間に合わないだなんて言った瞬間思った瞬間、本当に間に合わなくなるんだ。何故だかわかるか? 間に合わないっていう思いを思っている瞬間に、間に合うかもしれない瞬間が同時進行で流れて行ってしまうからだ。
だから俺は、間に合わないだなんて思わない。思う間が惜しいからな。
赤い信号に向かって両手を広げた君。一歩踏み出した白線の外側。俺は何を考えるよりも先に君に向かって走り出す。
ああ、間に合ったさ。当たり前じゃないか。だが、今度は考えるのが間に合わなかったらしい。
君は何事もなかったかのように俺の手をすり抜けて戻って行った。後に残された俺は、迫りくる巨体の下に埋まるだろう。俺に残されたのは、目を見開く間のみ。
ああ、間に合わない。
「……さて、何を書こうか」
世界的有名小説サイト:腸短編 500文字の直腸の
今回のタイトル狂作のテーマは『間に合った』だ。
エロ、ホラー、どのジャンルでもいけそうで方向性が定まらず、
気が付くと締め切り当日の夜になってしまった。ギザヤバユス!
このサイトの管理人エセギシ様は、とにかく時間に厳しいのだ。
前回もギリギリで投稿したのだが『家の時計では3秒過ぎてました』
と、いう理由で不採用になってしまったぐらいだ。
「おまえの家の時計が世界基準かい!」とツッコミたい所だが、
この世界ではエセギシ様が法律なのだ。ウラ〜ウラ〜仕方がない。
とりあえず、まずは落ち着こうと目を閉じ神経を集中させた。
突然、すばらしいアイデアを思いついた。スゴイネ、すらすらと
言葉が浮かぶ。俺ってば、やっぱ天才!
「……これぞまさしく『間に合った』だ!」
と、思った所でビクっとして、目を開けた。
時計を見たら締め切り時間まで1分を切っている。
「あ」
「久しぶりだな。どうした朝っぱらから」
「あたし結婚するんだ。今日結婚式なんだけどお祝いしてくれる」
返事もせず電話を切って考えた。品川の結婚式場までここから七百キロ。首都高一速い青森ナンバー
を自称していた俺なら午前中に着けるだろう。
思ったより混んでなくて助かった。時間通りだ。
エントランス前のロータリーに車を一時停止させてロビーへ入るとあいつがエスカレータから降りて
きた。
「早いね。来てくれると思ったよ。嬉しい」
「どうしても祝福できなくてな。お前をさらいに来てやったぜ」
「あたし、今日忙しいんだ。これ持っていってくれる」
俺の言葉を無視して見覚えのある包みが差し出される。動揺を悟られないように受け取ったつもりだ
が全身から噴出してきた汗を止めることは出来ない。
「幸せになれよ」
「ありがとう」
「じゃあ俺、今日夜勤だから行くわ」
平静を装ったまま、あいつの瞳から涙がこぼれる前に背中を向けた。
さっき受け取った俺が渡した時のままの指輪を交通安全募金箱に包みごと入れてホテルを出る。
会社に遅れると電話して俺は青森を目指してまた一人高速道路入り口へと向かった。
もう何もかもが手遅れだった。
人類滅亡まで、あと五分。
せめてコーヒーを淹れる時間が欲しかった。
タバコも丁度切れた。潰れたボックスが壁に当たる。
カッコがつかない。後悔だけはたっぷり用意があったが、手を付ける気にはなれなかった。
電池の切れた携帯を再起動させようと試みる。割る。投げる。後悔のタネがひとつ増えた。
せめて外に出よう。やり切れな過ぎる。
しんとした暗い廊下を、右に行けば良いのか左に曲がれば良いのか、下手をすれば死ぬまで迷う。
運命の分かれ道。
俺はとにかく歌った。歌いながら歩いた。地響きが近づく。
大声で歌った。
馬は走っていた。今にも日が落ちようかという細い暖色の光の中、腹をばかばかと蹴られ、走っていた。
リンは急いでいた。自分だけなら横の木戸からこっそりと入り込むこともできたが、ジョセフィーンと一緒だから無理だ。地面近くで落ち葉が払われて舞う。早く、早く、お願い。門が閉まってしまう。
門番は焦っていた。三階から二階へ、二階から踊場、一階へ。また寝過した。ウィルが一人で閉めておいてくれることはまずない。今日遅れたら確実に主人の雷が落ちる。だが屋敷の中を駆ける訳にもいかなかった。建物から出ても、門まで何分かかるか。
