500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第62回:夜夜中


短さは蝶だ。短さは未来だ。

夜な夜な翔ける仲を人が割る時もそれは生まれる。
と数学のノートに走り書き。楽しみはとっておくとして、乾いた蛍光灯がカップに星を散らすのを眺める。嫌いなのではない。不安になるだけだ。楽しみ解くのはやめたほうがいいのかもしれないが、私も誰も止められない。



 目が覚めた時、まずい、くそ、寝たりない、遅刻する、寝かせろ、というようなことを思った。しかし、今が何時なのか、というよりは、何月何日なのかわからなかった。電気をつけていない部屋は暗かった。疲れて帰ってベッドに転がって学生服のまま眠ってしまったのだった。「ごはんよぉ」女の声がする。オレの家はほとんど山の中と言ってよく、毎日暗いうちに家を出る。オレは着替えて下におりた。今日は鍋らしい。白菜らしきものが煮えている。その隣にきらりと光る糸蒟蒻。そろそろプロポーズしないと。トーストを渡してくれる女の飾り気のない左手を見て思う。「ふふ。いつもはコーンフレークのくせに」女は知ったふうな口を利く。オレはもぐもぐと噛んで飲み込んで、席を立つ。歯を磨いている時間はない。「結婚してくれ」「いってらっしゃい」「返事は後でいいよ」「忘れ物ないわね」オレは月明かりもない空の下バス停へと走る。途中から後ろを追いかけてくる男がいて、バス停には二人で着いた。しかしなかなか来ない。「来ないなぁ、夢落ち」「ぼくは迎え撃ちますよ」男はごろんとバス停のベンチに横になるといびきをかきだした。夕刻なんて変な時間に寝てしまったオレは、ぼさっと立って待っているしかなかった。



 婆ちゃんの細い指に腕を強く揺すられて、あたしは目を覚ました。暗い。まだ夜の刻なのだ。婆ちゃんが片手で捧げ持つ火灯りが、ようよう婆ちゃんの顔を薄ぼんやりと照らしている。婆ちゃんの指が布団のすきまからあたしの陰の性を探る。腹の奥に鈍い痛み。陰の性をもつものだけが暗闇の帳を押し開くことができる、と婆ちゃんが言う。おまえはこれから闇にからだを開く者になると。婆ちゃんの手があたしの両足を割り、火灯りで体内を照らし出す。血塗られた帳のその闇の奥、婆ちゃんは緋色の燭を灯心からあたしのなかへと穿つ。熱い光があたしのなかで踊り狂い、あたしは痛みと苦しみに叫びのたうちまわった。婆ちゃんはおそろしい力であたしの闇を奥へ奥へと貫く。やがて燭の灯心にからまり、ずるりずるりとあたしの腹のなかからそれが出てくる。柔らかな球体様の、ぎゃあぎゃあとうるさい。婆ちゃんの爪がそれを引き破る。びしゅっと赤黒いモノをまき散らしながらそれは弾け、あたしはその赤黒い飛沫とうなり声をからだじゅうに浴びた。おまえの夜はもう明けない。婆ちゃんはそう宣言して昇天する。そしてあたしは粘液質の闇のなか、どろどろと赤黒く、畳の上に溶け落ちる。



 男は悩まされていた。ドンドンドンと何かを叩くような音がずっと、どこからか聞こえるのだ。昼間はあらゆる雑音で聞こえない。しかし、夜夜中の静まりかえった中にいると、イヤでも聞こえてくる。これが、ここ三日三晩続いている。今、聞こえるのはパソコンのサーッという起動している音と、その何かを叩く音だけだ。「やめてくれ!誰か助けてくれ!」男は叫ぶ。耳鼻科にいっても、異常は無いといわれた。耳栓をしても聞こえてくる。
ふと、その音が消えた。そう思ったのが早かったのか、男がバタリと倒れたのが早かったのかは、わからない。ただ、男は左胸を抑え、苦しそうな表情と安堵ともとれる表情のどちらともいえない顔を天井に向けて息をひきとっていた。



 夜夜中に子犬が盗まれる。鳴き声だけが聴こえ、遠ざかっていく。カードが、ゆれる。青い縞模様のステキな……夜夜中。わたしは、固定された夜に住む者。はためく真夏の海の裏側の……、夜夜中に、なりたての少女が攫われる。泣き声が響いて、雨も降っていないのに足跡が消える。カスタードプリンが、残された。儀式が動く。長く居ると、夜のなかにも夜中ができる。いや、夜のなかの夜中に気づく。わたしは、わたしたちは夜中を避けられない。悪しき詩が書かれた瞬間に燃える……、夜夜中に、箱が閉じられ、混ぜ合わされる。喘ぎ声が。わたしは昼によって流刑されたのだ。お伽噺が高額で売買される。キャスケット帽は牢獄になっている。あたらしいものが生まれたような気がしても見えない。赤いキンギョが遊戯て寝……夜夜中。そして処刑の音。つながっていると疑いもしなかった全ての道はバラバラで、小さな部屋が大きな闇のなかに散らばっている。誰かが、駆け抜けて行くのがわかるだけ。クスリは、いつでもとごったまま。だけどただそのことがわかるということがある。そうやって、今日もここに生きている、くらすぎて、ひかりにとおすぎて、あかるいということを考えるための夜夜中。また産ぶ声が止んで。



