 灯りが晧々と燃えている。ガイドブックによると、ここは彼岸と此岸との接点と考えられてきたという。第六感などまるで信じていない彼ですら、肌が粟立つような異様な場所だった。
 傍らのガイドはどうやら平気らしい。勿論現地人だ。厳密には混血が進み外国の血の方が濃いらしいが、ガイドの底冷えするような深い瞳は、この遺跡の空気ととてもよく似ている。
 彼がガイドブックの言葉を読み上げると、ガイドは頭を振り、腰に提げた紐を引き抜いた。中央をきつく結び、彼に持たせる。
「ここはこの結び目です。人間はこのどこかに存在し、ここを通ってまたこのどこかへ行きます。わたしたちは1本の紐の上を行き来しているのです」
 色とりどりの糸で編み込んだ紐を、ガイドの長い指がなぞる。現地人の腰に必ずと言っていいほど結ばれている飾り紐だ。それから結び目を支点に、くるくると回転させてみせた。1本の線が幾本もの軌跡となり、色彩豊かな幻の球が浮かび上がる。
 彼にとって飾り紐はあまりに美しく、しかしガイドの双眸には何も映ってはいない。
「我々の神はもうここにはいません。おそらくこのどこにも」
 ガイドは紐を火に投げ込んだ。祭壇は冷たい。



旦那さん、また来てくださいねぇ。
ま。ゆびきり?いやぁ、嬉しぃわぁ。
だんなさんとこないして指を絡めて。
や、からかわんといておくれやす。
うちはほんまに嬉しぃんどすえ。
旦那さんの顔みてたらうちはほんまに幸せですねん。
旦那さんが笑ぅたらうちも嬉しぃし、
旦那さんの元気な姿を見てたらうちも元気になれる。
そやからまた、うちと逢ぅてくださいね?
旦那さんがおらんようになったら、
うちはもう生きていかれへん。ほな、また。

ゆびきりげんまん うそついたら はりせんぼん のます 

いや、姉さん、そんなに心配せんで。
あの旦那さんにおかみさんがいたはること、
もちろん知ってます。それでもええんどす。
結んだ帯と結んだ指は、ほどけるものやから。
ほどけるてわかってても結ぶものやから。



 散歩中、木の枝にヘビを見つけた。胴体を強く結ばれて死んでいた。かわいそうに思って手を伸ばすと、噛みつかれた。
 あっと思う間もなく、ヘビの結び目がするすると上ってきて、指から侵入した。結び目はグニャッと指をねじ曲げ、手首を反転させ、むりむりと腕をねじり、肘を裏返し、肩をゴキッと曲げて、グイグイ胴体を結びあげ、ゴリゴリと足を下って地面へと抜けた。
 全身の力を失い、ばったりと倒れる。地面が波打った。結び目は、砂ぼこりをあげながら道を遠ざかっていく。



 絹の袱紗から取り出された熨斗袋はみごとなものだった。しかし。水引が間違ってる。慶事のうち、結婚だけは水引を結び切りにする。めでたいことは何度繰り返してもよいが結婚だけは別だからだ。まあ、仕方ないか。まだ若いものね。教えてあげようかしら。
 筆を垂直に立て几帳面な字で記名している青年の横顔を見る。細面の端整な面立ち。ちょっと神経質そう。人前で恥をかかせるのはやめた方がいいだろう。
 新郎がお金持ちらしく、披露宴はとても豪華だった。赤地に箔や金糸の縫い取りがある打ち掛け。お色直しは三回。最後のドレスには薔薇の造花がいっぱいであでやか。すこしゴテゴテしすぎている気もしたが。
 会場を出たところであの青年をみかけて声をかけた。
「立派なお式でしたわね」
 こちらをチラと見ると、予想より落ち着いた低い声で彼は答えた。
「ええ。でも新郎は趣味悪いですよ。彼女は肩から背中にかけての繊細なラインが綺麗なんだから、ドレスはシンプルでないといけません。花も生花でないと。僕はそうします。次の時にはね」
 水引の結び方を指摘するのは、やめた。



夜明け前。四十二丁目と五番街の角。風に舞うタブロイド紙。手繰ろうにも僕の右手からは何もかもが滑り落ち、藁の一本も残されていない。糸の切れた凧のようなのに、何処となく確として此処に立っている不思議。ふと、電話を掛けたくなる。いや違う。そんなふうに誰かと、何かと取り結ぶことに何の意味がある?冬の突き抜けた空は無限大の高さを持つ。どこか他にそれ以上に自分を託すに値する場所があるはずがない、あろうはずもない---今もそしてこれからも。どこぞの梁に括りつけるよりもましな何かに値する僕が、硬い大地と天空とを一直線に結ぶこの一点に立っている。そして冷たく聳え立つモノリスに切り取られたこの空を僕から奪えるものは、何一つない。
じんわりと首筋を包み込みながら、東の空が白み始める。