主人は個室で怒鳴っていた。「誰か! 誰か!」誰も来ない。夕食前の忙しい時間だった。こんな所で足止めされるとは。今日こそ厳しくとっちめてやらねばならないのに。門番が娘を見るときのあのにやけた顔!「誰か! 紙!」
時は競っていた。ぐっと真剣な顔つき。とある屋敷の閉門までに午後六時になれるか否かをこの頃の勝負にしているのだ。成績は三勝三敗。ぜひ今日勝って今週を勝ち越したい。いけそうな気がする。時は口の端で笑んだ。
問 さてここで、話を空前絶後に面白くする問題を起こしたい。何か考えてもらえないだろうか。制限時間は十──
彼女の悲鳴が聞こえた。
ぼくは目を覚ます。真っ暗な部屋に、録画中を意味する赤いひかりが見える。リモコンを手にとる。電源を入れたが、テレビはすぐには明るくなれない。「これからおやすみになる方も、そしてお目覚めの方も……」ただ、キャスターの声だけが聞こえてくる。立ちあがると目眩がしたが、無視してジャケットに腕を通す。急がなくては。家を飛びでて自転車に飛びのって、未明の街を漕ぎはじめる。まだ月は明るい。いくつもの建物が折り重なって、地面に不気味な影を描いている。ようやく閉店した飲食店から、ごみ袋を担いだ男が出てくる。その頭上でカラスたちが相談している。三十メートル先、信号が黄色に変わり、ぼくは加速する。見える範囲に車はいない。と思ったのに角からやってきたトラックにぼくは轢かれる。自転車がひしゃげ、宙に舞う。ぼくは電柱に激突しそうになったが、うまく足を繰りだしてそれを蹴り、その勢いを使って空を飛ぶ。冷たい朝の空気に包まれる。身が凍えるが彼女のことを考えると寒くない。電車よりも早く飛び、ぼくは江ノ島に辿りつく。波間を探すが彼女の姿は見えない。ぼくは絶望に打ち震える。しかし、顔を上げると彼女がサザエを食べているのが見える。彼女はにっこり笑う。ぼくも笑う。
点呼者はストップウォッチを携帯している。私は与えられた個室で紙と鉛筆だけを手に、数学の問題を解いている。何行にもわたる数式を書き、検算しては新たに黒い文字を空白に書き込む。監禁されているとはいえ、我々の生活は個々の作業に没頭することで満たされている。点呼者はランダムな数字を規則的に読み上げる。自分に与えられたナンバーを呼ばれたら、30秒以内に返事しなければならない。机の上に設置されているブザーを押すのが最も簡単な方法だ。点呼への返事を忘れることだけは許されない。猶予時間を過ぎれば、その人間の存在は即抹消される。いま私の数式は微妙な段階にさしかかっている。ここを過ぎれば新たな公式が見えるだろう。そこへ、点呼者がいつもどおり数字を読み上げるのが聞こえてくる。いや、少し待ってくれ、いま私は大事な局面を迎えているのだ。私は数式の続きを書き殴る。いまの私にとってただひとつの拠り所である思索を少しでも先へ。私の指からブザーまでの距離は短い。けれども指が鉛筆から離れない。私は減っていく猶予時間に脅えつつ思考を止めることができない。一秒ずつ私の存在は危機にさらされていく。待ってくれ、あと少しなのだ……
私は予知夢を見ます。それも悪い状況の夢ばかりです。もし、その夢をずっと覚えていて現実で対処ができたのならば、此程までに万能な力はないでしょう。しかし、目覚めると私は夢での出来事を完全に忘れてしまい、実際に事態が起こった後、やっと夢の出来事と同じだと気付くのでした。他人様からは、夢で見たというのは、唯の気のせいだと言われるのですが、紛れもなく私はその状況を夢で見ているはずなのです。
今も私は夢と同じだということに気付き、また後悔をしています。体は思うように動かすことが出来ず、その上感覚の残っている箇所では鋭い痛みがうねるように走っています。
「私が夢ともっとうまく付き合うことが出来たのなら、きっとこの事故も回避することが出来たのに・・・」
自分に呪詛を呟くことで、混濁する意識を何とか繋ぎ止めます。それでも、段々と視界は霞み、意識も薄れていきます。意識を失ったら私は再び夢の中で予知夢を見ることが出来るのでしょうか。もし叶うのならば、今度こそその夢が現実に変わる前に食い止めたいです。そう強く願いながら、私の意識は昏い夢の底へと堕ちていくのでした。
XX組事務所。サブは時限爆弾を発見した。
「あ、アニキッ、こ、ここここ」
「落ち着けサブ。というか爆弾を震える手で持つな」
ブンッ、ガシャ!