 夜午前8時に目が覚めた。自分でもちょっとビックリ。
 待ち合わせの時間は夜午前0時。準備はそれまでに済ませればいいから、こんなに早く起きる必要はないのだけど、緊張してるのか。それとも、ワクワクしてるのか。
 ゆっくり時間をかけて、カバンに荷物を詰め終えたら夜正午。
 夜昼のニュースで、僕たちの仲間がまた一人逮捕されたことを知る。
 永遠に続く夜を明かしたいだけなのに、社会はどうして僕たちを拒絶するんだろう?
 夜午前0時きっかりに始まった僕たちの計画は、午前5時に朝日を取り戻した。
 暖かくて、穏やかで、涙が出た。
 いつの間にか眠ってしまい、夢から醒めたら夜午後3時。
 太古の世界には、空でデネブが輝いてるのかわからないほど、光が溢れてたらしい。夢の中より、もっと暖かくて、きっと穏やかだったろう。
 戸締まりを確認する。もう、この家には戻って来れないだろうけど、まだ夜午後9時だし。念のため。
 ここから待ち合わせ場所まで、どんなにゆっくり歩いても1時間あれば着く。
 真っ暗な夜夜道を僕はゆく。
 これで最後。もう訪れはしない。



 見たこともない暗闇に立ち竦んでいた。
 盲人のそれでもなく深海でもない。瞼の裏側のような生易しいものでもなく、言うなればそれは完全なる闇の世界であった。

 無駄と知りつつ手にしたクサビを打ち込むと、光が一筋ぽとぽとと流れて落ちた。
 
 ここは何処だ?

 どっちにしてもマトモな世界ではないのであろう。
 流れ落ちる光を指で掬って舐めてみた。粘着質の鉄の味であった。

 狂ったようにクサビを何本も打ち込んだ。
 私の体は溢れる光でドロドロと輝いてみせたが、やがてはそれも渇きと共にもとの闇へと同化したのであった。

 諦めて瞳を閉じる。するとどうであろう、目の前には朝陽に照り返るおおらかな山脈が広がった。
 青々と逞しく樹木がひしめく山並に励まされて、私はゆっくりと瞼を開いた。
 山脈は徐々に色褪せて、再び闇が私を支配した。

 ああ、そうだったのか。
 
 悟ると私の体の中に渦巻いていた恐怖は消え去った。
 
 星ひとつ見えない闇の中、私はまだ見ぬ明日へと手を伸ばした。



 夜夜中、あなたと旅に出る。アルペジオを奏でるアルマジロ。あなたは両親に比類なき愛情を注がれて、飢えもない、乱れもない、衰えもない、純潔な体になった。そのことがとても羨ましくて幾度となく厚い甲羅をかぶったけれど、とうとうあなたの両親は同じ愛情を注いではくれなかった。美しいアルペジオを教えてはくれなかった。逆さまのハチドリさえも宿り木を踏みまどう真っ暗な深い森に、あなたへの恨みも妬みもすべて歌いつくしても、風はかならずあなたを見つけ、花の香りをあなたのために運んでくれる。何かお礼をしてあげよう。ところでギターでも弾けるかい。唐突にあなたがそう問えば、こみあげる悔しさでただ目の前がにじむだけ。おい泣かしちゃいけないよ、と周りの草木があなただけを笑いたしなめる。やがて時は満ち、光のない夜であろうとも、あなたが寄り添う切り株に、匂うような淡い明かりが落ちてくる。みんなが囲む今宵の調べ。いまが旅のはじまりならば、ちっとも可愛くないわが身に、これ以上望むものは何もない。ただポロポロと俯きながら、あなたのもぞかしい尻尾をそっと握りつづけていたいだけ。