初めて、君と手をつなぎました。



 消えそうに細い三日月が薄く光を投げかける夜の音もない片隅に、秘密めいた大きな梅が植わっている。その木の下で少年を従えた黒猫が、みゃうと鳴いた。梅は枝を一本だけくるりと曲げて、誘うようにそれに応えてみせる。
 黒猫は自分の隣にいる少年を見上げた。縦長の黒い瞳をきゅうんと細くして、行動を訴えかける。少年は頷き、爪先立って手をいっぱいに伸ばして枝の端を掴んで引き寄せると、一息に固結びにしてしまう。思いの外強く縛られた枝の結び目から、紅い蕾が口だけを出して、これでは咲けないと嘆いた。
 黒猫は少しだけ不憫に思ったのか、少年を見上げて今度は瞳を少し太くする。少年がそれに頷いて一枚の葉をポケットから取り出すと、どろん。煙と共に結び目はほどける。
 けれどそこには蕾がなく、猫の瞳が紅くなった。



 黒髪をおさげにしている。女子中学生としては普通だと思う。でもこの髪型を十五年近くも、一切解く事無く続けていると偶には解きたくなる。
 私も母も、祖母も曾祖母も、生まれた時からふさふさの髪の毛で産まれてきたという。産まれるとすぐに、代々受け継がれている細い麻紐のようなもので髪を結ぶのだ。
 小さい頃にお母さんから聞いた話では、結んだ髪の中心には神様がいるらしい。神様の力で、私の家系は必ず最初に女の子が産まれてその子に神様は受け継がれていく。神様は私たちをとても幸せにしてくれる。確かに私の家系は裕福で長寿で、神の恩恵に与っているかもしれない。でも神様は気紛れで、縛っておかないとどこかに行ってしまうのだ。
 でももし私が子供を作らなかったら、神様は私が死ぬまで髪の毛の中で過ごすのだろうか? 
 私が子供を産まなかったなら、死ぬ直前に髪を解こう。おさげの結び目に手を当てて、そんな事を考えた。
 そして次に、昨日迎えたばかりの初潮の不機嫌な痛みと鬱陶しさを消してくれるように神様に願った。小さい願い事など、叶えてくれた事のない神様だけど。
 その時、結び目の所が少し動いた気がしたけどお腹の痛さは消えなかった。



貴方が解いた結び目を必死に編み直そうとしたけれど、
もしかして初めから結び目など無かったのかもしれない。



わかい結び目  できたとき
おさないミホは 泣いたとな

みそ汁さかな  たまごやき
あつあつごはん ふたり食べ

未来をかたく  ちかいあい
ふたりのこころ かよいあう

分れ惜しげに  くちづけし
だいくみならい おくりだす



 死体が虚ろな目をしてこちらを見て、左の指で机を叩いて愉快なビートを刻んでいる。右手にはジャムとマーガリンのフランスパン。食べているつもりなんだろうが噛み切れないらしく、あれほど固かったパンが離乳食のように美味しそうになっていく。
 やがて死体の頭から紐が一本伸びていくのが見えた。それがするすると天井に消えていくのだが、やがて止まった。どうやら結び目の部分がつっかえているらしい。
 死体は小さくお辞儀をして紐をするすると登っていく。でも結び目の部分で手を離してしまう。落ちた所には離乳フランス、踏んでひっくり返り頭蓋骨破損。もう食べれない。



 あなたと出会えたのはあの場所があったから。あなたと話せたのはあの人がきっかけをつくってくれたから。あなたをすきになれたのはあなたに惹かれるものがあったから。あなたのアプローチに応えたのはあたしもそばにいたい思いがあったから。

 しあわせの結び目はハートのかたち。

 あなたの手を握ったのは離したくなかったから。あなたに口づけしたのはやわらかなくちびるの感触を味わいたかったから。あなたの肌に触れたのはぬくもりを感じたかったから。あなたに抱かれたのはそこに愛があったから。

 結び目はどんどんかたくなっていく。

 あなたがひどいことを言ったのはあたしにわかってほしかったから? あなたがでていったのはあたしといるのがつらかったから? あなたが手紙をよこしたのはどうしても伝えたいことがあったから? あなたが別れたいのはそれが正しい選択だと思ったから?