「だからといって投げ捨てるな」
「すまないッス!というか何でそんなに落ち着いてるんスかッ!」
「想定内だからな」
アニキはポケットからニッパーを取り出した。
「これでコードを切って解体する。準備万端だ」
「ナゼそんな準備を!というか、分かっていたんなら爆弾設置を未然に防いでほしいっス!」
解体開始。プロの手つきだ。
そして最終段階。
「あとは101本のコードの中に一本だけある当たりを切ればいい」
残り時間3分。
「しかし、全く見当がつかない」
「駄目じゃないッスか!」
「確率は、1%、以下なのさ、爆死寸前、男の浪漫」
「無駄に七五調ッスね!もう逃げるッスよ!」
パチっ。
「すまん。試しに一本切ったら残り8秒になった」
「え、エエエエッ!ありえねえッス!」
「タイトルからして仕方ないんだ」
「意味わかんないッス!今日のアニキおかしいッスよ!」
「それはこれがメタフィ——」
ドンっ!
XX事務所から火柱が立った。
「なにやってんの?」
やっぱ15cm定規じゃユミちゃんの席まで届かない。隣なのに。全然。
「測ってんの」
ユミちゃんはあんまりオレのことを好いてない。だから測ってんだけど、言ったら絶対もっと嫌われるし。
「なにを?」
「距離を」
待て。早まるな。オレ。
「どこの?」
ハザマとユミちゃんの距離が消しゴム3つ分として、
「オレとユミちゃんの……」
机の距離がそれぐらい。だなんて言えません。ホントはもっと全然遠いとか、毎日ハザマとヤってるとか言わないでください。
「お願いだから、そういうこと止めてくれない?」
ほら! コイツ、イカれてるわ。的視線。もう慣れっこだけど、ユミちゃんはハザマの本性知らなくて、オレのホントを知らないんだ。
「……うん」
家の竹尺なら届くから。明日持ってくるから。大丈夫だから。今日は諦めるけど、ハザマよりオレのがいいって。ユミちゃん!
深海魚みたいな硬い鱗に覆われた、手のひら大のタマゴを鞄から取りだす。これは無職の市民に毎月必ず配られるものだ。退屈な昼さがり、ひとつばかりピンを抜き、用水路に向かって放り投げる。白い火花のさく音は威勢よく、きらきらと噴水が立ちのぼる。
恋いこがれ、仰いだ高い青空には、見落としそうな細い亀裂が入っていた。いまの噴水のせいではないだろうが、地点は遠くない。すると亀裂からサラサラと銀色の砂がこぼれ出した。いつか見知らぬ人に警告されたのは、この砂だったのではないか。空から漏れる銀の砂は、世界中の午睡を揺るがす気配を帯びていた。砂は広大な田園風景のなかに降り注ぎ、畦道の物置小屋のそばにどんどん堆積する。
横を通ったバスが、砂山のせいで飛び跳ね、道をえぐって頭から泥水に没した。脱線の衝撃でバスの行き先表示が故障したと見え、ぐるぐると暴走し、快走から回送になり、回想に、やがて会葬となりかけた所で止まった。すると、血まみれのサルの手が半分開けた窓から、じょじょじょと黒い羽虫が大量に飛び出して、惚けたように踊り、風に消えた。置き去りにされたバスは、そのまま田んぼに沈んでいく。ずんずんと、ずんずんと。
夢幻世界
それは人が想う数だけ存在するという
「夢幻をご希望ですか?」
「はい。……貴方」
「私が主です。早速ご案内しましょう」
「……、はい」
「ここは描いた夢幻を実在空間に繋ぎます」
「そう、聞いています」
「夢幻へ行く際の契約は一つです。くれぐれも危険な真似はなさらないで下さい」
「……はい」
「ではお連れします」
「じゃあね、椿」
肩を叩かれ振り返れば、まだ幼さが残る友人の顔があった。
「また、ね」
馴染んだ制服姿が窓に薄らと映っている。
「……本当に、来たんだ」
夕闇で校舎が赤く染まる。
いつまでも懐かしんではいられない。
あの場所へ、行かなくては。
走る足が酷く遅い。
けれど。
分かる。
感じる。
見える。
「櫂!」
愛しい背中に、力一杯、手を突き出す。
急ブレーキが耳をつんざいた。
「いけないっ」
慌てて依頼者の身体を揺する。
「起きて下さい! 目を、目を覚ますんだ、椿!」
だが、反応はない。
「……夢幻は異次元なんだ。俺の身代わりになっても現実は変わらない。お前が消滅するだけ」
