500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第30回:落ちる!


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 小瓶が手からスルリと滑り、コンクリートの床へと吸い込まれていく。

 あの日、僕は悪魔と契約を交わした。目の前には、フワフワと浮かぶ若い男。
「本当に・・・悪魔なのか?」
「天使や悪魔や言うけど、そんなんは人間が勝手に決めつけとるイメージや。」
自称悪魔は面倒くさそうに言う。
「さっさと取引しまひょ。ワシも忙しいさかい。望みは世界の終焉やな?」
僕は再びうなづく。汚れた人間の世界。全てを無に帰すことが今の僕の心からの望み。
「ん?・・・あかへんな。あんたの魂全部残らず使うても足りひん。精々・・・半径50キロってところやな。まぁ、場所をよく選んで使うてや。」
悪魔はそう言って僕の手に小瓶を握らせた。

 その小瓶が、大地へと引かれてゆく。
 そして、乾いた音が響いた・・・ただ、それだけだった。僕はまだそこに立ち呼吸をしている。目の前の光景は寸分も変わらない。
「なんや、期限切れやん。何で50年も使わへんかったん?」
聞き覚えのある声が頭の上から聞こえ、目の前にあの日の悪魔が現る。そして、いたずらっ子のような笑みを浮かべて、僕の目の前からかき消えた。



「あっ」
 落ちる、と思ったとき思わず声が出てしまった。と同時にそのキジ猫は一瞬空中に停止し、ふわりと地面に降りたった。ふう。
「ねえ」
「な、なに」
 ティカップを持ったまま、喫茶店の窓越しに猫を指さして彼女が言った。
「あの猫。今、マンションの5Fから落ちたのよ。見てた?」
「い、いや」
「5Fからよ。なのに怪我してないみたい。すごいわねえ」
「まあ、猫だからねえ」
 焦ってコーヒーを口に運ぶ。こんなこと、どう説明すればいいんだ。超能力って程のもんじゃない。自分の意志ではコントロールできないんだから。でも。やっぱり気味悪いよな。やっとこぎつけた初デートだってのに。
「ねえ、本当に見てなかった?」
「うん。気がつかなかったな」
 彼女が僕の手に手を重ねる。びっくりしてこわばった僕に白い指先から思考が流れ込んできた。
(あなたっていい人ね)
 おそるおそる顔を上げると、彼女は頬に軽くキスをくれた。



「ま、待ってくれ」俺の哀願になど耳をかさず男は引き金を絞った。心臓のすぐ傍で拳銃が火を噴く。反動で俺の体はそのままビルの屋上から闇の中へ…
——ジリリリリ「痛てっ」
 ベッドから落ちて目が覚めると同時に鳴るなんて、嫌みな時計だなあ。しかしリアルな夢だった。胸に痛みが残っている。でも、平凡な便利屋である僕の生活に拳銃なんてあるはずもないし、やっぱりドラマのせいかなあ。顔を洗い終わる頃には夢の記憶は薄れていた。今日はビルの窓ふきだ。仕事をしながら、おい、まさか、ビルから落ちるってところが正夢なんじゃ、と思ったとたん足を踏み外し、やっぱり、となんだか納得しながら地上に向かって…
——ゴチ「痛たっ」
 いつの間にか眠っていたみたい。椅子から床に滑り落ちてる。ここのところ徹夜つづきだったもんねえ。この原稿も朝までには仕上げなきゃ。夢の中の夢、か。ありきたりな話。書き直そうかと悩んでいると天井灯がふっと消えた。この忙しい時に。手探りで予備の電球を探し出し、机の上に椅子を積む。その上に立って交換しようとした時バランスが崩れ…
——どすん「いたい」
「まあ、だめよ。ブランコに乗ってる時に手を離しちゃあ」といって、ももこせんせいはヨーチンをぬってくれました。まあ、いいけどね。ぜんぶのゆめからさめるのに、あとなんかいおっこちなきゃいけないのかなあ。