少年は寝付けなかった。何とか眠ろうと羊を数えたりするが効果がない。仕方なく、少年は起き上がった。何気なく窓の外を見ると、青白い光がぼんやりと浮かんでいる。そこに黒いワンピースを着た少女が立っていた。
「君は……だれ?」
少女が上を指差す。少年は窓から空を見上げた。
「暗くて何も見えないよ」
首を傾げる少年を見て、少女が屈託なく笑い、手招きをした。興味に駆られて少年は表に出た。
裸足で立つ少女の周りが青白く発光している。それでも天空までは届かず、辺りは不気味な闇に覆われていた。
「ねぇ、何が見えるの……?」
少し不安になった少年はおずおずと言葉を溢す。少女がにこりと笑った。
刹那、柔らかい光が零れる。雲の隙間から白銀の月が顔を出して闇を和らげた。心地よい風と共に虫たちが合唱を始める。
少年は「とてもきれいだね」と少女に話し掛けようとして、その姿が見当たらないことに気付いた。
「あれ、あの子、どこに行っちゃったんだろう」
もう一度空を見上げる。
月の側にちかちかと青白く光る、見慣れない小さな星があった。少年はあんな星があっただろうかと思いながらも親しみを感じていた。



秋の陽射しは、まっすぐすぎて苦手だ。わたしは今日も夜を待つ。長くて静かな、自分だけの時間を。
いつしか人の声が遠のき、やがていつもの静寂が訪れる。既に指先の感覚もうすい。動きたいのか動けないのかも、もうわからなくなってしまった。
そんな時、一本のロープが下りてくる。つかまれば上昇を始め、足下はすぐに過去だ。それでも、行く先は行ったことのある場所ばかり。出会うのは知っている顔ばかり。ロープを切り落とされる瞬間も同じだ。
帰ってくれば、手にまた一鉢の小さな木。
その藍色の葉は、闇の重さを吸って育つ。夜が深まるほどに輝きを増す。
それを並べて、庭を埋め尽くすのがわたしの夢だ。
わたしは、新月の夜を、いつも心待ちにしている。



誰もが寝静まる頃、ふと窓の外を見ると暗闇の中を光が真横に流れており、彼はあくびを噛みころし光に逃げられないよう黙って見つめていた。微かだが星でも月の色でもない、それでいてハッキリとした明かりを眺めていると、遠くで焚き火を囲むキャラバンを見つけた。彼らも眠る事が出来ないのだろうか?

 その先も見ていたかったが、瞼はゆらゆらと閉じてしまい、彼は到頭、柔らかな眠りに落ちていった。

 欲しいと望んでいても、手にした瞬間が分からない眠り。しかし、今の彼にとっては必要の無いものであった。

 列車は幾日も休む事無く走り続けている。天井からコンコンと扇風機の錆びれた音がしてくると、彼は先程の願望からかキャラバンの夢を見ていた。砂漠に実る胡麻の花を見ていた。ゆっくりと現実を夢に循環させ、彼は自分の夢にシビれていた。

 そして、一番満足した夢が、停車した列車から降りる夢だった。

 しかし、眠っている彼が握り締めていた切符には行き先は書かれておらず、彼がその事に気が付くまで、深夜特急は永遠と夜と朝の間を走り続けるのである。



地表面のもっとも太陽に近い一点を昼日中点と言い、その真裏、太陽から最も遠い一点を夜夜中点と称ぶ。夜夜中は自転の速さで地表を走る。その軌道を黒道と称ぶが、これは陰転して陽背半球を通るときの呼称であり、陽転して陽面半球に入れば白道と称び名は替わる。黒白道と赤道は年二回交わり、これを春分・秋分と称ぶ。
視程の及ぶ限り灯火の無い広野をえらび、黒道上に立って夜の更けるを待つがよい。
あなたは、地表の一点から天頂を差してまっすぐに伸び、高空で星光に触れて薄れる直線が、夜の闇を切り裂いて迫るを見る。振り下ろされる刀身を正面から見るように。それは夜闇の中でなおしるく、眼線が沁みるほどに漆黒なる刃。
怖じることなく踏みとどまれば、夜の中の夜が、あなたの眼と眼のあいだを通る。その刹那、磨きぬかれた夜は、光以外のすべてを映してみせるだろう。それはあたかも、線状の鏡のように。



 南中した満月が輝く絨毯を広げている路地を進む。道案内は痩せた黒猫だ。
 あたしは小さなトランクに入る限りの着替えを詰めて、それだけを持って家を出た。本当なら箒くらい用意すべきなのかもしれない。でも家族に内緒で旅に出るのに、そんな大きなものはとてもじゃないけど作れなかった。
「どうする?」
 路地に引かれた白いチョークの線の手前で、黒猫は立ち止まりあたしを見上げた。
「今なら引き返せるけど」
「いまさら、よ。もう決めてるの」
 あたしは笑う。何度も練習した不敵に見える笑い方を試す。
 そう見えたのかどうかわからないけれど、黒猫はうなずいてあたしの肩に飛び乗った。
「それなら、行こうか」
「うん」
 あたしは線と平行にトランクを置く。そして、その上に座った。
 まっすぐ見上げると満月。まぶしくても目をそらさない。
 風が吹いて、スカートのすそがぶわっと広がる。あたしはつばの広いフェルトの帽子を飛ばないように左手で押さえた。黒猫はあたしの肩に軽く爪を立てた。
「行くよ」
 そう言って、地面を蹴る。
 トランクはあたしを乗せて急上昇した。