華奢な身体をそっと抱き締める。
「お前が想っていてくれたからこそ、俺はここに存在できた。それだけ……。でも」
足元がさらさらと流れ始める。
「今度は二人一緒だ」
齢をとるごとに、時間が速く経つそうである。
主観的一秒が経つごとに、客観的一秒に換算して平均二万五千分の一秒ずつ短くなる。
やがて一秒は主観的零秒に限りなく漸近してゆくわけであるが、それでも肉体的変化までが停まってしまうわけではない。空気と食物の摂取が続く限り、常に外部が肉体を浸襲している状態だから、肉体は遅々たるとも未来へと進む。
心は置き去り。
しかしやがて肉体は停まる。
いかに遅々たる歩みとていつか心は追い付き、分解して散り散りになった肉体の中に散り散りに漂着する。しかし心はすでにそれを驚くための広さを持たないので、驚きには広さが必要であることを発見しない。
いつかまた纏まった肉体に纏まって宿るとき心は、纏まり切るための長い半睡ののち、しばらく保留になっていた驚きと共に目醒める。つまり、自分はもう死んでいると気付くときには生まれているのである。
少年は今まで満腹になった経験がない。食べ物だけでは満たされないのかと、試しに皿を食べてみた。ガリ。これが意外とうまい。少年は夢中になって皿にむさぼりついた。台所にある皿を食べ尽くしたら、今度はイスにかじりつく。ガリ。これもいい。あっという間にイスを食べ終えてしまい、床板をはがして頬張る。しまいには家に大きな穴を開けて少年は出て行った。
少年は鼻歌混じりに近くのビルを食べながら進む。コンクリートを飲み込んで、標識も信号も手当たりしだい食べつくし、気がつけば富士山の前にいた。
ひとかじりしてその味わい深さを知り、少年は富士山の前にどっかりと座る。富士山を本格的に食べることにしたのだ。今まで食べてきたどんな物よりもうまいし、食べても食べても目線をあげれば、富士山はまだ遠く広がっているのだ。少年は幸福だった。
だがあと二口という所で、少年の体は突然地面に沈んだ。肥大した彼の体を地盤が支え切れなくなったらしい。手を伸ばしたが何も掴めず、体はどんどん沈んでいく。
あと二口、せめて一口でも。もがくほど土が口や鼻から入り込み、それで腹が膨れてしまう。
最近まともに口をきいていない娘を、ちょっぴり驚かせようと思っただけなのだ。実験を重ね入念に仕上げ、時刻をセットしたのは昼休み。
前もって残業を断り、妻にも早く帰ると告げ、準備は万端だった。
帰り際にどうでもいい用で上司に呼び止められ、改札口では定期が行方不明、階段でつまずき脛を強打し数分悶絶、それでもまだ余裕はあったのだ。
ところがようやく乗り込んだ特急は事故で急停車し、再び動き出したのは、刻限まであと5分を切ろうかという頃だった。
まずい。
私はそれが入った紙袋を抱きしめた。規則正しい秒針の響き。リセット機能などつけてない。このままでは大変なことになる。
次の駅で、ドアが開くと同時にダッシュ。それしかない。
袋をしっかりと抱え、ドアの前までにじり寄った。足踏みしながら、時計と景色を見比べる。
電車が速度を落とし、ゆっくりと停車する。
よし間に合う!と開きかけのドアにつっこんだ瞬間、それは、ぱん、と弾け、私はホームへ倒れ込んだ。誰かの悲鳴、飛び散る赤。
目眩がした。
娘の生まれた時間ぴったり。
袋の裂け目からこぼれ落ち、ホームで、車内で、もりもりと膨れ溢れる赤い、花・花・花。
間に合わないことは分かっていたが、走らずにはいられなかった。
もう何もかもが手遅れだった。
人類滅亡まで、あと五分。
せめてコーヒーを淹れる時間が欲しかった。
タバコも丁度切れた。潰れたボックスが壁に当たる。
カッコがつかない。後悔だけはたっぷり用意があったが、手を付ける気にはなれなかった。
電池の切れた携帯を再起動させようと試みる。割る。投げる。後悔のタネがひとつ増えた。
せめて外に出よう。やり切れな過ぎる。
しんとした暗い廊下を、右に行けば良いのか左に曲がれば良いのか、下手をすれば死ぬまで迷う。
運命の分かれ道。
俺はとにかく歌った。歌いながら歩いた。地響きが近づく。
大声で歌った。
