500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第31回:


短さは蝶だ。短さは未来だ。

なんか変。さっきから妙な胸騒ぎがする。
会社に通ういつもの道。変わり映えしない毎日の通勤路。
でも今日は周りの人が全員ある方向に歩いている。
私だけ逆流している感じだなぁ〜。あっちに何かあるのかしら?
私は立ち止まって辺りを見回した。

途端に周りの騒音が消え、辺りがモノクロの世界になる。
何!これは一体!
でも誰も気づかず淡々と歩いている。
どういうこと?私は慌てて近くの人に歩み寄り声を掛けようとする。
えっ?!この人お面つけてる。気持ち悪い。
別の人に声を掛けようとする。
この人もお面?!
周りをきょろきょろする。皆お面をつけて歩いている。

パニックになって私は駆け出した。
どの人もどの人も様々なお面をつけて歩いている。
恐怖でしゃがみこんだ目の前に小さな水溜りに映る自分が見えた。
顔が、顔が無い!うそぉ〜!!手で顔をまさぐる。鼻は?口は??
もう一度水溜りを覗き込んだその時、私は水溜りの中に落ちた。



迫ってくるような感覚に襲われ、ぼくは目を覚ます。けれどなにも見えない。ただ暗闇がひろがるばかりだ。肌に染み渡るのは太陽のぬくもり。まだ日が差している時分なのだろう。たしかここは公園のベンチ。ぼくはそこに腰かけ、そしていつの間にか眠ってしまったらしい。だれかがぼくの顔を盗んだ! 心のなかでそう叫ぶ。面をなくした顔はただひたすら息をほしがっている。深く吸い続けている。すると世界が引き寄せられる。迫ってくる。ぼくはおそろしさのあまり、思わず両手で顔を覆う。やめてくれ! やめてくれ! しばらくして女の声がちかづいてくる。若々しい声音だ。面を拾いました、もしかしてあなたのではありませんか? 差しだされた面を受け取り、つけてみる。肌にぴったりと吸いつく。視野がひらけて、迫ってくる感覚がおさまる。これです、これはぼくの顔です! 礼を言おうと女の姿をさがす。けれどどこにも見あたらない。変だ。顔じゅうにやわらかなくちびるの感触が残っている。



 僕は楽しい。僕は可笑しい。僕は嬉しい。僕は愛しい。僕は狂おしい。僕は苦しい。僕は哀しい。僕は寂しい。僕は恋しい。僕は優しい。僕は涼しい。
 君は笑う。君は喜ぶ。君は遊ぶ。君は踊る。君は猛る。君は喚く。君は叫ぶ。君は怒る。君は泣く。君は悲しむ。君は哀れむ。
 くるくる表情、百面相。
 本当の自分を忘れてしまう。



 町のどこかでさよならを告げながら新しくなる人たちがいる。それは少しだけさびしそうな顔をするけどみんな晴れたような表情。公園の噴水前、小さな部屋の中、ミックスジュースを飲んで、ビルの屋上、マンホールの下、ツイストしながら。現在が昔に、明日が未来に変わっていきそうな気がしたその瞬間。
 そのさよならの意味はその人によって違っているけれど、昔の世界に別れを告げて新しい道へ飛び出そうとする気持ちだけは一緒。