「ジリリリリンッジリリリリンッ」突然と胸を突き刺す黒電話の響き。
(おかしい?)此処に黒電話という骨董品がある筈がない。
しかし、今も確実に私の耳に飛び込んでくる。恐るオソル扉を開け、気になるあの音に吸い寄せられて行く。
目の前は真っ暗だ。手と足の触感だけが私の視覚となる。そして情報源はあの音と私の息づかいのみだ。
「ジリリリリンッジリリリリンッ」あれからどれくらい進んだのだろう。
体の中に腹の音が響き、おまけにピザの香ばしい匂いが鼻腔を覆い尽くす。
「ジリリリリンッポトリッハァハァ、ジリリリリンッポトリッハァハァ」あきらかに音が増えている。時折腹の音も加わるが、気になるのはあの音。
私の体は濡れている。何故だ、触れてみると少し粘りがるような…。
嗚呼ァ。周りからゆっくりと押し寄せて来る恐怖を振り払い、私は一歩進む。
あれっ音が消えた。私の周りにあるものすべてが上空へ舞い上がる…。気がした。
(違う、ちがうぞ)私だ、” 阿 ”
背中に地面を感じた。体と心が一緒になる瞬間、私は釜床の上にいた。熱チ。



 朝食はコーヒーとビスコッティで充分。カップにコーヒーを満たしてくれるのは、ヘラが結婚祝いに選んでくれたミルだ。いつもと同じように、ダークグレーのスーツに身を包んだおれは、仕事の段取りを頭のなかで繰り返しつつ歩みをすすめる。そこに注意書き。
 ケイトが掘った落とし穴だ!
 それで? だからどうだって? どうってことない。落ちるだけだ。
 ネクタイが逆さまにはためくなか、宙を飛ぶコーヒーにビスコッティをひたす。あいた左手でもつれた髪を整え。ほらボタンが取れそうだ。だから昨日のうちにつけなおしとけって言ったんだ、聞いてるのかケイト、と叫ぶと、ひゅっ、風の音が切れて、すとん。おれがいるのはケイトが夢みた光あふれる庭というやつで。ケイトはにこやかに紅茶を注ぐ。おれは厄日だと思いながら紅茶を飲みかける。そしてカップの底にさらに落とし穴を発見してしまう。たまにはね、落ちるとこまで落ちていくのもいいものよ。そう言ってケイトはおれを引きずり落とし、おれたちは抱き合ったまま落ちていく。そして気づく。ケイトが香水をつけているなんて何年ぶりだ?



 エフ博士の研究所の中庭。極めて晴天ナリ。

「丙型反引力装置壱號」なる珍妙な名称のキカイの発明を成し遂げた(と本人の言う)得意満面の博士を前に、二足歩行式ロボット“ニュート”と、博士の一番弟子を自負するエヌ助手が満を持して発明の成果のお披露目を待ち構える。

 やがて、博士はレトロチックなヘルメットを被り、真鍮製のいびつな形のランドセルを背負い、やおらベルトの部分に配置されたボタンを何やら操作する。

 瞬間、凄絶な絶叫を地上に長く尾を引きつつ残したまま、エフ博士は大空の彼方へと落ちていったのであった。



 顔を洗っていた父が、洗面台に溜めた水にドボンと落ちるのを目撃してしまった。わたしは台所の母のところへ飛んでいく。
「またなの」
 大きなため息をつきながら、母は洗面所を見に行った。そこに父の姿はない。溜めた水の中にも見つけることはできない。一年と三ヶ月前、二番目の兄も同じように落ちたことがある。母はそのことに気づかずに栓を抜いてしまったので、兄は流れていった。最近こういう事故が多発しているらしい。
 母は溜まった水をじっと目をこらして見たが、父を見つけられないと分かるとすぽんと栓を抜いた。ぐるぐると回転しながら水は吸いこまれていく。
「お父さんだいじょうぶ?」
「めぐりめぐって雨になって、いつか落ちてくるでしょ」
 そういうわけで雨が降ると、兄と父が道に落ちていないか探しに出るのだ。



 まどろみの中、誰かに囁かれたのに辛うじて気付いた。
 今日中にターゲットを探さねばならぬらしい。黙って引き受ける積もりはないが、さりとて誰かをつけ狙う気もしない。憎悪とはそんなものではないはずだ。
 コンビニエンスストアでコーヒーのボトルとガムを一掴み、それに煙草ワンカートンとライターも買っておく。夕焼けの残映に白い月が沈むのを待ち、コーヒーを飲んで煙草に火を点す。虫すだく星空の下、いつまでもやみくもに意識を張り巡らせていると、ズン、かすかに浮き上がる。
 そうではない。世界全体がわずかに落ちたのだ。
 最後の一滴を苦み切った口に含む。両腕を天に伸ばして垂直に立ち、つま先で軽く跳ねてみる。天秤の片方になって地球の重みを量っている。地の熱は冷め、露が吸い殻を湿らせ、風がさらさらと草を鳴らし、東に暁闇の青が訪れる。
 極限まで張りつめ、未知のフェイズへとダイブする。意を決し、心の梁を噛み砕いた。経験したことのない睡魔が押し寄せ、星空と野の音は回転して遥か後ろに遠のいてゆく。