まわる扇風機の羽のうえ、ペラツムリが跳びはねている。ペラツムリはペラ星雲からやってきた地球外生物で、自らの殻を回すことで跳びはねる。その俊敏さはおそるべきもので、次々くる羽をいとも軽々と足蹴にしては跳びうつり、弱から中、強へと回転速度を上げてもまったく振り落とせはしない。かつ、殻は目であり耳でもあるから、三半規管の発達は言わずもがな、どんなに回ったところで「目を回す」ことなどない。よしんば疲れてへばったなら、羽にへばりつけばいいとペラツムリは考えている。
まわる扇風機の羽のうえ、跳びはねているペラツムリを振り落とすのは本来ならば容易ではない。が、じつはペラツムリの弱点を知っている。ある天敵の存在を匂わせれば良いのだ。扇風機に顔を近づける。
「わ〜れ〜わ〜れ〜は〜」
途端にペラツムリは震えあがり縮こまり、足元をくるわせて、向かってきた羽の刃をまともに受けてしまう。スッパリと真っぷたつになるペラツムリ。だが、ペラツムリには再生能力がある。切られてもまたくっついて元どおりになる能力が、あるにはある。ただし、それほど速くはないので、次々くる羽に何度も何度も切られてしまって再生が、間に合わない。
真向かいのヴェランダから、今、少女が身を投げ、翻るスカートの白とその踵が健康的に赤いのだけが知れた。
「その時がきたらきっと報せるようにするから」
白いシーツに埋もれるようにして呟いた従妹の顔が今になって目にしみる。やつれた頬が透き通っていよいよ美しく映るのを、後ろめたい気持ちが胸をふさぎ直視できなくなった日。
(その時がきてからじゃ遅いんだ)
ここから彼女のいる病室へは、バスと電車を乗り継いで半日かかる。それでも少年は走り出した。だらだらと続く坂道に息が切れ、胸が破けそうだ。
(それに)
口のなかに広がる苦味は上がってきた胃液のせいばかりではない。自分を信じ頼りきっている目が鬱陶しく思え、ついぞんざいに答えた質問を反芻する。
(そうじゃないんだ)
汗ばんだ掌には一匹のキリギリス。
さきほどからその小さな虫が、甲高い声で繰り返しわめき立てる言葉に、驚きよりも苛立ちを感じ思わず握った拳に力が入る。
(そういう意味じゃないんだ)
訂正と謝罪とそれから。伝えたい言葉は紐の切れたスニーカーを残してあの日の窓を目指す。
いすを使って窓から出れば、隣の棟の屋上だ。見下ろせば初夏の晴れた日だ。
雲の影がゆっくり歩いていく。たまにスキップ。風が強い。
車さえ急がない。誰かの声が遠く聞こえる。
屋上とつながる屋根に寝転んで、水玉は眠っている。
向こうの山は薄べったく、その上の雲はものさしみたいだ。背中を吹き降ろす風が、口に髪をつっこんでくる。髪イズント無味。
わきの下の服をつまむと、じゅっと汗が指先にしみた。俺の耳たぶをぎゅっとつまめば、葉っぱの汁のにおいがする。
上を向くと、雲がガラスのまつげにかかった。まばたきをする。
晴れやがって、とガラスは思う。俺の気持ちを汲み上げて、一緒に焦ってみたらどうだ。
寝こけやがって、とガラスは思う。ぴくりともしないで水玉、死んでんじゃないか。
それはとてもありそうだった。
水玉のまぶたは少し開いていて、黒目がのぞけた。口に手のひらをかざす。
風が強い。
大人を責めてりゃよかったのに、もう身長は絶対に伸びない。こんなの思うなんて、ひどいなあ。
顔を上げると、まぶしくてくらっときた。屋上から見れば、少し暑い初夏の午後だ。
悲しいことなんて、なんにもないみたいだ。
これからもどこにもないみたいだ。
俺は、九十九回目のくしゃみを終えた。持っていたポケットティッシュでは間に合わず、今はハンカチで鼻をおさえている。
ここは、電車の車内。乗車してすぐに、機関銃のようなくしゃみが連発した。
「ブゥエックッション」と可愛げのないものだ。
——しゃっくりを百回すると死ぬという噂を聞いたことがあるが、くしゃみはどうなんだ?
とか
——確か、語源は「くさめ」だよな
など、くだらないことばかりを考える。
あと一回で百回に達する! という所でピタリと止んだ。
すると、隣の女が紙袋の中から黄色い花がついている木の枝を取り出し、それをバサバサ揺らし始めた。粉のようなものが飛び散る。
——杉だ! 花粉だ! こいつが原因だ!