知り合いに“一卵性双生児”がいて、兄は“面打ち職人”を、弟は“麺打ち職人”を生業としている。冗談のようだが、ここだけの、本当の話である。



一面見渡す限りのラベンダー。微かな香りに包まれ、彼女はそこに、

俺には善と悪の二面性がある。彼女といるときは善の心に満たされ、

三面鏡を見開き、彼女は唇をうっすらと赤く染める。妖艶で初々し、

四面楚歌のときも彼女は俺の味方をしてくれた。その心根うれしき、

五面のペンタゴンは炎に包まれた。そのとき、彼女は俺の腕の中の、

六面淡い優しさおおう寝室に彼女は一人待つ。香水のみを身につけ、

彼女が数時間かけて作った七面鳥の料理に、ほのかなる愛を感じて、

清楚な彼女に八面ペンダントがよく似合う。胸の谷間にキラリ光る、

今日は久しぶりにテニスをしよう。彼女と九面コートへ愛の逃避行、

彼女の得意な十面相。どんな顔をしようと好きなものは好きと知る、



 わんわん。線路脇に放置されたビニール袋を覗くと中には肉の塊が裸のまま入っていた。わんわん。ようやく夕食にありつけた犬は喜び勇んで鼻先を袋につっこみ、振り回し、喰い散らかし。中身がこぼれ強い風が吹いた時には袋は茜空に大きく舞い上がり。
  「生成」は面の隙間から恐る恐る世情を窺っています。
 煤けた和室は夕灯に染まり遠く響く遮断機のカンカン音が耳に障り。日に焼けた畳の上には赤ン坊が寝かされ。
  「生成」が見るのは幾つもの薄幕を通して終わりには銀匙の背の鏡面に映して歪めたものです。
 突然。赤ン坊がむずがり。泣き喚き。
  「生成」は幼少の頃に男友達に早漏の鉄拳蝉をけしかけられた事があります。がっつん、がっつん。腹を脛を顎を額を鳩尾を全面余すところ無く打たれ暴力的に高まる鳴き声にその時は耳を塞ぐしかありませんでした。
 湿った風と供に濡れたビニール袋が部屋の中に舞い入り。ふわふわと。
 偶々。赤ン坊の顔面に貼りつき、覆い。電車が近くを通り。

    かたん、がたん。
      かたん、かたん。

  「生成」は歪む幼い「ひょっとこ」の面をただ暫らく見つめ続けました。
 一方その頃、犬は慌てて口腔に含んだ肉を吐き出し。わんわん。誰の悪戯なのか大量の縫い針が含まれ。



ぱりん



大きな青いサイコロがコロリコロリと宇宙を転がっていく。
無限多面体のサイコロの一面で、僕はひさしぶりに車を洗う。
ミケがボンネットに飛び乗った。サイコロがまたコロリと転がった。



わしが会社の命令でしぶしぶパソコン研修に行った時の事や。

乗っとった帰りの電車が、キキーッいうて物凄い勢いで止まりよったんや。
ただでさえ、チンプンカンプンな話で脳みそ腐りかかっとるのにこの衝撃やん。
わしの頭はころんころーんて通路に転がってしもた。
「どないすんねん」
目ン玉をあっちゃこっちゃ動かすと、わしの周りにたくさんおっさんの頭が落ちとった。
「大丈夫ですか!」
車掌があわてて入ってきた。
「だいじょうぶなことあるかい!見てみい、みーんな頭もげとるやないけー!」
車掌はブーイングを物ともせず、わしらの面と身体を見比べながら適当にくっつけていったんや。

で、問題はやな。なんでわしの頭がこのぶよぶよにたるんだ知らん身体にくっついとるのかってこっちゃ。



 人生なんてゲーム扱いされてとーぜんじゃん。
 いいゲームはさ、1面から2面・3面って進むごとにちょっとずつ難易度上がって、プレイヤはそうとも知らず、少し悩んでは次へ行くんだよね。 
 ほら。人生だって同じじゃん。小学から中学・高校って進んでくと、ちょっとずつ難易度上がって、思春期とか言っときながら、ドロップアウトもせずみんなクリアしてる。リストラとか離婚とかって予定調和でしょ?ぶっちゃけ。
 知った顔してさ、「ゲームが人生を真似てる」とか言うんだろうけど、それこそ虚構と現実の区別ついてなくない?だって、ゲームごときに真似されるような人生しか送ってないんでしょ。たゲームマスタに与えられたイヴェントをそつなくこなすだけの人生ゲーム。
 まぁんなわけで、俺8面行くわ。ワープ土管見つけたんだ。さっさとラスボス倒さんとさ。ちんたら進むのタルいし。んじゃ。