母様は寝室で、昼間拾った猫と遊んでいる。
父様と執事は小間使いを集め、色んな躾の真っ最中。
下働きの少年は台所、料理人のこぼしたヴァニラソースを必死に舐めとっている。
僕は勉強部屋に戻り、冷め切った闇色のコーヒーにミルクを注いだ。
隣の部屋ではねえやが、僕が眠つけないと泣きつくのを、いまかいまかと待っている。



 巨大な毒キノコを見上げるうちにめまいがして、私はあおむけに倒れこんだ。
綿のような大地は音もなく私の体を受け止め、ゆっくりと呑みこんでいく。

 まぶたがひどく重い。私はまた眠ってしまうのか。
眠り、夢に落ち、その夢の中でさらに眠る。
もはや何重の夢の中にいるのか、自分でも思い出せない。
恐ろしさに、眠るまいと試みたこともある。だがどれほど目を見開いても、また身体を傷つけても、目覚めるどころかさらに深い夢に墜ちてしまうのだ。

 歪む視界いっぱいに、蛾が飛び交っている。キノコが放つけばけばしい燐光に誘われているらしい。翅が空を切るたびに、燐粉が風に散り、霧雨のように降り注ぐ。だがそれも次第に遠のいてゆく。

 意識が閉ざされる直前、ふと誰かの足音を聞いた。脇にしゃがみこむ気配。そして暖かな吐息が耳朶を掠めた。
『               』
 懐かしい声音に、胸が高鳴る。だが鈍り始めた耳では、その密やかな囁きを捕らえることができない。落胆の溜め息に指が震える。
ああ、待ってくれ。もう一度、せめてもう一度声を聞かせてくれ。
そうすればきっと、君の名をよすがに目覚める事ができるだろうに。

 だが足音は去り、私は再び深い眠りの淵へと引きずりこまれていった。



闇よりも深い闇の中、障子の向こうで身動ぎの気配を感じ目を開ける。兄が迎えに来たのだ。
冷たい掌に導かれるまま、月のない道を裸足で辿る。街は見えない。海も見えない。
(みんな寝静まっているんだよ)
兄が聞こえない声で教えてくれる。
音はすべて闇に呑まれてしまい、沈黙で耳がちりちりと痛む。絡みつく潮の匂いだけが生命の余韻を残して。
傾斜のきつい坂を上り詰めると唐突に視界が開ける。
星がたくさん……と言いかけ、一瞬のち、それが海面に瞬く鬼火であることに気付く。
兄の手は濡れているのか、こちらから掴もうとしてもぬるぬると滑る。
顔は見えない。ただその指先の透き通るような白さが目に浸みる。
(僕らは人の姿に成りきれなかったから、すぐに還されてしまったんだ)
繋いだ手が、痛い。
(だから残ったお前が僕らの分まで、生きてくれなきゃいけないよ)
息をするのが苦しい。濃い闇に押し潰されそうになるのに耐えきれずぎゅっと目を瞑る。
そして私は今日もまたここで目覚め、頬を伝う海の名残は相変わらず塩辛く懐かしい味がする。



 ぐにゃぐにゃ、悪筆、ジッパーは境界線、歪な人の字、きみとぼく。禍々ノットCバットB、絞めつけられる喉には霧、白く白っぽく白らしく白々しくラブレスな笛の音、ぼくもきみも。は、誠実は魂のナビ? サムライかプラマイかあるいはな。や、ちぎれて貼りついて貼りついたところからまた生える葉っぱ、だろ。パズリナ・ジグソヲはお堅い娘さ。きみとはちがうんだ。さぁ、メリィな現やっつけようよ。(覚悟)もつかないか、つけなきゃやってられねえよ。なにしろ長い。長々い。長々々い夜は夜々に夜々々を夜々々々っていくんだからさぁ。ほら、襖が襖でなくてなんだ、と思ったら襖は襖でも破目は破目でなくなってくる感じ。そう。心得て、二人したり滴りぎみに素朴っぽく。ねじれてy。似てるよねってああ鳩だ鳩、首のばしてきょろきょろして、黒塗りに止まる鳩、さ。下駄n’目玉? てやンでえ。四の五のじゃねえ二重螺旋まっくらまくれ。で。それからそれから、ドーナッテドーナッタ、アゲアゲでマルか、否、まだまだなまなまなままだ、つついとついすとふみつつつつくつつがなくつつくくっつくつくづくつづく、くちはつぐむがむつりとつむぐ、ちるちるくゆる魂の笛。