 日記を隠した場所は誰にも知られていないはずだ。あんな恥ずかしい日記。乗り逃げしてやったあいつは泣くだろうか。何にでもなれると思っていた時代は終焉。私がここにいることになんて、今は誰も気付かない。それってつまり、私はここにいるのだろうか。怖いのはあいつも同じだ。だから私は自分を守る。もしも許す事ができていたら、このままいられたのだろうか。最後に名前を呼ぶから、どうか変わらないでいて。あいつの知ってる私はここにいる。あいつは言う。「結局お前は何だったんだ」。さあね。
 今日はお気に入りの靴をはいて行こう。新しい靴。大丈夫、中敷は綺麗だ。そろえても、この靴は美しい。
 私にもまた、多くの人間と同じように、羽などない。ここから飛ぶ事なんて、多くの人間と同じように、できるはずもない。それにしても、昨日の夜にあんなもの食べるんじゃなかった。美しく消えるなんて、やっぱりどう考えても無理なんだってこと。ところであいつは、本当に泣くだろうか。それだけが最後の疑問。



私の名前は知留。「青い鳥」のチルチルからとったそうだ。どう考えてもミチルの方が日本人ぽくて名前には適切なのに変わった両親だ。幼い頃は嫌だったが、今はわりと気に入っている。
先日、付き合って2年の彼からプロポーズされた。この人こそという決定的な決め手はないが、かといってこの人じゃダメだという決め手もない。来年で三十だし結婚してもいいか、という程度。どうしたものかと思っていたその夜に見た夢。
ロープにしがみついている私を数人(数匹?)の小鬼が見上げている。腕がだるい。「あら落ちる」「落ちたら死ぬね」小鬼達はそう言ってクスクス笑う。もうだめだ、落ちる!その瞬間目が覚めた。そして気が付く。彼の名字は新尾。結婚すると私の名前は「アラオチル」になるのだ。なんだかなあ。縁起の悪い名前だなあ。やっぱりやめようかなあ、結婚。世間では、女性の自立による晩婚化などと騒いでいるけれど、理由は案外こんなものかもしれない。返事はもう一眠りしてからゆっくり考えよう。



眠りに落ちる!姫さまは16歳。
天空が落ちる!中国の空は広いから。
一葉が落ちる!がっくりして死んじゃった。
塀から落ちる!卵のくせにそんな所に座るから?林檎が落ちる!物理学者は見てなかったけど。
地獄に落ちる!蜘蛛の糸が切れたぐらいで。
憑物が落ちる!古書店は今日も閉店か。
語るに落ちる!うそ八百並べてみた。



 男が入ってきた。頭の上でしっかりと帽子を押さえている。あきらかに“墜落症候
群”の男だ。
「怖いんです、落ちるのが。そのスピードが」
 医師は男の言葉を、書き留めていく。
「もう耐えられません。この恐怖、この速度」
 男は椅子にしがみつきながら訴えた。医師は答える。
「考えてもみてください。もしあなたが落ちているのだとすれば、その椅子も、この
わたしも、部屋も、建物も、この街も、つまり世界がすべて落ちているわけじゃあり
ませんか? そうだとすれば、それは落ちていないのと同じことでしょう」
「違います違います。そうじゃない。ぼくはたしかに落ちているんです。これは現実
の出来事で、しかも日増しに速度が上がっているのです。そしていつかは……。これ
は個人的なことだから外の世界とはまったく関係がああ、なんてことだ、なにも知ら
ずにぼくは、しまった、先生、先生、すみません、先生も落ちていたんですね。ああ、
落ちた、落ちた、先生が落ちた。ぼくより先に先生が落ちてしまった!」



買い占めで信用を失墜させるのと、売り逃げで株価を暴落させるのと、どちらがよろしゅうございますか?。
まもなく閉店なので御座います、お客さま。



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> 水平方向の速度が一定のとき、自由落下する物体は二次曲線の軌跡を描く

パラシュート開かないんだけど。

> ことを数式で表せ。ただし、空気抵抗がないものとする

あるってば。

> 回答時間は1分

まさか、

> 不正解の場合、パラシュートは

いいから開けよ!