「ストローで呼吸してると、死にそうになるナ」
 四郎がげっそりとした顔で帰ってきた。
 天吉は四郎の顔を見て編み物の手を止めた。
「ずいぶんゲッソリしてるじゃないか。死人のようだ」
「いや、半日死んだ振りをしていたのさ」
「なんじゃそりゃ」
 王文が腕立て伏せをやめて四郎の方に向き直った。
「デスマスクを取っていたんだ」
「お前、生きてるじゃないか」
「細いストローを銜えてな、死んだ心地になって横たわってな、石膏で顔の型を取って貰った。明日にはシリコン製のデスマスクが出来上がる予定だ」
「何に使うんだ、そんなもの」
「マネキンの顔にでも貼り付けようかと思うんだが、どう思う」
 天吉は編み物を、王文は腕立て伏せを再開した。
「1001・・・1002・・・1003・・・1004・・・・」



 スペシウム光線を放ちはじめた瞬間にレッドキングの右フックが炸裂、勢いあまったウルトラマンは360度回転した。宇宙空間がまっぷたつである。



 木曜日の夕方、トクさんは唐草模様の風呂敷を抱えて出かける。西日の当たる廊下の端までゆくと、風呂敷からお面を取出し、風呂敷を背に羽織る。しばし仁王立ちになった後、夕日に向かって変身のポーズをとり、飛び上がろうとする。そして、何事もなかったようにお面を外し、風呂敷に包んで部屋へ戻る。

 土曜日の昼下がり、ミヨさんはピアノを叩く。右手の人指し指をピンと伸ばし、左から右へ、白鍵 黒鍵 白鍵 黒鍵 白鍵 白鍵 黒鍵 白鍵 黒鍵 白鍵 黒鍵 白鍵 白鍵...。最高音まで辿りつくと、ミヨさんは子供の顔になっている。お母さんが迎えに来るのを待っている。

 月曜日の朝、私はごはんつぶを手にとり笑顔を張り付ける。乾くとゴワゴワする。



かわいいね、ってある人がいう。
そうよ、だって可愛くお化粧したもの。
優しそうだね、ってある人がいう。
そうよ、だって優しそうに微笑んでいるもの。
いろんな人が私を褒めてくれるの。
それはそうよ、だってそのためにたくさんのお面を用意したもの。

あなたの望むお面を私は付けるわ。
そうよ、それでいいのよ。だって幸せになりたいもの。
気掛かりなことはひとつだけ。
たくさんお面をつけすぎて、自分の顔を忘れちゃったわ。



“面々”“面子”といった言葉の語源が、「男性」を意味する英語“Man”の複数形“Men”にあることを知る人は意外に少ない。



 帰り道に煌々と、一軒の夜店がでていた。小綺麗とはいえないような婆さんが、一人で店番をしている。
 何屋だろう、と横目で覗うと、ぼんやりとスルメをしがんでいたはずの婆さんが、バシンと私の顔面に飛びついてきた。老女離れというよりももはや、人間離れをしたその動作の素早さに、回避する余裕は全く無かった。
 一瞬、婆さんが私の顔に貼りついてきたように感じたが、彼女は売り物であるところの面を私に被せてきただけらしい。
 すまんことをした。
 婆さんは特に申し訳なさそうな素振りも見せずに言った。あんたの顔が大層うるうるとして見えて、面によく同化しそうだったからさ。
 指先で面のおもてに触れてはみたが、その形状が何故だかちっとも頭に入らない。
 婆さんは満足そうに、私を見てにかにかと笑う。おかめとかひょっとこだったら嫌だな、とはおもうが、それほど困ったというわけではなかった。



 江戸前期に山下仁右衛門という御試役がいた。
仁右衛門は数ある試し斬りの型の中でも特に「面放」を好んで行っていたという。
「面放」とは、斬首した罪人の首を盛り土に置き、横顔を見るが如く脇に立ち、頭頂より垂直に打ち込む。
文字通り「面(ツラ)」を「放(ハナツ)」型である。手の内に真の実力がなければできぬ技であったとされている。

 この斬り役という凄まじい家業をする仁右衛門にも、唯一心がほどける場所があった。
吉原廓。なかでも「柳屋」に入り浸り、俸禄の全てを投げ打って通っていた。
 今宵もまた猪牙舟で浅草川をさかのぼる。