夜がきたよ。さあ寝ようか。夜は寝る時間。寝る時間は意識を手放す時間。

「ああ、あんなに高く太陽が昇ってる……なーんて。
あれが真上にまで来たら真夜中、でいいのかしらん」
「なんにしても太陽は高く昇ってるんだろ、なら真は付かないとしても夜中だ。
無印の夜中。広範囲対応の夜中」
「うん、どうでもいいけれど、凄く眠い。記録更新したし、もういいじゃない」

ぼくらの夜様の御就寝タイムに、ぼくらの夜様は御就寝。
ナイトキャップ被ってサングラスして、おねむ。

そうして今度は暗くなり、曙?暁?あれ、どちらが先だっけ。
とにかく、新しい希望の真っ暗な朝がくる。



 街はこの時間になら静かになる。静かではあるけれど、決して無音ではないのがミソなのだ。
 外灯から独特の、ぶぅん、という音が聞こえ、僕の足音も聞こえる。遠くからは車の駆動音。
 それでも静かなので、耳の奥底が、いぃん、と音を起てている。
 空気が堆積しているが、淀んでいるわけではない。むしろ心地良いほどに澄んでいる。僕が作る空気の波が、遥か遠くまで伝わる錯覚。
 孤独ではないのに、どこか一人を感じさせてくれる深い闇。
 此等が僕を魅了して、僕を夜から放さない。



今夜も押入れから声が聞こえ始める。そして今夜もぼくは押入れに声をかける。すると、すぐその返事は返ってくる。他愛のない会話だけど。その声はひどく冷静なアナウンスのよう。ぼくは自分が押入れと会話出来るようになったのはいつだったのか、とんと覚えていないのだけれど、ぼくらはいつもとても気があった。「いつものこと、しますか」押入れがそうぼくに言う。ぼくは頷き戸を開けて、中を覗き込む。そこには一面の星空。水晶のような感触の風だ。全身を中へ差し込むとぼくは人工衛星になったような気分になる。ゆっくりと銀河から嵩を伸ばすボイジャー。「どうですか?」また声がどこからかする。胎内みたい(知らないけど)に心地よかった。ぼくはしばらくそこで眠る。その内に太陽系から出られそうなことは分かった。けれど目を覚ましたらそこには銀河は見えなくて、もう少なくとも手では触れられそうになくて……遠ざかりすぎてしまったのだろうか。部屋へと戻ればまだ夜だった。カーテンを見ながら、口の中でボイジャーのこと、呟いたりして。みて。ね。そうそう、ボイジャー。出来ることなら生きるにあたって漂うボイジャーのようにありたい。



どうして忘れてしまったの。夜中の恐怖、闇の静けさ。
どこもかしこも灯に音で、夜だというのに白昼夢。
先人たちの夜毎の平安、今じゃどこにも見つからない。それでは、私が浮かばれない。
そうと決まれば、行動開始。ただちに闇を造りましょう。
灯りを消して、カーテン閉めて、四面の灯りに負けぬよう、ビニルテープで目張りする。
これで真っ暗、安堵も束の間、何だかチクタク物音が。
探してみると目覚まし時計、電池は全て抜いてしまえ。
無明無音が目指す場所。そうであっての夜夜中。闇と私があればいい。
それでも、なにかが耳を突く。
冷蔵庫のうなり声。ケーブル引き抜き、息の根止める。
ついに手にした、夜夜中。扉にもたれて、闇にまどろむ。
しゃなり、しゃなりと音がする。綺麗な音だが、耳障り。
冷凍庫を引き開ける。それは氷が溶ける音、流れてどこかに向かう音。
耳障り、耳障り。風呂に放って、トンカチ持って、水になるまで氷を砕く。
砕き砕き砕き砕き、やがて、風呂には溜まった水だけ。
暗闇の中、膝まで水に漬かって、私は気づく。
体で何かが流れてる。轟々、音を立てながら。



 乾三局の五巡目で、トイメンが早々とリーチをかけた。
 俺はラス親だから、早く回したいところではあるので、振り込まないようにベタ降りしてもいい。
 しかし、俺の手はというと、一萬の暗刻と萬子の四五六六七八九そして夜夜中という萬子がらみの混一色の一向聴だった。
 まあ、ツモってから考えればいいかと無能な政治家のように問題を先送りしたのが悪かった。
 夜をツモってしまったのだ。
 ここで中か、六九萬を切れば三六九萬か中待ち混一色を聴牌だ。
 しかし、まだ誰も中は切っていない。六九萬も安全ではない。
 ここは勝負かどうか迷った。まだ五巡目なのでしばらく回し打ちで我慢してもいい。
 幸い、夜は場に一枚出てはいるのだ。
 中を捨てれば待ちが広いし、満貫確定なのだから魅力的だ。黙聴していれば誰かが振りそうだ。
 しかし中は危ない。では夜を切るか。いや、この手は捨てがたいので中を切りたい。
 五乗したら元に戻る関数のように俺の心は揺れ動いていた。
 結局、俺の手の中に、夜夜中は残った。
 最後までずっと残った。