そう思った瞬間、百回目のくしゃみが飛び出した。
と、座っていた乗客は皆が総立ち。拍手喝采。「オメデトウ」と賞賛する。
女は、相変わらず枝を揺さぶっていた。
が、百一回目のくしゃみが出たと同時に俺は現実世界へと戻された。
——全部、夢だったのか
隣を見ると、夢に出てきた女とよく似た女性が座っていた。膝の上に白い紙袋を乗せている。そこには、黄色い文字で「杉」と書かれていた。
俺の鼻は、過敏に反応し始めた。
メロスは自殺した。
妹は離婚した。別れた夫は町の娼婦の館で二輪車プレイの最中に腹上死した。
暴虐の王は国中の踏切から遮断機を取り外させ、警報を鳴らすことも禁止した。
「渡れると思ったら、渡るがいいさ」
すべり落ちたアンティークのボーンチャイナは大理石の床に触れるところで静止している。
20XX年、ある商品が爆発的ブームとなった。
その商品名は、「間に合う卵」
大きさは、鶏卵サイズ、表面は、シルク加工、赤ちゃんの腕を思わせる弾力性があり、握り心地良く、カラーバリエーション豊富。使用法は、耳に当て、上部のスイッチをオン。すると、「まだ間に合う」と囁く声がする。聞こえる声は、人それぞれ。その人が一番心地良いと感じる声とマイナスイオンを内部のセンサーが感知する。最先端テクノロジーの粋を集めた商品。
当初は、ストレスを抱える社会人の癒し系商品として発売されたが、見た目のかわいさから女子高生の間で人気となり、各年齢層へ人気が広がって行った。
卵を手に取り、肌触りと感触で癒され、そっと耳に当て、聞こえる「まだ間に合う」の囁きに、自殺をとどまる人、離婚を考え直す人、離婚し、新たなスタートをした人、定年後、本当にやりたかった仕事に挑戦する人、もう歳だから、終わった事だから、諦めたからと人生の「間に合わない」の思いを一歩前へ踏出す勇気に変える卵。
ほらまた一人、卵を手にした人がいる。このブームはまだまだ続きそうです。
あなたも、卵お一つどうですか。
彼岸と此岸の二つの断崖に挟まれた底の見えない谷間に向かって、時折空から仮設の橋桁のようなものが降りて来る。それは打抜き鋼板の両端を丸く曲げて鉤状にしたもので、寸法が合えばそれが谷の両側にがっしりと嵌まり彼岸への道が架かるのだろうが、実際にはどれも寸足らずにできているので、片側を崖に引っ掛けて回転しながら、あるいは全くどこにも擦らずにそのままふわふわと谷底へ消えて行く。
このように、彼岸と此岸との距離は永遠に実測されない。距離はただ思い馳せられるためだけに存在しつづける。したがって、逸してしまった、失われてしまったという感傷は感傷それ自身のためのものである。どんな架け橋もあらかじめ失われており、距離は夢想されることによりすでに結ばれている。だから「失われた」ものは何もないが、感傷はそれ自身必要だからそれ自体で「起こる」。そして、それによってはじめて、距離を取りまく風景の中のすべての場所が鮮やかに焦点を結ぶ。
人間、いつ死を迎えるかわからない。若かろうが、病気がなかろうが、関係ない。明日の事実は誰にもわからないが、死は誰にでも起こる、覆せない未来の事実だ。
そう俺は子供の頃から考えてきた。皆平等に死ぬとわかってはいるが怖いものは怖い。怖さの最大の要因は「自我が消失すること」であると考えた。ならば俺は俺の自我をすべて保存したい。まず自分でできることといえば、記録することだろう。
そのための細かい日記を付ける。いつどこで何をしたか、何を食べたか、何を思ったか。この「何を思ったか」が自我を残す上で特に重要なはずだ。
俺は常にメモを取り、寝る前にノートに清書する。清書作業中に考えた事、反省した事も書き記さなければならない。
そしてまた考える。俺は何故こんなにも自我を残すことにこだわるのか。人生の貴重な時間を無駄にしてはいないだろうか。それをさらに書き綴る。
夜が明けてきた。早く眠らなければ。「早く眠らなければ。」と書いてペンを置く。時計を見ると午前六時半。起床時間だ。今度は愛用の手帳を取り出す。
「六時半、一睡もせず。本日の予定と心構え——。今日の記録は起床時間までに書き終わるだろうか。」
こんばんは。