 わからない……わからないけれど、結び目は確実にほどけていく。



現実の世界とまやかしの世界が錯綜する。
誠実に真摯に生きたいと思えば現実が私のいく手を遮る。
まやかしに生きようと思えば自分の心が私のいく手を遮る。
真と偽の結び目で綱渡りを続ける。



 あぁ……もう終電出ちゃった? そっか……もうすることねえな。なんか他の奴帰っちまったしな。
 もう二人しか居ねえんだからさ、腹割って話そうぜ、秘密を。お前もひとつくらいあるだろ?
 俺な、実は人間じゃねーんだ。糸人間。知ってる? 大体、9割9分7厘くらい人間なんだけどな、ひとつだけ違うところがあって、結び目を解くと一本の糸になっちまうんだ。ほら、俺の結び目は、ここ、踵のところ、な? ちょっとだけ引っ張っていいよ、ああ、な、解けちまう。
 ああ、こら、もうやめろよ、お前……え? 何でお前も結び目があるんだ? え?
 みんなある? そっか、みんなあるのか、俺だけ知らなかったのか。ちょっと自慢だったんだけどな、俺だけ特別だって。おい、こら、それはそれとして、やめろ、って、言って、る、だ……



彼女 ねえ わたしの結び目ほどいてくれない?
彼  いいとも きみの結び目をほどいてあげるよ
彼女 そっとやさしく 指でほどいてね
彼  そっとていねいに 指でほどくよ
彼女 あら わたしの結び目 ほどけないの?
彼  きみの結び目 かたいんだ 歯をつかってもいい?
彼女 わたしの結び目に 歯をつかってもいいわ
彼  きみの結び目 いい匂いだね
彼女 わたしの結び目 いい匂いかしら
彼  ああ きみの結び目 だんだんほどけてきたよ
彼女 ああ わたしの結び目 だんだんほどけてきたわ
彼  きみの結び目を 開いてもいい?
彼女 わたしの結び目を 開いてもいいわ
彼  ああ きみはなんて綺麗でグロテスクなんだろう



 —むすんで ひらいて

 真っ白な部屋で低く枯れた声は響き、少しずつ大きくなる。
 もがけばもがくほど、後ろ手に縛るロープは手首の皮を裂く。足首を縛るロープは骨を軋ませる。

 —てをふって むすんで

 一対一対応で左右の指が、手足あわせて計十セット結ばれて、ただでさえほどくことができない。
 力がかかるから、結び目が一番痛い。

 —またひらいて てをうって

 リズムと音程が完璧に破綻した唄は、もはや反響するいとまなく耳に届く。
 急がなきゃ。急がなきゃ。急がなきゃ。

 —そのてを うえに

「おほしさまにしてあげる。きらきらかがやくぼくのおほしさまに」



 ごちゃごちゃした糸のかたまりを、あなたは一生懸命ほどいている。糸の結び目を開いてみると、べつの世界がほの見える。ひとつの結び目をほどくと、月の目玉がギョロリとこちらを睨んでいた。べつの結び目では王様がお花畑で迷子になっていた。あるいは美女とクラゲがダンスしている。雲と山脈が激突している。結び目にはあらゆるシーンがひそんでいる。
 ある結び目を開いたとき、熟れた桃が目に入った。あなたは無性に桃が食べたくなり、糸の輪を広げていった。しかしほかの結び目がひっかかって思うようにほどけない。あなたは桃の輪がなくならないように指を入れ、あっちを開き、こっちをすぼめ、根気よく糸をほどいていった。ついに糸がはらりとほどけた。
 なにもなかった。世界は消えて、桃の香りだけが残った。



 骨のない子供たちは孤独である。川に流されて、闇の中で育つ。孤独に耐えかねて、男の子は記憶の底に漂う女の子の姿を捜す。暗闇を這い、川を遡り、女の子とおぼしき影を見つける。子供たちには骨がなく、手を握ることが出来ないので、男の子と女の子は蝶々結びでつながる。それでやっと寄り添って、ふたりは再び川を流れていく。ところが、長い闇が晴れ、光が溢れ始めると、女の子は骨のない身体を恥じて、男の子の元から逃げようとする。男の子は結び目を固結びにして女の子を引き留める。光が強くなる。女の子は結び目をほどいて逃げようとする。男の子は強く強く結ぶ。そうこうしているうちに、ふたりの身体は白日の下に曝されてしまう。女の子が怒って叫ぶ「まいにち、千個の結び目をほどいてやる」。男の子が叫ぶ「それなら俺はまいにち千五百個の結び目をつくってやる」そうやって、ふたりの身体にはまいにち五百個もの結び目が作られる。