「夫」が一度トイレに起きて、また自分の寝床に戻ったのを耳で確認してから水を飲みに台所へ立った。切れかけた蛍光灯にぼんやり照らされた流しの中を虫が這っている。胡麻粒よりも小さな虫の頭に長い突起が見える。
 米にわいてしまった虫は研いで研いで流しても流しても這いあがってくる。腕に乗せたら蟻よりも軽いだろうか。

 まだ一本も白髪の無かった頃二人並んで座った芝生。白く日光を反射する乾いた土の上を走っていく子供。私の腕に上ってきた蟻を弾いた指。そのまま私を擽った指。何してるの昼間っから。笑うだけで指を止めなかった人。

 いつから心の中で「夫」と括弧をつけるようになったのだろう。洗剤をかけられてまだ這いまわる虫は、芝生に落ちていた影より黒い。その色で思い出を塗りつぶす。一匹一匹丁寧に洗剤を浴びせながら、少しずつ塗りつぶす。
 窓の外で遠く雷の音がした。



カチリカチリカチリと、
秒針がサイレンよりもけたたましく鳴るとき、
お前ははじめて足音をたてる。
やがてそれはステップに変わり、お前は踊らずにいられない。
疲れなんてしない。いつまでもいつまでも踊っていたい。
朝なんてもの要りはしないのに、とお前は思う。
でもそうもいかない、とお前は知っている。
そんなお前が、
名残惜しそうに最後のステップを踏む音を、
時々俺はこっそりと聴いているんだにゃあ。



 深夜。
 まちぼうけ。
 まてどもまてども「夜」はこなかった。
 てもとの「夜」はまだまだなりそこない。おとなしくならんでいる。
 そうしてさいごにつもる。きたのははたして「中」だった。なりそこないの「夜」たちのとなりにそわせた。
 「夜」たちも「中」もすこしうれしそう。わたしはがっかりしていたけど、これでもよかったかなとおもいはじめる。
 やりなおし。
 深夜のマンションにまた、ゴロゴロと洗う重い音が響き渡る。



 まだかな。まだだね。
 二人でずっと話してる。
 もうちょっと。もうちょっとかな。
 ささやく声は。
 朝だよ!朝だぞ!
 叫ぶけれども何もない。
 やっぱりな。やっぱりね。
 真っ暗闇で、くすくす笑う。
 来ないね。まだ来ないよ。
 それから少し、しんとする。
 いつになったら来るんだろう。いつまでたっても来ないかも。
 首をひねっているのだろうか。
 追いつかないな。やって来ないな。
 どこにいるかも分からない。
 閉じこめられたのかな。それとも。
 誰の姿も見えないところ。
 ぼくらが真っ暗そのものだとか。真っ暗そのものなのだとか。
 月もない。
 この話は何度目だっけ。何度目だっけ、忘れたな。
 くすくす笑う。くすくす笑う。
 朝だ、朝だよ!朝が来た!朝だ!朝だぞ!朝だ!朝だ!朝だ!朝が来た!朝が来た!
 真っ暗闇の子どもたち。
 まだかな。まだだね。
 ずっと二人で話してる。
 お腹が減ったね。うん。



 微かに呻くような音が聞こえる。
 さっき止めたばかりのバイクのエンジンはまだ熱い。が、唸ってはいない。あの緑の非常灯? ではなさそうだ。ジージーという連続音ではないからだ。蝉ではない。なんだか歌うような、消え入りそうな、そう、声だ。人間の声だ。
 バイクのトランクに恋人をしまいこんだまま、すっかり忘れていた。



ベットに入ったまま 部屋の電気を消せるよう紐を延長させた
寝れない夜は この紐を使い 電気をつけたりけしたりした

近所から 部屋の灯りの点滅を不審に思う声は聞けなかった
いや 声があったとしても 一人暮らしの私に近所の声を聞くすべはなかった
あるいは 夜夜中過ぎて 気づかれていないのか
私の信号に誰も気づかなかった

蛍光灯が点滅し始め 切れる前兆をしめしたとき 初めてそれに気づく
気づいてもらえるのは その蛍光灯の灯りを必要してる人がいるから
私の点滅に 誰も気づかないのは 誰にも必要とされてないせい