 ある月の夜。城下を飛ぶように走り抜ける仁右衛門がいた。
自分の屋敷にはいるも、もどかしく、脇の包みをほどく。中には本日打ち放った罪人の面。
罪人の名を「小笹」といい、仁右衛門が心を寄せていた「柳屋」の太夫であった。
「小笹。」
仁右衛門の手によって斬り放たれた面はまるで眠っているかのように安らかである。
小笹の面をつけ、仁右衛門は能を舞った。舞いながら泣いた。
月光が、舞い続ける仁右衛門の姿を黒々と地面に焼き付けた。



今日は香の好きなビーフシチュー。私は丁寧に人参の面取りをする。香は3歳下の妹だ。家庭科の教師をしていただけあって、味はもちろん、見た目にもとてもうるさいのだ。私達はとても仲が悪かった。幼い頃は喧嘩の度にお姉ちゃんでしょ、と叱られ、妹なんかいらないと思っていた。ところがお互い社会人になると、一緒に買い物に行ったり、恋愛の相談をしたりするようになった。私達はとても仲の良い姉妹になったのだ。料理の苦手な私が結婚すると、香はたまに夕飯を作りに来てくれた。その日のメニューはビーフシチュー。適当に切った野菜を鍋に入れようとすると、人参はちゃんと面取りしてよ、不意に怒鳴られた。いいじゃん、面倒くさい。味は一緒だもん。その後は久しぶりの大喧嘩になり、ぷいっと香は帰ってしまった。そして信号無視の車に撥ねられて逝ってしまった。あれから1年。皿に盛ったシチューは料理雑誌のグラビアみたいに美しい。あの時素直に面取りしていれば、こんなに美味しそうなシチューを一緒に食べられたのに。料理は見た目も大事だと、もっと早く気付くべきだったのだ。



私はいつも彼を観ている。
彼はとても可愛くて、料理も上手い。
スタイルもいいから時々悪戯してしまう。
でも彼はいつも笑顔で応えてくれる。
だから私は彼を観ている。いつも、いつも。
お風呂を掃除している時も。洗濯物を干している時も。
買い物に行く時も。テレビを見ている時も。
いびきをかきそうな位熟睡している時も。
そしてトイレも。
いつもいつも彼を観ている。
でも彼はいつも笑顔しか見せない。
私には夢がある。いつか必ず見てやるという。



面が二つに割れた。
朽ち木が顔を出した。

男は息を呑み、
そっと自分の頬に触れてみた。



 ずいぶん四角いマスクメロンだね。



 真夜中。全ての店は閉まり、街灯だけが薄暗く光る死んだ通り。
 交差点で二人の人物が向かい合わせに信号を待ち佇んでいる。
 一人は私。
 もう一人は狐のお面を持った少年。
 少年は、浴衣を着て、無表情に私を見つめている。
 呼び起こされる、遠い日の記憶。

 お祭り。縁日。屋台。出し物。
 おばあちゃん。あれ買って!
 最後にぼくが指差したのはお面屋だった。ほとんどが売り切れ、残っているのは狐のお面だけだった。
 だけど、今までずっとにこにこしながら何でも買ってくれたおばあちゃんは、急に真顔になると、
 あれは、だめだよ。お面は、それは恐ろしい、ものなんだ。いいかい、お面だけは、絶対に、かぶっては、いけないよ。恐ろしいことが、必ず、起こるんだよ。
 と言って、後は首を振るだけだった。
 おばあちゃんが何を言っているのか、ぼくにはよく分からなかった。

 浴衣の少年はもうお面は持っていない。今それを持っているのは私だった。
 でもどちらでも同じことだ。あの少年は私なのだから。
 おばあちゃんの声が聞こえる。
 ごめんね。

 赤と緑を繰り返す信号。

 男は、ぼくが見つめる前で、お面をかぶると、とたんに消滅した。
 おばあちゃんの声が聞こえる。
 
 真夜中。全ての店は閉まり、街灯だけが薄暗く光る死んだ通り。
 交差点で、ぼくは一人、信号を待っている。



最初の飼い犬“テン”が天寿を全うし、次にやって来た飼い犬“セン”は先日、輪禍によってこの世を去ってしまった。
そして新しい飼い犬が我が家にやって来た。