お父さんだよ。仲良くしてるか。彼に妬けて、あんな事をした程だから、そんなに心配はしてないけどさ。でもやっぱり心配だよ。お母さんに「いい加減にしなさい」って、言われたけれど。
ところでお父さん、仕事の人と悪いことしてたんだ。それで、しばらく警察に行くことになったよ。だから明日の式にも出れない。ごめん。こんな親でごめんな。
このメールは式から1週間経たないと開けないように設定したから、それまで君たちは、お父さんが君たちを許せなくて欠席する、って誤解したままだろう。わだかまりを残して申し訳ないけれども、警察のご厄介になる者が出席できないし(刑事さんは行けって言うけれどね)、いま君らにそんな話をするべきでもないだろう。だから、こんな形で失礼するよ。お母さんと向こうの親御さんには、お父さんから言っておく。絶対に君らに迷惑は掛けない。
お母さんにも悪いと思う。新婚さんに言いにくいことだけど、良ければたまに、お母さんの様子を見にいって欲しい。頼むよ。
それと、もしも許してくれるのなら、何年後か、大遅刻になっちゃうけど、おめでとうを言いに行きたい。じゃあ元気で。
夜の闇に響く銃声と共に少女たちは走り出す。事前に伝えられたルールは「捕まったら強姦」。ランドセルをガチャガチャ鳴らしながら少女たちは森へと駆けこんでいく。
「一体どうなってるの!?」
「わからない。校門を出たところで口を塞がれて…。気がついたらここにいたの」
「私も。知らない男の人に車に押し込まれて、その後は…」
逃げ惑う子兎の会話を小便臭い悲鳴が引き裂いた。
キャァァァァッ。
さほど遠くない場所。早くも犠牲者が出た。今頃は鬼と称する男達に囲まれ鮭の薄切りのようにぷりぷりした秘部を破かれていることだろう。
「いまの声って…」
「振り返っちゃダメだ。とにかく逃げ切って、助けを呼ぶしかない」
殊勝な台詞とはうらはらに少女の息はすでに上がっている。徐々に狭まる背後の足音。
イヤァァァァッ。
新たな犠牲者。柔肉の穴が陽物で塞がれていく。森の中に木霊するのは少女たちの嗚咽と閉所を擦れあう粘膜の音色。
ヒギィィィィッ。
淫欲の森は腎水と血の匂いに満たされた。最後まで逃げる二人の少女の足音と狩猟者のせせら笑いが重なるとき、二つの肉体は事実性だけを残した慰み物になる。
大人は疾い。大人は狡い。少女の遁走は、いつも間に合わない。
夜も更けてから急ぎの用を申し付けられ、内心悪態をついていると、峠を越えようというところでひどい雨に降られた。近くの屋敷の軒先を貸してもらう。朝までには、と言われている。が、あまりにヒト気がないので、つい、中を覗いてしまった。
誰もないと思ったのは勘違いか、広い屋敷のあちこちからぞわぞわと何か波立つような気配がする。ええい、と開いた襖の奥でずらり並んだ猿が一斉に振り向く。
郷に入っては郷に従えと言うがこれはどうにも難しい、失礼、と残して次の襖を開けると部屋一面の菖蒲がもたげた頭をゆっくりこちらに揺らせ、やはりお呼びでない。
のようなことを狐狸、啄木鳥に蝸牛など都合八十八回繰り返し、鮪のびちびち跳ね回る様子は恐ろしかったと、ようやく辿り着いた「人の間」で、やあやあ御同輩と声を掛けたのに返事がない、ぴしゃりと閉められる。さてはこの体はヒトではなかったか、とは言え隣室の物の怪にも断られ、もはや部屋がない。
たわけ者めと天から声、たちまち屋敷が消え失せ、はたと気が付く。
ははあ、長いこと変化させられ忘れていた。主もたいがい人が悪い、と朽ち病みもせぬ体を動かしてぶつぶつと峠を飛び越えるが、今にも日が出そうでうんざりする。
ひょいとつまんでごまだれに浸して、ぱくり。浸しすぎると牡蠣の水炊きを食べてるのかごまだれを食べているのか分からなくなるのでほどほどで。ひょい、ぱく。ひょい、ぱく。ひょい、ぱく。
隣りに座る息子は、最初こそ「牡蠣だ牡蠣だ。ぷにょぷにょの牡蠣だ」と喜んでいたくせに、今では眉をひそめ危険物でも扱うように箸の先でつまみ上げてはごまだれで遊び、顔をしかめてべちゃべちゃ食べている。息子の対面の娘は、米国留学帰りらしく「オゥ、フェダップネ」といわんばかりのたたずまいで箸はまったく進まず。妻はドロップアウト。コタツにうつぶせになっている。