暗闇に漏れるのは灯りだけ 溜息は外に漏れない
もし溜息が皆に聞こえているなら もっといい信号になったのかもしれない

蛍光灯の下で逝った 私に朝はもうこない
そうか この紐は私のスイッチだったのか



 暗い暗い部屋の片隅で私は膝を抱えてまるくなっている。電話。もしもし。
「幸せ?」
 ううん、幸せよ。
 なら、いいんだ。

 息も凍りつく寒空。携帯電話を折りたたみ少年は線路を歩く。枕木、を一つ一つ踏みしめて。
 プオオオン……
 ぎらぎらの光、を携え後ろから貨物列車。どんどん濃くなる影、に堪らなくなり少年は雄叫びをあげる。

 ふくろうは血の滴る眼球を咥えて空を飛んでいた。疲れると貨物列車の背に留まるが、やがて羽ばたく。月影に羽根。

 百合の花を模した地下二百メートルのホールの真ん中は小高い台で、グランドピアノが置いてある。
 観客は色とりどりの羽根つき仮面をつけていた。少女はおじぎする。真っ黒な椅子に真っ白なドレスのお尻を乗せ、ピンクの小さな爪を大きすぎる白黒の鍵盤の上で躍らせる。ぽろん、ぽろん。病的なスポットライトの中の少女を、仮面たちが煙草を片手に観察する。観察する。観察する。蹂躙したくなる。

 私は夢を見た。永い永い夜の夢。
 ピンクのカーディガンを羽織り渚のアデリーヌを弾いた。しゃくりをあげて、ぽろぽろ泣きながら。うるさくたってかまうもんか。かまうもんか。月影、にぽろん、ぽろん。



 夜がきたのでぐわしと掴んでぎぎっと開いて、するりと入って後ろ手に閉じる。「こんばんは」「おやこんばんは」「ここも夜ですね」「夜の中の夜は初めてですか、どうですこの暗さは」「とてもいい」「この中にも潜れるのですよ、鍵はこれです、どうですか?」「潜ろうかな」「では、どうぞ」「どうも」「では、さようなら」「さようなら」ぎぎっ。



それは「集合論」とかいうものの
あのUを逆さにしたり斜めにしたりの話。

同じ円であったことを嫌う二つの真っ黒さんは
ごろごろ転がって、主義主張を訴えた。
お前が、お前こそが、俺に含まれているのだと。
真っ黒な煙を吹きかけあった。

ヨルよ。ヨナカよ。
そんな暇があったら、噴きこぼしてしまった星屑を
パックマンみたいに飲み込みなおして、競い合えばいい。



 ぬばたまの夜の、月もない真っ暗闇。フクロウも、コウモリも、草木さえ眠る深い夜。夜の精霊、ヨルが眠りにつきました。疲れたぁ、って。
 今まで「夜中」はただの夜中で、ヨルが皆を眠らせようと一人で働いていたのです。働き者のヨルは毎晩、まろやかな眠りの粉を振り撒いていました。眠りの粉がかかるとたちまち穏やかな夢が舞い降ります。
 くしゅん。
 秋風に冷たくなった空気。小さなくしゃみで眠りの粉を吸い込んでしまいました。だんだんと動きがゆっくりになり、頭がぼやぁとしてきます。ヨルは仕事を成し遂げるために頑張りましたが、最後の一人に眠りの粉を振りかけたときにつぶやきました。ああ疲れたぁ、って。幸福な脱力感でした。
 ふわふわと漂い、ふうふうと息をつき、ふかふかの寝床にたどり着きました。まぶたを閉じるとすうっと力が抜けてゆきます。ヨルの寝息が聞こえてきました。
 ぬばたまの夜の、月もない真っ暗闇。フクロウも、コウモリも、草木さえ眠る深い夜。ヨルまでも眠ってしまったこの世界には、ただ静かに時が流れていました。
 秋の夜長の物語。



 実は太陽というものは人間が存在する分だけ存在していた。世界人口が人口が60億だと言うのなら60億の太陽があった。コペルニクスはただ自分の太陽を見つけたに過ぎなかった。それが証拠に、その日は地球のどこにいても全ての太陽が南中したままだった。人は空を仰ぐ。すると彼等の太陽が小さくなっていくのが見えた。太陽が遠ざかる形で訪れる夕暮れは初めてだった。人びとは上を向いたまま徘徊するのでよくぶつかった。そして太陽はついに光の届かないところに消えた。人々は寒いので穴を掘った。もちろん失った太陽を探すため上を向いたままだったが、あるいはそれは涙がこぼれないようにするためだったのかもしれない。地面はまだ太陽の名残で暖かく、人々はそこに身を横たえる。空に星がひとつもないのは、自分が月や星だと信じていたものが実は誰かの太陽だったからだ。もそもそと眠りから目覚め、空を仰ぐが、やはり太陽はなく、懐中電灯で腕時計を照らす。文字盤の0を全ての針が指すのを見て、正午だ。と、自嘲する。もしくは、真夜中だ。と、絶望する。