七色の風が吹き抜けると彼女の髪がゆるやかに棚引く。星の輝きを見つけると天子が現われ、彼女の周りを飛び始める。
世界中を流れる雄の群れの中を彼女は優雅に進む。この時から天子達の戦いが始まるのだ。
星をひきつける引力がひとり又ひとりと彼女から天子を引き離す。
それは土星であり、はたまた金星であり、時には見た事も無い惑星であったりする。
天子たちは小さな羽根で抵抗を試みる、が。
しかし、逆らえば逆らう程引力は強くなり星の軌道は自然の法則に従う。
力尽きた天子たちは星に落ちる、落ちる、落ちる。

星にハートを届ければ君たちの仕事は終わりなの、ご・く・ろ・う・さ・ま。

彼女の囁きは雄どもの心臓を突き破る。



赤い毛糸玉が僕の足下へ転がってきた。
拾いあげると錆びた鉄の匂いがしてDNAの螺旋がほどけてしまった。
仕方がないので僕は君の赤い星を見ながら夜空にスケッチする。
とろりと広がる銀河と赤い螺旋の混ざり毛糸で、僕は僕によく似た火星人を編んだ。
とても素敵にできたので、逃げられないように小指と小指を赤い糸で縫い合わせた。
そしてふたり手に手をとって太陽に向かって飛び下りる。



 弟の帰宅する時間が日に日に遅くなり、そしてとうとう戻らなくなった。
 弟を溺愛している母は、潔癖な彼がいつも持ち歩く石鹸を、近所中の人達に嗅がせて回った。こういう香りなんだけど。
 私には1つだけ心当たりがあった。穴だ。弟はもうせんから、温泉をだすと言って、堤防の隅にこっそりと穴を掘っていた。
 ひときわ高い茂みを抜けると、そこに穴はあった。ぱっくりと口を開けて、私を待っていた。弟の姿はなかったが、私は毎日その場所へ通った。穴に漂う闇は、日を追うごとにやわらかになってゆくようだった。
 その日。穴の空気は外へと漏れはじめていた。土の匂いが鼻につく。私は身をのり出して、弟の名を呼んだ。
 ほろっと土が崩れ、私の体が宙に浮いた。怒涛のように、生暖かい湿気た風に揉まれる。全ての意識は、地上に置き去りにしてしまったらしい。
 空っぽの頭で、弟にぶち当たってしまう事だけがただ怖かった。
 唐突に、風のかたまりが脇をすり抜ける。鈍い衝撃が体に響き、瞬間だけなつかしい香りがした。
 再び落ちる距離をおもって、私は笑った。



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フジテレビの球体展望台が、秋風に揺れている。



“吉岡め、ざまあ見ろ、俺を見くびった罰だ。どん底まで突き落としてやったぜ。”、加藤はそう、ほくそえんだ。

吉岡の会社は加藤の謀略であえなく頓挫。会社は倒産、個人保証していた吉岡は一文無しに。妻とも離婚。何もかも失った。

“加藤にはいっぱい喰わされた、だがこれくらい何でもない。会社にも妻にも飽き飽きしていたところだ。ようやく、行き場のないしがらみから抜けることができた。”
吉岡にとっては今がどん底。これからは、這い上がるだけだ。
会社経営で培ってきたノウハウと、裸一貫を武器として、悠然と家を後にした。



 緻密に折り畳まれた純白の翼。僅かに寝乱れた栗色の巻き毛。紅の唇は無邪気に嘘を幾つも吐いた。
 女の背中の厚みを知る腕。女の体を弄んだ指先。朝の光を浴びて、まどろんでいる。
 逞しい肩に掌をあてて軽くやさしく揺り起こす。その前に、女はいつも天使の耳許にその一言を囁くのだ。



 大空間に置いてある障壁に1歳前の赤ちゃんが大勢で笑いながらしがみついています。ビッグサイズの運命落としです。楽園の女神様はコンクリート製に変わりました。何回もくり返し遊べます。
 まず右脳の塊をタイミングを合わせて上の台座に嵌め込みます。重みで振り子が揺れます。揺らせていれば将来の夢が弾ける様子と音に飽きません。
 赤ちゃんがシーソーに乗ると、傾いて下のシーソーに落とされていきます。赤い文字盤を左右に大きく回すと、積み上げられた左脳の塊が金属のレールの上を前後に傾きながらゆっくりゆっくり落ちていきます。落ちた左脳の塊は第4ステージの所まで来て、振り子から奥の窪みへ転がっていきます。
 作り笑顔を二番目のスロープに乗せると、リズミカルに揺れながら斜面を転がり落ちていきます。欲情を乗せると、両端でひっくり返りながら2枚の不透明な雨雲の隙間を斜めに落ちていきます。回転する思考の溝に嵌るとき、生き物の抵抗感が内臓に伝わってその感触が楽しい。上下を逆さまにしたり方向の傾きを変えると、氷柱の響きを奏でます。長くて太い一生ほど響きは低くなります。
 あなたはどれくらい?