 出来心だったのです。
 愛らしいような、つめたいような、濡れた目をしたへびは言った。そのカラダはぐるぐると、別のへびのカラダと絡みあっていた。
 ほどいてもらえませんか、と声を掛けられたのは、近所の堤防である。水辺のつよい風が、私達の間を吹きぬける。
 苦手なのよ、へび。
 失礼を承知で言ってはみたが、やはりしおらしくなったへびを見て、胸が痛んだ。
 抜きさしならなくなって、手をのばす。まさぐってみると、へび達はくすぐったがってころころ転がる。皮膚の触れ合うところから、しゃらしゃらと鱗の鳴る音がする。
 あんたたちも、努力してよ。
 懸命になればなるほどに、私の指は固くちいさくなってゆく結び目の上をすべった。
 ゆうべ、爪を深く切りすぎたせいだ。



 争乱を憂える余は将来、立派な「オオカミ・ショーネン・王」となり、虚偽と欺瞞に満ちた舌禍繚乱で雨嵐の入り組んだ結び目をホラとハッタリで解きほぐしてみせると誓った。
 だから、この胸毛ヶ原においての「結び鬼」遊びでも負けたくないよ。いざ、鬼決めでは、相手が「つ、土筆が五本!!!!!」と掌を広げてくれば、余はゆっくりと「草刈り鎌?」と指を曲げてやった。
 余裕のジャンケン問答で勝利した余は鬼役から悠々と逃げ回っていたのだが、
 何たる不覚。
 子供騙しである胸毛結びの罠に嵌り、スッ転んでしまったのだよ。
 卑怯者よ。しかし、このままでは鬼に捕まり髪をおさげに結われてしまう(それは、屈辱)、急いで、この場を誤魔化さなくてはならない。何か利用できるものは無いかと見晴るかせば、
 「あ、あれ、あれを見よ。空に一条の飛行機雲が伸びているぞ」
 余の指差しに鬼の視線が逸れるよ。しめしめ。ウヒヒ。
 「大変な事になったぞ。もしも、あの飛行機雲が、くるりと結び目を描いたなら、えがいたなら、」
 なんとする? 余。

 あ。
 うん。
 「描いたならば、それは、『カイゼル髭を鼻の頭で結んで全員集合です』のシグナルだぁ! 多分」



 昨夜は教授の名前で書いた論文の完成祝いにと、フランス料理をご馳走になった。ワインが美味しくて、ついつい飲みすぎてしまい、気がついたら見知らぬ部屋で横になっていた。寝乱れた髪の毛を手で梳かしながら、あくびを一つ。隣の部屋が騒々しいのに気付く。
 床を軋ませて、外に出てみると、どうやら私が寝ていたのはオンボロアパートの一室だったことに気付く。次いで、表札に目を向けてすべてを思いだした。帰り道、私は昔付き合っていた男友達に偶然会い、部屋に泊めてもらったのだ。そう言えば、この部屋にも何度か来たことがあった。
 隣の部屋を覗いてみれば人が倒れていた。血が流れている。顔を上げれば、向かいの窓が割れていて、吹きこむ風が冷たい。ドアの近くには、妙な結び目のロープが、半分に断ち切られて落ちていた。傍に立っていた男友達に事情を聞いてみれば、窓から隣人が死んでいるのが見え、窓ガラスを割って入ったらしい。ちなみに鍵の掛からないドアは、ノブがロープで縛られていて、殺害現場は密室状況にあったのだと言う。私はロープに触れた。
「これ、ゴム製じゃない。半開きにしたドアの、外からでも、結んで密室が作れる」



ある女性が神様にお祈りをしました。

女性:神様、お願いです。私を10年前に戻してください。
神様:どうしてそう願うのかい?
女性:今の私は本当の私じゃないんです。もっと違う人生が私にはあって、
   今の人生は間違っているんです。だから本当の自分の人生を歩みたいんです。
   私にも幸せになる権利はあると思います。
神様:そうか・・それなら10年前に戻してあげよう。
女性:ありがとう!!神様。

そして、彼女は10年前に戻った。

女性:神様、お願いです。私を10年前に戻してください。
神様:どうしてそう願うのかい?
女性:今の私は本当の私じゃないんです。また間違った人生を歩んでしまったんです。
   こんなはずじゃなかったんです。もう一度だけ戻してください。お願いです。
神様:そうか・・でも、君をもう10回も10年前に戻しているんだよ
   何度結び直しても結び目を解けばひとつの人生しかないのだよ。



 世界がほどけた!
 君が終わったのだ!



手の平の中の結び目が小さく一声鳴く。
ああ今日もあなたと繋がっていた。