 何と読むかは知らないが、一応僕と書けるような、そいつはヨヨナカにやって来る。
「こんなヨヨナカに、ヒジョーシキ!」
 怒ったように迎える君の、ほっぺが嬉しくゆがんでいる。
 どうしました、お腹がすいた? うどんやラーメンはもう飽きた?
 インスタントの焼きそばを作ろう、君のママが許さないから、湯きりは僕がしてあげる。
 つけっぱなしのテレビの前で、一口ずつ半分こ。やる気のないお笑い番組に、どこがいいのか首を傾げあう。
「これで笑う人、いるのかな」
「さあね。ママなら分かるかも」
 肩をすくめて君は続ける。
「しょうがないよ、お金、ないんでしょ。こんな真夜中のテレビにさ、そんなに…」
 ああ。言ってはだめ、ああ、君。
 僕は消える、ヨヨナカも消える、煙になって、えぐみだけを残して。
 君は立ち尽くす。
 タバコのフィルターが指を焼く。あわてる君を真夜中が笑うので、一緒になってへらりと笑う。



 今此処が朝の4時だろうが、夜の8時だろうが。知ったことではないのだ。僕は鈍く痛む左腕を擦りながら万年床から起き上がった。
 カーテンを開けるといつもと変わらず真っ暗闇。
「くそっ」
 またズキリと痛む左腕。憎憎しく睨みながらシャッとカーテンを引く。

  ……オマエに、悠久のトキをヤロウ…不老不死ダ……ハラもすかないノダ…クックック…


 今にして思えば、あいつは悪魔か、魔女だったんだと思う。
 僕は二つ返事でOKした。死ぬのは怖かったし、メシを食うのも面倒だった。ただひたすら静かに、暮らしていたかった。
 契約したのだ。気がつくと僕は白いカーテンの部屋にいた。床も屋根もカーテン。一日中仄かに明るい白い部屋にいたのだ。そして…左腕が痛んだ。
 カーテンの外は闇だった。そう、闇。外に出ようともしたさ。でも何にもなかったんだ。グランとして落っこちそうになって、カーテンを掴んだ。
 僕の望んだ世界だ。それは間違いない。此処では煩わしいことはなにもない。僕は、平穏だ。
 でも…。カーテンの隙間の闇に目を向ける。また、左腕が痛んだ。



 昼間遊び足りない子供らは月明かりに誘われて、体から脱けだしそちこちからやってくる。星々の上を跳ね隠れん坊をし空に寝そべる。悪戯好きの誰かが箒星の尻尾を千切る。
 夜空がひどく軋むので月は体じゅうがたいへん窮屈で、ときおりその仕返しに子供らの一人をそうっと夜へと変えてしまう。けれども遊ぶことに夢中な子供らは誰も誰かが今しがた消えたことには気がつかない。明日になればまた新しい顔ぶれで、月明かりに誘われやってくるだろう。
 夜の色は深まり、月はなおさら映えてゆく。



 僕から秩序が逃げ出す。空が明るさを失うように。
 星のかわりには魚の骨が煌めき、月のある場所には子宮が浮かぶ。借りものではない生臭い光は幽体から離脱したミミズをつなぎあわせたみたいな糸になり僕はそれをおへそではなく口にくわえる。お口いっぱいに広がる肉体の生々しさ故に「禁じられた恋なんてない」とでも言おうものなら水死体だって息を吹き返すだろう。
 帰巣本能をためされている気がして負けず嫌いの僕は手を差しだす。子宮はカボチャのオバケみたいな顔して笑っている。僕だけのハローウィーン。「お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞ」。僕は蛮勇をふりしぼって何もつかんでいない両手を開くとカボチャオバケは表情を変えずに「みっつ」と言った。なんの数かわからないけれど三から始めたってことは条件を満たせないごとにへっていく可能性が高そうだ。「あと、みっつ」。僕は思わずお母さんと叫びたくなるほどの不安に駆られた。
 白骨化した魚が肉づきを取り戻しつつあるというのに子宮の笑顔は崩れない。まるで魚が泳いでいるんじゃない、魚を中心に海が流れているんだとでもいいたげに。
 僕は目をとじ母の肉の味を思い出そうとした。そして羊水の純度を。「肉体の変形を受け止めてほしい」。懇願。
 生臭いにおいが鼻のさきでつんと鳴る。アクメの声で子宮が言った。「よっつ」。
 増えていくんだ、それに気づいたとたん、僕はなんだか全身に心地よい気だるさを感じていた。