 落ちる!その瞬間、目が覚めた。ワタシはホッとしてベッドから起き上がる。トイレに向かう。ドアを開け1歩踏み出す。床がなかった。落ちる!その瞬間、目が覚めた。ワタシはハッと辺りを見回す。満員電車の中、ワタシは誰にも見られていなかった。駅に到着する。人の流れに乗って階段を降りる。後ろからドンと押される。落ちる!その瞬間目が覚めた。心臓がバクッと大きく拍動する。会議中、ワタシはさもメモをとっていたかのように手を動かす。意見を求められる。冷や汗の発言。どうにかしのぎ湯飲みに手をのばす。すべった。落ちる!その瞬間、気がついた。私は気持ちのいい潮風に吹かれていた。沁みるような青い海と白い波が目の前に迫ってくる。靴は崖の上に揃えておいてある。



 尖った危うい稜線の上をぼくは歩いているのだった 目の眩むような真っ白い砂の刃の上を小走り気味で 踏み込むたび足元がさらさらと崩れるから両手でバランスを取って逃げるように跳ねるように 少しでも下を見たら眩暈を起こしそうだからひたすら前を向いて そうするうちに顔は上気し息がはずんでくる どのくらい歩き続けただろう 気がつくと稜線は少しずつ低くなっているようだった もうこのまま白い砂と一緒に雪崩れて行っても構わないような気もする けれどもどこまで落ちていくのかを測るために覗き込むことはできない 走る 夕暮れはまだ来ない



 ひょんなことから、魔法の石灰を手に入れてしまった。
 石灰といえば、野球とかでグラウンドに白い線を引く、片栗粉みたいなあれだ。
 赤い車輪のついた、乳母車と掃除機の混じったようなラインマーカーをコロゴロと転がすと、白い粉が金魚のフンよろしく後にずうっと残っていく。
 その白い線をくるりと円につないでみる。
 ひゅーん、という音とともに囲まれた物が消え去る。
 どうしてかって? だって、それは魔法の石灰だから。
 おもしろいから、電柱や、自動車や、家、公園、鉄塔、公民館などそこらへんにあるものをかたっぱしから囲みまくる。
 落ちる! 落ちる!! 落ちる!!! 
 地面の中に吸い込まれるようにボッシュート。
 町内の建物をあらかた消し終わったけどまだやり足りない。
 僕はラインマーカーを転がし全国行脚の旅に出た。
 海岸沿いを日本一周。
 これで、貝ひものような、リアス式海岸だけの残る日本ができあがるという寸法になっているのだけれど。 珍味なる、白い王冠。僕はアンフェアな伊能忠敬。



風景が縦に流れ始めたから、仲直りしようよ。



 どうやら、最近の大人はスペースシャトルが常に落ちていることを知らないし、地球を貫通する穴をあければアルゼンチンまで落ちていけると信じているらしい。
 これは非常に嘆かわしい。本当に90%以上の人間が高校を卒業しているのだろうか?
 1kgに対し9.81Nもの非常に強い力で、常に我々は地球の核から引っ張られ続けているというのに!光も、時間でさえもねじ曲げる強大な力で常に潰されているというのに!
 空気抵抗のない理想状況であれば、地上高30mをわずか2.47秒で墜落する。100mですら4.51秒で落ちれるのだから、人間の力でどうにかできる相手ではない。しかし、現実には速度に比例して空気が抵抗するから、この通りにならない。こうしてわたしが考え続けられるのも空気抵抗のおかげだ。したがって高速で移動するF1カーもコンコルドも新幹線も、抵抗を受ける面積が小さくなる流線型をフォルムとする。
 だからわたしは、水泳の飛び込みで鍛えた流麗なf、グチャッ



急転直下。
あんたの余計な一言が暗い気持ちに突き落とす。

どうしてそんなことが言えるのか
どうしてそこまで人を傷つけられるのか

しったかぶったその口に手を突っ込んで
奥歯をガタガタいわせるだけじゃ物足りない

西瓜頭をかち割って
磔 獄門 さらし首

でもなにが一番 嫌っていうと
あんたと離れてる時間でも
あんたの事を考えてしまうのがとにかく嫌っ。

こんなことばっか考えて自分の時間が潰れるのが
ばかばかしい

あーーーーもう。やーめた。



---と皆が思ったそのとき、一人のスーツ姿の男が飛び出してダイビングキャッチを決めた。午後七時。戸越銀座・八百辰の店先は、拍手と歓声に包まれた。