だもので、自然と鍋の中で凄いスピードで無限増殖している牡蠣のむき身は私の対面の妻の方にあふれているわけで、妻、ぷにょぷにょの牡蠣まみれ。それはともかく反動推進で進み続ける一家団欒のコタツはすでに自宅を出て公道を爆走しているわけだが私は一家の大黒柱として家族を守らねばならぬ。背を向けているので前は見えないが赤信号を無視しきききどかんと周りで事故が起きていようが断じて負けるわけにはいかんのだ! このぷにょぷにょには! ひょいぱくひょいぱくひょいぱく……。
一人の女が煙管をくわえ、立ち上る煙を眺める。
髪を飾りつけ、眦と唇に濃い紅を塗り、お気に入りの着物を着て。
ゆらゆらと揺れる白い煙に包まれる。
今頃、きっとあの人は息せき切って走ってゐる頃でせう。
そして、わっちを見つけるなり、眉を八の字にして「すまない、間に合わなかったよ」と言ふでせう。
そう、それはそれは困りきった様子で、わっちの顔を覗き込むでせう。
それを見て、わっちはきっと蕩けるように笑ふでせう。
そう思ふと、何をするでもなゐこの時間は苦でも何でもないのですえ。
不意に、煙がゆらり、と大きく揺らいだ。
その煙の向こうに、遊里の戸が慌しく開け放たれ、その中から一人の愛しい男が息せき切って飛び出してきた。
男の眼差しは、ただただ、一人の女だけを見つめている。
たとえ女の姿が見えなくとも、肩で息をつく男の眼には間違いなく一人の女が映っている。
その事実に格子から眺める女はある予感を抱き、蕩けるようにつっと赤く塗られた口角を小さく吊り上げた。
…ふふ、まぁた間に合わなかったえ。
<メールボックス>
送信者:人生設計協力し隊
件名:人生設計…育児のために…診断結果
このたびは人生設計診断のご利用ありがとうございました。「いつ子供を産んだらいいの?」診断の結果をお届けいたします。
入力していただいた学歴・現在の年収・年令・居住地域・健康チェックその他のデータを元に、将来住宅ローンを抱える可能性・物価の上昇・親の介護その他の変動要素までシミュレーションしたうえで、最適と思われる時期を算出しております。
○○様がお子さんを持つのに最適な時期は 2004年〜2008年 です。
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マニア輪内では泡内地区のモデルケースは大変評判になっている。
巫女もメイドも、割烹屋や喫茶店が大当たりし、一大フィーバーを巻き起こしたことで模造品や粗悪品が大量に市場に出回り、現在では飽和状態となっている。それを見越し、次のトレンドとしてアオザイに目を付けたのは、先見の明があったといえよう。
泡内地区のモデルケースをもっと多くの地域に。「MANY泡内」を合言葉に漢たちは動き始めた。大使館からの抗議。国内に僅少なベトナム人美女の確保。女性陣の冷たい視線。堅牢なる壁が次々と立ちはだかったが、次なる浪漫を確立するため、漢たちは挫けることなく前進し続けた。大使館の焼き討ち。人材確保のためのタイ人女性、中国人女性の国籍偽造と整形。女性向け眼鏡男子喫茶の並列展開。思いつき、それが実行可能な範囲であるならば、すべてをやった。
マニ・アワ・ナイのベトナム美女三人組ユニットもこの春デビューした。これからメジャーになってゆくだろうと巷の噂になりつつある。
なぜそれほどアオザイにこだわるのか。そのよさはチャイナドレス同様身体の線が美しく見えるなど多々あるが、それらのすべてを述べようと思えば五百文字では間に合わな
明日が卒業研究の中間報告だというのにまだ発表原稿ができていない。原稿どころかデータ整理もまだだ。こんなことで本当に間に合うのだろうか。「だろうか」じゃなくって、マニアワナイ川にでも飛び込む覚悟で間に合わせるのだ、私。
意気込みだけ良くても全く進まないし、まずは手を動かさなきゃいけないんですよっ。
で、おとといブルーベリメータで計測した生データを本日ようやく処理する。というか、コンピュータに処理してもらう。
うん。速い。解析をここまで遅くしていたのは私か。なんか凹むなぁ。
って、沈んでいる場合じゃない!と、発表準備に戻る。これまでのデータと照らし合わせてブルーベリ定数を弾き出す。
さて……。ブルーベリ定数って、大きい方が甘いんだっけ、酸っぱいんだっけ。